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なないろ工房 ~*ビーズアクセサリーと雑談 時々ハンドメイド*~

最近は諸事情によりビーズの話が減ってますが、ビーズもハンドメイドも変わらず大好きなので、茶道や日々の徒然、育児のことを織り交ぜながら、書いていきたいと思ってます。


なないろ工房 ~*ビーズアクセサリーと雑談 時々ハンドメイド*~-3ヶ月


めまぐるしく変化していく赤ちゃん。


今日で無事3ヶ月になりました。

(*^-^*)


最近はよく写真のように自分の手をじっと見つめています。


抱いていないと泣いてしまう時期は過ぎ、


機嫌がよければ、長い時間ではありませんが、


ベビーベッドやソファに置いてある座布団の上で寝てくれます。



いろんな意味で、3ヶ月が一つの目安で、


初産の母乳育児が軌道にのるのも3ヶ月と聞いていました。


いろんな人のアドバイスや助けのおかげで、


何より娘が毎日毎回、一生懸命吸い続けてくれたおかげで、


少し前に無事に完母になることができました。


まだ多少のおっぱいトラブルはありますが、

(詰まりも治らないし、まだヒリヒリするんです~

 詰まりのために、ゴボウシを煎じて飲み始めました)


もうしばらく続く母乳生活を、楽しんでいこうと思います。


首がすわるのも3、4ヶ月。


この3ヶ月でもいろいろと変化を見せてくれる娘ですが、


体重は6kg弱、身長は60cmの身体の成長をしています。


少しづつ、でも、あっという間にいろんなことをするようになってきました。


これからますます目まぐるしく成長していくんでしょうね。


身近な人や友人たちに支えられながら、


初心者ママも頑張っていきます♪





白斑ができ、
乳腺炎が怖かったので、
急ぎ母乳外来かマッサージをやってる所を探して、
近隣で、
桶谷式マッサージをやっている助産院に行ってきました。

そこは、予約がいっぱいで、
でも状況を話すと、
時間外にもかかわらず、
診てくれることに。

マッサージは全然痛くなくて、
横になってやるので、
どんな風にやってるかは見えないんだけど、
つまりの原因であると思われる白いツブツブが結構出たそうな。
ツブツブは一つ見せてもらった。

施術をしてくれたのは、
まだ若い助産師さんで、
優しく親切で感じの良い方でした。
彼女も1歳半の子の母で、授乳中だって。
親近感。

詰まりの原因は、
食べ物だけじゃなく、
肩凝りや冷えや疲れやストレスなんかも関係するらしい。
食べものは気をつけてたつもりが、
最近、大丈夫だからって、
ちょっと油断したのかも。
これからも気をつけなくちゃね。

ちょっとした心配事も話を聞いてもらったりして。
専門家のアドバイスはかなり参考になる。

料金は初回5千円。
高いかもしれないけど、
大変なことになるよりはずっといいと思う。

とりあえず、また1週間後に行くことに。
2回目からは料金も安くなる。

近くにマッサージしてくれるところがあってよかった。
(*^‐^*)

おっぱいが詰まってる気がする...


気がついたら、


普段はならない部分が固くなってる。


そしてなんか痛い?


常に乳頭はラップケアしてるくらいヒリヒリだから気がつきにくいけど、


これはまずいのでは?


と、思っていた。


今日は相棒が娘をお風呂に入れてくれたから、


お風呂で乳首マッサージを試みるも、


乳頭に白い水泡みたいなのが出来ちゃってる!!!?



なんじゃこりゃ???


白斑?と呼ばれるやつでは?


乳腺炎の危険大?


どうしよう、とりあえず吸ってもらうしかないんだよね?


でも、いつもより出が悪いせいか、


娘の吸いつきも良くないような気がする...。


これじゃあ悪循環。


乳腺炎になる前になんとかしなくちゃ!


でも、どうしたらよいのやら…?





