話題がやや遅いものになってしまうが、新年に放送された実験的なふたつの大喜利番組を今頃になって TVer で観ていた。ひとつは1月2日に放送された「AI実験バラエティ シンギュラ」(フジテレビ)という番組だが、この番組内ではふたつの企画が行われ、それらを若林正恭がモニタリングする。ひとつは「脳内大喜利」という生成AIを使った大喜利の企画、もうひとつは「冠代行エーアイ」というもので、永尾柚乃ちゃんの冠番組のMCを「AI永尾柚乃」が代行する。後者の企画には、堀内健、くっきー、神田愛花、山崎夕貴アナが出演した。実験的な大喜利番組というのは前者の「脳内大喜利」である。こちらのMCは伊藤利尋アナが務め、回答者は5名、ヒコロヒー、ロバート秋山、堀内健、真空ジェシカ川北、錦鯉渡辺隆がそれぞれ、大喜利のお題に対し、生成AIで作った画像で回答する。

生成AIで画像を作ったことがないひとには感覚的にわかりにくい部分もあるかもしれないが(私もけして詳しいわけではないですが)、こういう画像を作ってほしいという注文(プロンプト)を言葉で書き込み、画像をどうやら作っている。言葉で説明したものを画像にするのだから、そこにはどうしてもズレが生じる。そのコントロールの効かない部分に想像を超えた面白みが出てくる場合がある。これはAIがいくら進化しようと、言葉を画像に変換するかぎりは生じるズレなのではないだろうか。すると、誤読によって現れたその画像を、回答者が自身の注文とはまた別の言葉で言い表す「写真でひとこと」の笑いにもなってくる。萩本欽一の言葉で言う「フリ」と「コナシ」がここにはあるかのようで、回答者の指示(フリ)をAIがこなし、それをまた回答者がツッコんでいる。


1月12日に放送された「大喜利GIRIGIRI」という番組は司会がハライチ、俳優たちによる大喜利番組で、勝矢、尾上右近、中村ゆりか、白濱亜嵐、三浦翔平が出演していた。俳優たちが自分で考えて回答しているのかと思えば、じつは芸人たちが裏で考えた回答を俳優たちは答えているという仕組みの番組だった。裏にはそれぞれ、トンツカタン森本、中山功太、ふかわりょう、ななまがり森下、蓮見翔がいて、俳優たちとペアを組んでいる。あのちゃんを有名にした「水曜日のダウンタウン」の企画も思い浮かべるが、これはドッキリの要素はなく、俳優たちがイヤホンから受け取った指示のとおりにフリップに書き込み、セリフを発したり、ときには動作もつける。だからこれもAIの大喜利と同じ部分があって、考える作業とそれを回答するまでのあいだに注文(プロンプト)が介在するため、そこにはズレが生じるということになる。回答者にとってはこのズレをどう利用するかという考えかたにもなっていく。

どちらの番組にも共通するのはこれだけのいいメンバーがそろうと、やっている最中に方法論をどんどん見つけていくのだ。番組内の短い時間に進化の過程を見ている面白さもあったのだが、しかしどうだろうか、案外、こういうものは方法論が確立されるまでが面白さの寿命なのではという気もする。以前、まるで試験のような大喜利そのものに対する疑問をこのブログには書いたことがあるが、通常の大喜利が個人戦であるのとは違って、この2番組はそれぞれ、回答者とAI、回答者と俳優との共同作業になるところに遊戯性がある。思いどおりにならないことがすなわち遊戯ではないだろうか。


大喜利嫌い


今日は特に新しい話題もなく、以前に書いたこととも重複するが、選挙の前だからまた改めて炎上のメカニズムについて学習しておきたい。去年、津田正太郎「ネットはなぜいつも揉めているのか」(ちくまプリマー新書)という本を読んだら、そこには「否定的党派性」という言葉が登場する。「否定的党派性とは、政党の候補者や政策について、それらを評価しているからというよりも、嫌いな政党がそれらを批判しているから支持するといった態度を指します。逆に、ある政策について、それが良くないからではなく、嫌いな政党が賛成しているから反対するという態度も含まれます。要するに、政策志向が対立する党派への「逆張り」、あるいは「嫌がらせ」に近づいていくという状況が生まれるわけです。」

