こんにちは。

東京都八王子市みなみ野七国にあります年中無休の歯科医院

ななくに歯科サポートスタッフ平塚です。

 

今日は私が感想を書きます。

 

今日の555!!!(第2966回)

「すぐれている」を漢字で書いてみて。

ついつい忘れちゃうよね。

その言葉の持つ意味を。

でも

漢字を書けば、

大切なことを思い出すんじゃない?

あなたが今、

「すぐれている」

という結果になるために頑張っていること・・・

それは、最終的に

やさしい

という結果になっているのかな?

「すぐれている」

という結果になるために頑張っていることが

いつのまにか

人を傷つけ

人を踏み台にし

人を蹴落として

手に入れたものであったのであれば・・・

それは

けっして

やさしくないのであるから

それは

すぐれている

というゴールでは、ないんじゃないのかな?

すぐれている

って

優れている

と書きます。

すぐれている

って

優しい

っていう漢字なの。

でも、どうだろう。

多くの人が

多くの組織が

すぐれている

を目指しているけれど

優れている

という結果を目指していないかもね。

すぐれた勝ちは

優勝と呼ばれるけれど

優しい勝ち

とは

どんなことなんだろう。

優勝って

見方を変えれば

そこに至るすべての試合で

みんなを負かせることをした結果とも言えるよね。

でも

でも

負けた人に

「優しい」

という結果だったのかな?

誰かよりも

すぐれている

という結果は

ただただ、強いもの、できること、結果を創りだすこと

ではなく

そこに

優しさ

があるかが

大事なんじゃない?

すぐれているね!!

と言われるために

ついつい

人は

誰かを負かせて

自分がいかにすぐれいてるかを

示そうとするけれど

すぐれているね!!

という言葉は

きっと

優しさを感じた相手から

もらえる

プレゼントの言葉なんじゃないかな?

 

(感想)

誰かよりも

すぐれている

という結果は

ただただ、強いもの、できること、結果を創りだすこと

ではなく

そこに

優しさ

があるかが

大事なんじゃない?

に共感し選びました。

 

「優しいね」

とは言われますが、

「優れている」

とはあまり言われたことがないなぁと思います(笑)

 

ただ優しいだけではなく

その中でしっかりと「成果」を作り上げられるように

したいと思いました。

 

 

 

こんにちは。

八王子市みなみ野七国にあります

年中無休の歯科医院

ななくに歯科サポートスタッフの谷崎です。



今日の555!!!(第2902回)


自分の中で100

「あきらめない」

「やる」

と決めたとき・・・


すべての人の言葉が、

「アドバイス」

に聞こえてくるものです。(^^)


では

100

でないと


どんなふうに聞こえてくるのでしょう?


100%決めきれず

とりあえず


「あきらめない」

「やる」

と言っているだけでは・・・


なかなか

すべての人の言葉が

「アドバイス」

には聞こえてこないものです。


こう考えてみると


「決める」

「言う」

とでは、

とてもとても大きな差が実際あるものであります。


どれだけ、僕たちは

決めることをせず

「言う」

ということだけに留まっていることが多いことか・・・

((+_+))


「言う」ということだけでは

前に自分を進める勇気が湧き上がらないのは

僕たちの人生経験を振り返れば

気がつけることなのかもしれません。


ちなみに

「決める」

ことをしたひとは、


自分がどうしても達成したいと思い行動し始めると


普通の人が3回ぐらいしか人に頼まないことも


思いが達成するまで

100回でも1000回でも

何回でも頼むことができるものです。


しかし

残念ながら

「言う」

だけの人では


人を頼りにしようとするのですが・・・


4回目・・・

5回目・・・

とだんだんと苦しくなってきます。


なぜならば

頼み事をしようとする度に

ある感情が襲ってくるからであります。


それは

「否定」「拒否」。


どうしても

人は

この

否定

拒否

の不安には勝てることができず、乗り越えることもできません。


さて

「やる!!」

と自分が決めることで

目の前に起きていることが

ピンチなのか

チャンスなのか

見え方が違ってきます。


世の中に存在するさまざな

「理由」

って、

全部

人が創ったものです。


その理由は

だれかのやらないと決めた理由かもしれないし、

その理由は

だれかのやる!!と決めた理由かもしれません。


やる!!

