『生物 大量絶滅』 第3回 3回目の大量絶滅(ベルム紀) | 奈良の鹿たち

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『生物 大量絶滅』

第3回

3回目の大量絶滅

(ペルム紀)

(2億5100万年前)

 

(超大陸パンゲア)

 

 

 

 

 

  

ペルム紀(2億9890万年前~2億5190万年前)

すべての大陸が衝突して、3億年前のペルム紀にパンゲア大陸は一つになりました。

石炭紀から続く生物の繁栄はペルム紀の中頃まで続きました。

植物や、両生類、初期の爬虫類、昆虫類が繁栄していました。 他にも恐竜や鳥類、現世爬虫類の祖先となる双弓類も生息していました。地上にも海にも様々な種類の生きものたちが溢れ、まさしく生命の楽園でした。

最も主要な脊椎動物は、哺乳類型爬虫類と呼ばれる単弓類でした。その姿は、ディメトロドンのような帆を持たず、大きな頭部に発達した牙を持ち、そして長い尾を備えていました。そのグループの名前を「ゴルゴノプス類」といいます。

 

超大陸パンゲアが形成されていた3億~2億年前、その海底には海洋の表面からマリンスノーとなって落下した「放散虫」と言われるプランクトンのケイ質の殻が降り積もって、「チャート」というガラス質の地層が長年にわたり堆積し続けていました。

 

大量絶滅(2億5100万年前)

3回目ベルム紀末の大量絶滅は5大絶滅の中でも史上最大でした。

この大絶滅は、地球上の生命をほとんど消し去るほどの規模でした。

このペルム紀と三畳紀の境目は、ペルム紀Permian)と三畳紀Triassic)の頭文字をとってP/T境界と呼ばれます。ペルム紀の大量絶滅は、この境界を挟んで起こり「P/T境界の大絶滅」と呼ばれています。

 

中国の地質学者の研究では、P/T境界の大絶滅は、2億5228万年前頃を中心とした20万年という短い間で起こったということです。そして、大量絶滅は「陸上と海中で同時に進行した」としています。

一方、アメリカの国立科学財団の研究チームは、P/T境界の大絶滅は約2億5200万年前に起き、数十万年にわたりゆっくりと進行したとする報告書を発表しました。これまで、この大絶滅は、突然地球全体でほぼ同時に起きたと推測されていましたが、最近ではこの見解への疑問も生じています。今回の研究では火山爆発が、まず有毒ガスや火山灰を噴出させ寒帯の生物に影響を及ぼした後、さらに温室効果の極めて強いメタンを大量に放出したとしています。その温室効果は数万年から数十万年にわたって続き、生物絶滅が進んだと推察しています。

どちらにせよ、地球史から見れば短期の20~60万年の間に海生生物のうち最大96%、陸上脊椎動物の70%以上、全ての生物種で見ても90%から95%が絶滅したことになります。

 

大陸棚の浅い海には、多種類の動物が生息していましたが、その多くが短期間で絶滅しました。 中でも海底に固着生活していたサンゴ(この後300万年かかって復活再生)やウミユリ、フズリナ、腕足類などが大きな被害を受けました。また当時の海洋の中央部においてはプランクトンが一時絶滅しました。

 

海洋地帯では長期の酸素欠乏状態になり、放散虫の大量絶滅が起きました。通常、放散虫の堆積物チャートは酸化鉄を含むために赤い。海洋の表面では植物性プランクトンや一部の細菌が光合成を営み、酸素に富んだ表層海水を作っています。この表層海水が深海まで循環するので、海水中の鉄イオンが酸化鉄として沈殿するからです。しかしP/T境界の大絶滅前後のチャートだけは、灰色ないし黒色です。これは海水中の酸素量が激減したために酸化できず、硫化鉄ができたからです。

   

P/T境界を挟んで約2000万年もの間、超海洋の深海は酸欠状態になっていました。このような長期間の海洋酸欠事件は、特別に「超酸素欠乏事件(スーパーアノキシア)」とよばれます。
 

数を減らしつつあった三葉虫は、とどめをさされる形で完全に絶滅しました。

アンモナイトも大きな打撃を受け、95%以上の属が姿を消したと考えられています。

陸上では、両生類や古生代型生物群のディメトロドン、ゴルゴノプス類のほとんどが、完全に絶滅したわけではないが大打撃を受けました。昆虫類も打撃を被り、中でも巨大飛行昆虫は全滅しました。