この著者によると、政治的分極化には「イデオロギー的分極化」と「感情的分極化」というふたつの側面があり、感情的分極化とは、それぞれの政党の支持者がお互いを嫌い合うようになる傾向を指し、双方が自身を被害者、相手を加害者とみなしている。それによって、「否定的党派性」が生み出されるということであるが、それがイデオロギー的な分極化とは異なるものであることを、この本では「偽りの分極化」と説明する。「大まかに言うと、偽りの分極化とは、双方の政党の支持者が自分たちと相手側との違いを過大に見積もるようになる現象を指します。(略)より大きな問題として挙げられているのが、相手側の多くが「過激な意見」を支持しているという誤ったイメージの広がりであり、それこそが偽りの分極化だというのです。」
では、そのような偽りの分極化はどのようにして生じるのか。ある研究ではその過程を、①カテゴリー思考、②単純化、③怒りの増幅、という流れに整理していることをこの本のなかでは紹介している。
 
2024年11月に発売された「週刊現代」には「ザ・炎上」と題する16ページに渡る特集記事が掲載され、これもとても興味をもって読んだのだが、よく言われるように、ネットには極端なひとがあふれているということがここでは詳細なデータによって示されていた。たとえば、憲法改正についての意見を調査すると、社会の意見分布では「賛成とも反対ともいえない」という意見がもっとも多く、グラフは山型を描いている。これがSNS上の投稿回数分布になると、「非常に賛成」「絶対に反対」という両極が高くなり、グラフは谷型を描くことになる。炎上研究の第一人者だという山口真一は「常識的で中庸的な人は攻撃されることを恐れ投稿や書き込みをしなくなっている。結果、『極端な人』だけが意見を発信し続けるという状況になっているのです」と語っている。約2万人を対象にアンケート調査をした結果、これまでに一度でもネット上の炎上に書き込みをしたことがあるひとは、過去1年間にしぼれば、その割合は全体の0.5パーセントにしかすぎないというデータもここには書かれている。その0.5パーセントのうち、年間11件以上の炎上に書き込みしているひとが10パーセント、また、ひとつの炎上に51回以上書き込んでいるひとが3パーセントというデータもあり、書き込んでいる回数はライトな参加者よりもヘビーな参加者のほうが多いことも指摘されている。
あるいは、炎上の加担者たちにアンケートをとると、じつは裕福な人間が多いという調査結果も表れている。ドラマや映画なんかを観ていると、社会的弱者がネットに不満を撒き散らしてるというようなイメージが描かれていることもあるが、この記事によると実情はどうやらそうではないらしいのだ。典型的な「炎上参加者」の特徴がこの記事では6点あげられている。①男性、②中間管理職、③子持ち、④年収は平均より上、⑤ラジオを聴く、⑥ネット上で嫌な思いをした、というのがそれだが、私もラジオをよく聴くから「ラジオを聴く」というのは気になるが、平日のラジオ視聴時間が増えるほど、炎上参加確率も増加するのだという。テレビや新聞の影響は見られないため、ラジオ利用者にはあたまを良く見せたいタイプが多い可能性があるというのだが、じゃあ、私はテレビも山ほど観ているからちょっと違うタイプなのかもしれない。「子持ち」というのはなぜかというと、子どもを守りたいという思いから過激になるという分析があるようだ(これこそ、炎上しそうなデータという感じがするけれども。)。
津田正太郎はこの記事でも取材を受けていて、炎上の端緒となるSNSは圧倒的にエックスが多いことについて、エックスは感情に訴えかける構造のメディアであることが実証研究によってわかっていると話している。ユーザーが怒りにまかせた投稿をくり返しやすく、アルゴリズム的に話題の投稿が拡散されやすい。おすすめを見て、けしからんと思うひとが加速度的に増えていってしまうのがエックスだということだ。



海老名市指定重要無形民俗文化財の「海老名の祭囃子」を観るため、日曜の海老名を訪れた。「新春はやし叩き初め大会」というこの催しは朝の10時に始まり、指定保持団体に認定された海老名市内の15団体が入れ替わり立ち替わり、ひたすら祭囃子を演奏する5時間45分のイベントである。当初は朝から観ようかと思っていたのだが、私も祭囃子だけ観て生きているわけにはいかないので、なんだかんだで出発が遅くなってしまったのだが、結果的にはそれでちょうどよかった。

