渡辺繁一のブログ -17ページ目

渡辺繁一のブログ

演出の効果を設計する



あっ、このオファーは、相見積もりだ、時間が無い仕事だ、予算がつかない仕事だと日常がそんな状況になってしまっている状況で、いきなり夢の様な素晴らしいオファーが飛び込んできたら、あなたはどうするだろうか?誠心誠意、その仕事を獲得するために活動をする、クライアントに気に入ってもらうために多少の無理もする。全てプロジェクトのために、仕事のベクトルが向いてくるのを感じることだろう。

しかし、どこかうまく行かない壁があったりする。いつもの仕事に対する姿勢が出てしまうということなのだ、売上げを上げたいという気持ちは会社であり、個人の成績に影響するそのために頑張ることになってしまう。
本来は、クライアントのために向けられるべきである力の方向性が別の向きになってしまう。
「そんな事は断じて無い」と言い切る事ができるだろうか?
常に考えていることは、そう簡単に変わらない。
現実的に、お金無い、時間が無い、自信が無いということは、自分を制限する大きな力になっている、それはあなたの想像以上にだ。そのことを認めよう。

こんな状況を思い浮かべてみよう、自分自身が豊かな感情を持ち、豊かな資産を持ち、豊か相手の事を思いやる気持ちがあれば、どんな提案を今、目の前にいるクライアントに提案するだろうか?

あなたが豊かになるために仕事(お金)はあるのでは無い。
あなたが豊かにになったから仕事(お金)が集まってくるのだ。
スパイになるには体力や語学力が必要だ
外国料理や虫にも絶える根性もいる
しかし最終的に最も重要なのは
自分の人生を台なしにした奴と手を組む柔軟性だ

映画バーンノーティスから


いつも、いつも起っていることなので、人の頭は、「あっ!また同じ事が起るのだろうな」と計算高く自分自身の未来をコンパクトにいつものように想像してそのことを糧として行動をしている。 ということに今日、気づくことができた。自分に未来が解っているものとして進むこと、いろんな仕事を処理して行く事は解りやすいし、結果も想像できているので「良い仕事」は出来るが、すごいと思えるような仕事、エクセレントな感動を産み出すことは出来ない、未来をコンパクトにいつもと同じあると想像することは、がっちりした安定感を満たす事ができる。

納期が、5日後であれば、出来る事に限界がある、これとこれとこういうふうに処理して、こんな資料を作って・・・と。計画を立てる、計画が悪いというわけでは無い、計画すると伴に、期待することも無難に計算してしまっている事が、私たちにクリエティティブなエネルギーを無くさせるような影響を与えているということを知る必要があるのだ。

時間の制限は、クリエティティブな感情をそいでしまう。時間が無いのであまり考えずに、以前だしたことのある妥当なアイデアで済ませようという力が働いてしまう。

お金の制限もそうだ、このプロジェクトは、「予算が無い」もっとも予算があるプロジェクトなんて今時怪しいのだが、「予算が無い」という制限、に無意識が影響を受けてしまうのだ、「本当はこれを導入したいのだが」このアイデアの根源は間違い、自分がやりたいという気持ちでは無く、相手(クライアント)にそれがふさわしいか?という質問を常に持たないと行けない。導入したあとのメンテナンスが大変なのは、自分の会社では無く、クライアントが大きな負担になるから、良い優れた製品をクライアントの為に選択しているのだ、決して逆になってはいけない。

自信の無さも大きな影響力を持っている。
前例の無いことは、やらない、排除する、石橋を叩いて進もう。これらの考え方は今の日本の社会で仕事をした事のある人だったら、この影響を受けていない人はいないといっても良いのではないだろうか?
新しいことを提案するのに、前例が無いのは当たり前、実績が無いのも当たり前、エビデンスがすべてだ。ということが、思い込みとして自分自身の世界観の中にもう既にあるのだ、気づくことが大事なんだ。相手が認めない事が自分の自信と直接結び付く訳ではないのだ。
相手は実績が無いことを信用しないだけであって、そのことであなたの自信が揺らぐことは無いのだ。

未来を読む力は、自分自身の未来に対して大きな影響力を持っている。
常にそれをしている、それを感じていること、そのようになるのではないだろうか?
その思いが、自分の未来を作る基になっていると考えよう。
コンパクトに計算高く未来を想像するのであれば、その訪れる未来のために
自分はどうするのか、それを自然に考え、行動しているのだ。

良い仕事は、別の見方をすると無難な仕事だ、今までの様な、いつもと同じような成果しか産み出さない。いつしか今まで感じていた感動もなくなり、仕事は「作業」になってしまうと成長は停まる、それはゆっくりと死んでいくようなものだ。
自分が思っているビジネスのやり方が思うようにいかないことがある。
むしろ、セミナーなんかで学んだ方法が現実のビジネスに置き換えることが難しいことの方が多い
といってもいいだろう。
そのとき、わからない人だなと考えて平行線で終わってしまうのか。
相手の期待するありふれた方法に合わせて、他の競合他社と代わり映えしないプランを提案して
コストだけの勝負をするのか?
現実は自分が思ったようなエキサイティングな事、刺激がないものだ。と考えてしまうと
チャンスは無い、いつもと同じような無難な未来が待っている。

エージェントからのオリエンテーションにはだいたいの場合、コンセプトが無い。
テーマーが無い。なんのためにそれをするのかという意図が伝わらない、
でもメーカーは商品やサービスを提供したいので、提案をする。 
全く変な話だ。

