『北海道の地質的景観』 第9回 旭川 神居古潭 | 奈良の鹿たち

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『北海道の地質的景観』 

第9回

<旭川 神居古潭>

(かむいこたん)

 

 

 

深川と旭川の間にある渓谷は、神居古潭(かむいこたん)渓谷と呼ばれています。神居古潭(かむいこたん)のカムイとは「神」を意味し、コタンは「いるところ」という意味です。近辺には、竪穴式住居跡やストーンサークルなどの遺跡があり、縄文時代から人が住んでいたことがわかります。

神居古潭は今も昔も舟,近くでは鉄道や道路など交通の要所ですが、固い岩石がでているためにトンネルができ、スムースに通行することができるようになりました。

旭川盆地を流れる全ての川が合流した石狩川が、山地の迫る3kmほどの変成岩地帯を激流となって通過しています。夕張山地と天塩山地のつなぎ目が、神居古潭渓谷にあたります。

神居古潭が渓谷となっているのは、固い岩石が出ているためです。

 

古日本海溝と呼ばれる海溝が大陸の縁にあり、そこでのプレート沈み込みによって、約1億2000万年~6000万年前に変成帯が形成されました。変成帯は、現在の北海道の中央付近~サハリンに広く分布していて、北海道では神居古潭変成帯と呼ばれています。

神居古潭変成帯は、蛇紋岩と変成岩を主体とする岩石からできます。

この変成帯にある岩石を神居古潭変成岩といいます。この緑色の岩は蛇紋岩(じゃもんがん)といい、もともとは海の底に広がっていた玄武岩の岩盤で、海洋プレートの動きによって大陸プレートの下に沈み込んでいき、地下15~30㎞の深さで膨大な圧力と熱による変成作用を受け、鉱物が再結晶化して結晶片岩という変成岩になりました。すなわち沈み込み帯の低温高圧の状態で変成した変成岩で、地殻変動などによって上昇した結果、地表に現れたものです。

白い筋は、石灰岩質で蛇紋岩に取り込まれています。

蛇紋岩は、濃い緑でテカテカとして、まだら模様となることがあり、文字通りヘビの紋のような見かけを示すことがある岩石です。 蛇紋岩は、もともとマントルを構成していた岩石(カンラン岩と呼ばれています)が、地殻変動により、水を含み蛇紋岩となり密度が小さくなり、上昇してきたものです。蛇紋岩は、水の含む程度によって岩石の性質や見かけが変わり、含まれる水が少なければ比較的しっかりとした岩石になります。しかし、水をたくさん含むと、すべすべとして滑りやすく、侵食されやすい岩石となります。 地下深部で蛇紋岩となった岩石が上昇する時、周囲にあった変成岩を取り込んで上がってくることがよくあります。

旭川市の天然記念物になっているのが、神居古潭渓谷の岩盤に見られる甌穴(おうけつ)です。甌穴とは川底や川岸の岩石の表面にできる円形・楕円形の穴で、ポットホール、かめ穴とも呼ばれています。激流の痕跡として,様々なレベルの岩盤にあいた大小の甌穴が見られます。もともとは岩のくぼみであったのが、小さな石が激流で回転しながら穴を深く掘りこんでいきます。このような現象が、長い時間かけて繰り返し起こると、固い岩でも深い穴が形成されていきます。 甌穴の起源について、アイヌの伝承(ユーカラ)として残されています。

 

 

 

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 次回は 第10回「白滝 黒曜石」

 

 

(担当 G)

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