また同じような話題ばかりになってしまうが、「ダ・ヴィンチ」の最新号に吉沢亮のインタビューが載っていた。1月号恒例の「BOOK OF THE YEAR」なのだが、吉沢亮は表紙も飾り、ラフカディオ・ハーンの「怪談」(角川ソフィア文庫)を手にしている。吉沢亮は「今年の顔」として、インタビューでは「ばけばけ」や「国宝」について語っていた。「怪談」の話から入りつつ、吉沢亮は怪談話やホラー小説は普段はあまり手にすることがないジャンルだというのだが、「ばけばけ」で吉沢が演じる錦織について、以下のように話している。

「小泉八雲を題材にした作品なのに、錦織は怪談が苦手なんです(笑)。おトキさんが怪談話をしようとしたら、怒るように「そういう古臭いモノは今の日本にはいらん」と遮っていましたし。だから僕があまりホラー小説を読まないのは錦織の役作りでもあるんです。いや、嘘です(笑)」

「100分de名著」の「日本の面影」の回を観ただけの私の理解では、錦織というのは明治のインテリだから、近代化する西洋に憧れ、非科学的なものを否定しているのだろう。吉沢亮のこの話だと、怪談は怖いから苦手って言ってるみたいな感じがしてしまうんだけど、冗談ぽく言ってるようにも読めるし、実際はどう理解してるんだろうな。対して、ハーンは科学と合理主義の時代に反発し、日本の文化に惹かれている。ここに日本の知識人たちとのすれ違いがあるわけだが、糸こんにゃくを怖がる設定とか笑いのためにやってるけど、ハーンの人物像がブレてしまわないだろうかと心配になってしまう。(否定的なことばかり書いてるようだけど、しかし、来週の予告にはちょっと気になる場面が出てきた。「ばけばけ」にはまだ期待している。)


このブログのアクセス解析を見ると、女性の読者が1割もいないようだから(なぜだ?)思いきって白状してしまうが、私には吉沢亮の魅力がよくわからない。「国宝」も観たし、「スイッチインタビュー」(NHK)で中村鴈治郎と話しているのも観たのだが、それでも吉沢亮にはまだ惹かれるものがない。だから、あれほどヒットした「国宝」も私はさほどのめり込むことなく観てしまったし、「べらぼう」も夏ぐらいまでは毎週観ていたのだが、横浜流星にも興味がないという結論になり、観るのをやめてしまった。

女性に人気のイケメン俳優なら誰にも興味がないのかというと、そんなことはない。「あんぱん」というドラマは熱心に観ていたのだが、観ていくうちに、北村匠海という俳優は本当に大好きになった。「ちょっとだけエスパー」(テレビ朝日)も楽しく観ている。「あんぱん」では高橋文哉にも興味をもつようになったし、妻夫木聡なんかは以前から好きな俳優だった。「イクサガミ」(Netflix)に出ていた二宮和也も面白かったし、旧ジャニーズ系にも興味のある俳優は多い。

好きなイケメン俳優は星の数ほどいるのだが、今日はこのくらいにして、また機が熟したら好きなイケメン俳優たちについて語りたいと思う。機が熟すのを待っていただきたい。



今年も「M-1グランプリ」準決勝のライブビューイングに行ってきた。イオンシネマでのライブビューイングが始まったのがたしか2年前で、その年から3年連続で観ている。去年と一昨年は座間のイオンシネマで観たのだが、座間はうちからは交通の便が悪く、選択肢が少ないからしかたがなかったのだが、今年は上映館が拡大し、海老名が空いていたから海老名を選んだ。神奈川県ではみなとみらいはかなり売れていたように思う。(先日、このブログに、座間のイオンシネマで春風亭一之輔の落語会のライブビューイングを観たことを書いたが、そのとき、一之輔の地元の劇場では上映がなく、その劇場にはライブビューイングの設備がないということをぼやいていたが、これだけ拡大上映されるとそれも本当なのか疑問になってくる。)

