雲の中。 第二章 薫の茶室 4 | 一期一会

一期一会

本も人の出会いも一期一会。時々読者、時々物書き。好きな本やコミック感想を中心に、日常のつれづれと共につぶやいていきます。

 



 しばらくして、古賀が封筒を持って戻ってきた。

「いくつか、社長個人名義の貴重品が見つかりました」

 ガラスのローテーブルの上に、茶封筒から書類を取り出した。個人名義の預金通帳に、印鑑、それに生命保険証だった。

 預金通帳には大した額は入っていなかったし、生命保険も、付き合いで入ったらしいガン保険が二つ。虎之助は脳梗塞で亡くなっているので、今回、保険に該当するかわからない。期待していたような遺産に相当するようなものは、残念ながら見当たらなかった。

 わくわくしながら机に並べられた書類を眺めていた芳美だったが、全て並べられたとたん、急に醒めた口調で言い放った。

「これだけですか?」

「残念ながら……」

 古賀が気の毒そうに返事をした。別に古賀を責めているわけではないけれど、何も見つからなかったのが気まずそうだ。

「そんな……」

 芳美は、がっくりと肩を落とした。古賀は、何か慰めの言葉を掛けようと、口を開き掛けた。だが、芳美があまりに落胆の様子だったのに、無理はないと納得したのか、口ごもった。

「あの、他に古賀さんに心当たりはないでしょうか?」

 瑠実が古賀に尋ねたが、古賀は首を横に振った。

「これだけしかなかったら、会社はどうなるんです?」

 瑠実が思い切って聞いてみると、古賀は疲れたように、ソファに深く腰を下ろした。

「それが問題です。正直、この間も言った通り、会社の経営状態は、最悪の状態です。はっきり言って、資金不足です。現実問題、銀行からの借り入れはストップ、現在、工事中の物件の仕事も、キャンセルが相次いじょるし……」

 古賀は渋い顔をしながら、顎を撫でた。

「じゃあ、このまま行くと、会社は倒産――ということですか?」

 瑠実が古賀に質問すると、周囲を一度さっと見渡し、声を潜めた。

「これは、まだ試算の段階なのですが、現段階で赤字が一億二千万。少なくとも、一億を来月中に払えなければ、倒産もありうるかもしれません」

「一億!」

 古賀の話を聞いて、瑠実と芳美、同席した真野までも驚いていた。

「古賀部長、少し金額が大きくないですか?」

「明日には二件、工事完了金が入って来る予定だったのが、今回の社長の死去と副社長の偽造事件で、安全が確認できないと支払いできない、と苦情が入ってね。他にも、予定していた銀行融資がストップしたし、今月には入るはずの着工金も、あてにできなくなった」

「ああ、あれですか……」

 真野は会社の人間だ。心当たりのある物件を思い出したのか、残念そうに項垂れた。

    

 建築工事費は、高額になるため、普通、着工時、上棟時、完了時と、二、三回に分けて支払われる事例が多い。入金キャンセルが重なれば、不足金が高額になるのは、瑠実でも想像がついた。

「じゃったら、余計におじいちゃんの遺産を真面目に探さんといかんとかね」

 芳美は明るく言い放ったが、すぐに瑠実が反論した。

「お母さん、そんげなこつゆうても、心当たりはあるとね?」

「それは……」

 芳美に八つ当たりしても、どうにもならないのは重々わかっている。けれど、暢気な母の言いぐさが、どうにも我慢ができなかった。

 こんな事態になるのなら、虎之助が亡くなる前、ちゃんと遺産の場所を聞いておけばよかった。だが、今頃になって後悔しても、もう遅い。瑠実も芳美も、ここに来れば、何か手がかりがあると思っていたのに、結果がこの有様だ。

 最悪、夜逃げでもする羽目になりそうだな――と想像していると、今まで黙っていた真野が、おそるおそる口を開いた。

「なら……もう一度、おばあさんに、ちゃんと話を聞いてみたらどんげですか?」

「え?」

「社長の遺産は、おばあさんしか知らんとでしょう? いくら認知症だとゆうても、全部が嘘を言っているとは思えないし。ここは根気よく、おばあさんの意見を聞くしか、方法はないと思うっちゃけど……」

 確かに、そうかもしれない。今は根気よく薫の意見を聞き、もう一度、家の中もちゃんと調べてみよう。少しだけ、真野の意見で救われた気がした。



to be  continued……