ADHDの起源
今日、スマートニュースだったかと思うが、ADHDについての記事が入ってきて、長年悩まされてきた自分と周りの定型発達の人たちとの違いがなぜ起こるのか、という疑問に対しての答えがわかったように思う。 その記事によると、海外の研究でADHDの遺伝子はかなり古くて狩猟採集時代にさかのぼるらしい。 その頃から、ADHDの遺伝子を持つ人はいたということになる。 ADHDの遺伝子を持つ人は狩猟採集生活や遊牧生活においては有利にはたらくらしい。しかし、現代のような定住型で朝8時頃から夜7時頃までデスクワークをさせられるようなライフスタイルには向いてないそうだ。 つまり、ざっくり言うと定型発達の人は定住・農耕型で、ADHDの人は狩猟採集型の生活に適した性質を持っているということらしい。 私が今迄の人生でいつも感じていた周りの人たちとの感じ方や考え方の違いというのも、ここから来ていると考えると、謎が解ける。 定住・農耕型だったら、長年同じ顔ぶれで同じ場所に住み続けなければいけないので、揉め事は極力避けたい。だから強い者に反抗せず黙って従うとか、周りの人と同じことをするという生き方をし、自分の保身を最優先するのだろう。 一方、狩猟採集型、又は遊牧型では、一か所にずっといる必要は無く、嫌だったら他へ移ればいいので、自分を曲げたり不快な思いをしてまで強い者に合わせる必要は無い。そういう違いなんだと思った。 だから、ADHDというのは、異常でもないし、障害でもない。 大昔から存在している特定の遺伝子を持った人たちが、現代のライフスタイルや生活環境に合わないので生きづらい、厄介者扱いされてしまう、そういうことなのだ。 音に敏感なのも、現代の一か所に人口が集中していろいろな人が住むような環境には不利にはたらくけど、外敵が多かった昔は逆に危険を察知するのに役に立っていたと思うのだ。 現代社会があまりにも目まぐるしく変わっていくのでついていける人とそうでない人との明暗が分かれてしまっているのだと思う。 これは定型発達とADHDだけでなく、他のいたるところで今後でてきそうな問題だと私は思っている。