今日も定時ダッシュ -28ページ目

零 濡鴉の巫女 この巫女さんってば・・

 「零 濡鴉の巫女」のプレー雑感であります。ネタバレ有りなので、未プレイの方はご注意をば。




 ゲームの初まりは、チュートリアルも兼ねて幽霊から逃げるだけのシーケンスになっています。それはそれでいいとして、追ってくる巫女の幽霊を見て誰もが「なんだこの巨乳」と思ったハズ。しかも御丁寧に着物の前見頃を帯あたりまでVの字にはだけて乳を見せつけているというサービス精神の持ち主。こちとら怖がっていいのかじっくり見るべきなのか、なんとも感情の持っていき場に困ったチュートリアルでありました。

 一歩離れて考えると、このゲームは「巨乳にあらずんば女にあらず」というものすごいオッパイ至上主義で鳴らす(元)テクモであるので、いくら幽霊とはいえ女性である以上デザイナーは巨乳を施さずにはいられなかったのだろう。

 しかしあまり乳を強調するのも、ことホラーゲームに関しては一考を要する案件だと思う。幽霊のおぞましさにビビる感情と刺激的な格好のオネーチャンに鼻の下をのばす感情は、それこそタナトスとエロス、全く相反するところから沸き上がるものであるので、怖がる気マンマンだったというのに全く怖くなくなってしまった。小学三年の娘が脇で見ていたのだが、ムービーに登場する密花さんを見て「この女の人、オッパイがボヨンボヨンしてるー」と見たままを述べられてしまった日にゃあ、お父っつあんとしてはタブコンを抱えて苦笑するしかないではないか。

 なーんだ、今回の零は怖くないじゃーん、と、それ以後しばらくは、まるで橋の真ん中を歩く一休さんのように意気揚々とゲームを進めたのでありますが、しかしその思いは中盤あたりには打ち砕かれることになる(笑)。


零 濡鴉の巫女 その1

 初代か2作目の「紅い蝶」を、もう10年くらい前に友人宅で触り程度に遊んだのだが、ごく短時間のプレイだったのに物凄く怖くて先に進めず、それ以降任天堂販売になってからは月蝕も深紅の蝶も購入までしているのに、いまだに一作もクリアしていない。理由はモチロン怖いから。

 しかし、人よりも恐怖心が強いということは、エンターテイメントとして供せられたホラーを人一倍楽しめる才能を持つということでもあります。恐がりのクセにホラー映画大好きというのは別に矛盾でも何でも無く、逆にこういうモノが全く怖くない人がホラーをどうやって楽しめば良いのかと疑問に思う。それでも受動的に時間が流れて行くだけの映画に比べ、ゲームの場合は能動的に進ませねばならないので、これまで数多くのホラーゲームにワタクシは心を折られてきたのでありました。

 今でも忘れない「ナナシノゲエム」は、病院に入ってすぐに壁のポスターがハラリと落ちる演出があって、それが余りにも怖くてそこで降参。さんざんバカにされた覚えがあるが「だってポスターが落ちたんだモン!」と顔を真っ赤にして言ってやった。言ってやりましたわ!

 Jホラーという呼び名でホラー映画ブームがあった頃、ゲームも同様にホラーの傑作がいくつも生まれて、その中でも零は今から見れば一番和風なホラーだったシリーズだったと思う。横溝正史的な「昔この一族にはこのような忌まわしい事件がありました」という怨霊めいた要素と、民俗学的な村の秘祭や伝承といった土着的な要素が合わさって、零シリーズはゲームのみならず映画や小説などと比べても、他に見ないくらいにジャパニズムなホラーになっている。ホラーブームがとっくに潰えた現在、ホラー好きには貴重な一本であります。