じつは2020年の準決勝もライブビューイングで観ているのだが、このときはTOHOシネマズだった。やはり、劇場数は少なかったはずで、近場の劇場は完売になっていたから、横浜市から南大沢の劇場まではるばる観に行ったことを思い出す。もしかしたら、料金も安かったのかもしれない(こういうことは年月が経つとわからなくなってしまうものだが、今年はライブビューイングが3900円、配信は3500円だ。)。その年はライブビューイングとは言うものの、実際はディレイビューイングで、上映時間にはもう公演は終わっていたのだった。そして、公演の上映が終わると、映画館ではそのまま、決勝進出者発表の会見が生中継された。


イオンシネマ海老名は空席が多かったが、それは劇場が広いからで、客席後方はじつはかなり埋まっていた。ライブ同様に拍手や笑い声もあり、特に中盤以降はかなりほぐれた客席になっていた。これはひとりで配信を観るのとは大きく違って、他人がどこで笑うかという反応をきちんと体感できる。そのほうが、笑いの量、笑いの性質をはるかに捉えることができる。

準決勝は16時開演、司会ははりけ〜んず。ベストアマチュア賞、ナイスキッズ賞の発表、審査員の紹介などがあり、ナイスアマチュア賞の「ピ夜」という男女コンビが前座を務める。これは例年のことなのだが、どうやら「M-1」をテーマにしたネタをオファーされている。

そして、ワイルドカードに選ばれた滝音から始まり、全31組、ピ夜も含めると32組だが、8組ずつ紹介され、一気にネタを披露する。半分の16組が終わったところで休憩が入る。全組が終わるとはりけ〜んずが出てきて、あっさりと上映終了になるのだが、19時過ぎには終わっていたと思う。(決勝進出者発表会見では「3時間半」と言われていたが、実際はもう少し短かった。)


31組を出演順に列記しておくと、滝音、ミカボ、センチネル、おおぞらモード、めぞん、ネコニスズ、TCクラクション、ドンデコルテ、生姜猫、ひつじねいり、豆鉄砲、ヨネダ2000、大王、黒帯、カナメストーン、20世紀、ヤーレンズ、たくろう、例えば炎、今夜も星が綺麗、イチゴ、スタミナパン、真空ジェシカ、ドーナツ・ピーナツ、ゼロカラン、カベポスター、フランツ、豪快キャプテン、エバース、ミキ、ママタルト。

ネタの内容に触れることは禁じられているのだが(決勝や敗者復活戦で同じネタがかけられることがある。)、自分なりに決勝進出者を予想すると、滝音、めぞん、豆鉄砲、ヨネダ2000、今夜も星が綺麗、真空ジェシカ、豪快キャプテン、エバース、ママタルトという9組だった。結果は6組が当たる。外れた3組、滝音、豆鉄砲、今夜も星が綺麗のうち、滝音はワイルドカードだから敗者復活戦には出ることができないが、あとの2組にはまだ期待している。

先週、「100分de名著」(NHK)の小泉八雲「日本の面影」の回が再放送されたようで、放送は観逃してしまったが、NHK ONEで全4回をまとめて観ることができた。本放送はちょうど10年前、2015年のようである。もちろん、「ばけばけ」に合わせた再放送だろうが、10年前にこの放送を知っていても私は観なかったかもしれない。「ばけばけ」を観ているからこの放送を観たのだ。

いや、もうちょっと正確に言うと、先日、このブログに、山田太一脚本の「日本の面影」というドラマ(1984年放送・第1話のみ)を放送ライブラリーで観てきたことを書いたが、このドラマを観てみたくなったきっかけが「ばけばけ」なのは間違いないが、山田太一の「日本の面影」を観たことで、私は小泉八雲とその著書「日本の面影」にようやく興味を惹かれるようになった。私の興味は、「ばけばけ」→山田太一脚本ドラマ「日本の面影」→小泉八雲「日本の面影」という順序なのであって、「ばけばけ」からダイレクトに小泉八雲「日本の面影」にたどりつけたわけではなかった。


