こんにちは

八王子みなみ野七国にあります年中無休の歯科医院ななくに歯科

サポートスタッフの天笠です。

本日は私が院長のフェイスブックの投稿についての感想を述べます。

 

今日の555!!!(第2934回)

子育てで、子どもを抱っこをする男性は多いみたいだけど、

『抱きしめる』

っていうことをしている男性は少ないみたいだよ。

子どもと一緒にいて

お母さんが

抱っこするのに疲れたから

代わりに

お父さんが

抱っこすることもあるよね。

でも。

それだけで、満足してる男性も多いとか。(笑)

それって

場合によっては

ただ

荷物としてもってあげているだけ

ってこともあるからね。

どうだろう?

『ちょっと、あなた、変わってくれる??』

『はい。はい。』

みたいな感じで

抱っこしてるってこと

あるんじゃない?

もちろん、しないよりかは、したほうがはるかにいいと思うよ。

でもね。

心と心の会話をしたくて

『抱きしめよう』

と思って

抱っこしようとする人も

いるんだよ。

『抱っこ』

ってただの移動手段だけじゃないんだよ。

だから

あえて

なーーーーんにも移動する時でない時に

『大好きだよ』

『愛しているよ』

『生まれてきてくれてありがとう』

『あなたには価値があるよ』

っていう想いを

ぎゅーーーーー

って

表現してあげることだって

男性だってできるのにね。

(^^)/

じゃぁ

抱きしめることをしない男性が悪い?

いやいや

それも違うの。

ただただ

知らないだけだから。

抱っこは

一種の移動手段

と思わせてしまっている

家族関係

みんなで改善すればいいだけ。

もっともっと

意識しよう。(^^)/

抱っこ

抱きしめる

ってことは

意味が違うってことをね

(^^)/

 

 

感想

私には子供はいませんが、最近姪が生まれました。

親戚の中で初めて自分より年下ができて、初めて赤ちゃんというものを抱っこしました。

そのような経験からこの投稿を選ばせていただきました。

私は、抱っこを移動手段であるという考えを持ったこともなければ、そういう考え、概念すら浮かんだことがありませんでしたが、そのような考えを持った人が世の中にはいるのだなと感じさせられました。

今度、姪を抱っこするときはただ抱っこするのではなく、抱きしめてあげようと思います。

 

 

八王子みなみ野 七国にあります 年中無休の歯科医院

ななくに歯科のサポートスタッフ阿部です。

 

 

今日の555(第2961回)

昔から

水の上を歩ける人のことを

尊敬!

したり

すごい!

と思ったりする物語ってありますよね。

つまり

僕たちの普通の歩き方以上の歩き方

ができるとについて

尊敬!

したり

すごい!

って思うってこと。

でも

でも

でも!!

本当に

尊敬!

したり

すごい!

って思うことってそういうことなんでしょうか?

僕らが

この大地を

普通に歩けていること

ってことが

尊敬!

したり

すごい!!

ってことなはずなんだよね。

さて

僕らは

日々

水を歩ける人がいたときに感動するぐらい

自分が歩けることに感動

をしっかりとできたら

どれだけ人生が幸せなことでしょうか?

もし

自分が歩けることについて

当たり前

と感じていたら。。。。

どんな人生となっていくのでしょう。

どうやら

幸せの悟りを得た人

というのは

この

普通に歩けていることに対しての

認識

集中力

がずば抜けて違うみたい。

それは

感謝ができるできない

とか

当たり前のことを当たり前に思わなわい

という

一言で言い表せらられるような単純なものでないもの。

だから

悟りが開かれた

っていうんだよね。

さて、

世の中を賑わしている

あの

全集中

呼吸。

あれがもたらすものは

相当

僕らが幸せになれるものなんだよね。

 

~感想~

『当たり前のことを当たり前に思わない』

なんと難しいことでしょう。

熊本地震から5年とか、健康診断の結果とか、

なにかがきっかけとなって、ああ、何事もなくいつも通りであることが、

何の心配も不安もないことが、こんなに幸せだったんだ…

と気が付くんですね。

私の周りは、ありがたいことばかりだ。と改めて思う今日この頃です。

 

 

 

 

こんにちは(o・ω・o)
八王子みなみ野
ななくににある。
年中無休の歯科医院
ななくに歯科 サポートスタッフの松下です。
院長先生の「今日の555!!!」を読んで…


今日の555!!!(第2966回)

「すぐれている」を漢字で書いてみて。

ついつい忘れちゃうよね。
その言葉の持つ意味を。

でも
漢字を書けば、
大切なことを思い出すんじゃない?

