渡辺繁一のブログ -18ページ目

渡辺繁一のブログ

演出の効果を設計する



私は十分頑張っている、なのに・・・・・
今一、進歩、発展がなく、業績もふるわない・・・・
と思うことがあるかと思う。

「心の底では、今のその一見芳しくない状態を心地が良いと感じているから
その状態から脱出することができなくなってしまっている。」

という「見方」を違和感を感じるかもしれないけど、自分自身に強要して
当てはめて、考えてみる。これはゲームだと思ってやってみる。
一見理不尽なこの考え方にあなたの気持ちはどのように変化、揺らぐだろうか?
かたくなに以前の考えを守り、課題の「見方」を拒否するだろうか?
なるほど、それも面白いと思うだろうか?
あるいは、ここに書いてある意味が解りにくく、違和感を感じるだろうか?
この今、心の中に起こったこと、感情の変化を自らの現象ととらえて、
「今、どう感じたのか?」を見ることが大事なのです。

ほとんどの人は、外部からの刺激、現象に対して、反応する(どのようにそれを感じるか)そして心の中に発生したその感情に基づいて、何らかの行動を起こす。
行動をしないという人もそういう「しないという事が」その人にとって一番良いと考えたのでそのようにしているだけなのです。

分析的な事を書いてしまったが、これが無意識の判断なのです。

幼い子供もころを思い出してほしい、周りのものは全て大きく見え、道路は広く感じ、大人は大きく、大声で喋る人がいると怖い感じがします。自分の住んでいる世界から、すごく沢山の刺激を感じているという状況だったのです。

人の柔軟性と、適応力は素晴らしいものがあるのです。幼い子供は自分が生きていくため環境に順応していくために様々な刺激について貪欲に「学習」していくのです。こんな顔をする人は怒っているんだ。車の音がしたら道路の端に身を寄せないといけない。
先生や親から面と向かって教えられる「お勉強」の情報ももちろん大事です。

しかし、環境に自分を適応させ、人の本来持っている根源的なニーズ、食欲、痛みを避け、楽しさを求める、愛したい、愛されたい、認められたい、を満たす為に身につけている生活のための道具、を無意識下で形成していくものなのです。

人が生きていくために作られたこの根底的な考え方は、その人の信念になります。大事なもの、守るべきもの、大切にしたいもの、嫌なもの、避けたいもの、ほとんど幼いころに決まってしまいます。外部からのこんな刺激に対してはこういう気持ちになる、だからこんなふうに行動しよう・・・ではなく、「行動してしまう」のです。無意識の判断基準という見方もできますし、考え方のテンプレートという見方もできます。

○○をしたいのにできない。意識の力ではどうすることもできないことがあります。それは、この「根底的な考え方」の力が強力なため、そのようにさせられてしまうのです。
そんなことがあった時、この話を思い出して欲しいのです。
自分が今まで生きてくる上で非常に重要だと考えていたこと、それが「根底的な考え方」なのです。良い意味でも悪い意味でも自分の心の中にある正しさなのです。そう簡単には変わらないということを自らが認めることが、自分と向き合うことになります。


「この世界で大事なのは、うまいとかへたじゃない。
お前のようなドンケツを、劇場のトップが『やめさせないでくれ!』っと言ってきた。
こういうのが芸の世界では大事なんだ。
あいつが応援したい、助けたいって師匠に思わせたんだから、お前きっと一人前になるよ。一人でも応援してくれる人がいたらやめるな、生涯やめるんじゃないぞ!」

  ダメなときに運はたまる 萩本欽一著

あなたが本当それが好きでそれを「やりたい」と思っているのであれば、
その気持ちに正直に向き合い。
自分に嘘をついてはいけない。
本当にやっいて楽しい。寝食を忘れそれに没頭する事があるのなら、
他人の否定的な意見を気にしてはいけない。
生きていける時間は限られている。
あなたがあなた自身の可能性を否定してしまうと、
苦しみを背負い込む事になる。
あなたの可能性をあなた以上に信用する人が必ずいるものなのだ。
ビジネスには、エネルギーを集中させる場面がある。
本番とでも言えばいいのだろうか?
今まで自分が持っていた力を一点、一時に集中させて、考え、考え、そしてクライアントの問題になっている箇所を発見し、それを解決する方法を他の誰もが考えなかった方法を創造し、提案する。

答えが得られない場合は、その集中度と真剣度が足りていないということになる。

本来フォーカスするべきポイントに照準がいってない。考えるべきポイントがずれているのだ、問題を見つけることが、すなわち答えになる。

そう簡単には・・・・と思うかもしれない、そして、様々な意見があるだろう、業界の事を知らないとか、リサーチが足りていないとか・・・・
でもそれをアイデアが湧いてこないという理由にしてしまっていては
本来クリエイティブに浮かぶはずだったアイデアも浮かぶことはないだろう。

