朝倉文夫・古殿橋・坊ノ原古墳!~ジオガイド養成講座~ | いっちきち!やっちきち!豊後大野

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大分県のなないろベース(豊後大野市青年団)のブログです。活動のこと、豊後大野市のことを紹介します!

こんばんは、今日も広報タカッチです(苦笑)
なお、明日もタカッチの予定ですので、悪しからず。。。(苦笑)


さて、今日はジオネタです!
約1年ぶりにジオガイド養成講座に参加いたしました☆
ジオガイド(初級)になったものの、引き続き学習いたします!
(先輩ジオガイドのみなさまも、認定後も引き続き学習されております。その姿勢を見習ってのことです。)

本日は、現地学習。
豊後大野市西部(朝地・大野)の文化を学ぶコースでした。
以下、現地学習の模様を簡単ながらご紹介いたしますm(__)m
<コース>
(1)朝倉文夫記念館・愛の園生
(2)古殿橋
(3)坊ノ原古墳

(1)朝倉文夫記念館・愛の園生
豊後大野市を代表する彫刻家、朝倉文夫先生。
今回、朝地町にある朝倉文夫記念館・愛の園生を訪問し、朝倉先生とその作品について学習。
▽記念館。ビデオとガイドによる学習会。
 (※作品の写真撮影作品をご覧になりたい方は、ぜひ現地にて☆)

[朝倉文夫とは]
 ・明治16年に、現在の豊後大野市朝地町に生まれる。11人兄弟の上から5番目。
 ・記憶力のよい&器用さのある少年で、好奇心も旺盛だった。
 ・兄が彫刻家→文夫も触発され、彫刻の世界へ(旧制竹田中学校卒業後、東京美術学校へ)。
 ・上野動物園で動物観察&動物像の制作(当時はモデルを雇う資金がなかった模様)。
[朝倉文夫の作品]
 ・「彫塑」家=”内側から造り上げる”・”鋳型”のスタイル(木の芯に粘土原型づくり→鋳型製作→中に粘土を流し込む)
 (←→Cf:「彫刻」=”外側から削る”…石などを削って製作)
 ・大きく3つの作品分類…1)男女の人体像、2)動物像、3)肖像
 ・人体像、肖像を造る際は、アトリエにモデルを招き会話を交わしながら製作→モデルの内面も作品に込める。
 ・代表作『墓守』…76歳の囲碁好きな男性がモデル。弟子が囲碁する姿を、笑みを浮かべる老人の姿から着想
 ⇒写実的な道を歩む
[記念館・愛の園生について]
 ・昭和30年代、生まれ育った朝地の地に、作品展示をするための計画を策定。土地を購入。
 ・しかし、昭和39年、朝倉は志半ばで他界。この計画は中断。
 ・その後、顕彰会設立や経済不況など紆余曲折ありながらも、平成3年に記念館・愛の園生が完成。

さて、朝倉文夫先生の作品を鑑賞。
人体像、動物(猫)像をたくさん鑑賞。
いずれも、「忠実」「リアリティ」を感じます☆
女性の曲線美、男性の屈強な脚、猫の可愛らしいあばら骨など、まさに本物忠実に再現。
このリアリズムが評価されたこと、なるほど確かにこれは高い評価を受けるのも納得ということを現地で感じました☆

なお、館内の展示作品は撮影×ということで、参考画像をご紹介。
記念館以外で朝倉作品を鑑賞できるスポットをご紹介。

▽「頬」@豊後大野市役所(※詳細は、市役所開庁式の記事にて)。
 なお、朝倉氏が縁で、豊後大野市&東京都台東区は姉妹都市に。
 上記開庁式でも、台東区議会の皆様がご招待されております。

▽「川崎克像」@三重県伊賀市(※横向き失礼 )。
プライベートで三重県は伊賀上野城へ参った時のこと。
天守閣の最上階で、なんと朝倉文夫先生の作品を発見!
大分県から遠く離れた三重県で朝倉先生の作品と出会えたことにいたく感激
(東京にも朝倉作品があることは存じ上げておりますが、まさか三重県にも存在するとは…)
川崎克氏は、伊賀上野出身の国会議員。私財を持って伊賀上野城の模擬天守を築城されました。
 
その他、大分市の遊歩公園(滝廉太郎像)などございます。
現実感ある朝倉作品をぜひご堪能くださいませ♪

また、朝倉記念公園内には、大分アジア彫刻展の作品あり。
様々な作品があり、朝倉作品とはまた異なった雰囲気を堪能できます♪
自然と芸術をぜひ肌で感じてくださいませ♪
 
 
なお、朝倉文夫記念館は朝地町にございますが、アクセスは大野町からが近いとのこと。
ジオガイドは、こうした交通情報にも精通することが大切のようです。


(2)古殿橋
朝倉文夫記念館から大野町方面へ車を進めること5分。
市内で現存する最も古い&大分県内で3番目に古い石橋、古殿橋について学習。
▽この石橋、車道も通り現役のようです。
 …が、実はこれが市内最古ではございません!
(※画像の石橋は、「第二古殿橋」で、大正9年完成。) 
▽市内最古の「第一古殿橋」は、第二古殿橋に隣接(画像奥)にあるそうです。
 本日はここ数日の雨で川が増水→危険&確認しづらいとのことで、写真での学習です。
 
江戸時代は、化政年間(1804年‐1830年)に完成したそうです。
新しい第二古殿橋と比べ、石の積み方がやや粗いそうです。
▽なお、第一古殿橋の要石部分には記銘もあり(画像が見づらく失礼
 これも珍しいスタイルですし、貴重な資料となりますね!
 