あなたが今、
「すぐれている」
という結果になるために頑張っていること・・・

それは、最終的に
やさしい
という結果になっているのかな?

「すぐれている」
という結果になるために頑張っていることが

いつのまにか

人を傷つけ
人を踏み台にし
人を蹴落として
手に入れたものであったのであれば・・・

それは
けっして
やさしくないのであるから
それは
すぐれている
というゴールでは、ないんじゃないのかな?

すぐれている
って

優れている

と書きます。

すぐれている
って

優しい

っていう漢字なの。

でも、どうだろう。


多くの人が
多くの組織が
すぐれている
を目指しているけれど

優れている
という結果を目指していないかもね。

すぐれた勝ちは
優勝と呼ばれるけれど
優しい勝ち
とは
どんなことなんだろう。

優勝って
見方を変えれば
そこに至るすべての試合で
みんなを負かせることをした結果とも言えるよね。

でも
でも
負けた人に
「優しい」
という結果だったのかな?

誰かよりも
すぐれている
という結果は
ただただ、強いもの、できること、結果を創りだすこと
ではなく

そこに
優しさ
があるかが
大事なんじゃない?

すぐれているね!!
と言われるために
ついつい
人は
誰かを負かせて
自分がいかにすぐれいてるかを
示そうとするけれど

すぐれているね!!
という言葉は
きっと
優しさを感じた相手から
もらえる
プレゼントの言葉なんじゃないかな?

(感想)
すぐれているね!!
という言葉は
きっと
優しさを感じた相手から
もらえる
プレゼントの言葉なんじゃないかな?

この言葉が素敵だなぁと思いました。
優れているとは、他と比べて勝っているさま。他よりも良い評価をするべきと思われる様子。優秀であるさま。
きっと、「優れている」人は、周り、相手に「思いやり」のある人なんだと感じました。

こんにちは。

八王子みなみ野 七国にあります年中無休の歯科医院 ななくに歯科サポートスタッフの助川です。

~深沢院長のfacebookの投稿より~

今日の555!!!(第2967回)

幸せになること頑張るよりも

幸せなんだと気づくことのほうが大事なんだよ。

幸せは、

「幸せ」って思った人のところに

やってくるんだ。

幸せになるために

毎日一生懸命にがんばって、

カリカリ厳しい顔をしていては、

せっかくやってきた幸せも

「この人はまだ

 幸せの準備ができていない?」

と思って逃げてしまうよ。

そんなもの。

そんなものなんだ。

幸せってものは。

だからね。

まずは何でも楽しんでみる。

ちなみに

楽しむって遊びだったり、

何か罪悪感にかられるようなことじゃなくて、

日々の気持ちのあり方のこと。

幸せだから楽しめるのではなくて、

楽しむことで幸せになれる。

必要なのは、そんな気持ちの転換だけ。

空が青くて心地いい、

大切な人の笑い顔がうれしい、

お茶をいつもよりも少しだけおいしく入れられた。

小さなことを楽しむことを、

こころの端っこにとめておこう。

それだけで自然と表情も柔和になって、

幸せにも

「幸せの準備が整った」って

分かって近くに来てくれるはず。

幸せは、楽しんでいる人のところにやってくる。

あとは、その時に自分が気付くだけでいいんだよ。

( ◠‿◠ )

もう

十分

あなたは

幸せなんだから。

( ◠‿◠ )

 

(感想)

この投稿を読んでほっとする気持ちになれたので選びました。

日々の小さな出来事の中に楽しみや喜びや感動があって、そのことに気付けるかどうかで人生が変わるような気がしました。

自分は不幸だ、恵まれていないと感じて無理をして頑張り続け、笑顔が無くなるよりも、毎日少しでも楽しいこと、嬉しいこと、良かったと思うことを感じて、素直にそのことに感謝できるような自分でいたいと思いました。今日も買い物に出掛けるときに、主人の母が私に送ってくれたメッセージを読んで、離れて暮らしていても、結婚してからずっと自分の娘と思って声をかけてくれている義母の変わらない優しさに、幸せを感じました。

自分は幸せなんだと気付くことで、他の人にも温かく接することができる、そんな風に思いました。

こんにちは。

八王子市みなみ野七国にあります

年中無休の歯科医院

ななくに歯科サポートスタッフの谷崎です。

本日はわたしが感想をお伝えします。


今日の555!!!(第2259回)

自分のキャラ。

そのキャラで今、悩んでいませんか?