商談や打ち合わせで、単に時間稼ぎをして、ムダな時間をクライアントに使わせているだけ。であれば、多いに反省するべきだろう。
時間は有限な資源、だれもが平等に与えられている資源だ。ただ、単位時間辺りの価値を生み出す能力は人によって異なる、だからこそ、クライアントの時間をムダにしないという気持ちが大切なのだ。

そういうクライアントの時間を大切にする気持ちが、「真剣度と集中度」につながるのだ。時間の制限が無いと思っているが、こんな想定をしてみよう、「あと1時間で適切な提案が提出できないと、あなたの大切な人に不幸な出来事がおこる。」そうすると、あなたの問題を解決する為にありとあらゆるリソースを集め、クライアントの言葉の一言一言を傾聴するに違いない。「自分にとって大切な人の為に」と考えと、意識が変わり、見方が変わり、身体の状態まで変わってくるだろう。つまり、ステートが変わるということなのだ。

真剣度と集中度が足りていないなぁとあなた自身が思うことがあれば、自分の中で今あるその、前提になっている条件をあなた自身がぶち壊す必要がある。

なぜなら、あなたの大切な人とは、クライアントの事だからだ。




高潔な理想に磨きをかけ、自分の確信を高めること、自分で自分を信じ、自己評価を高めることは最も重要な事になるだろう。明るい未来を信じる力が強いと障害を乗り越える力が強い、モメンタム(勢い)があるのだ。

ゆっくり進むとモメンタムも弱く、障害を乗り越える力が不足し、そこで停滞し、先に進むことが出来なくなってしまう。
別名迷いともいう。石橋をたたきたたき、橋を渡っている感じ。ちょっとした変化があると敏感に反応し、停止してしまう。そこで悩みはいる、悩みは、時として、方向性を見極める上で大事な出来事の一つということが言える。悩みは、間違ったステートで考え出された方向性で進んだ時に、周りの反応が今一であったり、期待を裏切って効果が少ないとか、売上げが上がらないという場合に深く考える機会を与えてくれる。

決めるときに正しいステートで正しいことを選択していて、それを信じるのであれば、その方向に進むことが正しい、真剣に立ち向かうこの姿勢こそが、真剣に目の前にある情報をつかみ、障害を乗り越え、時には失敗もするかも知れないのだが、その失敗をどのように意味付けできるかで未来が変わってくる。

真剣に取り組んで失敗したのであれば、正確な分析をその失敗から学ぶことができる。

反対に、中途半端な真剣度で挑んだ場合に失敗した場合は、「ほらね、やっぱりね」とすぐに失策であると思い、その失敗から学ぶことをせず、ひきもどり、すぐ全く別の方法を試みてしまう。

失敗を分析することは、あの時こうするべきだったと後悔する事ではない、どの程度までうまく行ったかをチェックするということだ、間違った方法を見つけるために失敗をしているという見方をするべきで、失策を悔いるだけ時間のムダだ。

正しいステートで分析する目をもつことで、今の失敗のすぐ横に成功する方法が隠れている事に気づくこともある。

最悪なのは、なにもしないことだ。
大事なことだと、重要だと思えることは、話しの内容で判断せず。
だれの意見か、著者が有名かどうか、実績がどうか、
エビデンスで決める、マーケティング的にそれは正しいと言える。
売れているもの、流行っているもの、話題性、風評、友達の意見、などなど。
そういう選択の条件で何かを選んでいるものなのです。

本当にあなたの為になるかどうかは、ここから先の行動できまるのだ。
友達から進められた本、試しに買って読んでみた。
しかし、あまり感動がなかったとしよう。
そのときのあなたはどう思うだろう。
自分には難しいと思うか、本の事を「解りにくい本だ」と批評してしまうだろうか?

大事なことは、本当は見えにくいもの、感じにくいものなのだ。
大事なことは、その人にとって痛いことが多い、その痛いことを無意識で遠ざけているのだ。
はじめに、その「痛い」ことがあった時には、猛烈に避けた行動があったはずだが、習慣化してしまうと本人には、選択しているという気持ちがなくなってしまう。

無意識で強烈に避けたものが、習慣化すると、その部分を透明化してしまう事があるようだ。
別の言い方をすると、自分に都合の悪いことを隠す努力が積み重なると自分にとってそれが真実になってしまう。多くの人は、自分の作った真実(正義)でものを見て判断している。

精神的に弱い時期に自分自身を守ろうとする本能的なチカラが、その正義を創り出した。

本当に生きていくことは、この鬱陶しい、自分の作った正義と闘うことだ。