 しかし・・・そういう偉そうな事はせめてクリアしてから言って欲しいもんだわな。実はこの濡鴉も四ノ雫あたりから心が折れかかっているのだが、長過ぎて心が折れかけたゼノブレイドもブログでネタにすることで見事に乗り切ったように、零も今度こそ、今度こそエンディングを拝みたい一心で励む所存でありまする。

amiibo 日本版のラインナップは

 年末商戦の仕込み的に発表された日本でのamiiboラインナップ。アメリカでは12種類でしたが、日本では18種類の大盤振る舞い。

 が、しかし。追加の枠に入ったキャプテンファルコンに需要があるとは思えん。あるっつーんなら先ずゲーム出してみろや任天堂オラオラ。そして6枠増やしてもロゼッタが入っとらん理由を言ってみいやオラ。

 なんといいますか、amiiboの元々の発想は人形でままごとや戦争ごっこをする子供達の遊びがメインにあって、それらの人形をゲームに使えたら面白いんじゃないか、ということだろうと思う。なので、ラインナップの中には可愛いだけでなく男の子でも手に取りやすそうな強いキャラも必要で、そういう意味でアメリカのラインナップは(フォックス以外は)まあ妥当なトコだよなあ、と思う。

 しかし日本では、これは自分の勝手なイメージなのだが、欧米の子供達は誰もが通過儀礼のように人形遊びをする(それこそ「トイ・ストーリー3」のような)ように見えるのに比べ、日本は知育玩具やらぬいぐるみやらミニカーやら、案外と人形以外で成長してしまうパターンが多くて、amiiboの位置づけも人形で遊ぶためというより、ゲームで使えるという側面のほうが大きいような気がする。せいぜいがポケモンのamiiboだったら子供達もゲーム抜きで手に取るだろうなあという位で。

 というワケで日本で増えた6枠はそのまま大きなお友達であるオタク向け枠だと思われる。その視点で見るとルイージ、ゼルダ、ピットはまあ妥当なチョイス。リトルマックはWiiFitトレーナーと同じポジションかも?と多めに見てやる(←偉そう)として、やっぱりキャプテン・ファルコンの需要がどこにあるか分からん。クッパのほうがまだ売れそうに思える。ディディー・コングもそういう意味で謎だが、ドンキーとの合わせ技でペアで飾っとこうとするなら、それこそカービィとデデデとか、ピーチ、ロゼッタ、ゼルダのヒロイン三位一体とか、もっと合わせ技で見栄えのするキャラはいるハズなのに。

 とりあえず昔からのピーチ使いとしてはピーチのamiiboと、ピンクつながりでカービィを予約しましたですハイ。

劇場版 零

 ゲームが元になっている映画は多くあれど、これほどゲームとはかけ離れた仕上がりになっているのも珍しい。うーん。。。自分の記憶を遡ってみても、ここまで違うのはファイナルファンタジーくらいしか思いつかない。

 シリーズを通して零を構成している要素を色々と削いだ挙げ句、「少女たちの閉じた世界」という一点のみゲームから抽出して勝手に脚本書きましたという感じなので、射影機でドーンと幽霊退治するシーンを期待するゲームのファンには薦められず、ホラーといえどもビックリを伴わない作りなので「呪怨」のような怖さを期待する向きにも薦められない。なんともストライクゾーンの狭い映画なのですが、ワタクシがお勧めできる人々といえば、ズバリ映画オタクの中年男。そうそうワタクシこそがこの映画のメインターゲットだったのでありました。

 映画オタクの中年男にオススメの理由その1「美少女てんこ盛り」

 主演の中条あやみのビジュアルが凄い。細くて長い手足と小さな顔にけぶるような瞳と長い黒髪。楳図かずおの恐怖マンガのヒロインがそのまま抜け出したような物凄い美少女ぶりを思いっきり堪能できるなんて、アナタ、中年男が実生活でこんなに穴のあくほど女の子見てたら通報モンよ通報モン。
 もう一方の森川葵はヒロインとのバランスで非常にボーイッシュな出で立ちですが、零れ落ちそうな大きな瞳が印象的で、逆に寝ているシーンなど目を閉じた顔がチンクシャっぽくてそれも可愛らしい。
 登場する少女が皆可愛らしく魅力的に映されているのがいかにも映画オタク向け。
 もうね、少女が少女の佇まいだけで許されるメディアは映画だけなのよ。バラエティは顔だけじゃなく面白いコトやらされたり、テレビドラマは男の裸を堪能する中年女のポルノみたいに成り果てた昨今、映画もだんだんテレビに浸食されつつあるのだが、それでも中条あやみが立ってるだけで絵がもつと確信して映しているメディアは映画だけしかないのよ。たのむよホント(何をだ)。
 ただし少女以外の女が被差別的にキレイじゃなく、中越典子も中村ゆりも相当美人なハズなのに変な格好だの顔色悪い陰気な女だのと酷い扱いを受けている。美保純も50代の割にはコケティッシュさを保っている女優だが、シスター装束の彼女は下ぶくれの頬のみ強調されるブサイクな扱い。彼女は少女たちの犠牲になったのだ。
 