...

勉強のできる子。

まじめに仕事をこなすがんばり屋さん。

涙を見せない強い人。

他人から評価されたいために、必死でとりつくろってきたのに、自ら作り上げた自分のイメージが窮屈になって逃げ出したくなる、という経験ありませんか?

見くだされれば悔しいし、過大評価されれば居心地が悪い。

他人の評価ばかりを気にしているかぎり、

たとえ努力してよい評価をえられたとしても、

今度は

「誰も本当の私を理解してくれない」

という不満が募るようになってしまいます。

他人からの評価は、もちろん、えられたほうがよいに決まっていますが、それは目的ではなく、結果にすぎません。

幸せな人とは、

高慢に気取らず、

卑屈に萎縮もせず、

ありのままの自分でいることができ、

それが適正に評価されている人のこと。

しかしそうはいっても、

自分に自信がもてない人は、

「ありのままの自分」

でいること自体が不安なのですから、

いったい何をどうすればよいのか判らないかもしれません。

自分は何も悪気はないのに、どうも皆から好かれていないようだ。

自分が変わらなければいけないと思うが、

心のどこかで「自分は悪くないのに」という思いもある。

好かれるために自分を変えるというのは、

他人に屈服するようで悔しい。

いったい自分のどこがいけないというのか。

ものごとを生真面目に考え込む人は、とかく答えを求めがちです。

しかし、答えを求めると息苦しくなります。

人生はマークシートの試験ではありません。

幸せや生きがいは、明確な答えを見つけることではなく、問題を解く姿勢の中にあるのです。

自信をもつために重要なことは、

自分の人生に責任をもつということです。

自分の人生に責任をもっているならば、

答えが正しいかどうかなど気にすることはありません。

どういう答えを選ぶかではなく、

どういう考えに従い、

どういう気持ちで答えを選ぶかということに意味があります。

自分の意志で、自分の責任で選んだ答えは、すべて正解なのではないでしょうか?

「自分の人生に責任をもつ」とは、

責めを負うということではありません。

自分の人生は自分で決めるのだという意欲と権利意識を育てるということです。

「どうせ私が悪いんだ」

と自分を責めてしまう人は、自分に責任をもっているのではなく、

逆に逃げているのかもしれませんよ。(^ ^)

先に自分を責めておけば、

他人から傷つけられたときのつらさをごまかすことはできますからね。

しかし、そうすることによって、ますます自分が嫌いになってしまい、

他人から批判される不安も大きくなる、

という悪循環におちいることになります。

世界中の誰に傷つけられても、

自分だけは自分を尊重しなければなりません。

自分のやり方が間違っていたのだとしても、

それは単に「やり方」が間違っていただけであって、

自分という人間そのものが悪いのではありません。

「誰が悪いのか」という犯人捜しはやめて、

「自分はどうしたいのか、自分に何ができるのか」

を考えるようにしましょう。

他人との付き合い方は、人それぞれに違います。

自分が選んだ答えが正しいかどうかは、誰も決めつけることはできません。

人付き合いに絶対に正しいやり方などというものはないのですから。

他人から認められる人とは、

「正しい答えを選んだ人」ではなく、

「自分が選んだ答えに責任をもっている人」

のことなんじゃないのかなぁ



感想

すごく悪循環になるところ、分かるな〜と思いました。笑

今、自己肯定感についてよく考えることがあります。


正しいかどうかではなく、心地よいかどうかで物事を判断したいと思うし、

自分が選んだ答えに責任を持てるならそれでいいんだと思います。


「世界中の誰に傷つけられても、

自分だけは自分を尊重しなければなりません。」

その通りだと思います。


自分が選んだ答えには責任を持ち、自分を尊重する心を大事にしたいと思います!!