会場の海老名市立総合福祉会館に近づいていくと、建物のなかからうっすらとお囃子が聴こえてくる。私が到着したときには開始からもう3時間が経とうとしていた。建物に入っていくと祭り装束の参加者たちがあちらこちらにいるのだが、会場はどこだろうかとフロアの案内図を見ると、そういえば、ホールなどではなく、この大会は大広間で開催されているのだと思い出した。靴を下駄箱に入れて、会場に入っていく。一応、市外からでも誰でも観覧していいことはホームページから確認していたけど、さすがに家族や関係者ばかりのような雰囲気だ。席に着き、スマホからホームページのタイムテーブルを確認してみると、ちょうど休憩時間が終わり、午後の部が始まったばかりだった。休憩は45分もあったから、その時間に着いていたらかえって時間をもてあましていたところだった。


海老名駅に着くと、歩行者デッキにある政党の幟がたくさん立っている。近づいてみると、13時半から街頭演説があるというので、以前もこのブログに書いたとおり、私は街頭演説はなるべく立ち止まって聴くことにしているから、これは聴いておきたいと思った。なにしろ、短い選挙期間だからつぎはいつ出会えるかわからない。いったん、祭囃子の会場に行ってからまた駅前まで戻ってくる。柵で仕切られたスペースのなかに入って演説を聴いたが、オーディエンスはけして多くはなく、年寄りばかりだった。(選挙演説のことはまた改めてまとめて書くと思います。)

30分超という時間だったと思うが、寒いなかで演説を聴いていたらからだが冷えてしまった。祭囃子の会場の手前には海老名市立図書館があり、会場に戻る前に図書館に寄っていく。日曜の図書館は混んでいた。図書館でからだが暖まるかと思ったら、意外と暖房が弱い。


祭囃子の会場に戻ったときに受付にプログラムがあるのに気がつき、これを一部いただいた。祭囃子を聴きながらプログラムを読んでいたのだが、この催しは叩き手の主役はあくまでも小中学生たちで、青少年育成の側面がかつてはあったようだ。こういう場所でどれだけ写真を撮っていいかもためらうが、各団体、市民まつりなどでも活動しているようなので、部外者が観るにはどうやらそちらのほうがよさそうだ。

プログラムを見ると「第46回」と書いてある。囃子の演奏は太平洋戦争で中断され、それが再開されたのが昭和50年頃だということだ。プログラムを読んでも第1回がいつかは書いてないのだが、もしかしたら、コロナの年が飛んでたりもするのだろうか。それだけの歴史があるのだが、海老名市指定重要無形民俗文化財に指定されたのは令和7年だというからつい最近だ。海老名の囃子には大きく分けて2種類あり、「下町囃子系」と「新囃子系」があるというのもこのプログラムを読まなければわからないことだった。

祭囃子のあとには海老名市ちふれんによる「大黒舞」が披露された。「ちふれん」ってなんだろうと思って検索してみると、「地域婦人団体連絡協議会」の略称なのだった。大黒舞のあとに飴を撒くというので、司会の男性が子どもたちを集め、「お姉さんたちが大黒舞を踊ります」と説明していたのだが、説明を続けているあいだに「踊ってるおばちゃんたちが」って結局言っちゃっていた。実際に登場したみなさんはお婆さんだったのだけれども、海老名市のマスコットキャラクター「えび〜にゃ」も一緒に参加して踊る。そのあとは閉会式まで観て、部外者なのに立ちあがって一緒に三本締めをした。





松田龍平が出演した1月8日の「徹子の部屋」を観ていたのだが、松田龍平はこの番組には初出演だった。父・松田優作と一緒に写ったプライベートの写真が出されたが、龍平と弟の翔太が父の両脇に抱えられ、父も子どもたちもにこにこしているいい写真だった。松田龍平はどこかの温泉に行ったときの写真だと説明していた。松田優作は普通のメガネをかけていると、やはり、驚くほど松田龍平に似ている。松田優作は「徹子の部屋」には30歳のときに出演していて、その映像も流されたが、このときの松田優作はサングラスをかけ、帽子からはパーマがあふれている、タバコをくわえながら話すそのすがたは「探偵物語」の工藤俊作そのものだ。


