
あいかわらずの民俗芸能通いを続けているのだが、今回は鶴見の田祭りである。横浜市内に住んでいながら、横浜市内の民俗芸能を訪ねるのはこれが初めてになる。田祭りが行われる鶴見神社の近くを歩くことはあったのだが(近くの図書館に行くことがある。)、鶴見神社の境内には一歩も入ったことはなく、横浜最古の神社であることも今回調べるまで知らなかった。鶴見神社のホームページを見てみると、2月に観た徳丸の田遊びは鶴見から伝えられたということが書いてあり、だったらなおさらこれは観ておかなければならないと思った。
田祭り祭典が始まると告知されていた16時半に鶴見神社に到着すると、境内にはすでに舞台が作られていて、徳丸の田遊びのものよりもかなり大きい。そういえば、ホームページには田遊びが始まる前にさまざまな催し、吹奏楽部やダンス、バンドやラップのグループが出たりもしていたようだが、この舞台でやっていたってことなのか。それだけでも徳丸の田遊びの厳粛な雰囲気とはだいぶ違うようだ。舞台の前後にはパイプ椅子が並べられ、観覧席が作られている。
奥にある拝殿のほうにも行ってみると、外からは気がつかなかったが、この神社はけっこう広いのだ。境内には貝塚が見つかり、横浜市の史跡に指定されている。拝殿の脇には小ぶりの鳥居がいくつも並んでいて、そこには三島由紀夫と森田必勝が祀られていた。
一応、16時半から田祭り祭典が始まると告知されていたが、徳丸と同様、演者のお祓いなどがあり、なかなか始まらない。寒くもなってきて、かなり待たされることを覚悟し始めるが、意外と待たされず、17時を過ぎたら舞台に動きが出る。まずは来賓のあいさつから始まり、それから行われるのは「蟇目の儀」というもので、舞台角に取り付けられた的に矢を放つ。悪魔祓いの儀式だそうだが、矢が外れて飛んでくるかもしれないというので、的の後ろのほうに立って観ていたわれわれは安全な位置に移動することになった。まあ、結果、矢はしっかりと的に命中したのだけれども、反対側の角にある的にも同じように矢が放たれ、こちらの矢を放つ役のおじさんはだいぶ緊張していたようだった。
それが終わると、今度は白装束の演者たちがぞろぞろとやってきて、舞台にあがっていく。いよいよ「神寿歌」が始まる。徳丸の田遊びは拝殿に向かって演じていたから、ここでも拝殿の側が正面だろうと予想していたら、拝殿からは横向きを正面にして演じられた。よく見ると、取材のカメラがそちらに陣取っていたから注意していればわかったはずで、まだ混んでもいなかったから、そちらに移動し、正面から観ることにする。
徳丸の田遊びと同じように、歌を歌いながら鍬を模した道具などを使って稲作の作業を演じていくのだが、しかし、鶴見は徳丸よりもどうも格調に欠けるというか、率直に、徳丸のほうが歌も芸もしっかりしていた感じがする。ホームページによると、徳丸の田遊びは鶴見から伝えられたようだが、鶴見の田祭りは明治維新後にいったん途絶え、その後、研究が重ねられ、昭和62年に復活させたものだというから、復活させてからはまだ歴史が浅い(そうはいっても40年弱だが)。途絶えていたものを復活させた民俗芸能はおそらくほかにもたくさんあるのだろうが、そのとき、なにをもってして伝承とするのだろうかというのは不思議に思うところではある。
先に書いたとおり、私はこの神社に早い時間から待っていたわけだが、そのあいだ、小学生の子らが多く出入りしていて、18時から金が撒かれるらしいとかなんとか変な噂話をしているのが聞こえてきた。いやな予感はしたのだが、やはり、その時間になると馬鹿な子が集まってきてしまい、子どもらが舞台の正面を埋め尽くした。私は少し後ろから観ていたからなにが起きていたのかよくわからなかったが、紙吹雪かなにかを撒いているように見えたが、それを連中は奪い合うようにして群がる。金は撒いてないんじゃないかと思うのだが、こういう祭りのことだから、私は半信半疑になった。そのあともずっと、正面は意地汚い子どもらに占領されてしまい、うるせえのなんの。今回、都市部で民俗芸能を観ることが初めてだったが、都会のガキにはこういう場では厳粛にするもんだという前提がもう通じないんだなと思った。
「神寿歌」のあとには「豊年祝」というのがあり、最後はおかめとひょっとこが現れ、いつの間に装着したのか、気がつくと、ひょっとこは大きな男性器をつけて踊っている。このおかめとひょっとこもなにかを撒き始め、意地汚い子どもらが争って手を伸ばしていた。それが終わると「直会」というのか、演者たちが舞台の上で料理を食べるという儀式があった。そのあとには餅撒きがあり、やけにいろんなものを撒く祭りなのだが、ここの餅撒きは餅だけでなく、市販のお菓子を箱ごと投げたりしている。どの段階でそうなったのか、かなり現代化しているのだ。
この田祭りが行われている同じ時間に、街では神輿パレードも行われていた。それが始まる前に商店街に神輿とその担ぎ手たちが集まっているのを目にしたが、田祭りが終わって、神社から通りのほうに出ていくと、神輿が神社に戻ってくるところに出くわすことになった。4基の神輿が連続してやってくる通りはひとでごった返し、威勢のいい掛け声が響き、じつに活気がある。2番目にやってきた神輿は民謡に合わせて担ぎ、神輿の先頭にはマイクを持った男がいて、民謡はこの場で歌われていた。これら神輿は鶴見神社の境内に向かっていくのだろうか、そこまでは見届けず、私はこの道路にとどまり、力強く踊るように揺れる4基の神輿を見送った。