何が悪いとか誰が悪いかを考えるのではなく、

自分はどうしたいのか、何が出来るのか、を考えたいと思います。

こんにちは。

東京都八王子みなみ野七国にあります年中無休の歯科医院

ななくに歯科サポートスタッフ平塚です。

 

本日は私が感想を述べます。

 

今日の555!!!(第2928回)

幸せな人って、いつもご機嫌でいられる人なんじゃないかな?

「いいことがあったから、機嫌がいい」のではなく、

「ご機嫌な人には、いいことが起こる」のであり、

「悪いことがあったから、機嫌が悪い」のではなく、

「不機嫌な人には、悪いことしか起こらない」ものなんじゃない?

ちなみにですが

「幸福論」っていう本にはね、

「悲観主義は気分に属し、楽観主義は意志に属する」

と書いてあります。

*\(^o^)/*

つまり

嫌なことがあるとすぐに落ち込んだり、

怒ったりする人は、

意志が弱く、気分に流されやすい人だってこと。

対して、

いつもご機嫌でいる人は、

悩みがないわけでも、

何も考えずにのほほんとしているわけでもなく、

強靭な意志をもって、

つねにご機嫌であるように努めているってこと。

ちなみにご機嫌とは、

どんなときでもヘラヘラと笑っているということではないんだよね。

ふてくされず、

やけにならず、

活き活きと、

充実感に満ちた毎日を送るということ。

いつも不機嫌な人というのは、

どんなに強がっていようとも、

偉ぶっていても、

実は自分に自信がないのかもしれません。

だって。。。

不機嫌とは、

「もっと自分に気を遣ってほしい」という、

他人に対してのサイン。

きっと

誰の周りにも、

「他人を不愉快にさせる人」

は存在することでしょう。

なので

そういう人に、嫌なことをされたり、言われたりしたからといって、すぐに僕ら自身が不機嫌になってしまってはもったいないよね。

むしろ

「他人を不愉快にさせる人」

に出会ったならば、自分の意志の力が試されるよい機会だと思って。(^∇^)

だって

好きな人と一緒にいるときは、誰だって嬉しいし、上機嫌でいられるものだよね?

だから。。。

嫌な性格の人の前でも上機嫌でいられたならば、

あなたは相当に強い意志の持ち主!!!

嫌な人のことは、

「自分の幸福度をはかる試験台」

だと思えば人生もっと面白くなるかも。

なので

「他人が悪いから、自分はいつも不機嫌なのだ」

って思うことはもうよめようね。

ご機嫌な人というのは、

他人に影響されず、

自分の意志で上機嫌をつくり出しているの。

上機嫌こそが、幸福の呼び水であり、愛される人間になるための必要条件なんだよね。

 

(感想)

ご機嫌な人というのは、

他人に影響されず、

自分の意志で上機嫌をつくり出しているの。

に共感し選びました。

 

何かがあったときに(特に自分にとって悪いこと)

全て原因を外側のせいにするのではなくて

全て自分自身の問題ってことがわかると本当に気が楽になりました。

 

この現象を作り出しているのは

自分なんだな~と思うことが最近でもよくあります。

 

上機嫌な人の周りには、

上機嫌な人しか集まらなくなると思います。

 

まずは自分自身がいつもイキイキと満たされていて

周りの人に元気と幸せを与えられる人でいたいと強く思います。

 

また自分自身もそういった人に囲まれていたいと感じました。

こんにちは。八王子みなみ野七国にあります年中無休の歯科医院ななくに歯科でサポートスタッフをしております伊藤です。

 

今日の555(第2965回)

私のことをわかってよ!!!

今日もどこかで、自分のことをわかってもらいたいと願っている人がいます。

人は誰でも自分のことを認めてもらいたいと思っている生き物。

今日もどこかで、

自分のことをわかってもらうために

努力をしなくて実行できる手段で わかってもらおうとしようとしている人もいれば

努力をしないと実行できない手段で わかってもらうとしている人もいるのよね。

さて

さて

人は なるべくなら 努力をしない方を好んで 行動を選択するのですが・・・・

では

では

僕らみんなができる

努力をしなくて自分のことをわかってもらおうとする手段

ってなんだと思います?