明治の時代、アメリカは科学と合理主義にあふれていたが、その科学と合理主義に対する疑いが、小泉八雲(ハーン)を日本への興味に向かわせた。私は小泉八雲については無知だったものだから、1984年のこのドラマからその時代背景を初めて理解したのだが、「ばけばけ」を観ているだけではそこがわからなかった。「ばけばけ」というドラマは史実とは無関係な場面のほうが面白く、印象に残ってしまうという困ったところがある。

「100分de名著」では、「日本の面影」の冒頭に、この本の趣旨が大きく四つに分けて述べられているという解説がされていた(解説者は「日本の面影」の訳を手掛けている池田雅之。)。ひとつ目は西洋を追いかける日本の知識人に対する批判、ふたつ目は日本の本当の良さは庶民のなかにあるということ、三つ目は人間は事実に依存して生きるよりも幻想や想像力に頼る生きものであるということ、四つ目は西洋の近代文明への批判。


奇しくも、番組最後に伊集院光が、小泉八雲(ハーン)が日本に初めてやってきたときと同じくらいに日本のことがわからなくなっているということを言っていたが、もしかすると、西洋化を目指した明治の日本人よりも現代の日本人のほうが小泉八雲にシンパシーを感じる部分がおそらくある、いや、私自身がそう感じているのだが、そうであれば、小泉八雲はマルチアイデンティティのひとであったということにも注意しなければならない。八雲(ハーン)は幼少期からさまざまな土地を転々とし、いろんな文化に接していたため、自分の居場所が見つからなかったという解説が「100分de名著」のなかでもあった。1984年のドラマでは混血の女性に惹かれる場面もあり、小泉八雲が日本だけを特別視していたように解釈するとどうやらちょっと違うのではないだろうか。まあ、ここはちゃんと勉強しないとわからないんだけど、「ばけばけ」が終わる3月までにはなんとか、ひまを見つけて「日本の面影」を読んでみたいと思っている。


山田太一の「日本の面影」

新語・流行語大賞に高市早苗の言葉が選ばれたが、ウィキペディアを見てみると、総理大臣が大賞に選ばれたケースは過去にもあって、1999年には小渕恵三の「ブッチホン」、2001年には小泉純一郎の「小泉語録」、2009年には鳩山由紀夫の「政権交代」が受賞している。

「新語・流行語」とは言うけど、その年を表す出来事になんらかの理由をつけて受賞させるという側面もあるから、選ばれた言葉はともかく、初の女性首相となった高市に受賞させるのは妥当かなとも思うが、受賞させることで肯定的な意味が出てしまいかねないから微妙な感じではある。


トップテンまで含めると政治家の受賞はじつはかなり多く、1998年には小渕恵三の「ボキャ貧」と不破哲三の「スマイリング・コミュニスト」が同時に特別賞を受賞していて、いかにもバランスをとったというふうにも見えるが、まさか、フワちゃんより20年以上も早く、こっちの不破ちゃんが受賞していたとは驚いた。小渕恵三は翌年に「ブッチホン」で大賞を獲ることになるわけだが、歴代総理のなかでもじつはかなり流行語大賞に強い総理だと言えよう。

2011年には野田佳彦の「どじょう内閣」がトップテン入り。内閣官房長官だった枝野幸男の「3.11」も同時に選ばれていて(「3.11」って枝野のものなのか?)、この年はさすがに震災関連の言葉が多いのだが、楽しんごの「ラブ注入」もどさくさにまぎれて選ばれている。野田佳彦はこの翌年にも「近いうちに…」(「近いうち解散」というものがあった。)という言葉がトップテン入りしていて、大賞の受賞こそないが、野田も意外に流行語の実績があるのだ。


