1本の電話 一瞬の勇気 音楽バンドマネージャーSさん(30代女性)



スキルを身につける事を目標にしていろいろな資格を学習される人は多いようです。



私のまわりにも多くの方が様々な事にチャレンジをしています。



難しい勉強では弁護士や公認会計士、不動産鑑定士と


学習時間も何千何万時間と費やすものから


英会話やフラワーアレンジメント、ワイン講座などのように


楽しみながら日常生活でスキルアップできるものがあります。



弁護士や医師などの国家資格は難易度も高いため


多くの人はインプットした知識をそのまま仕事として職に就き、


たくさんの人達にアウトプットしていただきます。



英会話やフラワーアレンジメント、ワイン講座も


道を極(きわ)めるのはとても奥が深く難しい事です。


こちらもインプットした英会話の知識は海外旅行で活躍し


フラワーアレンジメントで自宅の空間を華やかにし


美味しいワインは料理や会話をよりいっそう楽しませてくれるはずです。




私はターニングポイントを紹介しています。



その中での質問や相談に 


「資格をたくさん勉強して取得しましたが何をしたらよいのか解らなくなりました。


またスキルアップのために何か資格を取ろうと思いますが、その資格が役立つものでしょうか?」がありました。



とても多かった質問なので


Sさんのターニングポイントをご紹介致します。




Sさんのご家族はご両親とお姉さんの4人家族です。


お父さんは柔道でインターハイにも出られた豪快でおおらかなそして実直な公務員。


お母さんは美容院を経営されています。


お姉さんも明るく仲の良い姉妹です。



Sさんの趣味は音楽を聴くことです。


海外アーティストの曲が好きで学生時代からそのアーティストの詩を日本語に翻訳をして楽しんでいました。



既に日本語に翻訳されたカードより


自ら辞書を索(ひ)きながら調べた詩。


ルーズリーフにアーティストの思いを重ねます。



高校時代は毎日そのような事をしていました。


大学も語学を専攻しました。


好きな海外アーティストの歌には多くの時間触れる事ができ


語学力も大きくスキルアップした4年間でした。


そして就活



特に何に成りたいという事は私にはありませんでした。


普通に就職をして卒業後も大好きなあの海外アーティストの詩を翻訳して楽しんでいる毎日でした。




数年後



ツアーライブの為(ため)そのアーティストが日本に来る事を知ります。




これがSさんのターニングポイントでした。




情報を掴(つか)むと同時にアーティストの会社に即電話。


「日本に来た彼らを私が通訳するので案内させてください!」



一瞬の勇気で電話をしてしまいました。


おそらく会社もSさんの何かを感じとったのでしょうか。


ジャパンツアーの休日に日本を案内する通訳をして良い事が決定されるのです。



タイトルの音楽バンドマネージャー



世界的なアーティストのバンドも音楽バンドですので間違いではありません。



マネージャーについては謝ります。



Sさんの通訳はとても流ちょうで解りやすく


何よりもメンバーの事を理解していること


日本人の習慣を丁寧に伝える心温かい対応に


メンバーはもちろん


会社から休日後もツアーのスタッフとして


是非同行をして欲しいと素晴らしい評価をしていただくのです。



その後メンバーのお一人とご結婚されました。



パートナーと改めるべきですね!





ターニングポイントに辿(たど)り着くまでが皆さん平穏ではありません。長い月日を経過していろいろな事があったはず。


結果を知るとSさんはこのように成るべくして成った気がします。




資格は役にたちますか?


これからどのような資格が役にたちますか?


いかがでしょうか?


聖書(バイブル)と日本 私がここにいる理由 Pさん(70代男性・既婚)宣教師・牧師(フィンランド人)



土曜日・日曜日・祝日・特に日本では大安と重なるとPさんの一日は忙しくまた喜びに満ち溢れています。


それは大聖堂で牧師として働き多い時には一日に4組もの結婚式に立ち会うからです。


日本ではクリスチャンでなくても教会で結婚式をする人も多く新郎新婦は


Pさんの前で互いに永遠の愛を誓うのです。


やはり純白のウェディングドレスとティアラに女性は憧れますしタキシード姿の男性もクールです。


そのようなカップルの晴れ姿を両親・親戚・友人に披露する事。またお互いの気持ちを牧師さんを通してお互いが一生愛するという事をそれぞれの言葉で証(あかし)をする事。


それがクリスチャンでない方も教会で結婚式をする理由の一つでしょうか?



Pさんはオーロラと白夜そしてサンタクロースの国フィンランドで生まれ育ちました。


自然も文化も素晴らしいこの国を最も愛していました。


大学では会計や経済を勉強してそのような知識を生かす事ができる仕事に就くつもりでいました。


ところがPさんは現在最も愛するというフィンランドではなく日本という国で、しかも大学で学んだ専門とは異なる職業に就いています。



Pさんは日曜日のみ夜の7時から8時まで大聖堂を無料で一般に開放しています。


聖書を流ちょうな日本語で説く時間があります。


世界中でたった1冊の本を手にするとしたらどのような本を読みますかという多くの回答に聖書が挙げられるそうです。


Pさんはこの聖書(バイブル)をフィンランド語、英語、日本語で読む事ができ書物に記されている背景から実に細かな表現ですべての言葉で解説ができます。


日本人の私からみても徹底された勉強ぶりにPさんの並みではないプロ意識を感じます。


音楽の時間を設(もう)けていろいろな楽器の演奏者を招いて演奏会をする時間があります。


日曜日の夜パイプオルガンの音色は3.11の事故の後は厳粛な復興への希望を感じました。



そんなPさんのターニングポイントは聖書(バイブル)のイザヤ書24章14節15節にありました。


何故日本に来るきっかけになったのか


「私がここにいる理由」


奥様の作っていただいたケーキと一緒に聖書を開いて教えて頂きました。



聖書(バイブル)