なんと!!

みんな これ きっと、誰れもできますよ。😋

努力をしなくていいんです (笑)

誰でもできるんです (笑)

これ、興味あります??(笑)

教えて欲しいですか???

(^ ^)

はい!!それでは!!!

それは。。。

なんと!!!

怒ること

であります。

そう。

怒ること

これ

みんなやろうと思えばできるでしょ?(笑)

僕たちは

人に 自分のことをわかってもらいたい生き物です。

なので

自分のことをわかってもらいたいために

いろんなことを選択できるのですが

努力をせずに、自分を変えることなくできることが

怒る

という行為。

怒って、怒鳴ること

怒って、嫌味を言うこと

怒って、批判すること

まぁ、兎にも角にも 努力がいらないので

すぐできます。

さて

今日 そして 明日

僕らは

努力を必要としない手段で自分のことをわかってもらうことを

これからも続けますか?

それとも

努力をちょっとでもして 自分のことをわかってもらうことを

選択しようと

まずは 決めれますか?

努力をしないことは

楽なことです。

でも。

その楽をとるのか

本当に自分のことをわかってもらいたいのか

一回、自分のこと

俯瞰して

観察してみたら

あえて

努力をすることに

価値を感じるかもしれませんね。

もちろん

努力には

負荷がかかります。

でも

この負荷は

やがて

その人にとっての 

付加

となり

その人の付加価値。

つまり

人間的豊かさになるんだよね。

今日もどこかで

怒っている人がいます。

私のこと わかって欲しい。。。

と思いながら。

 

 

~感想~

努力をすることは覚悟がいる事だと思いますがその結果、人間として成長できるという事に共感したのでこの記事を選びました。では努力をしようと決断する時はどんな時でしょうか?誰しも壁にぶつかってこのままではダメだと考えた時、そのまま諦めてしまう人もいると思います。でも中には努力をすることが最適だと自然に判断して行動する人もいるはずです。そういう人は必ず目標を定めてそれに向かって行動することで努力が周りの人にも見えるようになり認めてもらえるのではないかと思います。そしてその経験が積み重なってその人自身の個性や人間性を形成して行くのだと思います。

こんにちは。

八王子市みなみ野七国にあります

年中無休の歯科医院

ななくに歯科サポートスタッフの谷崎です。

本日はわたしが感想をお伝えします。


今日の555!!!(第2276回)

「どうすればよいのか」ということよりも大切なことは、

「なぜそうしたいと思うのか」ということではないかな?

...

自分に自信をもつには、どうすればよいか。

孤独の不安から逃れるには、どうすればよいか。

人前で緊張せずに話すには、どうすればよいか。

他人を信用するには、どうすればよいか。

人の悩みにはさまざまなものがあります。

「どうすればよいのか」と懸命に考え、

または他人の意見を聞き、

その通りにやってみたのに、うまくいかない。

ほかの人にはできるのに、なぜ自分にはできないのだろう。

まだまだ努力が足りないのだろうか。

こんな自分が情けない。

そう悩み苦しんで、よけいに落ち込んでしまったときは、少し考え方を変えてみてください。

「どうすればよいのか」ということよりも大切なことは、

「なぜそうしたいと思うのか」ということです。

数学の公式を覚えておけば、早く簡単に計算することができます。

しかし、ただ公式を丸暗記しただけでは、忘れてしまえば何の役にも立ちません。

公式を忘れても自分で導き出すことができるように、

「なぜそうなるのか」

という意味を考えながら覚えておくことが重要です。

うまく他人と話せない。友達ができない。仕事や勉強にやる気がでない。

行き詰まって身動きがとれなくなったときは、焦って手っとり早く答えを出そうとしてはいけません。

「なぜ自分はそうしたいと思うのか」

という意味をじっくり考えたほうが

きっとうまくいくんじゃないかな?