いかにも流行語大賞に強そうなのは小泉純一郎だが、なにしろ、2001年の大賞は「小泉語録」というくらいで、複数の発言によって受賞している。総理になる以前の厚生大臣時代にも、1997年には「郵政3事業」でトップテン入り(その年にはみうらじゅんの「マイブーム」も選ばれている。)。総理ではないが、流行語といえば小池百合子も忘れてはならないひとで、2020年には「3密」で大賞を、環境大臣だった2005年には「クールビズ」でトップテン入りしている(HGの「フォーー!」も同じ年。)。


流行語を作るのが得意だったようには見えないが、流行にうまく乗ってしまったのが安倍晋三という総理だったのかもしれない。安倍晋三も大賞はないが、2013年には「アベノミクス」、2015年には「一億総活躍社会」で、二度、トップテン入りしている。すごいのは2015年の顔ぶれで、澤地久枝の「アベ政治を許さない」もトップテンに選ばれてるし、「SEALDs」も選ばれている。これ、一緒に授賞式に出たのかなと思い、自由国民社のホームページを確認してしまったが、安倍晋三の写真がないからさすがに出席はしなかったのか(でも、受賞は拒まなかったんだろう。)。

「BK100年大コント祭」という関西で放送された番組をNHK ONEで観ることができたのだが、NHKの大阪放送局のことを「BK」と呼ぶことを私はつい最近まで知らなかった。関西では当たり前に使われている呼称なのだろうか。番組内でも「BK」をわざわざ説明することはなかった。

この番組は大阪放送局100年を記念し、NHK大阪発の人気番組をテーマにコントをするという番組で、かまいたちが司会を務め、兼光タカシ、天才ピアニスト、ビスケットブラザーズ、ザ・プラン9ら、コントの出演者はおおむね吉本の芸人ばかりなのだが、ナレーションは非吉本の阿佐ヶ谷姉妹が担当していた。言うまでもなく、阿佐ヶ谷姉妹は「ばけばけ」でもナレーションを担当している。コントのひとつには「ばけばけ」をテーマにしたものもあり、そこにはゲストとして佐野史郎が出演していた。佐野史郎はコントの演技もさすがに上手いし、吉本芸人たちとも演技の質が自然に統一されていた(このコントの脚本は天才ピアニスト竹内が手掛けた。)。


少し前に、「ばけばけ」の制作統括を務める橋爪國臣の発言がSNSに流れてきたのを目にしたのだが、要約してしまえば、吉本や松竹に対し、お笑い芸人を知名度などを理由に起用することはしないということを宣言したというものだった。私は「ばけばけ」を欠かさず観ている視聴者だが、言わんとしていることはわかると思いながらも、ちょっと首をひねりたくなる発言だとも思った。なにより、吉本嫌いやお笑い芸人嫌いに都合よく解釈されそうな言葉だなという気がした。(松竹嫌いという層が世の中にいるのかはわからないけれども。)

切り取られた発言だけで理解するわけにはいかないから、引用元を探してみると、これは ENCOUT というサイトに掲載された記事だった(下にリンクを貼っておきます。)。池脇千鶴の起用理由や魅力について語られている記事なのだが、池脇千鶴の演技が素晴らしいことには大いに賛同したいが、池脇千鶴が吉本興業所属であることにはこの記事のなかでは触れられていない。


橋爪國臣は「この物語はコメディーですが、誰一人として笑わそうと思って芝居をしていません。」という発言もしている。しかし、「ばけばけ」を観ている視聴者ならば、この発言にはそんな馬鹿なと思わないだろうか。岡部たかしも、生瀬勝久も、池谷のぶえも、岩崎う大も、みんな笑わせようと思って芝居をしてるんじゃないのか。むしろ、どの俳優とは言わないが、単にまじめに芝居をして、せっかくの面白い脚本を殺してしまっていないかと思える馬面もあった。

橋爪國臣が本気でそう考えているのだとすれば、笑わそうとする芝居、笑わそうとする演出の捉えかたが恐ろしく狭いのではないだろうか。いや、実際に行われている演出というより、橋爪國臣の言語化に違和感があるということなんだけれども。