「探偵さん、リュック開いてますよ」(テレビ朝日)というドラマが始まることを知ったのはこの「徹子の部屋」でだった。松田龍平はその告知のためにこの番組に出演していたのだ。沖田修一が監督脚本だと知って、このドラマを観てみたいと思ったのだが、観始めてすぐに、これは好きな語り口のドラマだとわかる。松田龍平が演じる主人公は探偵なのだが発明家でもあって、温泉旅館に暮らしている。寝床のまわりには藤子・F・不二雄のマンガが積まれている。タイトルのとおり、いつもリュックが開いているような抜けたところのあるこの主人公はLUUPのようなものに乗るのだが、これもじつは発明品で、悪口を燃料にして動くというものだ。町の商店に一箱古本市のチラシが貼ってあるのも気になってしまったが、ここは長野県上田市なのだろうか、のどかなのだが、よくわからないバンドに客が集まる町でもあった。

現在放送済みの3話までを観たが、第2話では環境問題を危惧する少年が登場し、彼のおとなたちへの怒りには切実なものがあるが、彼は持続可能な未来のためには地底人の知恵が必要だと考える。第3話はのどかな町に怪死事件が発生し、その捜査のためにFBIがやってくる。


このドラマと同じ「金曜ナイトドラマ」の枠で放送された「熱海の捜査官」(2010年放送)が私は大好きだったのだが、デイヴィッド・リンチ的な世界観のコメディといえばいいだろうか、極めて強い作家性をもった三木聡作品と同じく、この「探偵さん、リュック開いてますよ」にもこの作家特有の語り口があり、この作家特有の笑いに覆われている。そして、笑いの奥にもなにかを覗かせている。

このドラマは松田龍平も企画に名を並べているから、この笑いの感覚は松田龍平のものでもあるのだろうか。松田龍平という不思議な俳優にも私は改めて関心が湧いてきている。

「あさイチ」のプレミアムトークにふじきみつ彦が出演しているのを観て、「ばけばけ」について不満に感じていたことの謎がだいぶ解けた。あんまりネガティブなことをしつこく書くのも気が引けるのだけど、以前もこのブログに書いたとおり、大学の後輩が別役実のコント教室に通っていたため、同じく別役実に師事していたふじきみつ彦のことはかなり早い段階で認識していて、コントの公演も観に行ったことがある。むしろ、テレビの仕事を始めてからのほうがあまり把握していなかったくらいなのだが、面白いコントを書く作家であることは知っていたから、「ばけばけ」はかなり期待して観始めた。ところが、だんだん好意的に観る気持ちは薄くなっていってしまったのである。

きっかけのひとつは、放送から間もなくしたときに、横浜の放送ライブラリーで観た「日本の面影」というドラマのせいである。1984年に放送された山田太一脚本のこのドラマは小泉八雲を主人公にしている。このドラマを観たために、「ばけばけ」が小泉八雲という人物をぜんぜん描けていないことに気がついてしまったのだ。


「あさイチ」で語られていてよくわかったことは、まず、オファーの流れだった。朝ドラの脚本を書いてくださいというオファーが先にあってから、小泉セツというテーマが決まるという流れなのだが、そのとき、制作統括からはテーマの候補が四つ渡され、そのなかから書けそうなものを選ぶということなのだ。

最近、「ブギウギ」の脚本家だった足立紳のインタビューが「週刊大衆」に載っていたのだが、足立紳はそれまでに一度も朝ドラを観たことがなく、向いてないだろうけど親は喜ぶだろうなとか、うだうだしていたということを語っていた。私は笠置シヅ子というテーマに興味があったから「ブギウギ」を観ていたのだが、足立紳は笠置シヅ子には別に興味がなかったんじゃないだろうか。ふじきみつ彦はどうだかわからないが、その前に「あんぱん」の中園ミホのやなせたかしに対する熱の高さを知ってしまっているから、脚本家が書きたいテーマではなさそうだなと思うとちょっと冷めてしまう。