いつも明るい笑顔で他人と接することができる人は、多くの人から好かれます。

「笑顔を絶やさない」というのはすばらしいことですが、

それは、

「他人を尊重し、相手を立てている」

からこそすばらしいのです。

「他人に嫌われるのが怖いから、作り笑いをしている」

のでは、かえって不安と自己嫌悪は増大してしまうでしょう。

笑顔でいるという行為自体に意味があるのではなく、

「他人への愛情や思いやりが、笑顔という結果になって表れる」

ということが重要なのです。

仕事に趣味に、いつも忙しく動き回っている人。

「毎日、新しいことにチャレンジし、新鮮な感動をえている」

ならすばらしいのですが、

「退屈を感じるのが怖いから、とにかく用事を見つけて時間を埋めている」

なら、むしろ虚しい人生だといえます。

平凡でささやかな暮らしに満足している人。

「小さな幸せに感謝し、日々生きていることのよろこびを感じている」

ならすばらしいのですが、

「失敗するのが怖いから、高い目標を立てない」

というのでは、ただの自堕落です。

何ごとも完璧にこなそうとするがんばり屋さん。

自分の責任感や使命感から努力しているのであればよいのですが、

「他人に弱みを見せたくないから」

という理由で仕方なくがんばっているならば、いつか息切れしてしまうでしょう。

よき友人や恋人をえること。

仕事で成功すること。

温かい家庭を築くこと。

人それぞれに、自分の思い描く幸せの形があります。

それら幸せの形は、たしかに重要なことですが、

手に入れられなかったからといって

悲観したり、絶望したり、誰かを恨んだりしなければならないほど重大ではありません。

求めている幸せが手に入らないとき、

怒りや絶望を感じるならば、

それは本当の幸せではないのです。

そんな「見せかけの幸せ」をえたところで、

せいぜい「自分をごまかして生きる猶予期間」を少しばかり延長できたにすぎません。

幸せになるために、何をすればよいか。

その問いに正しい答えはありません。

同じことをしても、幸せを感じられる人もいるし、感じられない人もいるでしょう。

「何をするか」という行為そのものに意味があるのではありません。

「自分はこんなに努力しているのに、報われない」

と嘆いている人は、

きっと問題の意味を考えず、丸暗記した公式だけを駆使して、マークシートの答案用紙を埋めるように、正しい答えさえ出せばよいと思っているのでしょう。

すなわち、

「自分が幸せを感じる」ことよりも、

「他人と較べて幸せそうに見える」

ことにこだわっているのではないでしょうか?

幸せは、何かを手に入れれば突然手に入るというものではありません。

自分の心の中に自ずから芽生えるものです。

何かをしたいと思う。

その行動の動機は、

「幸せになりたいから、こうする」ではなく、

「幸せだから、こうしたい」というものであったらいいと思いませんか?

まず自分の身のまわりの小さな幸せを見つけ、それを少しずつふくらませていくのです。

たしかに、努力するためには目標が必要ですが、

「成功すれば幸せ、失敗すれば不幸」

と考えては辛いだけ。

本当に意味のある努力は、努力すること自体にやりがいを感じられるものです。

目標に向かって努力しつつ

、どのような結果になっても受け入れるという覚悟があれば、

「失敗」ということはありえません。

自分がしたいと思うことをする。

大事にしたいと思うことをする。

それが幸せであり、生きがいなんじゃないのかな?


感想

読んでいて、すごく明るくなる555だな〜と思いました。


自分がしたいと思うことをする

大事にしたいと思うことをする


最近、心底ネガティブな自分を感じていて複雑なので、心底生き甲斐を感じてみたいと思います。笑


なぜそうしたいと思うのかは

やっぱり少しでも誰かのためになりたいと思って、誰かのためにそうしたいと思って、お仕事をさせていただいてます。

こんにちは。

東京都八王子みなみ野七国にあります年中無休の歯科医院

ななくに歯科サポートスタッフ平塚です。

 

本日は私が感想を述べます。

 

今日の555!!!(第2942回)

他人に怒りを感じたとき、

その責任が完全に相手にあるのだとしても、

怒りという感情に対する責任は、

自分でとらなくてはならないんだ。

責任ある大人ってどんな人なのかな?

任された仕事ができるってこと?

でも

それより前に、重要な『責任』ってあるんだよ。

それは・・・

『自分の感情に責任を持つ』

ってこと。

人って

他人から嫌な思いをさせられたとき、

ささいなことであっても、

深く根にもってしまうことってあるよね。

そして、それがささいなことであればあるほど、

根にもっているという自分の狭量さを認めたくないために、

ますます相手への恨みを募らせてしまうもの。(´・ω・`)

怒りというみにくい感情に支配されてしまったのは、

自分の心がみにくいからではない!!!

