90年代 笑いの俳優たち
先日、このブログで梅垣義明と吹越満のことを書いたら、「風、薫る」に梅垣義明が出てきたので歓喜の声をあげてしまったのだが(女郎屋の主人の役)、「ばけばけ」にはやはり、WAHAHA本舗出身の岩谷健司が借金取りの役で出ていたし、どういうわけだか、ここへきて、朝ドラ悪役のWAHAHA本舗率が高まっているのである。岩谷健司は最近の映画やドラマにやたらと出ている俳優のひとりだが、WAHAHA本舗の時代には「てるやいわや」というコンビで「GAHAHAキング」(テレビ朝日)に挑戦していたこともあった。梅垣義明にしても、もしかしたら、鼻から豆を飛ばす梅垣義明は知っていても、素顔の梅垣義明とは一致しないというひとはけっこういるのかもしれない。
私が梅垣義明をテレビで初めて観たのはいつだったかというと、検索してもわからないから記憶で書くが、TBSに「爆笑スペシャル」という番組があったはずなのだが、そこで初めて観た梅垣義明は鼻から豆を飛ばすひとではなく、鼻の両穴にタバコを差して、くちから煙をもくもく吐きながら「スモーキン・ブギ」を歌うひとだった。出で立ちは同じ、女装のシャンソン歌手だが、アカペラで「スモーキン・ブギ」やタバコにまつわるいくつかの歌を歌いながら観覧席を練り歩いていく。その後、「ろくでなし」を歌いながら豆を飛ばす芸はどれだけ観たかわからないし、そのうちの何度かはライブでも観ている。あの芸は観客を巻き込んでいく芸だから、ライブで体験してこそなのである。
そして、タイミングを同じくして、「週刊大衆」に吹越満のインタビューが掲載されているのを見つけ、これまた私は歓喜の声をあげてしまった。谷崎潤一郎原作の「鍵」という映画に主演したそのインタビューなのだが、吹越は梅垣以上に俳優としてよく認知されているだろう。
私が吹越満を初めて観たのは「ナベさんミッちゃんのまねまね天国!」(テレビ東京)という番組だった。吹越満といえば「ロボコップ演芸」という時期があったが、それはどういう芸かというと、「ウィーンガシャン、ウィーンガシャン」と言いながらロボット風の動きで「ロボポール牧」や「ロボ谷啓」をやってみせるというもので(のちにコロッケがロボット五木ひろしを編み出すが、私見では、時期的にも吹越満の「ロボコップ演芸」をパクった可能性は大だと思う。)、ロボコップのマスクをかぶっているから、初めて観たときにはやはり、私は吹越満の顔を認識できなかった。吹越満は「まねまね天国」では5週勝ち抜き、初代チャンピオンとなる(この番組のチャンピオンは、2代目浅草キッド、3代目電撃ネットワーク、4代目バカルディと続いた。)。
演劇からお笑いの世界に進出する場合、たいがいはコントということになるのだが、梅垣義明と吹越満はともにピン芸、しかも、きわめてオリジナリティの高い芸風であり、その特異点のようなふたりがWAHAHA本舗から同時に現れたということに驚きたくもなるのだが、才能はどうやら不思議と同じところに引き寄せられていくもののようである。
「ピン芸」という言葉は今ではあまりにも便利に使われ、「R-1グランプリ」はピン芸を貧しいものにしていったと思うのだが(おそらく、予選の審査員たちの見る目が貧しいからそうなっていった。)、梅垣義明と吹越満にはぎりぎり「ボードビリアン」といえそうな洒脱なセンスがあった(「ボードビリアン」と「ピン芸人」の断絶はまた別のテーマにしたい。)。
以下、「週刊大衆」の吹越満のインタビューから少し引用してこの項を終わりにしよう。
「テレビではよくお顔を拝見するけど、名前が分からない。そういう人っているでしょ。デビュー当時のタモリさんとか。ああいった〝得体の知れない〟っていう雰囲気が好きだったんです。」
「『フキコシ・ソロ・アクトライブ』を始めたのは89年です。(略)あのときは、上京したときに頭の中にあった〝得体の知れない〟ということに対する希望というか、執着をまだ持っていたんでしょう。その頃に刺激を受けたのが、いとうせいこうさんです。(略)いとうさんが、マイク1本でスタンダップコメディをされているのを観て、それこそ〝得体の知れない〟人に見えたんです。」
「仕事の部分でいうと、ずっと「俳優って何か」ってことを考えているんです。収入を得るためにやっているとはまた違うし、たくさんの作品に出れば良いということでもないだろうし。別の例えでいうと、ダンサーは踊る人のことだけど、じゃあ踊らない人はダンサーじゃないのかって。踊れるダンサーが真っ直ぐ、ただ立っているだけの時間があったら、表現としてそれは踊りではないのか……っていう押し問答になるようなことが必要になってくるんだと思うんです、俳優って職業は。」