昨年のちょうど今頃、
手術してリハビリして治療した右膝。

昨日、立ち上がろうとした瞬間、
パキッ
と、音をたてて、
かなりの痛みが走った。

その後、
痛みが増すばかり。

夜には、
なんだか覚えのある懐かしい痛み。

半月板損傷を縫合したはずの場所。

まさか、やっちゃったかな。


またあの痛みと闘う?
今は手術なんて出来る状態じゃない。
かといって、
今後ずっとつきあえるような軽い痛みじゃないし…。

とりあえずは、様子見で、
おさまらなかったら、病院かな。

どうか再発だけは、
勘弁してほしい。
書きたいことや愚痴は山ほどあるのに、
それをする時間と余裕がない。


お宮参りと、
ちょっと早いけど一緒にやったお食い初め、
新生児訪問、
初めての予防接種、
赤ちゃん訪問、
この2週間だけでもいろいろあって、
記憶を残しておきたいのに…。
これじゃあ、
どんどん忘れちゃうよ~。

2ヶ月になった娘は、
昼間ほとんど起きてるようになって、
一瞬寝ても、置くと泣くので、
起きてる間はずうっと抱っこ。
ほんの数分のうとうとの間に、
家事をコマ切れに済ます。

赤ちゃんって、
寝たらベッドですやすやしてるものかと思ってたけど、
そんな生易しいものではありませんでした。
(^^;)


夜、
相棒が帰ってくる時間によっては、
交代で食事をとって、
娘を寝かしつけつつ、
必要な用事を済ましていると、
あっという間に11時、12時。

横になって休む暇がない。
パソコンを立ち上げる間がない。
携帯なら腕の中で寝てる隙に多少は見れるけど、
(片手でお手軽)
ゆっくり記事を書いてる余裕がない汗

まだまだ授乳回数は昼も夜も頻回だから、
夜中も2、3時間おきに起こされて、
寝不足は続く。


ゆっくりブログ書きたいなぁ。
他の人のブログチェックもしたいし。
できれば作りたいものもあるし…。


けど今は娘を再優先にしなくちゃね。
時間も暇も、この先いくらでも作れるけど、
赤ちゃんのお世話は今しかできないんだもんね。

うんうん、そうだ。
これが育児なんだ。
まだまだ育児は始まったばかり。

間が空いてしまいましたが、

前回からの出産の記録の続きです。



ここからはもうあまり時間の経過とかは、わからず。

記憶もだいぶあいまいです。




遅れてきた相棒が駆け付けた時点で、

なないろは、

半ば狂乱状態で助産師の伝える呼吸法を繰り返しながら、叫んでいた。


到着後、

消毒と着替えを済ませて陣痛室に入った相棒は思ったそうな。


『いきなりクライマックス?』

(-。-;)

せめて背中をさするとか、腰をさするとか、

そういった状態から...と勝手に思っていたらしい。

まあ、実際、両親教室でもそういうところからなイメージを見るし。


が、なないろは全開目指して突き進む子宮口と、

もう言葉では言い表せない獰猛な痛みと闘っていて、

そんな相棒どころではない。


来てくれた相棒を振り返ることもできず、

ただ天井を見つめ、

数十秒おきに来る痛みに耐える為、激しい呼吸を繰り返す。


心の葛藤?はさておき、

相棒はなないろの手を握り、

頑張って!もう少し!

と、声をかけてくれた。


なのに、なぜかなないろは、

相棒の言う

「もうちょっとだよ」
というのが、どうしても気に障る。

(-""-むかっ)

『なんの根拠があって、もうちょっととか言ってんの?!

 もうちょっとで終わるわけないじゃんっ!

 そもそももうちょっとって、どんだけよっ!!』
とか心の中で思ってた汗



相棒到着からあっという間にお産は進み、

いよいよ陣痛室から隣にある分娩室へ移動するよう言われる。

(到着から3、40分くらいかな)

襲い来る激痛に耐えるため、

移動の途中で綺麗な助産師さんに抱きつきながら、叫ぶ。


なんとか分娩台へ。


これまで、息を吐けと言われてきたのに、

今度は、息を止めろとおっしゃる。


有名な、「いきむ」作業に入ったのだ。


意識が飛んでいきそうなくらいの状態で、

『これがあの出産シーンで有名な「いきむ」状態かぁ』

なんて、頭をよぎった。


いや~、これが思った以上に難しかった。

何回いきんだんだろう???

20回以上はいきんだと思う。


さて。
なかなか上手くいきむことのできなかったなないろのお産は、

だんだん深刻な状況になっていく。


胎児の心拍低下で、酸素マスク着用

心拍低下状態が長く続くのはかなり良くない。


気がついた時には医師2名に、

助産師、看護師さんで、

分娩室は10名くらいの人に。


吸引の為の会陰切開

なもんで、肛門近くまで大きく切開。

(イタタッあせる



医師による腹押し



それから吸引分娩



結果として、なないろのお産は、

妊娠の本に載っていた、

難産になる場合の処置の中のほとんどを網羅するお産になった。

・ラミナリア

・メトロイリンテル

・陣痛促進剤

・酸素吸入

・吸引分娩


だんだん増える医師や助産師に、途中、相棒は不安になったらしい。


そして無事に我が子が誕生。


産まれて来た子はすぐに産声をあげなかった。

心拍低下の原因の一つであろう、

へその緒が首に巻きついていたらしい。


へその緒が巻き付いてることは、

めずらしいことではないから、心配しないように、と、

すぐに医師から説明があった。



スピード難産。

これが私のお産。


母子手帳に記載された分娩所要時間は、6時間29分

(促進剤の点滴開始から)