(3)坊ノ原古墳
さて、大野町桑原地区へ。
こちらには、県指定&現在調査中の「坊ノ原古墳」がございます!
今回、ちょうど発掘現場を拝見できるということで、よき学習機会となりました☆
(なお、年に一度、市内の古墳調査が行われているそうです。
 昨年は、三重町の「秋葉鬼塚古墳」で調査&学習会開催。ご参考までに。)

▽少し盛り上がりのある地形。これが古墳です。
 地元では昔から「ひょうたん塚」と呼ばれていたそうです。

▽現地看板にて概要紹介。

▽こうした穴(トレンチ)を掘り、古墳の形状や葺石状況などを調査。
 
▽一段と深く掘られた濠部分(白と赤の縞々棒部分)が周溝(古墳の境目)と考えられます。
 周溝が築かれた理由は、「聖と俗部分を分けた」「盛り土に必要な土を集めるため」「古墳の高さ・大きさをより大きく見せるため」など考えられているそうです。
 この周溝はたいてい黒土(黒ボク土)≒火山灰(=自然本来)の層にあるそうです(層だけにそうですか?(苦笑))
 その上に、耕作土が堆積しているそうです(層だけに…以下略(苦笑))
 
 
 
▽葺石も出土。ただ、秋葉鬼塚古墳に比べ、格段に数が少なく、発見に苦慮とのこと…。
 
▽また、メインの石室部分も、盗掘にあったようで、板状の石が三枚見つかるのみ…。
 
このように、なかなか溝や葺石が見つからないため、古墳の詳細は不明というのが現状のようです。
今年の発掘調査も10月までの予定も、12月まで延長。また、トレンチの数も3つ追加したほど。
それでも、詳細は不明とのこと。
▽推定模式図。なお、造成時期は4世紀頃(割と古い時期)か?
 なお、豊肥地区の前方後円墳、たいてい前方は西向きだとか。
 この坊ノ原古墳は、やや北向きながらもやはり西向きです。
 
年内には、トレンチ部分も埋め戻されるそうです。残念な思いがございますが…。
その意味では、今回この機会に学習できたことは貴重でした☆
坊ノ原古墳、詳細はいずこに!?(笑)

なお、坊ノ原古墳は急な山道を登りアクセス…かなり疲れました。。。orz...
それもそのはず、古墳=豪族のお墓→威厳を示す・集落を見渡すために高台に築かれますので。
また、坊ノ原古墳は私有地にあり。勝手な訪問はご遠慮願います


…と、以上が本日の学習コースでした。


<まとめ>
まず、初めての古殿橋・坊ノ原古墳。
この機会に学習でき、そして初訪問できたことに感謝・興奮☆

また、朝倉文夫記念館も、館内見学は20年ぶり。
大人になって学ぶ・鑑賞する作品。
普段、実は美術に興味の薄い私。これまたこの機会に朝倉作品の魅力を感じられたことに感謝m(__)m

古殿橋については、場所を勘違いしていた私。。。
おまけに、本日は第二古殿橋を第一古殿橋だとまんまと勘違いする始末。。。(苦笑)
天気が落ち着けば、第一古殿橋を見に行かねば!
日本一石橋の多い市町村、豊後大野市(おおいた豊後大野ジオパーク)。
まだまだ知らない石橋がたくさんあるなあ~(反省・痛感もあり、今後の楽しみもあり)。

坊ノ原古墳も、この機会だからこそ訪問・学習できた貴重な場所。
こうした調査があってからこそ、その歴史や知識、そして魅力が分かるもの。
そして、その調査も困難を極めることがあることも学習。
こうした調査に携わる方に感謝ですm(__)m
また、調査が困難な分、今後の楽しみや可能性があると感じるのは、私の楽観的な展望でしょうか(笑)
古墳・遺跡分野の学習も、これまた楽しそう♪


今回はジオサイトではございませんが、こうした文化に関するスポットを訪ね訪問することで、「豊後大野にはもっと素晴らしい場所があるんだ☆」と感じますね^^
自分自身の視野拡大につながりますし、これまたみなさまに紹介したい場所が増えましたね♪


以上、ジオガイド養成講座の現地学習の模様でした。
引き続き学習&みなさまへのご紹介、精進してまいります(-_-)ゝ
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