「あさイチ」では、最初の3週分の脚本はじつは直前に書きなおされたものだということも話していた。細かいスケジュールが説明されていたが、2024年7月に執筆開始、12月までの5か月間で4週目までを書いたが、ふじき自ら年末に書きなおしを申し出て、年末年始に3週分を一気に書きなおしたという。クランクインは3月に迫っていて、1月には衣装合わせなどがあるというスケジュールのなか、ふじきは書きながらもどうも面白くないなとは自分では思っていたが、締め切りがあるから提出するというのが12月まで続いていた。上層部からは書きなおしましょうとは言われないのだが、なんとなくみんなが会議で納得していないのがありありとわかっていたという。4週目というのは舞台が東京に移る週なのだが、それがふじきにとっては上手く書け、そのときに1周目に戻ってみるとぜんぜん違うドラマになってしまっていて、時代劇に囚われていたことに気がついたのだという。つまり、ふじきみつ彦がおもいっきり自分の作風に引き寄せたことであのようなドラマになったということだが、逆にいえば、乗り越えるべきミッションを捨てたということでもあるだろう。

私が「ばけばけ」で致命的によくないと思っているのは、小泉八雲というひとは西洋の近代的な価値観に疑問をもち、日本の文化に惹かれたという人物のはずなのだが、笑いのシーンのために近代的な価値観に寄りかかっている部分が多々あると思われるからだ。史実に即した軸があって、脱線した部分にコメディがあるというわけではない。ふじきみつ彦は軸は捨ててしまっているのである。

番組ではふじきみつ彦の執筆風景も映していたが、ふじきは子どもたちを保育園に送ってから、NHKの会議室にやってきて書くという日常を送っていたようだ。なにもない会議室で、ノートパソコンを広げて書いている。つまり、資料などに改めてあたるということはせずにただ自分の世界を書いていたということがここからもわかった。


大学の後輩


山田太一の「日本の面影」


再び「日本の面影」

私は関東に住む人間だが、TVer があるおかげで今では関西の番組も観ることができるようになっている。この1月から「しんごの芽」(読売テレビ)という香取慎吾の番組が始まった。令和ロマンくるまが出演することが話題になっていたので、どういう番組かもよくわからずに観始めたのだが、この番組は月替わりのゲストMCを迎えるという形式になっていて、最初のパートナーに選ばれたのがくるまというわけだ。くるまは香取慎吾からインスタのDMでじかにオファーを受けたそうだが、番組スタッフがくるまと連絡がとれないというので、香取慎吾がそのようにしたのだという。吉本を辞めてしまうとそんなに連絡がとれなくなるものなんだろうか。香取慎吾はくるまをフォローしていたわけでもなく、ふたりはこれが初対面になるようだ。

ふたりはどうやら「芽」をモチーフにデザインされたメルヘンチックな部屋のなかで話している。どこかのスタジオで収録しているのかと思えば、ふたりが部屋の外に出てみると、その部屋は東京国際クルーズターミナルに作られていた。窓の外にはフジテレビの社屋が見える。どうしてこの場所なのかといえば、香取慎吾にとってはテレビの原点がフジテレビだというのだ。(この「しんごの芽」は読売テレビの番組である。)

1月に始まったこの番組は今までに2回放送されているが、2回目の放送では、香取慎吾は「バラエティってさ、終わるのすごいよね。」と話し始める。ドラマは最終回に向かって撮っていくものだが、バラエティにはゴールがない。これはまさに、「いいとも」のグランドフィナーレで中居正広がスピーチした話と同じことを言っている。


関西の新番組をもうひとつ、「骨までしゃぶらせて アナタだけあるある飯店」(ABCテレビ)には、永野、ニューヨーク屋敷、ツートライブ周平魂が出演している。「しんごの芽」もおよそ関西を感じさせない番組だが、この番組には周平魂がいるとはいえ、やはり、関東在住の私からすると関西らしさは薄い。この番組では「自分だけかもしれない」という「アナタだけあるある」を、ゲスト3名を加えた6名でトークする。初回のゲストには、相席スタート山添、しずる純、ななまがり森下が出演した。まず始めに「お品書き」が出されるのだが、「顔」というお品書きを出したしずる純は、「僕だけかもしれないですけど」としゃべり始め、人間の顔は全パターン見たという話をする。山添は「1日家にいた」が「ちんちん」に聞こえるといい、森下は「28」と「31」の差を「2」と思ってしまうという自分だけのあるあるを話していく。