植物界でも、それまで栄えていた森林の崩壊が起き、代わってキノコなどの菌類が大繁殖しました。

 

大量絶滅後

大量絶滅と生き残ったものによる「適応放散」が比較的短期間に繰り返されたことで、より派生的な形質への進化が多くの生物において促されることになりました。哺乳類及び主竜類(ワニ、鳥類を含む恐竜)の直系の祖先も、この時代に出現しています。

地上の生き物が新たな姿で復活するまで、約1000万年近くもの時間の経過を要しました。

絶滅は、原因がどのようなものであれ、生物の進化にとっては非常に大きな影響を与えるもので

あり、一面では「絶滅は進化の一部である」とも言えます。

 

大量絶滅の原因

大量絶滅の原因はよくわかっていません。それを知る手がかりは大陸の移動によって深く埋もれ、散逸してしまったからです。

どの要因も、原因と結果の相関関係だったり、複合的に発生した可能性が高いのです。

 

●超大陸パンゲアの移動➡巨大火山活動

超大陸パンゲアが完成して、大きく一体化したために地下のマグマの温度が上がり、巨大なマントルの上昇流である(スーパーホット)プルームが発生して、大規模な火山活動が起こった。そして、このことがパンゲア大陸分裂の引き金になったという説。

超大陸パンゲアが、一体化完成後に徐々に分裂を始めたため、プレートがマグマに沈み込み、(スーパーホット)プルームによって大規模な火山活動が原因になったという説。

 

(スーパーホット)プルームは、直径1000kmもの巨大なマグマの固まりが地表を突き破り、長さ数百km、高さ3kmもの火柱になりました。この大噴火は100万~200万年も続き、成層圏にまで達した噴煙は、地球全体を覆い尽くしたらしい。太陽光線が届かなくなった植物は、光合成が出来なくなって枯れてしまい、地球全体が酸素欠乏状態(スーパーアノキシア)に陥りました。暗黒で寒い冬の時代が長く続くことになりました。

全地球規模の環境変化と大量絶滅が起きる一連の事件連鎖が推定されます。

 

シベリア・トラップ と呼ばれる洪水玄武岩流が、シベリアの広い範囲に残されており(溶岩跡は700万㎢の範囲にまで広がって2000kmの長さ)、これが当時の火山活動の痕跡と考えられています。

 

P/T境界の大絶滅は、約800万年の間隔をあけて2段階に分けて起こったという説があり、化石の証拠があるということです。

1段階目は2億6000万年前で、シベリアの巨大火山活動による成層圏エアロゾルが、太陽光を遮断することによって地球規模の気温低下と干ばつを起し、酸性雨が降り、それにより陸上植生が崩壊しました。2段階目は2億5200万年前で、シベリアの巨大火山活動から放出されたCO2などの温室効果ガスは、地球温暖化を促進しました。緯度による海水温差が小さくなり、海洋循環が停滞し、海洋深部の無酸素化は最大になりました。

 

東北大学海保名誉教授らは、P/T境界の地層に、「コロネンcoronene」(カルパチア石)という物質が多く含まれていることを発見しました。コロネンが燃焼するには、森林火災を上回る1200度以上の高温を必要とします。具体的には高温のマグマか、天体の衝突によるものです。まとまった量のコロネンは大量絶滅が起きた年代の地層でしか見つかっていません。デボン紀後期に発生した大量絶滅の時のF/F境界の地層からも、コロネンは出土しています。海保教授らはコロネンを手掛かりに、大量絶滅の原因は大噴火以外にあり得ないと結論づけました。

 

●メタンハイドレードの崩壊➡酸素濃度の低下

また、温室効果による海水温の上昇で、深海のメタンハイドレートの大量に融解・気化を引き起こしました。それによって、さらに温室効果が促進されるという悪循環が発生し、環境が激変したと考えられています。メタンガスの温室効果は実に二酸化炭素の20倍ともいわれ、赤道付近では気温が10℃上がり、極地では20℃~30℃も上昇したといわれています。大気中に放出されたメタンと酸素が化学反応を起こし、酸素濃度が著しく低下しました。陸上・海中で酸素欠乏が起こっていました。石炭紀末期~ペルム紀初期には35%あった酸素濃度が、三畳紀初期には12%という低い値まで下落していたようです。この大気中酸素濃度の変化率は、多くの生物にとって堪えられるものではなかったはずです。それ以降、長きにわたり低酸素時代が到来しました。