分娩室に入ってからは30分ほどのことだったそうな。

あんまり急にお産が進んでいくので、

助産師さんは、旦那さんが間に合うか心配したらしかった。



遠くに血まみれの赤ちゃんがいる。

私の子だ。

あの子に会うためにこの痛みに耐えた。

あの子に会うために10ヶ月弱の妊娠生活にも耐えたんだ。


いろんな人たちに助けられたお産だと思った。

助産師や医師がいなければ、

決して一人で出産は出来なかった。


子供が産まれて最初に出た言葉は、

「ありがとうございました」

だった。



以上が出産の記録。



もう1ヶ月以上経っちゃったけど、

記憶が残っているうちに、

出産の日の記録をしておこうと思います。


時間としては、

誘発入院生活の記録 の次の日です。


8:30

朝食後に、

病院で用意されたパジャマと産褥ショーツに着替えて陣痛室へ。


9:30

医師が子宮口を確認。

前日に入れたラミナリアのおかげか、1cmだったのが3cmに。


ただし、出産にはまだまだ足りないので、

バルーンとかメトロとか言われる水風船のようなものを入れる。

これはめちゃめちゃ痛かった!

(><;)


バルーンを入れた後は、

もうずっとお腹も子宮口付近もずんずんと重たい感じで痛いのが続いた。

生理痛のような感じ?


9:50

促進剤の投与開始。


点滴を機械で管理して、

時間ごと(30分くらいかな)に徐々に量を増やしていく。


だんだんと張りと腹痛が出てきて、10~5分間隔になっていく。


この間ひっきりなしに助産師さんが様子を診に来てくれる。


11時頃。

助産師さんの触診が入る。

これがもう遠慮なく大胆にくるから、痛いのなんのって!

これまで検診で医師がどれだけ優しかったか思い知る(笑)


この時点ではまだ大して開いてなかった。



午前中は眠気が酷くて、

痛みもまだ生理痛の軽い感じだったので、

うとうとしてあっという間。



張りと痛みが5~3分間隔になってきた。


12:00

昼食。

陣痛室で点滴を受けながらの食事。

まだこの時は余裕。


12:25

相棒にメール

「3~5分おきの痛みと闘ってます。

 子宮口がもう少し開いたら来てね~」



13:00頃

点滴の投与量がMAX値に。



2度目の助産師さんの触診で、

子宮口付近がだいぶ柔らかくなってきた、と言われた。

それでもまだ4~5cm開。


担当の助産師さんが、

その日の両親学級の講義に行ってしまい、(゚_゚;)

別の助産師さんが数名、出たり入ったりで様子を診にきてくれた。


たまたま誰もいなくなった時...


14:00頃

パァァァンッドンッ

という破裂音がお腹の中から聞こえた。


と思ったら、これまでとは比べようもないくらの激痛


30秒ほどで収まったが、

誰かに伝えたくとも、

それまでひっきりなしに来ていた助産師さんたちが誰もいない。


すぐに第二陣の痛みが来たので、

多少迷ったが、ナースコールで呼び出して状況を伝えると、

「破水したのかも」

と、急に慌ただしくなった。


バルーンを抜き、検査すると羊水との判定。


破水していた。


そこからは激痛で、出産までの時間経過はあまりよくわからず。

携帯の記録から、

14:30

相棒にメール

「破水した

 来てほしい

 来れる?」


この時には数十秒おきの痛みで自力で電話がかけられず、

このメールも力を振り絞ってやっと書いた感じ。


でも、すぐに返信がなかったから、

この後すぐ看護師さんに頼んで、相棒の職場にかけてもらった。


しかし。

病院から15分ほどところにいるはずの相棒が

駆け付けたのはそれから1時間後。

なんと、撮影用のビデオを自宅に置いてきたからって、取りに行ってたらしい汗



その間、

担当の医師が顔を出してくれて、

「痛いよね?破水すると痛みが強くなるみたいだから。

 でも、まだまだ痛くなるよ。」

と、過酷なお言葉を残して行った...。


その時点での痛みはもう言葉にできないもので、

バルーンを抜いた時点で4~5cmだった子宮口が、

たった1時間半で全開にまで広がったのだから、

それはもう仕方がない。


個人差はあるものの、

自然分娩の初産婦が平均10時間以上かかる工程で、

強くなる痛みにも少しずつ慣れていけるはずが、

今回のケースでは、

ものすごいスピードで進んだ為、

最終的には同じ痛みでも、

その痛みに慣れるための時間がなかったせいで、

私には気も狂わんばかりの痛みに感じられたのだ。


4→5→6→7→8→9...っていけるはずが、

4→10って感じ?


