ひとつのことば 大手映画館支配人 Sさん (57才男性)


Sさんはその日幾分呑みすぎていたようでした。


左目の下辺(したあたり)に生傷があり、まだうっすらと血液がにじんでいます。


日付は変わる前のバールのカウンター。


おそらくふらっと寄って一杯呑んで帰るつもりだったのでしょうか?


Sさんは奥のテーブル席から入口に近いカウンターの角に座り直し


顔は真っ赤、目はうつろです。 


手には水割りを持っています。


Sさんは大手映画館の支配人、映画が大好きで誰よりもスクリーンを愛


しています。


幼少の頃から小学校・中学校・高校生・大学生と


勉強はいつもトップ成績で頑張られました。


就職は新聞広告に募集案内が掲載されていたのを偶然


発見!


非常に多くの募集があり難関の中すんなりと合格します。


大好きな映画に携わる仕事


しかも、偶然の募集案内の発見


そして合格


その後、全国の映画館を転勤で移動しました。


今Sさんは50代。家族もいらっしゃいますが単身赴任で仕事をしています。


映画館の支配人の仕事。


趣味で映画の好きだったSさんには天職。


好きな事を仕事にされている方はSさんのように


いらっしゃるのですね!



今日のSさんのろれつの回らない話を1秒で解説しましょう。


Sさんはひとつの言葉で


心が折れてしまったそうです。


酔ってテーブルに顔をぶつけてしまいました。



今 勉強をトップで頑張っている学生の皆さん。


友達をたくさん作りましょう。


挫折(ざせつ)ばかりの学生さん大人の皆さん。


今は辛くてもそれを乗り越えた時には


大きな力になるはずです!




ではターニングポイント中のSさんへ


そしてこれからターニングポイントを迎える人達へ




ひとつのことば



ひとつのことばで けんかして


ひとつのことばで なかなおり


ひとつのことばで 頭が下がり


ひとつのことばで 心が痛む


ひとつのことばで 楽しく笑い


ひとつのことばで 泣かされる


ひとつのことばは それぞれに


ひとつのこころを 持っている



きれいなことばは きれいな心


やさしいことばは 優しい心


ひとつのことばを 大切に


ひとつのことばを 美しく



北原 白秋


耳をすませて聴こえたターニングポイント 落語家、噺家の真打 Rさん(50代男性)


「え~ お笑いを一席」


今日もRさんの噺(はなし)が始まりました。


ラウンジバーのカウンターの隣の部屋から聴こえるその声は何となく小さな声


何を話しているのか耳をよーくすまさなければ聴こえません。


普段はJAZZの演奏を流したり、最新のカラオケも備えられている部屋に


高座が設けられ紋付き袴(もんつきはかま)姿の和装の出立ちで


そこに正座をしています。


30席で一杯になった部屋にはRさんの口から放たれる「笑い」という言葉に


聴き手の想像力が始まります。


Rさんは伝統芸能である落語家、噺家の中で最も位の高い真打(しんうち)


とよばれる名人です。


落語家、噺家さんの芸能は衣裳や舞台装置を極力使いません。


身振りと手振りのみで噺を進めます。


そして一人で何役をも演じるのです。


Rさんの技巧は少し驚いたような愛嬌のある目


指の先から手や躰(からだ)を動かして


そこにあるはずの無いさまざまな物を私達の想像という


噺の世界を通して目の前に広げていくのです。


それは私達のおじいちゃん、おばあちゃんのそのまたおじいちゃん、おばあちゃん


の時代へ自由自在。


舞台装置がなくても朝になったり夜になったり


舞台もRさんの話術でラウンジから江戸の町にすっかり様変わりしてしまいます。


気がつくと


先程まで何を話しているのか解らなかったRさんの声が大きく


身振り手振りも別人のように次から次へと色々な出演者となり


私達も口元がにやにや


あちらこちらから「くすくす」


次第にRさんの思うつぼ大爆笑です。


そんなRさんのターニングポイント


それは子供の頃、耳をすませて聴いていたラジオ。


「私の子供の頃は家族の長のやる事なす事が絶対の時代でした。


私の家の家長はおじいちゃんです。まだテレビも無い時代に


おじいちゃんの聴くラジオに家族で耳を傾けたものです。


私の出身は地方のため放送局も3局しかなく、番組もニュース


と演芸をおじいちゃんは好んで聴いていました。


私は子供でしたからニュースには全く興味がなくて演芸が始まると


いつもおじいちゃんのそばに行きラジオから聴こえる噺に耳を


すませました。


落語は噺の最後にオチがつきます。


おじいちゃんも私も爆笑です。


笑うって健康! 噺家さんの人柄や体験でこちらまで元気になれます。


時代は変わっても人の人情は変わらずいたいですね。」


Rさんはお酒が大好きです。


噺家としてお客様を酔わせてご自分も酔うのが粋なところです。


お後がよろしいようで…


諦(あきら)めない事を体験したターニングポイント 発明家Aさん(67才男性)


広い工場の一室でそれは世に紹介される事を誇らしげに待っているようでした。


Narundaさんこれ凄いんですよ!