 

●酸素濃度低下

約3億年前、石炭紀の後期に二酸化炭素濃度は現代の程度まで低下し、この前後、寒冷化が起きていました。一方で酸素濃度は地球史上最高の35%となっていました。これは植物の活動(光合成)が大きいとみられます。しかし、これ以降、樹木を分解できる菌類(白色腐朽菌)が登場して酸素を大量に消費して二酸化炭素を増大させていきました。ペルム紀を通じてこの傾向は続き、P/T境界(ペルム紀と三畳紀の境目)で以降の地球の低酸素環境は決定的となりました。

高酸素濃度下の古生代(石炭紀後期からペルム紀)に繁栄した単弓類(哺乳類型爬虫類)はP/T境界に多くが死に絶えました。そして、この時代を生き延びて三畳紀に繁栄した主竜類の中で、気嚢により低酸素環境への適応度を先に身につけていた恐竜が、後の時代に繁栄していくことになります。なお、単弓類の中で横隔膜を生じて腹式呼吸を身につけたグループは、低酸素時代の危機を細々と乗り越え哺乳類の先祖となりました。

海の中でも、P/T境界をはさんで約2000万年もの間、深海は酸欠状態になっていました。このような長期間の海洋酸欠事件は、特別に「超酸素欠乏事件(スーパーアノキシア)」とよばれます。この超酸素欠乏事件も、異常な火山活動の暗黒気温低下にともなって、生物圏の光合成活動が停止したために起きたと考えられます。生物圏の光合成活動が抑制されはじめると、深海まで十分な量の酸素が供給されなくなり、まず深海水が酸欠状態になって、やがて浅い海さえもが酸欠状態に陥りました。

その後、暗黒気温低下が終わると、光合成の再開とともに大気の回復がはじまりました。回復は逆に浅い部分から進み、最後に深海まで酸素が届く状態まで戻り、回復とともに新たな生物群が登場しました。

 

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ベルム紀の3回目大量絶滅ストーリー 『超圧縮 地球生物全史』ヘンリー・ジー著

ペルム紀の終わり近く、何百万年もかけて地球の奥深くから上昇してきたマントル・プルーム(流動化したマグマの流れである)が、上にある地殻と接触し、それを融かしてしまった。

マントル・プルームは、かつては青々とした熱帯雨林だった場所が、マグマの大釜に変わり、にじみ出てくる溶岩と有害なガスの煙が温室効果を高め、海を酸性にし、オゾン層をずたずたに引き裂き、紫外線に対する地球のシールドを低下させた。

生命がこの災害からまだ立ち直っていない約500~700万年後に、さらなる災害が発生した。

本格的変動は、さらに大規模なマントル・プルームで、地球の奥深くから湧き上がり、現在の西シベリアで地表に穴を開けた。地面が砕かれ、無数の亀裂からにじみ出た溶岩が、現在のアメリカ大陸の大きさに相当する地域を、厚さ数千メートルの黒い玄武岩で覆いつくした(シベリア トラップ)。

それに伴って発生した灰、煙、ガスが、地球上のほぼすべての生き物を死滅させた。

しかし、それは一瞬にして起きたわけではない。有毒物質による苦痛に満ちた責め苦は50万年にもおよんだ。地球の平均気温を数度上昇させる温室効果をもたらすほど大量の二酸化炭素が発生した。

すでに酸素の欠乏と灼熱の暑さに見舞われていたパンゲア大陸の一部は、完全に生物の生存が不可能になった。テチス海を縁どるサンゴ礁への影響は、まさに壊滅的だった。サンゴ礁をつくりあげているゼリー状のポリプのなかに住む、太陽を好む藻類は、温度にとても敏感だった。海水温が上がると、藻類は住みかから立ち去り、サンゴの本体ポリプは死んでいった。サンゴがいなくなると、サンゴに住んでいた多くの生き物も絶滅した。