テニスボールで患部?を押してもらうと少し楽になるが、

本当なら押してくれるはずの相棒はいまだ到着せず。


この時ばかりは、

相棒が来るのが遅いのが腹立だしく、

もうほんとに、

相棒ってば、来るの「遅いよっ!!

って叫んだ記憶がある...。

(;^_^



長くなってしまったので、

続きは次回に。



なないろ工房 ~*ビーズアクセサリーと雑談 時々ハンドメイド*~-赤ちゃんの足


なないろは現在、母乳とミルクの混合で赤ちゃんに栄養をあげています。


母乳について全くの不勉強で、

正直何も心配してなかった。


妊娠中に、もしかして乳頭が短いかも...とは思っていて、

お風呂に入った時に、

マッサージをしたりもしてたんだけど、

何が良くて何がダメで、どうしたらいいのか、なんて、

全くわかってなかった。


それがどれほど重要なことなのかも...。



母子別室だったので、

出産の翌日から授乳が始まり、

何もわからない新米母さんななないろは、

助産師さんに教わりながら授乳を試みる。


一番最初は、

産まれた次の日の赤ちゃんが、

自分のおっぱいをくわえて吸うことだけで感動した。


が、何かがおかしい。

赤ちゃんがうまく吸い付けないみたい。


まあ、初回だから...と、のん気に気にせず。


その後も初日だから...と、深く考えずに、

言われた通り、

母乳の練習をした後、

用意されたミルクを与えてた。


授乳2日目。


助産師さんに、

「ちょっと短いみたいだから、保護器を使ってみましょう。」


『やっぱり...』


妊娠中から懸念していた通り、

乳頭が短く過ぎて赤ちゃんがうまく吸い付けないのだ。


その後、保護器を使いながら練習するものの、

その保護器自体もあまりうまく使いこなせず、

授乳前と後で計る体重は全く変動せずか2g増。

入院中、うまくいった時で6g増だった。



いろいろと重要な初乳をあげたかったのもあって、

(初乳は出産後1週間程度で普通の母乳に変わってしまう)

授乳の時間前に人より早く行って乳搾りして、

授乳の後も、少しでも乳の出が良くなるように、搾乳して、

それを哺乳瓶であげてた。


「赤ちゃんに吸ってもらって乳首は伸びるから大丈夫」


入院中の授乳の時、

毎日変わる授乳担当の助産師さんに何度同じセリフで慰められたか...。


でも、

でもね。

その時一人でも、

乳頭マッサージのこととか、他の乳首があることとか、

教えてくれててもよかったよね~。


なないろがそれを知ったのは、

娘の退院日の最後の授乳の時だった。


最後の最後に、

それまで使っていた保護器とは別の形のものを教えてくれて、

乳頭が柔らかくなるマッサージを教えてくれた助産師さんのおかげで、

母乳育児に希望の光を見ることができた。


でなかったら、

退院後、すぐに完ミに変えざるえなかったかも。

まあ、不勉強な自分がいけないんだけど。


授乳開始から毎日、

なないろの頭の中はおっぱいのことでいっぱいになった。


その後、おっぱい外来を2回ほど経て、

今は両方とも保護器なしで、

直接母乳をあげられるようになったけれど、

(確かに乳首は伸びた)

まだまだ乳管が細く、おっぱいの出が十分じゃない。


赤ちゃん自身の吸う力も、

最初に比べればずいぶんついてきたけど、

まだまだ足りない。


口の大きさも小さいせいで、

くわえ方が浅くなりがちで、

吸う力がうまく乳首に伝わらないらしく、

おっぱいがすれて赤くなり、ヒリヒリ痛い。

(これは、馬油とラップで対処中...全然痛いけど。)



