「意匠設計担当は、俺だよ」
「古賀さん……ですか?」
「ああ、そうやとよ。副社長とは、よくコンビを組んで、これまでにも一緒に設計した物件が、ぎょうさんある」
瑠実は古賀の言葉を聞いたとたん、身体の中の血が一気に沸騰したようだった。
「じゃあ、古賀さんは、なんで捕まらなかったとですか!」
はっとしたが、もう遅い。思わず言葉にして、瑠実は慌てて口に手を当てた。少し言葉が過ぎたと思った。しかし、見ようによっては、まるで古賀は罪を免れ、隆司が一人で罪を被ったように思える。古賀に悪いと思うが、正直な瑠実の気持ちだった。
「……ごめんなさい。言葉が過ぎました」
瑠実の言葉に、一瞬、目を見開いた古賀だったが、瑠実が謝罪すると、すぐに穏やかな元の顔に戻った。
「ああ、気にせんでいいよ。普通は、そう思うじゃろね。じゃから、私も毎日のように事情聴取をされ、行動を警察に見張られちょる」
古賀は瑠実の気持ちを宥めるように、静かな口調だった。
「……そうでしょうね」
(だから、なんなの?)
相槌を打ちながらも、瑠実の中で、古賀に対する反骨心が高まった。古賀も苦労しているのかもしれないが、警察に捕まったわけではない。安易に被害妄想に陥った発言をしてしまったのは大人げないと思うが、獄中の隆司に比べれば、天国と地獄だ。心の奥底で反抗的になりながらも、瑠実は古賀の言葉に耳を傾けた。
「先にゆうちょくけど、さっきも話したとおり、私は意匠設計担当じゃけん、構造のことは、わからんとよね。補正するときは、基本的には、担当者がするようになっちょる」
「じゃあ、構造の補正は父がやったとですか?」
「そのはずやけん、ようわからん。事件の物件は、狙ってか、たまたまなのか、高度な構造計算が要らんものでね。高度な構造計算というと、建物規模と構造、階数によって、ルート1からルート3まであるけん」
このあたりの説明になると、瑠実にも理解できなかった。現役の学生といえど、講義で習うのは構造力学の基礎だ。古賀のいうルートとは、おそらく計算方法のフローチャートだろう。瑠実は意匠専攻の上、どんな順序で計算していくのかはまでは知らない。
「ええと……」
瑠実が生返事しかしないのを受けて、古賀は更にかみ砕いて教えてくれた。
「専門的になるから細かくは説明せんけど、一言に『構造計算』とゆうても、段階があるとよ。建物規模や、階数、用途によって分類されちょる。例えば、木造の建物を建てるのと、超高層ビルを建てるのには、検討分野の深さが違うのはわかるやろ? 検討分野が深くなればなるほど、複雑な計算が必要になる。計算したら、今度はそれをチェックする人間が必要になる。ここでいうルートというのは、計算内容の段階仕分け。つまり検討分野の線引きと思えばいいわ」
瑠実は古賀の説明を聞きながら、やはりルートというのは構造計算方法の流れであって、計算順序のフローチャートだと思えばいいのか。と、納得した。
「ともかく、建物用途と階数、規模で構造検討がたくさん必要な建物は、適合判定といううて、審査機関の他に、ももう一つ第三者のチェックが必要になる。複雑じゃない構造計算は、適合判定には回されんのや」
古賀は建築の専門家だし、瑠実は大学で建築学を学んでいる。高度な構造計算と古賀はさらりと言ったが、意匠設計を専攻している瑠実には、具体的な構造計算方法を思い出すのに、少々時間が掛かった。古賀も、意匠担当という割には、詳しそうに見える。これが社会人と学生の差なのだろうか? 一口に構造計算といっても、種類と段階があるのは理解できたが、計算名称までうろ覚えだ。瑠実がしばし考えていると、古賀は察したようだ。
「いきなり高度な構造計算というても、難しいわな。許容応力度に保有水平耐力はもちろん、層間変形角や剛性率、限界耐力計算、時刻歴応答解析。特に瑠実さんも意匠専門じゃったなら詳しいとこまではわからんやろ。」
古賀は一人、納得顔で、解説を始めた。
to be continued……