しかし、それだけではなかった。

火山は酸で空を焦がした。二酸化硫黄(亜硫酸ガス)がぶくぶくと空高く舞い上がった。その二酸化硫黄がミクロの粒子をつくり、そのまわりに水蒸気が凝縮して雲をつくり、太陽光を宇宙空間に反射させ、一時的にだが、地表を冷やした。暑さの合い間に、たびたび厳しい寒さが襲った。しかし、雨にまじって陸地に降った二酸化硫黄は、酸となって地面から植物を引き剥がし、土壌に染み込み、森の木々は焼かれ、その場で黒こげの切り株と化していった。微量の塩酸やフッ化水素酸が痛みを増幅させた。

そして、雨となって降る前に、塩酸は有害な紫外線から地球を守るオゾン層を傷つけた。

平時なら、海のプランクトンや陸の植物が二酸化炭素の大半を吸い取ってくれるはずだが、植物はすでにストレスにさらされていた。そのため、二酸化炭素は植物に吸収されず、雨に洗い流されて、風化を加速した。土壌を安定させる植物がないため、土は風雨に流され、岩肌がむき出しになった。海は土砂と、陸上で殺戮された動植物たちの死骸でできたクルトンとで濁る濃いスープと化した。腐敗菌はその遺骸に働きかけ、残されていた僅かばかりの酸素を使い果たした。有毒な藻類が遺骸を肥料にして繁茂したが、やがてそれも枯れ果ててしまった。

水中でブクブク泡立つ酸は、触れた海の生き物の甲羅を侵し、融かしていった。たとえ、暗く淀んだ海を生き抜いたとしても、多くの海の生き物が依存する石灰化した骨格は薄く、もろくなり、やがて殻をつくることさえできなくなった。

そして、さらに悪い事態が待っていた。

マントル・プルームが、それまで北極海の地下で氷結していたメタンガスを不安定にしたのだ。

メタンガスは轟音と噴煙を上げながら海面まで上昇し、大気中に数百メートルも噴きあがった。

メタンは、二酸化炭素よりもはるかに強力な温室効果ガスだ。温室効果は急上昇し、世界は焼けついた。

それでもまだ足りず、数千年ごとに噴火が起こり、水銀の蒸気が大気中に放出され、窒息したり、ガスにやられたり、燃やされたり、煮沸されたり、焼かれたり、揚げられたりして、存在するすべてのものを汚染した。

その結果、海では20種につき19種、陸上では10種につき7種以上の動物が絶滅に追いやられた。例えば、この絶滅によって、三葉虫の最後の一匹が死んだ。茎のある棘皮動物であるウミツボミも同様だった。ほとんどすべての貝類は、酸で焼かれるなり、空気のない海中で腐敗物に溺れるなりして死滅してしまった。生き残ったのは、ごくわずかな種だけだった。

陸上では、何世代にもわたる両生類やは虫類の命が一掃された。動きが鈍く、角を持ち、イボイボしたパレイアサウルス類の軍団はすべて消え去った。同じく、背中に帆がある盤竜類もペルム紀を生き延びることができなかった。その近縁種である獣弓類もほとんど生き残らなかった。ペルム紀の平原でトクサ類やシダを食んでいたディキノドンの大群は、彼らをつけ狙っていた犬歯を持つゴルゴノプス類とともに、ほぼすべて淘汰された。

両生類は、デボン紀に自分たちが這い出てきた、元の水のなかへと完全に追いやられてしまった。陸上で暮らしを築きあげ、よりは虫類的な生活や習性を持つようになったものは、すべて絶滅してしまった。

すべての羊膜動物の祖先は、こうした生き物たちのグループのなかから石炭紀初期にあらわれ、陸上生活が手の届くところまできていた。しかし、彼らのような生き物は現在では残っていない。

巨大火山噴火は、シベリアで盛大に開け放たれ、ほとんどすべての生命を奈落の底に吸い込んだ。土地はむき出しの静かな砂漠と化した。わずかに残った植物は、ほとんど死にかけている地球という難破船にしがみついていた。海は死んだも同然だった。サンゴ礁は消え、海底は悪臭を放つスライムの絨毯で覆われていた。

まるで、生命が先カンブリア時代に逆戻りしてしまったかのようだった。

 

しかし、生命は戻ってくる。そして、世界が見たこともないような、色とりどりで絢爛豪華な騒がしいカーニバルが繰り広げられることとなる。

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次回は第4回「4回目の大量絶滅(三畳紀)」

 

 

(担当B)

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