と決めれるのは、

自分自身。


だれもやる!!と決めることそのものを手伝ってくれることはできません。


前にいっぽ踏み出す勇気がある人も

あきらめることを知らずつねにポジティブで物事対応できる人も

みんなみんな

「やる!!」

と決めたから。


今、僕らは、

昔の人の夢の中で生きています。


今、そこにある、車も、鉛筆も、水道も、すべてそこにあるものは、

昔の人の

「これがほしい」

「こうなりたい!!」

という夢が形になったもの。


そして、

それは、言い換えれば

今、僕らが

昔の人の「やる!!」と決めた行動の結果のなかで生きているということでもあるんです。


今を生きる僕らには

「生まれてきた意味」

があり

「役割」

があります。


そして、

すべての人は

なにかしら

「やる!!」

と決めて生きています。


何かを続けられない人も

勇気を一歩出せない人も

ネガティブなことを言っている人も

実は

「やらない」

ということを

「やる!!」と決めているので

ちゃんと

何かをつづけられないということや

勇気を一歩踏み出せないことや

ネガティブなことを言う

という成果をちゃんと、

手に入れているのであります。


やらない

ということを

「やる!!」

と決めているひとが

誰かのために、とりあえず

「言う」

ということしかしないのかもしれません。


しかし、

「自分には価値がある」

「生まれてきた意味がある」

「自分は人に貢献することで生きている意味がわかる」

と知っている人は

「自分の役割をやる!!」

と決めています。


もし、

あなたが、

常に、言うということだけに留まり、

続けられない

諦めてしまう

という人生を歩んでいるのであれば

実は

「やらない」

と決めている

のかもしれませんね。


感想

誰しもこういうことはあると思ったのでこの555を選びました。

自分の中で「あきらめない」「やる」と決めると、そのための方法をきっとまず何がなんでも探すんではないかなと思います。


諦めるのは簡単だし、楽だしと思うことがありますが、それよりも絶対にそうしたい!こうしたい!と思える自分にまず出会ったら、その自分を大事にしたいと思います。

どうしたらそう出来るのか?方法を探していたいと思います。


時には諦めると決めることだっていいと思います。がそういう時は、

方法を考えてやり尽くしたからこそ自分が納得し、自分が出した答えがその結果(諦める)だった。だからそう決めたんだ。

と、胸を張って言える自分であれたらいいなと思います。


自分のやると決めたことが自分のためであり、それが人のために繋がること。

win-winであれたら素晴らしいなと思います。

こんにちは。

八王子市みなみ野七国にあります年中無休の歯科医院ななくに歯科、サポートスタッフの廣瀬です。

555を読んでの感想を書かせて頂きます。


今日の555!!!(第2178回)

健康は全てではないが、健康を失うと
全てを失う。

...

今日という日、
みなさんは、一番優先した事ってどんなことですか?

僕たちには、大切にしなければならないものが
たくさんありますが、
最も大切にしなければならないものは、
なによりも
自分の命であり、
自分の健康。

僕たちの命は
僕たち自身のものだけでなく、
日々関わらせていただいている方々にとっても
価値ある命。

そんな大切な大切な自分の命を
今日という日にどれだけ
大切にしてきたかどうか。

自信を持って、大切な人に、『僕は健康を大切にしているんだ!!』
と言えることそのものが
大切な人への最大の愛の形かもしれません。

自分が健康でなければ、
本当に心から湧き上がる愛を
大切な人に、与えられません。

健康でいることそのものは、

であります。

そして、
自分を愛する以上に
人を愛することはできません。

僕らには必ず人生の終わりが来る中で、
それに対して、
どうせ一回の人生、好きなことするんだ!!と言い
健康を全く気にしない人もいれば、
限りある人生であり、
大切な人の為に何が自分でできるだろうかと常に考え、
一回の人生、大切にするんだ!!と言い
健康を常に気にする人もいます。

好きにするという人生観。
大切にするという人生観。

みなさんはどちらを選択いたしますか?


とは
相手の望みを、自分の望みとする
事です。

みなさんが大切な人に対して、健康でいてほしく、体を大切にしてほしい
と望むのであれば、
まず自分自身も
健康に。

健康は全てではないが、健康を失うと全てを失う
ぜひ、大切な人の為に、健康を


◇感想◇


健康でいることそのものは、愛であります。

このフレーズが印象的でこちらの記事を選びました。


「愛」っていろいろ形あるよな、こう言うのも愛っていうんだよなぁというのを感じたり、シェアしたりする事が私の楽しみのひとつになっています。


私は家族、友達、一緒に働いている人たちに

健康であってほしい、幸せであってほしいと願っています。

健康でやってみたいと思った事に挑戦できる、

これって幸せな事ですよね。


その為には、まずは自分の健康から!


健康は自分でコントロールできるので、やれる事がたくさんですね!


毎日コツコツ積み重ねていこうと思います(^^)

こんにちは。
八王子市みなみ野七国にあります年中無休の歯科医院ななくに歯科、サポートスタッフの市野です。
555を読んでの感想を書かせて頂きます。

今日の555!!!(第1924回)

『断るということ』

私たちは、日々の生活の中で、『断る』ことが重要な時があります。

気が付くと、自分を押し殺し、相手の為に・・・と想いすぎていると、
『断る』ということが
できなくなっていくことも。

相手の為・・・
と思えば思うほど。

いい人
相手のことを思える人
優しい人
誰かかの為に行動できる人
などなど、
憧れている人になりたい!!
と思えば思うほど、
気が付くと・・・
いろいろなことを
『断る』
ことができなくなっているかも・・・

そして・・・
心の中で
なにかしら、もやもや・・・
が湧いてきて、
そんなもやもやに、気が付いた時、
自分を責めてしまう。

そういうことは、いけないんだ・・・・
それは、相手の為にならない・・・
そんな想いを抱く自分が悪いんだ・・・
などなど。

そして、自分を押し殺すことそのものが、
『善』
であると思うようになっていく。

しかし、もし・・・
余りにも自分を押し殺していると・・・

副作用が!! (;一_一)

それは・・・
自分とは関係ない人を・・・
『許せない』
(;一_一)