おっぱいについても、

いろんなサイトでまだまだ勉強中。



母乳育児がこんなに大変だったなんて、

ホントに思いもしなかった。


何にしても、

他の人の乳首をここまで羨ましく思ったことなんて、

出産するまでなかったよ~。


普通の乳首が欲しかった。

母乳の出が十分な人が羨ましい。

順調に完母が出来る人が本当に羨ましい。


まあ、ない物ねだりは仕方がないから、

自分に出来ることをやるしかないのだ。


娘が産まれてから1ヶ月と1週間。

もう1ヶ月。

されどまだ1ヶ月。

まだ先はあるので、焦らないように、

なないろも娘も鋭意努力中。



なないろ工房 ~*ビーズアクセサリーと雑談 時々ハンドメイド*~-赤ちゃん

久々の更新になってしまった汗


出産から無事に3週間が経ちました。


「退院したら大変だから、休めるうちに休んでおきなよ」


というのは、

先にママになっていた友人たちのメールに必ず書いてあったありがたいお言葉。


何がそんなに大変って、

母子別室だった入院中はわからなかったんだけど、

自宅に戻ってすぐに実感。


連続して眠れないっ!!

(T▽T;)


なないろは退院時、母乳とミルクを混合であげてたんだけど、

夜中であろうが明け方であろうが、

短くて30分、長くても3時間おきに授乳になっちゃうから、

退院後すぐに、長い時間眠れない日々。


しかも、哺乳瓶でミルクあげて、

はい、また寝ます...って簡単にはいかない。


ぎゃん泣きで大騒ぎの時もあり、

今寝付いたと思ってベッドに寝かせたら、

背中スイッチが入って再び泣き出したり。

授乳して、げっぷさせてうとうとして、おしっこしたからっておしめかえると、

振り出しに戻って泣き出したり...。

3時間連続で上に書いた内容を繰り返し続けたり...。


なんだこれ?新手の嫌がらせ?って感じ。

o(TωT )



ただでさえ眠いから、

抱きながらあやしていた娘を何度落としそうになったか...。(未遂)



これについてはまた別に書きたいんだけど、

なないろのおっぱいは問題ありで、

入院中からなかなか授乳がうまくいかなかった。


保護器を付けて、なんとか...って感じで、

娘も小さくて吸う力もまだあまりない上に、保護器を嫌がったり...

母乳の後にミルクを足して...で頑張ってたんだけど、

幸せなはずの授乳も、最初はつらかったり悲しかったり。

マタニティブルーも伴って、涙涙だったり。


もう、頭の中おっぱいのことでいっぱいになった。


今は少しずつ進歩して、

最初よりはスムーズにできるようになってきたのもあり、

楽しみながら授乳できるようになった。


まだまだ乳の出も多くはないから、

1、2時間おきに、

一日に10~13回くらい繰り返す。



実家に帰れてれば、

他の家事は家の人がやってくれるし、

いざとなれば頼れる人もそばにいるから、

まだ少しは楽なんだろうけど、

退院後、すぐに自宅に戻ってきちゃったわけだから、そうはいかない。

(実家には諸事情により頼れない。)


誰かに来てもらっているわけでもないので、

相棒と二人きり。


相棒はかなり頼れる人で、

嫌な顔一つせず、大部分の家事をしてくれるけど、

普通に働いてるわけだし、

全ての家事を担えるわけではないから、

多少、自分で起きて家事や用事をしなければならない部分はある。


それが母体の回復を遅らせてしまうらしい。

悪露がまだ鮮血で量もなかなか減らない。


娘の退院が伸びたことで、

本当ならば寝て過ごしていた時間を病院に通ったりして、

退院直後に無理をしてしまったことも理由としてはあげられるかもしれないけど。


そんなこんなで夜寝るころには、

身体がへとへとで、

お腹が痛かったり、傷が痛かったりで、

動き回るのはつらくなる。


さらに、

今週から、

入院中から預けていた愛犬を、相棒の実家から引き取ったので、

やっぱり、

のんびり、というわけにはいかない。



退院時の診察で、

3週間は絶対安静に寝ててね、と、

繰り返し注意されたけど、

そんなの無理だよね~とか思う。


上にお子さんがいるママたちも、

きっと似たような感じなのかな~と思いつつ...

いや、これ以上に大変なんだろうな...。

さすがにサポートなしでは無理そう。



一つ、運が良い?ことに、

他の誰でもない、パートナーである相棒が、

家事と仕事の両立に疲れてへとへとになろうと、

睡眠不足に陥ろうと、

まったく嫌がらず逃げないで一緒に赤ん坊の世話をしてくれるおかげで、

私自身もめげずに楽しく娘と向き合っていられる。


願わくば、

もう少しだけ続けて寝たいけど。