子供=死
昨日の夜、私にとって子供というのは、死を暗示してるのだと気付いた。 死があるから、子孫を残す必要がある。逆に、子供が生まれるから、上の世代は、死ななければならない。そういうことだ。 以前、勤めていた障害者施設の関連施設に行った時、ある人に、私の子供の声に対する恐怖のことを話したら、「子供っていうのは、成長するときに、周りの関係性とか全部破壊していくからねー」と言われたのを思い出した。「子供」の持つ、負の側面である。普通の人は、子供が生まれたというと、かわいいとかめでたいとかしか思わないかもしれないが。 そして、自分が、「死」というものから目を逸らして生きてきたことに、あらためて気付かされた。 10代のころは、死について考えない日はなかった。しかし、20代でうつになった時、そういうことは、不幸の元だからやめようと思ってやめたのだ。 しかし、道路族のことを考えてみると、なぜあんなにバカなのかという理由の一つに、彼らが、「死」を意識しないで生きているということがあるのではと思うのだ。今だけ、自分たちだけ良ければいい。大切なのは自分の子供だけという、動物と同じ生き方をしているのも、そのせいではないかと思うのだ。動物も、自分の死を知らない。 人間としてまともであるために、「死」を意識し、有限の人生をどう生きるか、考えなくてはならないと気づいた。