つまり、自分が、誰かの為に我慢していることを、
平気でしている人をみたとき、

『おい!!あんた!!』
『おい!!お前!!』

と、その人の行動が、目につき、
一言物申す!!!
となるってこと。

会社や組織で、『いい人』になるために、一生懸命、自分を押し殺し、
『こうあるべきだ』
というスタンスで働き過ぎると・・・

いざ、プライベートで、
『こうあるべきだ!!』
と人に、無意識に!!要求してしまう
(;一_一)

世の中に、大変多くいらっしゃる

〇〇モンスター 〇〇クレーマー モンスター〇〇

と言われる方の大半が、実はこのパターン。

本当は、みんな、良い人たち。

でも・・・
良い人だからこそ、
『〇〇すべき』
を自分に言い聞かせた結果・・・・

『〇〇』
でないもの、でない行動が、許せなくなってくる。

だって・・・
誰よりも、いつも、その『〇〇』に対して、頑張っているから・・・。

だって・・・
いつも、その『〇〇』をしないと、自分の価値が認められないと思っているから・・・

でもね。
本当は、
そんなに、
自分を押し殺してまで、
『〇〇』
しなくていいもの。

心の底から、『〇〇』したい と思っていないと、
ふと、他人を許せなくなってしまう。

じゃぁ、どうしたら、そうならないの???

それが、
『断る』
ということが、できるようになるということ。

『断る』ということができるかどうかが、
1つのバロメーター。

『断る』ことができないひとは、
自分が嫌われることを恐れている証拠。

そして!!!
なによりも、自分自身が、『断る』ということをされた時・・・

ちょっとした誤解をしている可能性も・・・(;一_一)
それは・・・
ただあることだけを断られたのにもかかわらず、
『自分を否定された』
と思い込む癖があるということ。

本当は、『断る』という行為が、相手が、その行動はしたくないと言っているだけなのに、
まるで、自分そのものを否定されている と感じてしまう。

だから・・・
『断られる』ことが、非常に普通以上に嫌なので・・・
相手にも、
『断る』ことができない。

いつもの癖が、
『私・・・嫌われるんじゃないかな・・・』
となってしまう。

本当は、ただただ、『その行為は、今できません』というだけのことなのに・・・・

相手も、そこまでしか、求めていないのに・・・
自分一人が、深読みして・・・
相手の為に・・・
といいつつ・・・
実は、
嫌われたくないだけ・・・
(;一_一)

『断る』ということの本質を、しっかりと、理解すれば、
自分の価値を揺るがすような感情は、抱かないということ。

『断る』ということの本質を見誤ると、
自分の価値を揺るがされたという感情を抱いてしまうということ。

自分の価値

自分の価値
です。

断られることは、
自分の価値がない事ではありません。

断ることで、
自分が相手に嫌われ、自分の価値が下がる事ではありません。

ただただ、その行為をするか、しないか、という事だけです。

自分を満たしながらする行為と、
自分を殺しながらする行為では、
意味が違います。
ヽ(^。^)ノ

今日も一日、
多くのことを
断りながらも、
相手の為に、
自分ができることを
探していきましょう
ヽ(^。^)ノ

感想
この文を読んでみて、なんでもできますやりますと引き受けるのではなく本当に無理だなと思ったことは断るということも必要なんだなと思いました。自分を守るために断ることも大切だし、断れた側もなにか理由があって断られたんだなと理解してあげる姿勢でいれば傷つかずに済むかなと思いました。

こんにちは。

東京都八王子市みなみ野七国にあります年中無休の歯科医院

ななくに歯科サポートスタッフ平塚です。

 

今日は私が感想を書きます。

 

今日の555!!!(第2952回)

気がつくと 昨日も誰かを恐れていませんでしたか?

そして。。。

今日も誰かを恐れて誰かの顔色見て生きていきますか?

他人を怖れてしまう人は、心のどこかに

「自分はダメな人間だ」「自分は皆から嫌われている」

という劣等感、罪悪感を抱えているかもよ。

他人からひどく責められたり、拒絶されたりした経験があるために、

「また責められるのではないか」

という怖れを感じ、先に自分を責めてその不安をごまかしてないかな?

思い出してみて。

親の言いつけを守らず、「悪い子」だと叱られたこと。

友人との約束を破って、「見損なった」と絶交されたこと。

そんなことがあったんじゃない?

実は、まだそのショックから立ち直れず、悲しみと悔しさがくすぶり続け、心の整理をつけることができずに、自分を責める癖がついてしまっていないかな?

でもさぁ

他人から責められたことのすべてが、自分だけが一方的に悪かったわけではないはずだよね。

親の言いつけを守らなかったのは、自分にもやりたいことがあり、それを認めてほしかったからなんじゃない?

まだ子供だったために、うまく言葉で伝えることができなかっただけだったんじゃない?

友人との約束を破ったのは、その約束自体が一方的に押しつけられたもので、自分はあまり気が進まなかったからなんじゃない?

はっきり断ることができず、悩んでいるうちに、約束の時間がすぎてしまったんじゃない?

これらってさぁ

「自分が悪い人間だったから」ではなく、

「やり方がまずかった」というだけのことなんじゃないのかな?

