名古屋の都心部から
目抜き通りを南へ車を走らせると
少し辺鄙な郊外にさしかかる。
そこに少し変わった楽器屋がある。
店内に入ると、それは私の理想そのもの
ちょうど欲しいと思っていた・・・
軽量で音抜けの良いテレキャスターのボディ
ちょうど欲しいと思っていた・・・
派手過ぎず地味でもない杢目のメイプル
ちょうど欲しいと思っていた・・・
加工途中のSGシェイプのマホガニー
そのどれもが信じられない破格で売られている。
願ったりかなったりの品ぞろえで
私はそれをドキドキしながら眺めている。
ただ、それらの品を一品も手に入れる事ができないでいる。
買う気満々のところで目が覚めるのだ・・・
「そんな店、ある訳ないよなー」と
一人で苦笑いするのである。
もう何度同じ夢を見たのだろうか。
なーんだそれ?下らねーと
この文章を読んでいる多くの方は思うだろう。
もう50年も人間をやってると
物事の観方の角度が変わってくる。
そう、価値観ってやつだ。
今朝も、その楽器屋に行ってきた。
その楽器屋に行けるのは仕事の山を越えて
ホッと眠りにつく時だけだ・・・
だから、そうそう「その楽器屋」に行くことはできない。
もちろん夢の楽器屋だから、実際に買うことはできない。
でも「その楽器屋」は実在していて
いつか辿り着けるのでは無いかと思うようになってきた。
大丈夫か?もうボケが始まったか??と
周りの人たちは笑うだろう。
そうではない
「夢」に対する価値観の変化だ。
つまり・・・
いつか辿り着ける
と信じて生きたほうが幸せだと言うことに気が付いたのだ。
歩きながら電話ができる
一瞬で地球の裏側へメッセージを送ることができる
昭和の頃には信じ難い生活を
当たり前に送るようになった。
「人類の技術の賜物だ」
物質主義でとらえれば正論だが
この当たり前を大昔に誰が予測しただろうか。
そう、夢は儚く消えるものと考えるのも自由なら
夢はいつか現実になると信じるのも自由である。
そろそろ忙しくなりそうだ・・・
と、白い髭のお爺さんが
トナカイを撫でながらつぶやいている。
手元のSiriに聞いてみてほしい。
ほら
サンタクロースが実在しているのと同じくらい
あの楽器屋も実在しているはずだ。
夢は信じても損は無い・・・