「パン」というお品書きを出した周平魂は、パンは洗えないのにむき出しで売ってるのが変だという話をする。それにはほかのメンバーの共感も得られていたのだが、周平魂がパンは洗いたくなるような粉をふっているというと、永野が「自分の角度はだめ」 屋敷が「松本さんが喜びそうなこと言わないで」と制したのがすごい。この番組は当面のあいだは観続けていこうと思う。

今日の話は昨日の続きだが、「中道」は公明党にとっては仏教用語だが、左派と右派の真ん中という意味でももちろん捉えられている。では、左派と右派とはなにか。SNSを見ていると、左派の攻撃をするのが右派、右派の攻撃をするのが左派としか思っていないひとも多そうなのだが、私の浅い知識でもそれがフランス革命から始まったことは知っている。私のおおまかな理解では、左翼というのは人間の理性を信用する思想である。人間の理性により、社会は進歩し、理想形に到達するという考えかたをする。保守思想というのはそれに対し、疑いをもっている。人間は不完全なものだと考える立場に立つのがどうやら保守である。(ただし、インチキ左派とインチキ右派により、そのイメージはいずれも歪められている。)

そういう意味では、私は人間はドジでマヌケで不完全な存在だと考えているから、どちらかといえば保守思想なのかもしれない。しかしどうだろうか、世の中の多くのひとびとはそのどちらをも併せ持った考えかたを普通はしているんじゃないだろうか。ときには理性を信じるし、ときには人間はそんなもんだからしょうがないよとあきらめるんじゃないのか。それを「中道」と呼ぶのかも私の浅い知識ではよくわからない。真ん中にじっとしているというよりも、揺れ動くのが人間だろうと思うからだ。


保守について少し勉強したときに、私は立川談志の「業の肯定」も思い浮かべた。人間というのは酒に溺れるし、女にはだらしがないし、これだけはやってはいけないということをやってしまうものであると。落語とは人間のそのような面を描いているのであって、談志はそれを「業の肯定」と呼んだ。これはまさに人間を不完全な存在とする考えかたと同じであるかのように思える。(喜劇、あるいはお笑い全般にも、この考えかたはある程度は広げられるはずだ。)

では、英雄を描く講談はどうなのか。講談はもしかしたら左翼思想と相性がいいのだろうかとも思ってしまうが、そうかもしれないが、英雄を好むのも人間であるし、その同じ人間がドジな人間にも親近感をもつということはいくらでもあるのである。


これを突き詰めて考えていくと、立場を明らかにすることから人間の苦悩は始まると言ってもいい。すなわち、それは政治の限界という話にしかならないのだが、限界を前提になにができるのか。あるいは、その限界をカバーするために、われわれには芸能や芸術や文学があるんじゃないのか。

中道改革連合にはかなり興味をもって見ているのだが、立憲民主党の現職がほぼ参加するとなると話がまるで違ってしまわないだろうか。あなた中道なわけないでしょうという人間が幾人も思い浮かんでしまう。中道を支持したいものにとっても、左派を支持したいものにとっても、これでは判断に困るだろう。いや、そんなことはわかりきっていることだよとしたり顔の人間は言うかもしれないが、なんでわれわれがあいつらの政局に付き合わされなきゃならないんだというのが私の基本的な考えである。


これからは、右派、中道、左派という三つの集団に再編成されるのではという週刊誌の記事を石破政権のころに読んだ覚えがあり、石破と野田の大連立があるのではという予測だったが、結局、そうはならなかった。自民党が右派と中道に、立憲民主党も左派と中道に分裂するのではという話だったのだが、今回、自民党議員にも参加を呼びかけているからそれに近いことが起こるのではと注目していたのだけれど、立憲民主党がまるごと入ってきてしまえば、はたしてここに中道志向の自民党議員は入ろうという気になるだろうか。しかし、これはあくまでも主義主張に忠実に動けばという話である。実際にはそうではないことがまかり通っていて、それは常識的にはインチキと呼ぶのではないのか。(そうは言っても、インチキに期待しなければならないのかなとも思っている。)