「罪悪感を感じる必要はない」というと、反省のない無責任な態度だと思われるかもしれないよね。

でもさぁ

反省するということは、自分を責め、自分を傷つけることではないんじゃないかな?

僕は

反省することの最大の目的は、二度と同じ過ちを繰り返さないようにすることだと思う。

だから

その行動、心構えが大切だと思うの。

だってね

「私は悪い人間だ」と自分を責めるということは、

「本当は立派な優れた人間であるはずなのに」というような思いもどこかあるのよ d( ̄  ̄)。

そこから先に進めないのは、心の奥では悪いとは思っておらず、何か言い訳はできないだろうかと考えているのかも。

自分の心にはみにくい部分がある。そう自分を省みるところまではいいんじゃない。

問題は、次でさぁ

自分を責めて落ち込むのではなく

「だから、どうする?!」

ということだよね。

自分の醜いところをを否定して責めるのではなく、

自分の心に潜むエゴをはっきり認識し、

それが自分の行動に悪い影響を及ぼさないように注意すればよいの。

人間とは、基本的にエゴイスティックな存在。

自分のエゴを自覚していない人も、他人のエゴを認めようとしない人も、またエゴイスティック。

そのさがから逃れることはできないよね。

皆、少しでも得をしたい、負けたくない、認められたい、愛されたいという利己心に従って行動してるのよ。

つい気をゆるめれば、自分の利益を守るために、ずるいことをしたり、他人を傷つけたりしてしまうってこと。

自分はそういう弱い心をもっていると謙虚に認めることが、自分のエゴを制御するもっとも有効な方法なんじゃないかな。

エゴとは、心にみなぎるエネルギーであり、生命力。

爆薬は、発破などの工業用に利用されることもあれば、人を殺傷する武器にもなるってことを理解しておくこと大事だよね。

欲求そのものを罪悪だとみなして封じ込めるなんて

ナンセンス (笑)

よい性格、悪い性格とは、簡単に言ってしまえば、エゴを満たす方法が上手か下手かの違いにすぎないの。

すぐに自分を責める癖がついてしまっている人は、罪悪感にさいなまれていることのうち、8割がたは自分の責任ではないと思ってよいと思うよ(笑)(笑)(笑)

なので!!

「私は悪くなかった!」と心の中で叫んでみてください。

たとえ以前に悪いことをしてしまったのだとしても、一度、心の底から悪いと思ったなら、もうそれでよいと思うのよ。

そんな自分を許すことは、けっしてわがままではありません。

繰り返しになりますが、反省するということは、自分を責めることではありません。

「同じ過ちを繰り返さないこと」の責任の重大さに較べれば、自分を責めることなど、たかが知れています。

自分を責めればそれですむと考えることのほうが、横着で無責任な態度だといえるでしょう。

すぎ去った過去は変えられません。私たちが責任をもつことができるのは、これからの自分の行動についてだけ。

本当に反省するということは、自分のみにくい部分もふくめて、自分を受け入れ、肯定するということ。

自分の弱さ、愚かさが判っている人こそが、つねに自分の行動に注意を払うことができるんじゃない?

自分を肯定できる人は、他人にも寛容になれます。

他人のためにもなるのですから、それはよいことなんだよねぇぇ

 

(感想)

自分を肯定できる人は、他人にも寛容になれます。

に共感し選びました。

 

私は、自分自身に対する向き合い方を、

そのまま目の前にいる人にも同じようにすると考えます。

 

自分が確立している人は

他者からの目や評価なんで気にしないで済みます。

 

だって

「私は私のままで素晴らしい」

「私には価値がある」

と思えていたら

周りからの評価なんて気にならないからです。

 

他者からの評価はあくまで「情報」

それを「刺激」と捉えるから

恐れが生まれるのだと思います。

 

 

自分の外側にあるものは全て「情報」

それを自分でそう受け取って、どう選択するかは

自分次第。

その肯定的解釈が

自分の「成長」や「心の器を大きくする」

ということなのだと感じました。

 

こんにちは。

八王子市みなみ野七国にあります

年中無休の歯科医院

ななくに歯科サポートスタッフの谷崎です。



今日の555!!!(第2929回)


大好きな人に嫌われるのが怖い。。。

ご相談をいただきました。

みなさんならなんて答えてあげますか?


さて、こんな言葉をご存知でしょうか?(^^)


「あなたがたは、自分の裁く裁きで裁かれ、自分の量る秤で量り与えられる」


なんじゃ この言葉!?って感じですか?

(^^)


さて

恋人同士が付き合いはじめのころは、相手に好かれようとして、互いに格好をつけてしまうものですよね。


例えば。。。

ふだんは言わないような優しい言葉をかけ、

分不相応に高価なプレゼントをし、

頭のいいところを見せようとしたり。(^^)


でも、長く付き合っているうちに、どうしても気取ってばかりはいられなくなり、嫌な部分も見せ合わざるをえなくなってしまうもの。


これは恋人に限らず

友人関係でも

仕事の人間関係でも

同じことだと思いませんか?


しかし

人間関係が始まると。。。。


人は、他人に自分の本性を見抜かれることを怖れてしまいがちです。


でもね。


安心して付き合える関係というのは、

相手に見抜かれることによってしかえられないのではないでしょうか?