【ばけばけ】母役・池脇千鶴は「ダメもと」オファー 制作統括が明かす起用理由と“絶対条件”

嵐山光三郎が「笑っていいとも!増刊号」の編集長(という設定)を務めていたのはウィキペディアによると最初の5年間だけだったようだが、その後任を務めたのは関根勤と岩瀬恵子アナだった。内容は嵐山光三郎の時代とはあまり変わらなかったような気がする。関根勤はもともと「いいとも!」本放送のレギュラーだったが、いったん「増刊号」に移り、また本放送に戻ってきた。その期間はウィキペディアを見てもはっきりしないし、子どもだった私の記憶もあやふやである。

その後、もう90年代になっていたかもしれないが、中井美穂がメインを務めていた時代(女子アナを推し始めた時代だ。)があって、その頃には人生相談のようなコーナーがあったことを記憶している。視聴者からのハガキが読まれ、回答者が毎回4人ぐらい並んでいたと思うが、この回答者たちというのがかなりサブカルチャー的な人選で、戸川純、高見恭子、大槻ケンヂ、みうらじゅん、サエキけんぞうといった顔ぶれが出ていた(いや、もっといろんなひとが出ていたのだが、記憶がはっきりしているひとだけにとどめておく。わかりやすく言ってしまえば、「タモリ倶楽部」に出るようなひとたちだったはずだが、要するに、子どもにわかる顔ぶれではないのだ。)。まあ、人生相談といっても深刻に答えるわけではなく、その相談をもとに面白いトークをするというコーナーだった。(それで思い出したが、中島らもの「明るい悩み相談室」も同時代ではなかったろうか?)


「笑っていいとも!増刊号」はいつしか、ただ一週間のダイジェストと放送後のトークを流すだけの番組になっていったのだが、それはつまり、「軽チャー」だったものから「カルチャー」がなくなり、軽くなっただけの状態である。

「軽チャー」とは「サブカルチャー」の言い換えだったのかもしれない。今、隆盛を極めるオタク文化を指すサブカルチャーとはニュアンスは違うけど、ふり返ってみると、その時代の深夜番組も含め、フジテレビの番組が私にとってはサブカルチャーの入り口になっていたという面があったことに今さら気がつくが、私のそのサブカルチャーへの興味はのちに雑誌文化に向かっていくことになる。

そもそもが「増刊号」という雑誌を模した作りなのだが、つまり、雑誌文化をテレビに引っぱってきたということでもあったのが当時の「軽チャー路線」だ。それを支えていた雑誌文化だって今はもう貧弱なものになっているのだから。けして、テレビはテレビだけで面白かったわけではないということだ。

嵐山光三郎というひとを私が初めて知ったのは「笑っていいとも!増刊号」だったことは間違いないのだが、思い返してみれば、あのころのフジテレビには文化的な匂いがあったのである。今年、フジテレビの問題がいろいろと出てきたときに「楽しくなければテレビじゃない」というスローガンが悪者にされたが、同時にフジテレビは「軽チャー路線」を標榜していた時代があって、「軽チャー」というくらいだから文化的なのだが、林真理子、橋本治、坂本龍一、鴻上尚史なんかがキャンペーンキャラクターになったりしていた。それがある時期から、「カルチャー」がなくなり、ただ軽さだけが残ったのではという感じがしている。ある時期というのは具体的には、河田町からお台場という文化不毛の地に移転してからだろう。だから、「楽しくなければテレビじゃない」の時代を未だに引きずっているなどとさんざん批判されたが、そんなものはじつはとっくに崩壊していたのであって、むしろ、フジテレビは「楽しくなければテレビじゃない」の時代に正しく立ち戻らなければならなかった。(太田光なども「楽しくなければテレビじゃない」の否定には疑問を示していた。)


