『生物 大量絶滅』 第2回 2回目の大量絶滅(デボン紀) | 奈良の鹿たち

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『生物 大量絶滅』

第2回

2回目の大量絶滅

(デボン紀後期)

(3億7400万年前)

 

(ダンクルオステウス)

 

 

 

 

デボン紀(4億1920万年前~3億5890年前)

デボン紀は超大陸のゴンドワナ大陸が南半球を広く覆い、北半球にはシベリア大陸が分布し、赤道付近ではバルティカ大陸などからなるローラシア大陸がイアペトゥス海を狭めながらゴンドワナ大陸方向に移動していました。現在のスコットランド高原やスカンディナヴィアをまたいで成長し、アパラチア山脈も現在の北アメリカ大陸で成長しつつありました。

デボン紀は魚類が進化し「魚の時代」とも呼ばれていて、多種多様な海洋生物が存在していました。強力なアゴを持つようになった魚類が脊椎動物として生態系の頂点に立ていました。その代表がダンクルオステウスで、体長6mの肉食性の魚です。アゴに並んでいる鋭い歯は、歯ではなく歯の役割をするために変化したアゴの骨でした。

ダンクルオステウス

また、ティクターリクなどの初期の四足動物には脚構造が進化し始めました。

ティクターリク

 

 

デボン紀は、「植物」の隆盛を迎えた時代でもありました。

植物は、オルドビス紀以降蘚類や苔類および地衣類にも似た形態だった植物は、種と維管束系(水の輸送・貯蔵を担う器官)を発達させ、まだ草食動物との競争がなかったことから、陸地を覆い「森林」としての生態系を実現させました。巨木化したシダ類植物や高さ40mのリンボクなどが出現し、種子をもつ原始的な「裸子植物」もあらわれました。

 

大量絶滅(3億7400万年前)

デボン紀初期~中期に植物・昆虫類・節足動物が現れた後、後期に大量絶滅が起きました。デボン紀後期(3億7220万年前)の大量絶滅の境界線をF/F境界( Frasnian–Famennian boundary)と呼び、これはデボン紀後期のフラニアン期とファメニアン期の境界に相当します。

絶滅は主に海洋生物にのみ影響したらしく、陸上に進出を始めていた植物や動物、浅瀬に住む腕足動物や三葉虫・筆石・海綿およびサンゴなどの造礁生物などが打撃を受けました。特に造礁生物はほぼ完全に絶滅しました。そして、甲冑魚(硬い外骨格を持つ魚)や板皮魚類(ダンクルオステウス)のほとんどが絶滅しました。

一方、軟骨魚類のサメ類は生き残り以後の繁栄に繋がりました。

高緯度より低緯度、淡水域より海水域において絶滅率が高いことが分かっています。

海生種が87%絶滅しているのに対し、淡水種では30%の絶滅に留まっていました。

この大量絶滅はビッグファイブの中では最小ですが、全海洋生物種のうち82%、属では50%代、科では19%が絶滅しました。

 

この出来事は「ケルワッサー事変」とも呼ばれ、F/F境界とケルワッサー海洋無酸素事変層は時期的に一致します。なお、デボン紀には大きな絶滅がD/C境界(デボン紀~石炭紀境界)をはじめ他の時期にも起こっていました。デボン紀の大量絶滅が主に上記の2つの大規模な絶滅事変で構成されるか、あるいは小さな絶滅事変の連続からなるかは明らかでありませんが、約2500万年の間に300万年間隔で7回もの絶滅事変が起きたとされていて、これらを合わせて「デボン紀の大量絶滅事変」として扱われることが多いです。

 

大量絶滅の原因

大量絶滅の原因はよくわかっていません。それを知る手がかりは大陸の移動によって、深く埋もれ散逸してしまったからです。

さらにデボン紀大量絶滅は、長期間に及んで起こったためと何度も間をおいて起こったため、原因を1つに絞ることは難しく、原因と結果を分けて考えることも困難なのです。

中期デボン紀の終わりから後期デボン紀にかけては、複数の環境変動が検出されています。海洋深層水の無酸素水塊の拡大、埋没した炭素同位体比の急上昇、特に熱帯の礁における底生生態系の荒廃などが環境変動の証拠であり、絶滅事変の前後では頻繁に海水準が変動していたこと、そしてそのうち1回の海面上昇が無酸素堆積物と関連していることもわかっています。