イザヤ書


14節 彼らは、声を張り上げて喜び歌い、

    

     海の向こうから主の威光をたたえて叫ぶ。


15節 それゆえ、東の国々で主をあがめ、


     西の島々で、


    イスラエルの神、主の御名をあがめよ。



Pさん遠くフィンランドから日本へ来ていただきありがとうございます。


アジアに広がったキリスト教について実のところはまだわかっていないようです。


イザヤ書当時の東の国とはトルコあたりとも聞きます。


海外に移住して生活をする事。


また現地の言葉でわかりやすく説明する事簡単ではないですが


Pさんは実践されている人の一人です。


日本の国立大学への留学と就職 フリーターYさん(30才女性独身)(中国人)


中華人民共和国の北西部、ロシアの南でYさんは生まれ育ちました。


黒竜江省(こくりゅうこうしょう) 哈爾浜(ハルビンHarbin)という都市です。


都市圏人口は475万人。冬はマイナス40°まで気温が下がる時も


あります。


外はそれ程寒いのに都市の中を暖房するパイプがインフラ(生活環境整備)


されていて、どこの家の中も暖かく生活しています。


これほど寒いのに乾燥しているので雪はあまり降らずハルビンは


氷の町と呼ばれています。




Yさんはとても裕福な家庭でした。お父さんが会社を経営していたからです。


ところがYさんが高校生の時、お父さんの経営していた会社が多額の


負債を抱え倒産してしまいます。


将来の心配など考えてもみなかったYさん。


生活が一変してしまった事がきっかけで進学か就職か


そしてその先にある人生を考えるようになりました。



「中国の大学進学は頭が本当に良くないと入れないので困りました。


なにしろ、私はお金の心配も将来の心配もしていなかったので


高校生なのに勉強をしていなかったのです。」


しばらく考えた選択のひとつに日本へ行きたいという


思いがあったそうです。


「夢のような憧れた気持ちもありましたが、日本へのビザの取得がとても容易


であったから日本へ行こうと安易に考えていました。


日本へのビザの申請をした96%は申請が通り、受理されない


のは残り4%しかないと聞いていたのも私の行動に拍車をかけました。」



日本へビザ申請をしたYさん。


96%申請が受理される中、残り4%の中に入ってしまいました。


ここがYさんのターニングポイントでした。



「ほとんどの人達にビザ申請が受理されているのに私が受理


されなかった事は辛く、何かしようとする気力も体力も無くなりました。


でも日本にどうして行きたいのかを考えていなかったのも事実です。」



そこからYさんは日本の大学へ行き経済を学ぼうとするチャレンジが


始まりました。お父さんの会社が倒産した時に自分には何もできなかった


事も学ぼうとする意欲に繋がりました。



{参考までに中国の大学進学率は1978年1.4%(高考1977参考)


20年後の1998年でも4% その後2010年の大学進学率は23%


中国の都市と農村の経済格差は大きいので、上海・北京・広州では


大学進学率が50%を達成し現在も増加傾向にあります。


Yさんが女性で1999年頃はまだまだ国内での大学進学は


稀少だった様子からYさんのチャレンジ目標の高さが伺えます。}



その後、高校時代に勉強していなかった分を取り戻しながら寝食を


忘れて勉強に集中します。


そして日本の国立大学である筑波大学に留学生として合格しました。


誰に決められた訳でなく自らが決めた目標を達成する事の尊さは


世界共通ですね!



しかし現実は厳しいものです。


合格したものの2年分の学費を一括で支払わなければ入学する事が


できません。



「合格すればお金がかかる事くらい当然なのですが、自分にできる事


をまずやってみようというところ。行けるところまで行ってその後は


その時考えようというところ。計画的に行動される人には考えられない


でしょうし笑われてしまいますね。」



「ところが叔母がすぐに2年間分の学費を現金で持ってきてくれたのです。


運がいいなって言われます。でも日本に行きたいなって軽い気持ちだけのまま


だったとしたら最初のビザが通らなかった事であきらめていました。


叔母にお金があったとしても私が大学の試験に合格しなかったとしたの


なら1元も出していただく事もなかったので、行動した後に運が来るような


気がします。」



歳月は流れ大学生活を優秀な成績で修学され3年後から就職活動に入ります。


その歳にYさんの両親が甲状腺機能低下により揃って入院してしまいます。



「これからという時いつも大きな壁を感じます。その時その時で私にとって


人生を考えるチャンスになっているのかもしれません。」



就職は先輩からの紹介でした。先輩が「いい仕事があるけどやる?」


って声をかけて頂いて日本の東京に本社の有る商社への入社が決まりました。


仕事は貿易の仕事です。日本と中国を出張で往来します。


中国から日本で勉強した事が生きる恵まれた仕事だと思います。



ただ今はいろいろな事があって2011年の6月に仕事を辞めてしまいました。


現在はフリーターです。



2011年8月30日に友人4人で富士登山に挑戦しました。


Yさんは休憩もあまり摂らず4時間程度で初登頂に成功しました。


雲ひとつ無い天気にも恵まれ頂上での景色は素晴らしいものでした。


自分にできる事をまずやってみようというYさんの気持ちは


フリーターの今現在でも変わっていません。



下山後Yさんの携帯電話に履歴書を送った会社から


面接の連絡がありました。


ファイティン!