塗香の徳 そして三密 | ♫ラジオ寺子屋・高野山♫ 南山坊のブログ

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密教の修法で用いる塗香(ずこう)は、清浄な香りで身を浄めるだけではありません。
これはあくまで外面的な効能です。

日々の生活で生まれる貪瞋癡(とんじんち)の三毒煩悩によって汚れた三業(身口意)の垢を、身を慎む持戒を象徴する塗香によって自ら身心清浄となることを観じます。密教修法は観念が極めて大事なことなのです。

ちなみに、三業に対してのことばが三密となります。
すなわち、仏の身口意の行為が三密と呼ばれ、衆生(人)の行為を三業といいます。
しかしながら、仏の行為も衆生の行為も本来的に同一であり通いあっているというのが密教の考え方です。これを凡聖不二(ぼんじょうふに)とか生仏不二(しょうぶつふに)といわれます。

密教ではありませんが、臨済の白隠禅師にこの言葉が伝わりますのでご紹介しましょう。

衆生本来仏なり。水と氷の如くにて水を離れて氷なく、衆生の外に仏なし。

これを密教的に解釈すると、遠く離れた手の届かない仏さまではなく、実は自分の中に仏がいたことを知る。さらに、自身即仏と観じて仏の三密と私(衆生)の三密とが互いにまじりあう(加持相応)ことによって、この身このまま仏果(さとり)が得られると説かれたのが弘法大師です。

三密加持すれば速疾に顕わる 『即身成仏義』


いま世間では感染症予防のため、3密防止と言われていますが、密教の三密はたまたま同音ですがこのような意味があることを覚えていただければ幸いです。
くれぐれも3密は避けましょう。

身を正し・口慎ましく・心やすらぐ
       外では3密を避け、内には三密を🙏


さて、話を塗香に戻しましょう。

真鍮製の塗香器には粉末状の塗香を綺麗に形を整えて修法に臨みます。
もちろん一度塗香を手に取るとその形は崩れますが、次の修法までに再びその形を整えます。
この作業もつい忘れがちな戒を確認(持戒)するためのものかと思います。

それにしても、元来不器用な自分は香を美しき山の頂きのごとく整えるのに一苦労。
中にはこれを芸術品のように美しくする人がいて、羨ましいかぎりであります。

今日の高野山は3月に戻ったような寒さとなり、夕方現在5℃まで下がっています。
人の往来も当然少なく山内は真冬のようなありさま。
それでも、桜は見頃となり堂々と花が咲き誇っています。あらためて、大いなる自然の中で住まわしてもらっていることを感じました。

最後までご覧いただきありがとうございます。