●火山噴火

デボン紀後期の地層に、コロネン(coronene)という物質が多く含まれていることが分かりました。コロネンは炭化水素で生成に1200℃を超えるような大きな熱エネルギーが必要であることから、ホット(スーパー)プルーム(後述)が上昇して熱源となり、堆積有機物がコロネンに変化し同時に水銀も生じたと推測されました。まとまった量のコロネンは大量絶滅が起きた年代の地層でしか見つかっていません。コロネンと水銀は岩石の過熱で生じた二酸化硫黄や二酸化炭素およびメタンといった気体の圧力で世界各地へ拡散され、二酸化硫黄はエアロゾルを形成して短期間の寒冷化をもたらし、その後は温室効果ガスである二酸化炭素とメタンの働きで気温が上昇したとされます。

デボン紀後期の地層から、当時は東ヨーロッパとシベリアに大規模な火山噴火があったことが知られています。

2021年に東北大学大学院理学研究科は、フランス南部・中国南部・ベルギーにおいてコロネンと水銀が後期デボン紀の地層で同時に濃縮していることを発表しました。

大規模火山の噴火は、地球深部の高温物質がマントルから地表に向かって上昇する「ホット(スーパー)プルーム plume」によって起こります。噴火で拡散した二酸化硫黄や二酸化炭素などが引き金となって気候が変動し、大量絶滅が起きたと考えられます。

●氷床

この時期、大陸移動による氷床 の発達による気候の急激な変化、海水面の後退(海退)、乾燥化、低酸素化などの大きな環境変化がデボン紀後期に繰返し発生し大量絶滅が起こったとも考えられています。

●海洋無酸素事変「Oceanic Anoxic Event(OAE)」

これは海洋底に酸素が全く無くなるか、あるいは海水が著しい貧酸素の状態になる事象をいいます。デボン紀末やペルム紀末のほかに、ジュラ紀や白亜紀にも何度か繰り返し起こっています。

海洋無酸素事変が起こる仕組みは、次のようなものです。

地殻変動や火山活動が活発になると、地殻から大量の二酸化炭素が噴出して大気中に入り、温室効果によって地球全体で気温が上昇します。これにより海水温も上がると海底に酸素が行き渡らず無酸素状態になってしまうのです。こうした異変は一定期間続いた後、数万年から数百万年かけて徐々に回復していきます。

デボン紀末の時は、大規模なマグマの活動(スーパープルーム)によって気温が上昇し、海底では海洋無酸素事変が起こり、陸上でも大量の二酸化炭素がもたらされたことで大量絶滅が起こったという説があります。

海洋無酸素事変が起きると、動物の死骸などからなる有機物が酸素で分解されずに堆積して暗褐色や黒色になったチャート(放散中の殻が堆積してできる岩石)が多く見られ、それが事変が起こった証拠となります。

●隕石衝突

デボン紀後期の地層から、小天体衝突の証拠となる隕石物スフェルール (巨大隕石衝突で出来た球状の粒子)の存在が報告されています。

スウェーデンのシリヤン・クレータ(直径50km)が、この時代のものであるとされています。

時期的に魚のコノドントの絶滅パターンと照らし合わせて、同時期か直前に地球に衝突したと考えられていますが、白亜紀末のチチュルブ・クレーターは直径160㎞にもなり、シリヤン・クレータはそれに比べて小さく、生物大量絶滅の引き金になりうるほどの破壊力はなかっただろうと考えられています。

この時期から数百万年の間にさらに2つの隕石が落下したという報告もあります。

また地球近くで起きた超新星爆発によって、オゾン層が減少したという説もあります。

  

●森林樹木

「海生生物が大量絶滅という大規模なダメージを受けた原因が、実は大量に陸地に進出した樹木・森林だったのではないか?」という仮説が出されています。

広大な地域に広がった森林そして豊富な土壌は、ミミズやバクテリア、そして植物自身にとって最高の生活環境を創出しました。しかし地中深くまで樹木の根によって耕された大地、そして生産された「膨大な量の土壌」は風雨などによって簡単に流され遠くまで撒き散らされました。 当時の河川が大量の土砂を海まで運んだ証拠があがっています。「海中に漂う大量の土壌が、当時の全ての生物に、壊滅的なダメージを与えた」というのです。同時に水中に含まれていた酸素が急激に低下したとも考えられています。多くのプランクトンがまず犠牲になり、それを餌としていた海中生物が続けて絶滅に陥りました。 