今回の提案も決して安い買い物では無い。むしろ、高価であるといった方がいいかも知れない。
高価なものでもクライアントが必要だ、マストだと思ってもらうためには
それを導入した後の事業としての効果、設備投資における資金回転率を裏付けするだけの価値をプレゼンする必要がある。
と思うのだが、今回はプレゼン無し。

「こんな仕事が断ってしまえ!!」

という選択肢もあったのだが、この仕事を紹介してくださった方の立場、相手の立場を考えるとそんなわけにもいかないので
引き受けることにした。しかし、無難なありきたりな、相手が期待するような提案書を作る気持ちは全くない。
仕事を断って、宝くじでも買う方が、よっぽど価値がある。

ここで私は違うアイデアを思いついた。
だれも出したことの無い、プレゼンをしよう。
自分の重要感を満足させるためでは無く、本当にこれのプランあれば、クライアント(事業主)に他の会社に依頼するよりも多くの価値を生み出す、今までの協力業者としてのスタンスでは、到底出せないような。
インパクトのある、エージェントがこれは自分の産み出せる価値を超えてると感じた時にどんな反応がでるのか、それも楽しみになる。
「そんなことをしたらアイデアが盗まれるよ、特許は、著作権はなどは」と少し前は気にしていたが、今は全く気にしていない。成果物をコピーされたところでどうってことは無い。
施設は、そこに訪れる人に利用することでなんらかの「価値」を与えている。

例えば、レストランは、お客様の空腹を満たせるために
食事を用意していると思っているかも知れないが、本当はそうでは無い、食事をする雰囲気、内装、音楽、照明、映像、そしてスタッフの笑顔や、きびきびとした動きを全てひっくるめて、感じて食事を楽しんでいる。満腹になるだけであれば、別にレストランにいかなくてもすんでしまう。
その楽しみこそが、レストランを利用する理由なのだ。だから、その気持ち、楽しみの中身を知ることで、それの気持ちを増幅させること、が訪れたお客様に与える満足度を向上させることになり、売上げが上がる仕組みができると考えている。

設備の提案はそういう顧客満足度を上げるという社内風土の中にあって、一人ひとりのスタッフがお客様のためを思うと楽しんでいただくためにこんな新しい設備があったらなぁ?とか訪れたお客様を元気させるために何かできないものだろうか?と考えていることが結晶化したものであると
考えることができる。そういう意味においては、僕の仕事はイノベーションをおこそうとするものでないだろうか?と考えることがある。

繰り返すが、優れたアイデアが身を結ぶためには、それをきっちと運用できる考え方が施設のスタッフに根づかないことには施設の導入されたあとで本当の価値を産み出すのは難しいものなのだ。そんなプレゼンをしようと思う。

事業主へのプレゼン、エージェント様へのプレゼン、そしてこの仕事を紹介していただいた方へのプレゼン、一つのプレゼンで、3者にプレゼンができ、新しい関係性を構築できる可能性があるのであれば、なにもためらう必要は無いのである。

ある日、出張する為に、PCのある周辺機器が必要になった。それを昨日、アマゾンで発注した。
ところがどうだろう、その周辺機器、以前すでに買ったことのあるものだった。

そんな経験、無いだろうか?
本当は、あるんだ、それが、でもその事に気づいていないだけなんだ。
無いと思うからそれが「無い」のだ、
でも真実はそれがもうすでにあるのだ。
その事をあなたは気づく時がきている。

知識は、役に立てないことには無駄になってしまう。
あなたが学んだスキルは、あなたがそれを活用しないことには、なんの意味を持たないだろう。
結果を出さない事には認めてもらうことは出来ない。
○○したいなぁと思っているだけ、自分自身の心を痛めていたとしても、周りの人はそれは伝わらない。

考え方も同じ、セミナーに出て、一時の清涼感を味わい、夢について知ることは、人生においてすごくエキサイティングな出来事になるだろう。

その時だけ、その日だけ、違う環境に身を浸しただけでは、人生は変わらない。
以前からの根本的な考え方の力によってすぐにふり戻されてしまうからだ。

だからこそ、継続して、習慣化して、環境を変えて、自らを変えようと自分で自分に働きかけて、自己啓発をする。

その環境があまりにも続くと、インプットする事が自分を変えてくれる環境であると思い込んでしまうのではないだろうか。インプット中毒症候群。自己啓発症候群。

自分の中にある考えかたに変化を起こすエッセンスは、沢山のセミナー、自己啓発の情報で満たされているが、すべてそれらを蓄える、知識として取り入れることで自分の満足を得ている。人が遊んでいる時に自分はセミナーに行って学ぶことが「趣味」の一つになってしまっているのだ、コレクターという役割になっているのではないだろうか?

もう、すでにその人には、人生を楽しんで、仕事を楽しんで、自分をあるいは、周りの人たちを幸せに導くだけの、根底からの考え方が眠っているのだ。

「自分にそれがある」「それができる」ということを心の底から信じよう。
溺れそうな怖い経験を誰かに頼ることで解決することは、自分を弱くする。
何度となく書いているが、
人生の海原に旅に出るときに、道にまよったり、溺れそうになったときにそこら中に助けてくれるものが今は沢山転がっている。
海に飛び込んでも、浮き輪がすでに浮かんでいるようなものなのだ。

クロールの仕方はもう既にあなたはすでに「知っている」のだ。
溺れて身体沈んでいく海の冷たい水の中で浮き輪をつかみか、自分の既にある可能性を覚醒させるか?その選択はあなたの未来を大きく変えることになるだろう。