見抜かれてから、本当の信頼関係が試されます。


そして。。。。


このことを知っていて欲しいんです。


それは。。。。


「自分を見抜かれたら、嫌われてしまうのではないか」

という不安を感じてしまうのは、相手を信頼していない可能性があるってことを。


自分の劣等感は、

そもそも他人を見くだそうとする優越感の反動から起こることがほとんど。


太ったら嫌われてしまうのではないか……

学歴が低いことを知られたら……

恋愛経験がないことを知られたら……


「相手は、その程度のことで他人を見くだすような冷たい人間だから」

と、実は、自分が内心で相手をさげすんでいるのかもしれませんよ

(^^)


聖書に次のような言葉があります。


「あなたがたは、自分の裁く裁きで裁かれ、自分の量る秤で量り与えられる」


自分が他人からどう思われているかということは、

自分が他人をどう見ているかをそのまま反映したものなのです。


他人から嫌われることの不安から逃れるには、

まず自分が他人を見くだすことをやめなければなりません。


「太ったら恋人に嫌われてしまう」と怯えてしまうのは、

自分が現に太っている人のことをみにくいと見くだしており、

「ああなりたくはない」

と思っているから。


自分が他人をバカにしているから、逆にバカにされることが怖いのです。


他人を見くだせば、

自分自身も「バカにするか、されるか」の戦いの中に身を投じなくてはならなくなります。


恋人に自分の弱点を見抜かれることによって、

嫌われてしまったとしても、

それは愛情を失ったわけではありません。


それは

「互いにもともと愛情などなかった」

ということに気づいただけなのです。


「他人に自分の本性を見抜かれたら、人生は終わりだ」

という不安に怯えている人は、

すでにそう怯えている時点で終わっているのかもしれません。

😥


そして、それに気づいた人は、同時に救われています。


だってもう怖れる必要はないのですから。


自分を飾れば飾るほど、幻滅されることへの怖れも大きくなります。


仮に、一生自分を取りつくろい、劣等感を隠しおおせたとしても、

いったい何が残るでしょうか。


「しめしめ、うまくだまし通せたぞ」

とほくそ笑むのでしょうか。


見抜かれることを怖れてはいけません。


見抜かれることによって、人ははじめて安心できるんですよね。


「自分を飾らなくてもよい関係」

が、本当に心の通い合える人間関係です。


綱渡りが怖いなら、はじめから地面に降りてしまえばよいのです。


賢い人間だと思われようとして、

精一杯の知識をひけらかせば、ずっと賢い人間で通さなければならず、

「バカにされるのが怖い」

という不安はますます強くなります。


頭の悪い人間だと思われることを怖れるならなおさら、

自分を賢く見せようとせず、

知識のない振りをしておけばよいのです。


それでも自分を尊重してくれる人がいるなら、その人とは、きっとよい付き合いがでるはずです!


他人に見抜かれることを怖れている人も、

心の底では「無条件で自分を認めてほしい」

と思っているはず。


他人が容姿や経済力などで人を評価しようが、

自分だけはそういう表面的な条件で人を差別せず、

ただ心だけをまっすぐに見つめていよう。


そう心がけていれば、けっして孤立することはないんじゃないかな?


「ああされたくない、こうされたくない」

と思うなら、まず自分が他人に手本を。


よい友人、恋人を見つけるための一番の近道は、「こういう人と付き合いたい」と思う理想の人に自分自身がなることなんじゃないのかな?


感想

最後の文が刺さりました。笑

本当にその通りだと思います。


わたしは最近よく、この人(相手)の立場になって考えられてたかな?と思うことが多いです。

そう思う機会が段々と増えてきている気がするので、自分の中では人の気持ちを考えられているということがどんどん増えてきているんだなと嬉しく思うことがあります。


どれだけ仲良くしていた友人でも、今思うと、わたしはどれだけ相手のことを考えられていたんだろうと思います。


自分を飾ることに一生懸命になったり、嫌われないための方法を探すのではなくて、相手のことを思いやること、理解すること、そばに居てくれる人たちの大切さにこれからも目を向けて感謝して過ごして居たいと思います。


こんにちは。

八王子市みなみ野七国にあります年中無休の歯科医院ななくに歯科、サポートスタッフの廣瀬です。

555を読んでの感想を書かせて頂きます。


今日の555!!!(第1924回)

『断るということ』

私たちは、日々の生活の中で、『断る』ことが重要な時があります。

気が付くと、自分を押し殺し、相手の為に・・・と想いすぎていると、
『断る』ということが
できなくなっていくことも。

相手の為・・・
と思えば思うほど。

いい人
相手のことを思える人
優しい人
誰かかの為に行動できる人
などなど、
憧れている人になりたい!!
と思えば思うほど、
気が付くと・・・
いろいろなことを
『断る』
ことができなくなっているかも・・・

そして・・・
心の中で
なにかしら、もやもや・・・
が湧いてきて、
そんなもやもやに、気が付いた時、
自分を責めてしまう。

そういうことは、いけないんだ・・・・
それは、相手の為にならない・・・
そんな想いを抱く自分が悪いんだ・・・
などなど。

そして、自分を押し殺すことそのものが、
『善』
であると思うようになっていく。

しかし、もし・・・
余りにも自分を押し殺していると・・・

副作用が!! (;一_)

