あら♡こんにちは。
なおきぃです。
今日はスピンオフブログです。
10月末の劇団MONAの舞台に客演でご出演されていた燈和(ひより)さんが、次回作にご出演されるというので三日間の公演を観劇してきました。
この三日間のチケットを予約したのは、実はその劇団MONAの舞台(わたいそ)の本番前。
10月中旬だったと思います。
お稽古見学にお邪魔して燈和さんの演技を観て、「これ(燈和さんの次回作)は、ちょっと押さえておきたいかも」という軽い気持ちからでした。
なにか琴線に触れたものがあったんでしょうね。インスピレーションで。
そのインスピレーションを自画自賛したいくらい、凄いものを魅せていただきました。
今回燈和さんがご出演された劇団?「旦煙草吸(たんえんそうきゅう)」さんは、正式名称を「演劇強制収容所旦煙草吸」と言われます。初めてお伺いしました。
HPやX、インスタ、Twitter、YouTubeなどの各種SNSも拝見しましたが、おそらく間違いなく〝演劇に憑りつかれた人の集まり〟でしょう。
3日間お邪魔して、その匂いがプンプンしていました。(笑)
嫌いな香りじゃないです。僕。
さて。
今回の演目「煙」。
「15分x5組のオムニバスショーケース」という触れ込みで、team紫(シ)が5組、team翠(スイ)が5組という構成。
3日間トータルで6公演になるわけですが、team翠だけを3公演観劇しました。
千穐楽後、「ちょーっとteam紫も観ておきたかったかも。。。」と軽く後悔したりなんかしてます。
このブログでは、team翠の5組のパフォーマンスについて、あらすじやら感想やら、僕なりに感じたものを書き留めたいと思います。繰り返しになりますが、一組15分足らずです。お忘れなく。
総評は一番最後に。まずは個々の演目に触れます。
◆佐藤緑「はひふへほ」
脚本・演出・出演:佐藤緑
オープニングから度肝を抜かれました。
ひとり芝居。9割暗転の中で物語は進みます。
誰かに語り掛けるような口調で穏やかに。
自慰行為を想起させる喘ぎ声の後の「嫌だ!」という咆哮。
一転して優しい言葉遣いだけど話している内容は超が付くほど猟奇的。
嬉しそうに「貴方を食べるの」と。
食べた後、「貴方は私の中を泳ぐ」と。
「泳げるように予め沢山の水を呑む」「私の中を貴方は滑り台のように流れ落ちる」「私の中はきっと貴方には熱いから、貴方を食べる直前に沢山氷を食べる。右手の指先が冷たくなる直前に貴方を。食べるの。」と…。
漆黒の暗闇の中、視覚を完全に奪われた状態で、聴覚と空気のヒリツキだけが研ぎ澄まされる特殊な感覚。
タイトルの「はひふへほ」。
上唇と下唇がくっつきそうでくっつかないこの五音が、見たいけど見えない、知りたいけど知りえないもどかしさの極限を表して届けてくれたようなそんな空間でした。
緑ワールドにやられました。
◆グルクン「事後の幕引き」
脚本:松堂涼音 演出:グルクン
出演:小林実夢・足立喬瑠
少女(実夢さん)と青年・おじさん(喬瑠さん)の物語。
ナボコフの長編小説「ロリータ」のオマージュだろうか。
先生というおじさんと少女の関係が、古典を彷彿させるほどの倒錯的な愛情。
言葉はちぐはぐに絡み合い、時に双方の発する言葉が無機質に重なり合い。
互いの意志は完全な不協和音やノイズになるのだが、観る側の意志はそれを拒絶しきれずに引き込まれていった感じでした。
繰り返しになりますが、二人の言葉(セリフ)の中には、掛け合いではなく淡々と同時に重なって発せられるシーンがあるのです。