長い目で見れば、日本ではこの年から「中道」という概念が一般的に広まったという年になるのではという気もするのだが、中道改革連合の動き次第では(「保守」や「リベラル」がすでに歪んだかたちでイメージされるように)「中道」という概念が歪んだかたちで根づくことになってしまうだろう。もちろん、状況は目まぐるしく動いているからまだどうなるかはさっぱりわからない。

それにしても、公明党がこんなに存在感を表す時代がやってくるとは思わなかった。「中道」とはそもそも仏教用語であるという指摘もこの短いあいだに何度か目にしていて、私は創価学会には詳しくないが(ナイツやハービー・ハンコックは大好きですが)、仏教用語であるのならば、「左派」や「右派」よりも日本にはなじみやすい概念ではあるだろう。


野田真吉という映画作家をまったく知らなかったのだが、民俗芸能の記録映画ということならば、今の私には避けて通ることはできない。横浜シネマリンという伊勢佐木町の映画館に別の映画を観に行ったときに流れた予告編から「野田真吉特集」の上映を知った。横浜シネマリンのホームページもチェックしているはずなのに、そのときにはどんな映画なのかはよくわかっていなかったのだ。

この特集では8作品が4プログラムに分けて上映されていた。今の私の興味は民俗芸能であるから、このうち、民俗芸能を記録した作品(それ以外の作品もある)であるCプログラムとDプログラムを観ることにした。Cプログラムでは短編が3本、「異形異類の面掛行列」(1988)という18分の映画では鎌倉の祭礼が記録されている。「冬の夜の神々の宴 遠山の霜月祭」(1970)は37分のモノクロ作品で、これは長野県飯田市の祭り。「生者と死者のかよい路 新野の盆おどり 神送りの行事」(1991)は36分、長野県阿南町新野の祭りが記録されている。Dプログラムは129分の作品を1本だけ、「ゆきははなである 新野の雪まつり」(1980)というこの特集上映のタイトルにもなっている作品だが、これも新野の祭りを記録している。


もし野田真吉を検索してここにたどりついたかたにはここからはほぼ関係ない話になるが、私が子どものころ、正月の「初詣!爆笑ヒットパレード」(フジテレビ)のなかでビートたけしとたけし軍団がやっていたお決まりのコントがあったのだが、たけしが「禊」だといって、葉っぱがついた枝を熱湯に浸し、その枝をふりまわし、軍団たちに向かって熱湯を撒き散らすのである。それが「爆笑ヒットパレード」という長時間の番組のなかで何度もくり返される。

このコントが大変なインパクトだったことは間違いなく、ついでに言えば、のちに「ダウンタウンのごっつええ感じ」のなかで、この「禊」のコントをネタにしたコントがあったことを強く記憶している。その時代にはまだ「いじる」という概念は一般的ではなかったから、私はそう理解したわけではなかったが、たけしの大ファンだった私は、たけしがダウンタウンにいじられていることに(これはまったく大げさではなく)動揺した。若い世代にはわかりにくいことだろうが、その時代のたけしがどれだけ恐れられる存在であったか、しかも、上下関係がはるかに絶対だった時代にという前提がここにはある。


野田真吉特集で観た「異形異類の面掛行列」と「ゆきははなである」のなかにはこの「禊」が登場する。子どものころの私は漠然とした神事のイメージとしてたけしの「禊」のコントを観ていたのだと思うが、もしかして私は、この歳になるまでその本物を観たことがなかったのではないだろうか。この映画のその場面を観ながら、これ本当に「禊」って言うんだと思っていたし、熱湯をかけているように見えてしまったが、あの水は本当は熱湯ではないはずだ。

つまり、私が注目したいのは、映画に記録されていた「禊」は(制作年は80年代だが)70年代の祭りの様子だったが、それが80年代のコントのなかで再現されていたということだ。さらに、ダウンタウンがそれをいじったのは90年代のことである。このような時代の流れを私はまだうまく説明ができないが、民俗芸能を知ることでさらに長大な流れを把握できるようになっていくのではという予感はしている。