それは・・・
自分とは関係ない人を・・・
『許せない』
(
;一_)

つまり、自分が、誰かの為に我慢していることを、
平気でしている人をみたとき、

『おい!!あんた!!』
『おい!!お前!!』

と、その人の行動が、目につき、
一言物申す!!!
となるってこと。

会社や組織で、『いい人』になるために、一生懸命、自分を押し殺し、
『こうあるべきだ』
というスタンスで働き過ぎると・・・

いざ、プライベートで、
『こうあるべきだ!!』
と人に、無意識に!!要求してしまう
(
;一_)

世の中に、大変多くいらっしゃる

〇〇モンスター 〇〇クレーマー モンスター〇〇

と言われる方の大半が、実はこのパターン。

本当は、みんな、良い人たち。

でも・・・
良い人だからこそ、
『〇〇すべき』
を自分に言い聞かせた結果・・・・

『〇〇』
でないもの、でない行動が、許せなくなってくる。

だって・・・
誰よりも、いつも、その『〇〇』に対して、頑張っているから・・・。

だって・・・
いつも、その『〇〇』をしないと、自分の価値が認められないと思っているから・・・

でもね。
本当は、
そんなに、
自分を押し殺してまで、
『〇〇』
しなくていいもの。

心の底から、『〇〇』したい と思っていないと、
ふと、他人を許せなくなってしまう。

じゃぁ、どうしたら、そうならないの???

それが、
『断る』
ということが、できるようになるということ。

『断る』ということができるかどうかが、
1
つのバロメーター。

『断る』ことができないひとは、
自分が嫌われることを恐れている証拠。

そして!!!
なによりも、自分自身が、『断る』ということをされた時・・・

ちょっとした誤解をしている可能性も・・・(;一_)
それは・・・
ただあることだけを断られたのにもかかわらず、
『自分を否定された』
と思い込む癖があるということ。

本当は、『断る』という行為が、相手が、その行動はしたくないと言っているだけなのに、
まるで、自分そのものを否定されている と感じてしまう。

だから・・・
『断られる』ことが、非常に普通以上に嫌なので・・・
相手にも、
『断る』ことができない。

いつもの癖が、
『私・・・嫌われるんじゃないかな・・・』
となってしまう。

本当は、ただただ、『その行為は、今できません』というだけのことなのに・・・・

相手も、そこまでしか、求めていないのに・・・
自分一人が、深読みして・・・
相手の為に・・・
といいつつ・・・
実は、
嫌われたくないだけ・・・
(
;一_)

『断る』ということの本質を、しっかりと、理解すれば、
自分の価値を揺るがすような感情は、抱かないということ。

『断る』ということの本質を見誤ると、
自分の価値を揺るがされたという感情を抱いてしまうということ。

自分の価値

自分の価値
です。

断られることは、
自分の価値がない事ではありません。

断ることで、
自分が相手に嫌われ、自分の価値が下がる事ではありません。

ただただ、その行為をするか、しないか、という事だけです。

自分を満たしながらする行為と、
自分を殺しながらする行為では、
意味が違います。
(^^)

今日も一日、
多くのことを
断りながらも、
相手の為に、
自分ができることを
探していきましょう
(^^)

 

◇感想◇


自分を満たしながらする行為と、
自分を殺しながらする行為では、
意味が違います。


ななくに歯科では、在り方がとても大切だよ。

と教えてくれます。

最初はよくわからず、???という感じでしたが今少しずつわかってきました。


私は、ずっと断られると存在を否定されているような気がして、断れず、断らずの人生でした。

もう疲れてしまいました。。。


でもこれって自分で自分の価値を心から承認してないからだって分かり、自分で自分を認めてあげる、ご機嫌とる大切さを知って、毎日少しずつ自分を褒めてあげる練習してます!w


被害者にならず、今の自分にできる事を精一杯して、断る勇気をもって、愛を持って大切な人達に接していこうと思います。

こんにちは。八王子市みなみ野七国にあります年中無休の歯科医院ななくに歯科、サポートスタッフの菱山です。
555を読んでの感想を書かせて頂きます。

今日の555!!!(第2091回)

誰かをなんとかしようとする前に、自分をなんとかしようぜ!!
(^^)/ (笑)
組織をなんとかしようとする前に、自分をなんとかしようぜ!!
(^^)/ (笑)
社会をなんとかしようとする前に、自分をなんとかしようぜ!!
(^^)/ (笑)

幸せな人って
ぶっちゃけ
他人のことなんか、
どうでもいいんだよね。

誰かをなんとかしようとするんでなく
『どうやったら あなたみたいになれますか?』
って思われるような自分を目指そうぜ!
人を変えることなんかできないよ。

人を変えることができないから
組織をかえることなんかできないよ。

人を変えることができないから
組織をかえることができないから
社会だって変えることなんかできないの。

でもね。
人を変えることはできないけれど
人は変るのさ。(^^)/

どんな勉強をしたって
人は『経験』をしない限り
自分のものにできないの。

だから
人は
『あなたといる』
『あなたと過ごす』
そして
『あなたといて感動する』
っていう経験をすると
『変わる』
んだよね。

だって
あなたが輝けば
その輝きに感動して
目の前の人は
勝手に
変わっていくの。

そして
『どうしたら、あなたみたいになれるの?』
って向こうから聞いてくるから。

いつもいつも
誰かに不満をもって
『今日は、どうやって、相手を動かすか・・・』
と虎視眈々と一日を過ごすのではなく(笑)