もう、脳は大変でした。カクテルパーティ効果をフル回転させて、何を言っているのか理解しようとしました。
二人が男と女として交わるシーンでは。
少女は男に「大好き?」と尋ね、男は少女に「大好きだよ」と答える。
性欲を正当化するための男の愛情表現。男に気に入られたいと思って「気持ちいい」と答える少女の愛情表現。
今風にいうと、かなりゲスかった。
結局のところ、少女は男に捨てられるのですが。
最後の最後までその哀れさすら少女に残されたノイズのように感じてフェードアウトしていった作品でした。実夢さんと喬瑠さんの共鳴が耳鳴りのように最後まで頭の中に残っています。
◆片岡七海「おとなたちになるまでの、いくつかの」
脚本:大下真緒里 演出:葉兜ハルカ
出演:片岡七海・毛利あかり
演劇というジャンルで〝異質の極み〟。
いや、〝異質〟というジャンルにも入れたくないぐらい、そぎ落としたものを魅せられました。
暗転の中、躰に付けた沢山の電球の玉。それだけを照明として物語は進みます。
子供(七海さん)の躰の光の玉は無数にあり、煌々と明るく光ります。
大人(あかりさん)の躰の光の玉は数も少なく、ややぼんやりと光ります。
子供は自分の躰の玉をもぎ取って大人に尋ねます。
「これは?」「こっちは?」
大人は面倒くさそうに、それでもなぜなぜ聞いてくる子供をいとおしく、「それは犬」「それは猫」「それは・・・」と応えていきます。
ただ、時に大人は子供に「それはダメ」「ダメなものはダメ」という。
子供はダメと言われてもそれがなぜかわからない。大人と子供の違いがわからない。苦しくて泣きじゃくってしまう。
大人は「大人も昔は子供だったのにね・・・」と嘆く。
その大人と子供の境界線に明確なボーダーは無く、その深くて広い幅の溝に掛ける橋も見つからない、そんな悲哀が強く発せられていました。
子供が生まれもって身に着けている明るく光る沢山の玉が、ひとつひとつともぎ取られて、残された玉の光も少しくすんだのが大人だとすると、七海さん・あかりさんのお二人が表したそのグラデーションは、ものすごく儚くて物悲しくてちょっと絶望的なものも感じました。
(いや、大人も大人で楽しいこといっぱいあるんやで!と訴えたくもなったりしました)
あと、個人的な感想。子供役の七海さん可愛くてちょっと推し変しそうになりました(笑)
インスタフォローしちゃった!
で、推しの燈和さんの作品は一番最後に。(笑)
◆桐子「耳無芳一」
原作:小泉八雲
脚本・演出:葉兜ハルカ
出演:桐子
ご存じ小泉八雲の怪談「耳無芳一」。
琵琶の音が響く小屋は檜舞台にしか見えませんでした。
顔や手足、背中にも埋め尽くされた般若心経はおどろおどろしく、手や耳からただれる潜血は身体の芯から凍えさせてもらいました。。。
浄瑠璃なのかというほどの全身を使った表現と、講談の弁士なのかというほど見事な語り。
飄々と語られる漢字だらけの文語調のト書きですら、その漢字が会場中に漂う煙に浮き上がるようで、幻想的で叙情的でワールドに惹きこまれて行きました。
僕が特に好きだった言い回しは、「本職の琵琶法師としてこの男は主に、平家及び源氏の物語を吟誦するので有名になった。そして壇ノ浦の戦の歌をうたうと鬼神すらも涙をとどめ得なかったという事である。」というところ。そして、その後の女中とのやり取り。
〝あぁ。。。ここから悲劇が始まる〟という部分です。
体力的には15分が限界だとは思うのですが、全編を漏れなく聴きたくなるほどの圧巻の一人芝居、いや〝一条下(ひとくさり)〟だったと思います。
怖かった。
怖かったけど面白かった。桐子さんえぐかった!