そして、森林の巻き起こしたもう一つの大きな影響は、「大気環境」にもあらわれました。 デボン紀の後半に入ると、二酸化炭素の濃度が急激に下がったパターンが多数の地質学者たちから指摘されています。植物は光合成の過程により二酸化炭素CO2を取り込み、酸素O2を排出します。デボン紀後期の大気中において急激に減った二酸化炭素、そして増加した酸素の濃度は、樹木・森林の大進化と密接に繋がっていた可能性が大きいのです。  樹木・森林の出現は、多くの生物と環境において必ずしも「歓迎されていたわけではなかった」とも言えます。

 

デボン紀後期の大量絶滅の原因は特定は困難

デボン紀の大量絶滅は、何がきっかけで多くの生物が絶滅したのか、いまだ謎の多い出来事です。8割ほどの生物種が絶滅したといわれていますが、大量絶滅を引き起こす決定的な説明が出来ません。

デボン紀の大量絶滅には、ちょっとした特徴があります。

デボン紀という時代は「魚の時代」といわれるほど、魚類が大繁栄した時代でした。しかし、魚類では海に住む種類と湖や川などの淡水域に住む種類とで、絶滅率に明確な差がありました。

板皮類(硬い甲羅で覆われた古代魚・ダンクルオステウス)など海に住む種の65%が絶滅しましたが、淡水に住む種は23%程度でした。棘魚類(エラに棘のある硬骨の古代魚)では海に住む種の87%も絶滅していましたが、淡水に住む種は30%程度です。

いずれも海生種に深刻なダメージを与えていることが窺えますが、魚類に限らずデボン紀には節足動物など陸の生き物より、三葉虫や腕足類、サンゴなど海の生き物の方が顕著に絶滅しており、この大量絶滅は海の中で主に起こったことが特徴なのです。

また、二枚貝の腕足類は赤道近くといった低緯度の熱帯の海に住む種類は91%と壊滅的なのに対して、高緯度の冷たい海に住む種類は27%に留まっていました。この絶滅率の差から、大規模な寒冷化が起こったものと考えられます。しかし、デボン紀の生物大量絶滅の時期に、今の南極のような大規模な寒冷化による氷床の痕跡は今のところ見当たらず、その原因が寒冷化だと確実には言えないのです。

いずれも状況証拠でしかなく、はっきりと結論付けるのは難しいのです。

そもそも大量絶滅など起きていないという見解もあるくらいです。それによれば、この時期は自然に起きた絶滅が少々多く、かつ生物の進化も少し遅れただけなのだ、というのです。

 

大量絶滅後

大量絶滅から海洋生態系が回復するには3600万年を要したと見られています。

昆虫の初期の進化史は不明な点が多い。節足動物的な昆虫の断片的な化石としては、シルル紀からデボン紀中期のものが発見されていますが、デボン紀中期以降の昆虫に関しては断片的でしかわかっていません。現在のような昆虫があらわれるのは、約3億4500万年前の石炭紀からでした。この2つの時期の間には、化石標本があまり見つからない空白期間がありますが、その期間中に大幅な進化が起こったと考えられています。

海ではオウムガイが進化してアンモナイトがあらわれました。

アンモナイトは、シルル紀末期(もしくはデボン紀中期)から白亜紀末までのおよそ3億5000万年前後の間、海洋に広く分布し繁栄していました。以来、彼らは実に長くの時代を繁栄していましたが、白亜紀末のK/Pg境界を最後に地球上から姿を消しました。

頭足類の中では一見似たような形の殻をもつオウムガイよりも、むしろイカやタコに近い生き物ではないかと考えられています。

そして、この大量絶滅を生き残り4本足を持つ脊椎動物である両生類が陸上進出を始めました。

淡水域に住む「生きた化石」と呼ばれているシーラカンスや肺魚のような肉質のヒレを持つ魚類から脊椎動物で初めて4本足を持つ生物である両生類があらわれました。ヒレを持つ魚が4本足を持つようになったのは、デボン紀の巨大な森林の中で淡水域にすむ魚たちは堆積した植物を掻き分けて泳いでいるうちに、ヒレの中に丈夫な骨がつくられたのではないかと考えられています。

イクチオステガは体長1mで、シッポに尾ひれがあったので水陸両生でした。後肢の指は7本、前肢は見つかっていませんが指は5本以上あったと推測されています。

イクチオステガ

絶滅は、原因がどのようなものであれ生物の進化にとっては非常に大きな影響を与えるもので

あり、一面では「絶滅は進化の原動力である」とも言えます。

 

 

 

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次回は 第3回「3回目の大量絶滅(ベルム紀)」

 

 

 (担当 B) 

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