「笑っていいとも!増刊号」についてはウィキペディアの情報も頼りなく、嵐山光三郎が編集長(という設定)だった時代には私は小学生だったからなかなか正確には思い出せないものだが、あれは編集部のようなセットだったのか、応接室のようなところにゲストがやってきてトークをしていたのではなかったか。ゲストは文化人だったのではという気がする。要するに、のちの「増刊号」と比べると、はるかにおとな向けの番組だったのである。日曜の朝というのは、会社が休みのお父さんが観る時間帯という位置付けだったのではないだろうか。

どんなゲストが出ていたのかをまったく覚えていないのだが、子どもにはわからないくらいにシブいゲストが出ていたということなのか。おそらくテレビ論のようなことを話していたはずで、あるゲストのときに、その当時の人気タレントを表し、「タモリの森のトンネル(とんねるず)を抜けると、たけしがさんまを釣るだろう(鶴太郎)」とシャレにしていたことだけを妙に記憶している。続く。



山田洋次監督の「TOKYOタクシー」を観てきた。山田洋次ぐらいのキャリアの長い監督になると、世代によって山田洋次体験にはかなりの差があるだろうが、なにしろ作品数が膨大だから、それに比べたらほんの一部しか観ていないようなものだけれども、私が初めて映画館で観た山田洋次作品はたしか「たそがれ清兵衛」(2002)だったはずだ。つまり、渥美清の死後、「男はつらいよ」から解放された山田洋次作品から初めて意識的に観るようになったということである。

「TOKYOタクシー」はけして喜劇というわけではないが、山田洋次の語り口は喜劇的に感じられる。それはつまり、落語の人情噺のように、あるいは、藤子不二雄(AもFも)の短編のように、その語り口が機能している。思いがけないハードなドラマを、もたれさせずに語る匙加減が名人芸という感じがする。さらに、この語り口にはおとぎ話を成立させる機能もあるだろう。


以前、このブログに書いたとおり、木村拓哉の出演作を私はろくに観たことがないのだが、数少ない観ている作品が「武士の一分」と「ハウルの動く城」だから、現代劇の等身大の男を演じる木村拓哉というのが私にとっては新鮮だった。率直に言って、木村拓哉は木村拓哉すぎる。これ以上の木村拓哉はないだろうというような木村拓哉がそこにいる。しかし、これはまったく悪い意味ではない。

先日、木村拓哉と一緒に「徹子の部屋」に出演した山田洋次は、木村拓哉はどういう俳優かと訊かれ、「やっぱり、存在してるっていうかな。その目方がすごく重いって感じですね。」と答えていた。つまり、おそらく、どっしりとそこにいる木村拓哉をこの映画は必要としていた。木村拓哉の存在感が映画の支柱になっているわけだが、ただ存在していればいいかといえば、それもちょっと違うだろう。たとえば、大谷翔平やイチロー、矢沢永吉でも高市早苗でもいいのだけど、存在感のあるひとを連れてくれば映画になるかというとそんなことはない。それを映画にしてしまうところに木村拓哉の演技の神秘がある。(まあ、非俳優を主役にした傑作もあるにはあるけれども。)


倍賞千恵子は言うまでもなく素晴らしいのだが、この映画の影の主役は蒼井優だ。倍賞千恵子の若き日を蒼井優が演じている、その蒼井優の名演は誰の眼にも明らかだろうけれども、もうひとり、木村拓哉の妻を演じた優香の好演も付け加えておきたい。優香が一瞬見せるコメディエンヌ性には、さすがは志村けんの一座だと私は唸らされた。

「週刊文春」の最新号を読んでいたら、三宅香帆の連載コラムが「考察」をテーマにしていた。三宅香帆によると、本来の考察はなにかを分析したり、解明したりするときに使われるが、最近、YouTube やSNSを中心に流行している「考察」は、少し違う意味をもっているという。

「最近流行している「考察」とは、「作者が作品に仕掛けた謎を解く」ことなのだ。」

「感想をやいやい言う時に、「作者はこう考えてるはず」「作者にはこういう意図がある」なんて言ったり書いたりするようになったのは、きわめて最近の出来事だ。YouTube の動画や、SNSのテキストで、他人の感想を読むことが増えたからこそ生まれてきた流行なのだろう。というか、たぶん「正解がない批評よりも、『作者はこう考えているはずだ』と、正解を当てに行くような考察のほうが、物語を読みたくなるし知りたくなる」人が若い世代にかなり増えている。感想にすら、正解を求める時代。(後略)」 


