明日は2月14日...バレンタインデー。
入江くんと一緒にエンパイアホテルでディナー...といっても、披露宴で出されるコース料理の試食を兼ねている。
ずっと前からおばさんに二人で行くように言われていたけど、入江くんの共用試験があってなかなか時間がとれなかった。
共用試験も無事終わったし、入江くんの合格祝いも兼ねてバレンタインに行きたいと、ダメもとで入江くんに頼んだ。
「俺の合格祝いとバレンタインは何の関係もないだろう。」
入江くんは呆れたように笑いながら、それでもOKしてくれた。
入江くんは本当にすごい。編入した上に休学までしてたのに、どちらの試験も見事1位の成績で合格した。
実技試験も1位だったのは入江くんもすごくうれしそうだった。
いつもどんな試験でも自信満々な入江くんなのに、実技試験の前はそうじゃなかった。
私はそんな入江くんを見て、患者役を買ってでた。なのに、なぜか部屋に連れて行かれて――――
「入江くん、私、こんなつもりじゃ...本当にお手伝いしようと思ったのに。」
「俺だって、ちゃんと練習するつもりだった。OSCE落ちたらポリクリ(臨床実習)に進めないんだぞ。」
入江くんが驚くほど強い口調で言った。慌てて言う。
「ごめんね。ごめんね、入江くん。入江くんがどんなにお医者さんになりたいか、私が一番知ってるのに...」
泣きそうになった私を入江くんが見つめる。入江くんの大きな手が私の頬に触れた。
「もういいよ。俺も修行が足りないよな...ていうかお前だからだよな...クスッ...でも、診察はちゃんとしたろ?
もう無理だと思ったから、聴診器置いてお前連れて来ちまった。」
入江くんが照れたように笑った。
私はなんて言ったらいいかわからなくて...他に言葉が見つからなくて...
「入江くん、大好き。大好きだよ。」
バカみたいにいつもと同じ想いを口にしていた。入江くんが優しく微笑む。
「俺も。」
入江くんが顔を傾けた。目を閉じる。入江くんの唇が私の唇にゆっくり重ねられた。
お前だから...私は入江くんの腕の中で入江くんがくれた言葉を噛み締めていた―――
入江くんの彼女としてチョコを渡すのは二度目...そして、最後になる。
だから...どうしても自分だけの力で作りたかった。
お前だからって言ってくれた入江くんに、私のありったけの想いを伝えたかった。
おばさんに手伝ってもらった方が味も見た目もいいに決まってる。でも、一人で頑張った。
なので...キッチンはちょっとっていうか、かなり悲惨なことになっている。
チャレンジしたのは、フォンダンショコラ...簡単!やさしい!!っていうレシピをネットで調べたのに...
フォークで切ると中から美味しそうに溶け出るチョコレート...のはずが、生焼け状態で生地までミョーに柔らかかったり、しっかり焼くとチョコレートソースが固まってただのカップケーキになってしまったり...
レシピ通りにできたように見えるのは何個も作ったのに5つだけ...しかも、カップの中に生地が上手く入れられなくてカップが生地でベタベタの状態で焼いたものもあるから、入江くんに食べてもらえそうなのは2つしかなかった。
もう後がない...私は震える指で慎重にラッピングに取り掛かる。
小さな長方形の箱にレースみたいなシート。その上にフォンダンショコラを並べる。ふたつ並んでるのが何だかいい感じ。
フタをして、光沢のあるピカピカした包装紙とやわらかい和紙みたいな包装紙を2枚ずらして重ねた。
水色のグラデーションが綺麗だ。リボンを結ぶ。箱の上で花が咲いたみたいに広げる。
少し花が曲がってる気がするけど、直していたらピカピカの包装紙がしわしわになっちゃう。
本当はもっと包装紙も買いたかったけど、チョコレートやココアって意外と高くって、フォンダンショコラの材料を大量に買ったから、お小遣いがピンチになってしまった。見かけじゃない中身で勝負..できるかなぁ。
そうよっ。入江くんはラッピングなんていつも気にせず破いちゃうし...大丈夫。1時間も掛けたラッピングをビリビリにされた時は正直ショックだったけど、ちょっと意外で、男っぽい感じがしてキュンとしたことを思い出す。
今年も食べてくれるよね...去年、入江くんが私の作ったチョコを初めて食べてくれた。
正確に言うと一日遅れだったけど、目の前で入江くんはトリュフを口に入れてくれた。
私は息を止めてそれを見てた。感激して涙ぐむ私を入江くんが笑って...入江くんにまた抱き寄せられて...
本当に去年のバレンタインは素敵だった。入江くんが綺麗な夢を見せてくれたみたいな二日間だった。
今年は日曜日だしお泊りは無理だけど、入江くんとエンパイアホテルでディナーだなんて、文句を言ったら罰が当たる。
きっと今年も素敵なバレンタインになるはず...入江くんと一緒にいられれば、いつだって夢みたいに幸せ。
待ち合わせは家になった。さすがにエンパイアホテルにはカジュアルな服装では行けないから、入江くんは講義が終わり次第帰って来る。私はそれまで少しでも入江くんが可愛いって思ってくれるように気合を入れて頑張ってる。
ヘアアレンジは結構得意なんだけど、メイクはおばさんにお願いした。
おばさんは張り切ってメイクをしてくれた。おばさんは私より私のことを解ってくれている気がする。
おばさんがメイクしてくれた私は魔法を掛けられたシンデレラみたいだ。
「ただいま。」
入江くんが帰って来た。私は玄関に駆け下りる。
「入江くん、お帰りなさい。」
靴を脱いだばかりの入江くんに抱きつく。
「こら、琴子。離せよ。もう時間ないだろ。」
私は大人しく入江くんから離れる。入江くんがサッと私の全身を見る。
「いいじゃん...すぐ支度してくる。」
入江くんが褒めてくれた。それだけでうれしくてうれしくて地面から浮いている気分になる。
しばらく待っていると入江くんが下りて来た。
久し振りに見るスーツ姿の入江くんはめちゃくちゃカッコよかった。思わずぼーっと見とれてしまう。
「フッ...そんなに熱い視線で見られても。」
「だって、スゴクすごくカッコいいんだもん。」
「そりゃ、どーも...琴子、行くぞ。予約の時間に遅れる。」
「うん。おばさん、行ってきます。」
「二人とも素敵よ。とってもお似合い。ゆっくりしていらっしゃいね。」
おばさんだけがいつも『お似合い』って言ってくれる。すっごくうれしい。
エステ、あと一ヶ月頑張ったら少しはキレイになれるかな。
結婚式は他の人にもお似合いって言ってもらえたらいいな。
~To be continued~