いつもいつも
自分の未来を描いて
『今日は、どうやって、自分の理想に近づくか・・・』
とわくわくと一日を過ごそうよ。

変わりたくない相手を
無理やり
変わらせたって
本当の仲間になんかなれないの。

自ら変わりたいと思った相手が
あなたの
本当の仲間になるんだよ。

だから
だから
だから・・・
必要なのは
変わらない相手を変えさせようとする
まやかしの学問ではなく
ただただ
自分が自分で描く理想の自分のイメージ。

そして
そのイメージを実現させる
『実行力』!!(^^)/

あなたには
大切な人が
いることは
よく知っています。

だからこそ
あなたが
大切な人に
変わってもらいたい
と思うのも
よく知っています。

変わってもらいたい
と思うことは
止められないよね。

それだって
一つの愛。

でもね。
変えられないんだ。

決して
あなたが無力なんじゃなんかない。

だから
自分の力を
変えられないものを変えようとするのではなく
変えられるものを変えよう。

ただただ
自分の輝きを増すことだけに
集中しようぜ!!
(^^)/

○ 感想 ○
自分の幸せに対する実行力が
欠けていたなと感じました。
やりたいな、やってみたいと
思う事は多々ありました。
しかし、それを実行してきたか
と尋ねられると正直微妙です。
相手を変えようとするのではなく、
まずは実行力を手に入れ、自分が
変わろうと思いました。

こんにちは。

東京都八王子市みなみ野七国にあります年中無休の歯科医院

ななくに歯科サポートスタッフ平塚です。

 

今日は私が感想を書きます。

 

 

今日の555!!!(第2945回)

どーしても

どーしても

どーしても!!!

手に入れたいもの

それは自分にとってなんだろう?

どーしても

どーしても

どーしても!!!

ってもの。

これを知らずして

自分の人生をおわっちゃうの?

これだけは

譲れない

そんな

どーしても

どーしても

手に入れたいってもの

ほんとはあるよね。

僕たちには。

成功している人は

みんな

もっている

どーしても

どーしても

手にいれたい!!!ってもの

できればとかではなく

どーしても

どーしても

ってもの。

じゃぁ、

何の分野で

それがあればいい?

選択理論はそれを教えてくれるよ。

人生にはバランスが大事。

幸せってバランス。

健康

自分が大切だと思う人との人間関係

自分自身の価値

自分で選択できるという自由の領域

そして

楽しみ

この5つのバランス。

言い方を変えたら

この5つのうち

どれかひとつでも得られてないと

ほんとうに幸せって感じられない。

じゃぁ

どうだろう

この5つの分野で

どーしても

どーしても

どーしても

手に入れたいって思っているかな?

どうにかなる?

できればあったほうがいい?

そんな運任せの人生でいいのかな?

人生って残酷で

僕らは人生の中で手に入れられるものって

自分が求めないと 

手に入らないの。

人がプレゼントしてくれるものではないんだよ。

全部

自分が願って

手に入れるもの。

でもそれって

まだまだ

自分の人生

自分でコントロールできるってことでもあるってこと

さぁ

もっともっとみんなで

どーしても

どーしても

どーしても

手に入れたいもの

見つけよう

(^_-)-☆

人生は自分が今思っているよりも楽しくて魅力あるもの

自分の人生は自分で選択できるんだから

(^_-)-☆

 

 

(感想)

 

人生は自分が今思っているよりも楽しくて魅力あるもの

自分の人生は自分で選択できるんだから

に共感し選びました。

 

先日、

私は自分自身のことで少しショッキングなことがありました。

 

でもそれから日が経ち、

そのことに対する捉え方を少しずつ変えることが出来ています。

 

それは私自身が

「自分自身を大切にして、自分にとって大切な人を大切にする生き方をしたい」

というブレない目的・ビジョンがあるからです。

 

それがある限り、

自分が求め続ける限り、

私は「落ち込み」を選択せずに

それを「生きる活力」として毎日を生きていきていけるはずです。

 

目的、求める心が私を強くしてくれています。

 

 

こんにちは。

八王子市みなみ野七国にあります年中無休の歯科医院ななくに歯科、サポートスタッフの廣瀬です。

555を読んでの感想を書かせて頂きます。


今日の555!!!(第1158回)

自分に自信をもつには、どうすればよいか。
孤独の不安から逃れるには、どうすればよいか。
人前で緊張せずに話すには、どうすればよいか。...
他人を信用するには、どうすればよいか。
人の悩みにはさまざまなものがあります。

