リハビリスト波平の日記

リハビリスト波平の日記

「リハビリスト」は「リハビリに励む人」という自作英語です。Yahooブログから越して来ました。俳句やエッセイその他、お暇な方、是非お来しください。

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先日「秋の蝉」の記事を書いたのですが、「ツクツクボーシ」は鳴いても、片方の主役「ひぐらし」が鳴いてくれません。梅雨の頃所謂「梅雨ひぐらし」はかすかに聞いた覚えがあるのですが、秋本番の9月になって、その声がきこえません。一体どうしたのでしょうか…?

 

先日「蜩」の句をいろいろ考えていたときに、「蜩のもののあはれを鳴き尽す」という駄句を思いついたのですが、川に棲む鮎も子規の「若鮎の二手になりて上りけり」の春から、「鮎は影と走りて若きことやめず  鎌倉佐弓」、「娘と通う料理教室鮎を焼く 佐藤恵美子」の夏の鮎。

 

秋の鮎となれば、加賀の千代女の「落鮎や日に日に水のおそろしき」、をはじめ、「もののあはれ」に通じる「落鮎の夕日を引いて釣られけり  大串 章」など秀吟が多い。

 

 

【汗駄句駄句】

 

堰越ゆる水に影あり秋の鮎

 

川の名を幾度も変え下り鮎

 

清流もやがて大河や秋の鮎

 

 

バスを待つ間に露草の消えにけり

 

マネキンの美男に在はす案山子かな

 

割算に余りは無くて涼新た

 

 

秋の蝉とはお盆のころから鳴きだす蝉だ。陽気な法師蝉としみじみ鳴く蜩がある。

 

今年のツクツクボウシの初鳴きは一声で終わったが8月10日過ぎだった。まだまだ蝉時雨は他の蝉が煩いが、それでも奇矯な声が目立つようになった。奇矯と言うのは、鳴き方が途中で転調し、最後が「ジー」とつぶやくように終わるからだ。

 

法師蝉しみじみ耳のうしろかな   川端茅舎

 

病身で臥せっていた茅舎には法師蝉の声はさぞや煩く響いたに違いない。

 

法師蝉あわただし鵙けたたまし     正岡子規

 

同じく病に臥せる身であった子規には、あのツクツクボーシの元気な声が羨ましくも、なにか慌ただしい鳴き方が死に急ぐ声とも響いたのではないか。

 

一方同じ病身でも、能天気な私にはひそかな傑作と信じている駄句がある。「黒柳徹子ですもの法師蝉」。テレビで「徹子の部屋」を観ているとき、ちょうどそ奴が鳴き始めたのだ(笑)!

 

一方秋の蝉のもう一方の主役は蜩(ヒグラシ)だ。 ちょうど盆が済んだ日に鳴きだした。

 

かなかなのどこかで地獄草紙かな   飴山 實

 

地獄草紙など見たこともないが、芥川龍之介の「地獄変」などを読むとその一端が覗けるかもしれない。

 

私にも「蜩やダムに沈みし家百戸」という句がある。ゴルフの帰りに喉が渇いて自動販売機に立ち寄ったのだが、ちょうどダム湖の傍だった。ヒグラシの声がそれらの家の挽歌ともとれたのだった。

 

鳴き終わるときみな孤なり秋の蝉   馬場駿吉

八月や頭を垂るることばかり

 

 

言うまでもなく、八月は死者に考え及ぶことが多い月だ。戦後派の私におそらく実感はあまり無いが、それでも六日、九日、十五日には黙祷をすることが多い。新聞俳壇には現在でも、「八月や六日九日十五日」に類する句が多いそうだ。

 

それでなくとも、田舎に里帰りして実家の墓にお参りすることも多い。子どもたちはおぼろげながら、墓前に額づくことを覚え、合掌し、しばし頭を垂れて姿の見えない祖父母に思いを馳せるのである。私にも「曽祖父母祖父母父母無く終戦忌」がある。祖父母までは薄々思い出があっても曽祖父母にはとんと記憶がない。

 

現実にかえれば、甲子園の夏ははじまったばかり。早くも投手戦あり、サヨナラヒットあり、思わぬ逆転試合あり(昨日の広商などが典型です)、負けたチームには泣きじゃくる選手が必ずいるし、必死に涙をこらえる選手もいる。

 

甲子園と言えば、「俳句甲子園」や、「書道甲子園」など甲子園は花盛りである。若者も優勝すれば泣き、勝てなかったと泣く。泣くときは頭を垂れる(「こうべ」と読んでくださいね…笑)。

 

 

二十四節季に言う「大暑」である。大暑の句で先ず有名なのは芥川龍之介の「兎も片耳垂るる大暑かな」であろう。逆に芥川龍之介を詠んだ句に「芥川龍之介佛大暑かな」がある。名手久保田万太郎には珍しい破調の句である。

 

芥川には「大暑」ではないが、暑さを詠んだ句もある。「蝶の舌ゼンマイに似る暑さかな」。蝶の舌など見たことも無いが、この句を見れば蝶の舌がくるくると延びて蜜を吸う様子が見えてくる。いや、この場合蝶が吸うのは甘い蜜ではなく、ただの水だろうか。芥川の奇才もしくは鬼才がありありと見えるような句であろう。

 

梅雨が長引いてどうなることかと気を揉んでいた天候もようやく、いつもの夏に戻ったようだ。

 

河童忌や皿も干上がるきのふけふ  波舟

 

どうも天の神様の調子がおかしい。去年の今頃と言えば、梅雨が明けていなかったにも関わらず、あちこちで暑さの話題でもちきりだった。埼玉県の熊谷と岐阜県の多治見が我こそは日本一熱い街だと威張れば、高知県の四万十市は南国の暑さを知らないからだろうと本場はこちらだと譲らない。熱中症の患者数はうなぎのぼり、あちこちで救急車は大忙しだった。

 

ところが、今年は暑い話題が街から消えた。私の記憶ではこの夏はまだ30°を超えた真夏日は無い筈だ。それにまず第一に今年の野菜は美味くない。胡瓜にしたって茄子にしたってなにか水っぽいし日昭不足は明らかだ。

 

東北地方の「やませ≒山背」と言う風のホンモノは知らないが、宮沢賢治の「寒さの夏はおろおろ歩く」と言うフレーズはあまりにも有名だ。往時、冷夏に見舞われると作物は採れず、農村は飢餓の恐怖に慄いた。

 

現在はそんなことは無いだろうが、いずれにしても世の中は不景気になるだろう。只でさえ消費税の問題が控えている。安倍さんの悲願と言うよりも財務省の悲願だろうが、景気の行く末もこの夏の天気に掛かっている。

 

 

【汗駄句駄句】

 

 

 

 

玉虫の玉虫色としか言へぬ

 

 

香水や美女に悪女の多かりき

 

 

指先に風を残して天道虫

 

 

遠雷やわづかに傾ぐ猫の耳

 

 

包丁の切れ味さぞや夏料理

 

 

宇宙にも水はあるらし梅雨の月