高さは2メートル30センチ幅は1メートル奥行きは5メートル程の神秘な機械。

なんだかパイプがあちこちにあります。


その隣にそれと同じような大きさですが配電盤が装備されています。

各々の発明機の後ろにはその機械を上回る大きなタンクが附随(ふずい)

されています。


機械の一つには筑波大学とメタルでネームとシリアルナンバーのようなものが

印(しる)されていました。


Aさんはその機械の横で満面の笑(えみ)を浮かべてこう話し出しました。


「昨日3リッターのX(エックス)剤を入れて試運転した所です。

失敗でした。」


「そうなんですかぁ~ でも一体なんなんですか?この発明品は?

失敗したのにとっても嬉しそうですし…」(Narunda)


「これはまだ未完成なんですよ! 約3年間試験を何度も繰り返して

昨日の試運転で、とうとう後少し微調整をすれば、完成なんです!」


「この発明機が完成したら市場でたくさん出回っている商品が

ほんの少しの価格が上がるだけで過去の常識が全く変わる商品となり

皆さんのお手元にそれが届く事になりますよ!そんな日ももう間近です!」


Aさんは発明家です。この発明品はAさんのアイディアを基に筑波大学に

依頼して試作し、さらにAさんが加工して完成させるのだそうです。


う~ん… このシチュエーション星新一さんの小説にでも出てくる雰囲気

です。


謎の物体X(エックス)はあえて伏せさせていただきますが、Aさんの発明機

が完成したとしたのならば世界の常識が間違いなく変わる発明に違いありません。


Aさんのターニングポイントは約60年前小学校2年生の夏まで遡(さかのぼ)ります。


Aさんの実家は商品の卸問屋を営んでいました。

Aさんはまだ小学2年生でしたが家業の卸問屋の配達を

当たり前のように手伝っていました。そんなある日従業員さんの運転する車の助手席に乗って

いた時にそれは起こりました。


Aさんの乗っていた車両が交通事故に遭いAさんは車から放り出され

車両の下に挟(はさ)まれてしまったのです。

子供だったAさんの足が大きく損傷してしまいました。

運転手の従業員さんは大きな怪我もなく助かったのは幸いでした。


病院に運ばれたAさんについてドクターからAさんのお父さんに説明がありました。

「現在の医療では息子さんの足を切断しなければ息子さん自身が助からないですよ!」


Aさんのお父さんは言いました。

「先生、私はなんとかしてこの子の足を切断する事なく今後も元気な生活を

させてあげたいのです!なんとかなりませんか?」


「現在の医療では、この足の損傷を治せる方法は残念ですが難しいのです。

それどころか1分1秒でも早く足を切断しなければ息子さんの命に関わるのですよ!

お父さん決断してください…」


ドクターの呼びかけにお父さんは


「わかりました。では私が今すぐ私の知りうる病院すべてのドクターに

連絡をしてこの状態を報告します。それでもすべてのドクターが

手の施(ほどこ)しようがないというのであれば私も諦めましょう。

その時は息子の足を切断してください。」


今と違って60年前の日本にネットも無ければスマホも有りません。

お父さんの知りうる人脈をたよりに呼びかけを行います。

とても迫力があったのだと思います。


1人が2人に声をかけ2人から4人へ4人が8人へ8人が16へ

16人が32人へ瞬く間にその一人一人が見事にお父さんの迫力そのままに

事を伝えられたそうです。


そして


一人のドクターが 「できるかも知れない」と言ってくれました。


とはいえ設備が整っているその病院までAさんを搬送しなければいけません。

しかしAさんの足の損傷が著しく悪く現在の病院から治療の施せる病院まで

搬送する事が危険である事。そのため搬送も認めないというものでした。


Aさんのお父さんは自宅の畳1枚程度の雨樋(あまどい)を外し、

その上にAさんを乗せ、自分のトラック車両で治療のできる病院へと

搬送してしまうのでした。


「出来るかもしれない」 


今のAさんの口ぐせでしたね!


小学校2年生の夏から小学校3年生の夏まで概(おおむ)ね1年間の入院生活で

治療の末Aさんは普通に歩ける状態まで完治されました。


もちろんドクターの素晴らしい手術。

看護師さんの献身。Aさんの若くて優れた生命力もあったと思います。


病院が搬送を認めない中勝手に父親が私を搬送した事は

ドクターを初め病院には迷惑であった事かもしれません。


それでも「出来るかもしれない」という可能性にかけた父親の

お陰でこの足が有り私のその後の人生が大きく変わりました。



私のターニングポイントです。


Aさんと発明機 私はなんとなく星新一さんの

小説「気まくれロボット」を思い出しわくわくした気持ちになってしまいます。