「どうすればよいのか」と懸命に考え、
または他人の意見を聞き、
その通りにやってみたのに、
うまくいかない。

ほかの人にはできるのに、なぜ自分にはできないのだろう。
まだまだ努力が足りないのだろうか。こんな自分が情けない。

そう悩み苦しんで、よけいに落ち込んでしまったときは、少し考え方を変えてみてください。

「どうすればよいのか」ということよりも大切なことは、
「なぜそうしたいと思うのか」ということです。

数学の公式を覚えておけば、早く簡単に計算することができます。
しかし、ただ公式を丸暗記しただけでは、忘れてしまえば何の役にも立ちません。

公式を忘れても自分で導き出すことができるように、
「なぜそうなるのか」
という意味を考えながら覚えておくことが重要です。

うまく他人と話せない。
友達ができない。
仕事や勉強にやる気がでない。

行き詰まって身動きがとれなくなったときは、
焦って手っとり早く答えを出そうとしてはいけません。

「なぜ自分はそうすべきなのか」
「なぜ自分はそうしたいと思うのか」
という意味をじっくり考え直すことのほうが、はるかに、
幸せになれるのです。

いつも明るい笑顔で他人と接することができる人は、
多くの人から好かれます。

「笑顔を絶やさない」というのはすばらしいことですが、
それは、
「他人を尊重し、相手を立てている」
からこそすばらしいのです。

「他人に嫌われるのが怖いから、作り笑いをしている」
のでは、かえって不安と自己嫌悪は増大してしまうでしょう。

笑顔でいるという行為自体に意味があるのではなく、
「他人への愛情や思いやりが、笑顔という結果になって表れる」
ということが重要なのです。

仕事に趣味に、いつも忙しく動き回っている人。

「毎日、新しいことにチャレンジし、新鮮な感動をえている」
ならすばらしいのですが、
「退屈を感じるのが怖いから、とにかく用事を見つけて時間を埋めている」なら、むしろ虚しい人生だといえます。

平凡でささやかな暮らしに満足している人。

「小さな幸せに感謝し、日々生きていることのよろこびを感じている」
ならすばらしいのですが、
「失敗するのが怖いから、高い目標を立てない」
というのでは、ただの自堕落です。

何ごとも完璧にこなそうとするがんばり屋さん。

自分の責任感や使命感から努力しているのであればよいのですが、
「他人に弱みを見せたくないから」
という理由で仕方なくがんばっているならば、
いつか息切れしてしまうでしょう。

よき友人や恋人をえること。
仕事で成功すること。
温かい家庭を築くこと。

人それぞれに、自分の思い描く幸せの形があります。

それら幸せの形は、
たしかに重要なことですが、
手に入れられなかったからといって悲観したり、
絶望したり、
誰かを恨んだりしなければならないほど重大ではありません。

求めている幸せが手に入らないとき、
怒りや絶望を感じるならば、
それは本当の幸せではないのです。

そんな「見せかけの幸せ」をえたところで、
せいぜい「自分をごまかして生きる猶予期間」
を少しばかり延長できたにすぎません。

幸せになるために、何をすればよいか。
その問いに正しい答えはありません。

同じことをしても、
幸せを感じられる人もいるし、
感じられない人もいるでしょう。

「何をするか」という行為そのものに意味があるのではありません。

「自分はこんなに努力しているのに、報われない」
と嘆いている人は、
きっと問題の意味を考えず、
丸暗記した公式だけを駆使して、
マークシートの答案用紙を埋めるように、
正しい答えさえ出せばよいと思っているのかもしれません。

すなわち、
「自分が幸せを感じる」ことよりも、
「他人と較べて幸せそうに見える」
ことにこだわっているのです。

幸せは、何かを手に入れれば突然手に入るというものではありません。

自分の心の中に自ずから芽生えるものです。

何かをしたいと思う。

その行動の動機は、
「幸せになりたいから、こうする」ではなく、
「幸せだから、こうしたい」というものなのかなぁ・・・
と思うのであります。

まず自分の身のまわりの小さな幸せを見つけ、
それを少しずつふくらませていく。

たしかに、努力するためには目標が必要ですが、
「成功すれば幸せ、失敗すれば不幸」
と考えてはいけません。

本当に意味のある努力は、努力すること自体にやりがいを感じられるものです。

目標に向かって努力しつつ、
どのような結果になっても受け入れるという覚悟があれば、
「失敗」ということはありえません。

自分がしたいと思うことをする。
正しいと思うことをする。
それが幸せであり、生きがいなのではないでしょうか?


◇感想◇


「どうすればよいのか」ということよりも大切なことは「なぜそうしたいと思うのか」ということです。

ここの部分に非常に共感してこの555を選びました。

私は今まで自分がどうしたいのか、なぜそうしたいと思うのか、なんて考えたこともありませんでした。

ほんとは嫌だけど、しょうがないか。。。

って自分の気持ちをたくさん封印してきました。

その結果、自分のことなのに全然自分がわからなくなりました。

そんな自分も恥ずかしかったですが、手っ取り早く答えを出す事を目的とせずに、少しずつではありますが、自分はどうしたいのか、なぜそうしたいのか自問自答できる事が増えてきました。

そうすると自分ってあれもこれも不足している(ない)と思っていましたが、たくさんあるって気がつきました。


「幸せになりたいから、こうする」ではなく、
「幸せだから、こうしたい」というものなのかなぁ・・・と思うのであります。

在り方ってほんと大切だな、と痛感。


学校ではなかなか教えてくれなかった大切な事をななくに歯科で、たくさん教えてもらっています。

感謝です。