三宅香帆の新刊のタイトルがまさに「考察する若者たち」(PHP新書)で、三宅香帆は、今、もっとも売れっ子の書き手のひとりだが、私みたいな少々年寄りに近づいてきた人間からすると、このようなSNSまわりの現象は2020年代の書き手たちから学ばなければならないなとはつねづね思っている。

2010年代に頭角を現した書き手たちは、多かれ少なかれSNSの空気を味方にしてきたひとたちだと思うのだが、2020年代も半ばになろうというのに彼らはなにをやってるんだろうか。掘り返されたらまずいようなやましいことでもあるのか、SNSを冷静に分析することは彼らにはできないし、そのときはなにかを隠蔽するしかない。


「週刊文春」に三宅香帆と同時に連載を始めた綿矢りさは、2000年代にセンセーショナルに現れた作家だが、綿矢りさと金原ひとみが今でも現役ばりばり、なおかつ、人気作家であり続けているというのは驚異的なことだ。綿矢りさと金原ひとみはSNSをまったくやっていないわけではないが、ほどよい距離感で使っているように見える。

「週刊文春」の綿矢りさの連載は、一応、小説という体裁だが、かぎりなくエッセイに近いものだ。最新号では2ちゃんねるについて書いている。綿矢りさが芥川賞を受賞したときは2ちゃんねるの最盛期で、たくさんの誹謗中傷を浴びたという。ところが、綿矢りさ自身もごりごりの2ちゃんねらーだった。

「こんな青春時代を過ごした私は未だに、ひろゆきを、憎んでいいのか愛していいのか分からない。」

葛藤をこういうかたちで書けるのが作家だと思うのだ。

「ダウンタウンプラス」が始まり、およそ1ヶ月が経とうとしているが、以前、このブログに書いた当初の予想どおり、最初の月はやっぱりコンテンツが少なく、そのコンテンツも、松本が活動休止していなければそのまま地上波でやっていたであろう域を出ない番組ばかりのように感じられる。その域に留まるのであれば、先にテレビからフェイドアウトし、YouTube や ABEMA に活動の場を移し、テレビの外でテレビをやっている石橋貴明と変わらない(無論、そうであれば、石橋貴明のほうが先駆者として高く評価されなければならない。)。しかし、松本に期待されているのはそういうことなのだろうか。

今のところ、もっとも面白かったのは初日の生配信であり、月に一度の生配信だけは期待できそうな気もするのだけど、私はとりあえず、「ダウンタウンプラス」は1ヶ月で解約することに決めた。もし、これから先、魅力あるコンテンツが誕生し、それらが増えていくようだったら、そのときにはまた改めて再契約しようと思う。


本日配信された「7:3トーク」という番組のゲストが山田邦子だったのだが、これはなかなか面白い話をしていた。この番組は松本とゲストがふたりで餃子を作りながらトークをするというもので、意識の3割は餃子に、7割はトークに向けられるという狙いなのだが、それが普通にトークをすることよりもよい効果をもたらしているのかはよくわからない。初回がシソンヌ長谷川、2回目は小峠英二と続き、山田邦子は3回目のゲストである。

山田邦子は松本よりも3歳上、芸歴も少し古く、山田邦子はダウンタウンやウッチャンナンチャンがあとから出てきて抜いていったという言いかたをしていた。有料配信の番組の内容をここに詳しく書くことは控えるが、松本は山田邦子にリスペクトを示してみせる。

山田邦子の話に音声が消されている箇所があったが、しかし、その話は地上波のテレビ番組でもしたことがあるようで、検索するとすぐにその人名がわかる。地上波テレビ以上に地上波テレビ的なコードを守る態度がこの場面からは感じられた。