すべては相手の責任なのだ!!!

と徹底的に相手を悪者にしなければ気がすまなくなるんだよね。

例えば

恋人が浮気をしているのではないかと疑い、

嫉妬に苦しんでしまう人は、

嫉妬という感情が見苦しいものであるということが判っているので、

なおさら相手の不実を暴くことにやっきになってしまいます。

つまり・・・

『嫉妬心を抱かせた相手が悪い』

ということにしたいってこと。

他人の嫌な面というものは、

探せばいくらでも見つかるよね。

すごくすごく簡単に。(笑)

でもね。

対人関係でストレスをためるかどうかは、

他人の態度がどうであるかということよりも、

実は

自分がそれにこだわるかどうかによって決まるんだよ。

そして知っていてほしいの。

こだわりとは、

自分の責任から逃れようとすること

だってことを。(^^)/

不快な思いにとらわれ、

そのこだわりから抜けられないときは、

間違いなく、何か認めたくないことをごまかすために、

言い訳を見つけようとしている

んだよ。

他人に怒りを感じたとき、

その責任が完全に相手にあるのだとしても、

怒りという感情に対する責任は、

自分でとらなくてはならないんだ。

怒るべきだから怒ったのなら、それでよいのです。

相手に非を認めさせなければ気がすまない、

謝らせなければ気がすまない、

と考えてしまうのは、

もはや怒りの原因そのものではなく、

自分が怒りを抱いたことに対する責任まで相手に追求しているということ。

自分の感情に対する責任から逃れる代わりに、

他人に心を操られているという屈辱の中で生きなければならなくなってしまうんだよ?

それでいいのかな?

ほんとうに。

自我にはっきりと目覚め、

生きがいのある人生を送るためには、

自分の感情、気持ちに責任をもったほうがいいんじゃない?

みにくい感情に悩まされたとしても、

よいか悪いかは別として、ともかく、

それを自分の感情として受け入れてみて。

不快な感情を抑えつけようとしたり、

責任を転嫁してごまかしたりすれば、

ますますその感情に

「こだわる」こと

になってしまいます。

ひとつのことにこだわっているから、

視野が狭くなり、

ほかの楽しみや喜びに気づくことができず、

いっそう自分を陰鬱な気分へと追い込んでしまうよ。

不快な感情から逃れる唯一の方法は、

「そんなこと、どうでもいい」

と思えるようになることなんだ。

自分の気持ちに責任をもつためには、

まず、

「好きでやっているわけではない」

「人に言われたから、そうしただけ」

という言い訳をまずは、やめるようにしようぜ!!

本当にしたくないこと、

する必要のないことはしなければよいのだし、

人に何と言われようと、

するかどうかは自分で判断すればよいんだぜ!!

恋人に許せない欠点があるのだとしても、

そういう相手を選んだのは自分だし、

付き合い続けているのも自分。

嫌いな人とは付き合わなければよいのです。

ただし、

他人の欠点が気に入らないからといって、

いちいち交際を絶っていたのでは、

いずれ自分が誰からも相手にされなくなってしまうんだ。

どこまで譲り、

どこまで自尊心を守るか、

そのかね合いを自分で判断して決めればいいんだよ。

他人を変えることはできなくても、

自分の他人に対する姿勢を変えることはできます。

絶対に不快な思いをしたくなければ、

誰とも付き合わなければよいのに、

やはりそれでは淋しいので、

自分が他人との付き合いを求めているのだ、

ということをはっきり自覚しちゃいなよ。(笑)

嫌いな人といやいやながら付き合っているのだとしても、

「断って気まずい思いをするよりは、ましだ」

と判断したのは自分なんだぜ。

好きでもない仕事をいやいややっているのだとしても、

自分の生活のために、

自分が給料を得たいから働いているの。

誰に強制されているわけでもなく、

自分の判断でそうしているの。

怒り、嫉妬、嫌悪感など、

不快な感情を受け入れるのは、

はじめはとてもつらいことだってことは知ってるよ。

でもね。

自分の感情に対する責任から逃れようとすれば、

自我の分裂というさらに大きな代償に苦しめられ、

自分が何をしたいのか判らないという虚しさの中で生きていかなければならないんだ。

どんな不快な感情も、

自分の責任として受け入れることができれば、

その後、どう行動すればよいかは自然に見えてくるからこそ

未来って常にあかるいものなんだよね。

(^^)/

 

(感想)

この記事を選んだのは、

先日久しぶりに怒りの感情を家族にぶつけてしまい

自分がその後それに対して落ち込んでいたので、

心に響きました(笑)

 

怒りという感情に対する責任は、

自分でとらなくてはならないんだ。

責任ある大人ってどんな人なのかな?

