備忘録:
わたしの国語の授業で指針にしていることの「1つ」に、以下の田中実さんの考えがあります。
「文学作品を読むというのは、基本的にこういうふうに考えています。対象の発見は自己発見、自己発見は対象の発見に反転し、自己倒壊を起こしていくこと、知識を身に付けて自分を太らせ、豊かにするのではない。つまり、向こうにあるものを見つけることは、自分が見えることであって、自分が見えることは対象が見えること、対象そのものは見えない、そんな中で既存の自分を瓦解していくこと。読むことの究極、その極意は、小林秀雄の言うような作家の星を発見することではない、自身を抉り出すこと」※正確な引用でありません。
そこで、いま、中2で読んでいるのが「ごんぎつね」、中3で読んでいるのが「やまなし」です。
「ごん」については、小4でみんな読んでいますので、まずは何も解説もなしで、「いま、中2で読んでみてどんな物語だと思う?」という問いで言語化してもらいました。
そして、「自己倒壊」のアイテムとして、下記の3つの情報を提示して、自己の読みをとらえなおしてもらっています。
1、プロットとストーリー:プロットは「王は死んだ。悲しみのあまり王妃は死んだ」。ストーリーは「王は死んだ。そして王妃は死んだ。」。プロットは「因果関係」。ストーリーは「時間の流れ」。プロット「因果関係」で、最終場面を読み直した時に、どんな作者の仕掛け(悲しみや哀れさ、あるいは救いを読者に感じさせる仕掛け)が明らかになるだろうか?
2、冒頭で、「わたし」は村の茂平からこのお話を聞いている。ということは、この話は江戸時代ぐらいから村に伝承されてきた話であり、それが茂平によって語られているということになる。では、この物語を語り始めたのはだれか?「物語内」に限って言えば、それは兵十以外にありえない。なぜなら、この物語は兵十と「ごん」の間に起こった出来事に基づいて語られており、ほかの人間は物語に参加していないからだ。とくに最後の場面は兵十と「ごん」だけが知りえる場面であり、この最後の場面の出来事があるからこそ、この物語は兵十によって語られることとなり、村に伝わることとなったに違いない。なぜなら、きつねという「けもの」が人間に贈り物をする、しかも罪悪感や共感のもとに・・・であるからだ。そうした観点でみると、「ごん」の内面の語りもまた、その多くはあるいはその一部は兵十によって語られているといえるだろう。そうした観点で見たときに、この物語はどう見えるだろうか。
3、この物語は新美南吉によって書かれた。その原作では最後の場面でごんは、「嬉しそうに笑って」死ぬ。しかし、絵本や教科書に載っている「ごんぎつね」では、鈴木三重吉という人がその部分を削っている。では、「嬉しそうに笑って」という部分があるのと無いのとでは、「読み」が変わるだろうか?変わらないだろうか?それはなぜだろうか?
「ごん」の内面は「ごん」が語ったものではなく、兵十が語ったものが村人に伝承されて語り継がれた、と読むのが「物語内」では自然です。その伝承を茂平から聞いた「わたし」がさらに語る、というのが、「ごんぎつね」の語りの構造です。
すると、「ごん」の言葉も内面も、語り手が語らせているということになります。そこに仕掛けがあってそれを読むことが重要だと思います。
具体的には、最終場面で兵十は、ごんが「くりやまつたけ」を持ってきてくれていたことを理解しますが、ごんが「ひとりぼっちの兵十」に共感していたことまではわからない、そこに、断絶があり、悲哀がある、というような読みを批判できるということです。その「ごん」の内面は兵十が語っているのですから。
こんなことを考えながら2年生と授業を作っています。