野田クリスタルのトークショーを観るために京浜急行の弘明寺まで行ってきた。このトークショーの開催を私が知ったのは年末に放送された「アド街ック天国」の弘明寺の回でだったが、私はそれ以前に、2024年6月、弘明寺かんのん通り商店街のふるさと大使に野田クリスタルが就任した就任式も見物に行っている。野田クリスタルが弘明寺の出身だということをそれまで知らなかったのだが、私が生まれ育ったところも京浜急行の沿線だったから、弘明寺駅で降りることこそあまりなかったが、子どものころからなじみのある駅名ではあった。弘明寺の人間だとわかれば、単純なもので、野田クリスタルに親近感が湧いてしまったのだが、ひさしぶりに弘明寺に行ってみたいという気持ちにもなったのだ。

就任式のときにもトークショーがあり、そのあとには野田クリスタルが神輿とともに商店街を練り歩くパレードがあったのだが、野田は神輿の担ぎ手にも加わり、威勢のいい掛け声とともにわっさわっさと揺れ動いてみせる。オーディエンスのグータッチにも応じ、街のひとびととじかに触れ合う野田のサービス精神には大いに好感をもった。タレントがちょっとあいさつして終わりというようなものではなかったのだ。なにより、商店街が純粋に盛りあがっているさまをとても感じられた。


今回のトークショーはその就任から1周年を記念したイベントということである(細かいことをいえば、1年半が経っている。)。会場が変更になったという告知を事前に目にしていて、当初の予定では就任式と同じ、商店街の真ん中あたりにある観音橋という橋の上だったが、それが商店街を抜けた先にある駐車場に変更になっていた。問い合わせが多かったのだろうか、想定よりもギャラリーがたくさん集まりそうなのかなとは思ったが、会場の駐車場に着いてみると、すでに駐車場を埋め尽くすほどのギャラリーがいる。この時点でもう、ステージからはかなり離れた後方で観ることになったが、私が駐車場に入った数分後には入場規制ということになり、駐車場の入り口は閉められてしまった。いやほんと、電車に1本乗り損ねたりでもしていたらたぶん入れなかった。入れてほっとする。その後、警備のスタッフたちが歩道には立ち止まらないように案内している声が聞こえていたが、ふとふり返ると、車道を挟んだ向こう側の歩道にギャラリーがびっしりと並んでいるのが見えるので驚いた。向こう側はスタッフはノータッチなのだ。それにしたって、車道の向こうからステージが見えるのかと思うけれども。

トークショーが始まる14時になると、野田クリスタルがどこに待機しているのかがわからなかったが、野田は観客と同じ駐車場の入り口から入ってくるのだった。われわれ後方のギャラリーも至近距離で見ることができた。野田はいつもの衣裳ではなく、コートを着ていた。端っこに作られた通路を通り、ステージに向かっていく。ステージには野田ともうひとり司会の女性がいて、トークショーではこのひとが聞き役になった。ところが、音響がすこぶる悪い。後ろのほうでは言葉がかなり聴きとりづらかった。急に会場を変えたからしかたがないのかもしれないなと、まあ、ただの商店街のイベントだったらそんなふうに思うところだが、吉本も関わっているイベントにしてはややお粗末だ。

トークショーは30分ほど、野田は井土ヶ谷の郵便局で働いていた時代の話や、「アド街ック天国」で紹介された弘明堂書店に関する都市伝説などを話していた。そのあとには抽選会があり、開催期間中に商店街で千円以上の買いものをしたお客さんに応募資格があったのだが、そのなかから抽選で選ばれた2名に野田クリスタルとの写真撮影とサイン入りTシャツが当たる。最初に当たった女の子は前のほうで観ていたのだが、2番目に当たった男性は車道の向こうで観ていたようで、名前を呼ばれると急ぎ足で横断歩道を渡ってきた。2名とも、ちゃんとファンのひとが当選したようだ。それから、「アド街」でも紹介していた商店街の現金つかみどり企画に野田も挑戦し、過去最高記録の3万4千円を超えたらお客さんに1万円プレゼントになるというので盛りあがるが、野田がつかんだのはなんとちょうど3万4千円。うそみたいな記録が出たが、超えたらということなので1万円プレゼントはなしになった。最後はジャンケン大会があり、勝ち残った5名には商店街と吉本からプレゼントがあった。トータルで45分ほどのイベントだったか、野田は入場してきた通路を戻り、駐車場の入り口を出ると、停めてあったクルマにすぐに乗った。走り去るクルマの窓から野田は手をふり続けていた。