任された仕事ができるってこと?

でも

それより前に、重要な『責任』ってあるんだよ。

『自分の感情に責任を持つ』

ってこと。

この言葉が胸に突き刺さりました。

 

ただのお互いの認識のズレから

互いに感情的になってしまいましたが

その結果お互い不幸な気持ちになったと思います。

 

身近な人こそ

「相手は私の事を分かってくれている」という考えを捨て、

相手を分かるための努力、

自分を分かってもらうための努力、

歩み寄る姿勢gが本当に必要だと感じました。

 

こんにちは。

八王子市みなみ野七国にあります

年中無休の歯科医院

ななくに歯科サポートスタッフの谷崎です。

本日はわたしが感想をお伝えします。



今日の555!!!(第1868回)

『相手を変えようとするのでもなく、

かと言って、自分を無理に変えようとするのでもなく、

関係性を変えてみない?』

...

どうしても苦手な人がいたり、

どうしても自分のことを理解してくれない人がいたり、

どうしてもやることをやってくれない人がいたりしたとき、

私たちは、

何ができる

のでしょう。

私たちは、今日も、何かの目的を果たすために

自分以外の誰かといっしょに

行動を共にします。

1人でできない事があるからこそ、

チームを組んだり、

組織をつくったりするのであります。

しかし、パートナーは、

自分ではない赤の他人。

全てが一緒なわけもなく、

考え方、

思考の癖

行動の癖

は、必ず何かしら違ってしまうもの。

だからこそ、

どんなに文明が発達しても、

人の心の不安や怒りや動揺は

この世の中からなくならないのかもしれません。

今日の目的を達成するために、

今日も

相手を変えようと頑張っている人がいます。

今日の目的を達成するために、

今日も

自分を変えようと頑張っている人がいます。

相手を変えるために

相手にひたすら優しくしたり、

褒美で相手を動かしたり

そして

時に

怒鳴ったり、批判したり、ガミガミ言ったり

している人もいます。

自分を変えるために、

自分の心を制御したり、

自分らしさを押し殺したり、

そして

時に

自分を否定し、自分の価値をけし、自分にダメだし

している人もいます。

でも・・・

誰も、目的を達成したとしても、

それでは、

幸せになれません。

相手は変わらない・・・

と理解し、

いくら

相手に好かれても、

自分を殺していたら、幸せでしょうか?

自分らしさを活かす!!!

と理解し

いくら自由に社会を生きたとしても、

大切な人から理解されなければ、幸せでしょうか?

じゃぁ、どうやって、自分とは違う自分以外の人と

今日の目的を達成すればいいのでしょう?

相手が変わるのか・・・

自分が変わるのか・・・

その答えは、そのどちらでもなく

お互いの領域をしっかりと守りながら

目的を達成するための

『お互いの関係』

を重視すればいいんじゃない?

相手が変わるのではなく、

自分が変わるのでもなく、

お互いの関係性を変えていく。

自分と他人との間にあるものは、

関係性。

そして、自分が相手との間にあるのは

役割

にすぎません。

私たちは、

いろいろな役割をもち、今日も何かを誰かと一緒にしていくのであります。

今日も一日、

相手の関係性に注目して、

最大限

自分の役割にてっして

今日の目的を

しっかりと果していきましょう

(^^)


感想

"関係性"

相手はどういう関わり方を望んでいて、自分はどういう関わり方をしているのか。

その中でも役割として大事なことは全うしなければいけません。


悪い関係になりたい人はいないと思うので、お互いを変えることなく、お互いに寄り添ってお互いにとって必要なことを伝えたり、知ることが大事かなと思います。