 その2「ビジュアルが印象的」

 この映画、かなり確信的に従来のイメージのホラーから逸脱しようとしており、その結果、ホラー的な怖さは全く無くなってしまっている。しかしそんな変化球も映画オタクならキャッチできるハズ。この映画は恐怖というより幻想的なビジュアルで、ネタバレ無しの範囲で「コレは!」というのがヒロインの二人が赤い毛糸で互いの手首をつないで眠るシーンがビビッと来ました。他にもイロイロ。

 その3「ロマンポルノ映画へのオマージュ」

 この映画の監督は安里麻理という女流監督なので、おそらく原作の時点に織り込まれたものを彼女なりに解釈したのだろうと思いますが、女の子同士の淡い恋愛感情というのがとても往年のロマンポルノ映画に連なっている雰囲気がアリアリです。キャスティングとして成功しているとは言い難い美保純の起用は、実はこういう意味合いではないかと睨んでいる。
 「零」に似た映画・・・というと、自分は真っ先に中原俊監督の「櫻の園」を思い出す。中原俊監督こそ、ピンク映画出身というだけでなくこの手の女の子同士のシスター的なコミュニケーション大好きオジさんで、きっとこの映画も話がまわってくれば大喜びで受けたに違いないと思いマス。
 映画の中でも女の子同士で顔を寄せ合って囁くシーンがとてもとても多く、別にポルノ的シーンがあるワケではないのですがメンタルはしっかり連なっていて映画オタクのオッサンの大好物であることは疑いの余地がありません。

 ウソかホントかハリウッドでも映画化されるみたいだから、多分そっちはゲームのイメージ通りに仕上げてくれると願って、日本版の零の味わいもなかなかオツなものではないかと思いました。

ベヨネッタ2

 大体ゲームが出ない出ないと言われていながら、8月からゼルダ無双、スマブラ3DS、ベヨネッタ2、零と「一気に出すな」状態の任天堂のラインナップ。11月のポケモンや年末のスマブラWiiUとかキノピオ隊長(←実は一番期待している)も合わせると、ちょっとゲーム買い過ぎなんとちゃう?と我ながら思い、泣きの涙でゼルダ無双とスマブラ3DSはパス。

 ということで、ベヨネッタ2、ただいま絶賛プレイ中であります。1はXbox360でプレイしたのだけれど、今のところ1よりも2のほうがずっと面白い。だが、なぜ2のほうが面白いのかサッパリわからん。まあ別に分かる必要もないのですが。

 そもそも以前神谷ゲーをこのブログで総括しようと目論んで、結果壮大に尻切れトンボとなったのですが、敗因は割とハッキリしていて、それはもう、自分がアクションゲームが大の苦手なヘタレであることに尽きる。神谷ゲーを語るには、できれば神谷氏と同レベルのウルトラハードゲイ(マー)でないと本当の面白さを体感できない、と多少僻み気味に思う。

 けれども、なんだろうコレ。ベヨネッタ2では敵のモーションが1より見切りやすくなってウィッチタイムを、ヘタクソでもガチャプレイのマグレじゃなくて恣意的に発動できるようになっているようないないような。アンブランクライマックスのタコ殴りも凄く楽しい。

 とりあえず、せっかく1も付いてるんだから、2が終わったらそっちもやってみよう。