◆燈和「La vie en rose」
振付・演出:燈和
出演:燈和
旦煙草吸さんの舞台は2度目とのこと。もちろん、僕が燈和さんと出会う前のお話。
「あぁ、そういうご縁なのね。もっと早く知り合っておけば~」と思うほど、今回の演目「La vie en rose」に惹きこまれました。
セリフは一切ありません。中世ヨーロッパ、それでもパリのような華やかな街ではなく、オーストリアはウィーンの、それも下町の少女のお話といったイメージをご想像ください。
明転すると、幼さが残る10代半ばの少女がショーケースの中に飾られています。
その少女は、可憐で笑顔が可愛い彼女はバレエを踊るのが大好きで。勇気を振り絞ってショーケースから外の世界に飛び出しました。
少女は動物や花を愛でる優しい心を持っていました。
社交場でタキシードを着た男性と踊る姿も美しく、幸せなオーラを振り撒いて生きていたのだと思います。
ある日手にした薔薇の棘に傷つくまでは。
少女は大人なる階段を踏み外したかのように、バレエに必要な脚に怪我を負います。
助けを求めても手を差し出すものはおらず、時に殴られ、時に蹴られ、時に髪をわしづかみにされて引っ張りまわされて。身体と心はどんどん瓦解して転落していきました。世が世ならいけない薬にも手を出してたのかもしれません。
声にならない聞くに堪えない絶叫、嗚咽、咆哮。
そして諦めに似た怪奇的な笑い声。少女の笑顔ではない、闇の笑顔を纏っていました。
似合っていたチュチュとトゥシューズをバッサリ脱ぎ捨て、露わになった下着姿に薄いガウンを羽織っただけで生きること、つまりコールガールなのか娼婦なのか、そんな人生を選んだのでした。
そこにはもはや幸せの欠片もなく、憎悪や復讐心だけが身体を満たしていました。
自分を貶めた救わなかった男、もしかすると女を道具として扱った置屋の女将に対する報いだったのかもしれません。手に持った刃渡りの大きい刃は、馬乗りになった女から幾度となくその相手の体に突き立てられました。グサッグサッと大きな音が幻聴として聞こえるくらい激しく。
満足した女は、人差し指を口に当てて、ゆっくりと微笑みを浮かべて少女の時と同じようにショーケースの中に納まります。
どこかの一人の女性の「バラ色の人生」「La vie en rose」。
文字で書くと無粋すぎますね。
繰り返しになりますが、一言も説明やセリフを入れず、身体と表情と叫び・咆哮だけで表現したたった15分の一人芝居です。
圧倒されました。燈和さんの全身全霊のお芝居、お見事でした。
ね。
オムニバスってすごいよね。同じ場所でやってるし、転換は5分足らずなのに、全く違う風景、全く違う感覚を持たせてくれますもんね。
5組ともほんまに凄かった。音響さん・スモーク担当さん・照明さん・支配人のますしたさんをはじめ、関わらわれた全ての皆さんに賛辞を贈らせてください。
(だからteam紫も見たくなったのわかるでしょ?)
最後に、個人的な総評というか。
この魅世物小屋(みせものごや)~煙~ team翠の5組全体から受け取ったもの・魅せてもらったものをとしては、一言でいうと「モラルとアンモラルのほっそいほっそい境界線の上を綱渡りするサーカス団員」という感じでした。
モラルの極みでもあるヒューマンドラマ、その対極にあるゲスで卑猥で汚いアンモラルな世界。
その両極から離れた絶妙な一本の境界の上の物語だったようなそんな気がします。
人間の汚い部分・闇の部分の表現でも美しさが共存する確かな芸術だったからね。
感情的だったかといえばどこか理論的でもあったしね。
実は、僕は初日・二日目の後のXのポストにも、千穐楽後に燈和さんにお渡ししたお手紙にも、もちろんこのブログにも「不思議」とか「不可解」とか「難しい」「わからない」とかっていう安易なワードは一言も使っていません。
感じたものを感じたまま受け取ったものを受け取ったまま、自分なりの解釈として楽しめればそれでいいんかなーと。そんな感じで受け取らせていただきました。
ただ、もの凄くスパイシーで後味も独特で、クセもめっちゃ強い味付けだから。
いわゆる煙=煙草だから18禁というシンプルなもんじゃなく、「精神年齢20歳以下お断り」というくらい、それくらいの強烈なものを受け取りました。
めっちゃめちゃ楽しめました。ありがとうございました♡
p.s・・・おひねり企画「お目渡し」。〝目を奪われた!〟という演者さんにご自身の眼の代わりに眼玉をおわたしするというなんとも楽しい企画も心奪われました♪
小さな楽屋花もおとどけしたよ♪
おしまい♡