異次元緩和の効果と無効果 不況下における金融政策の有用性と無用性 | 批判的頭脳

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黒田東彦日銀総裁が就任したのは2013年3月のことだ。それから今まで2年近くの月日が流れている。

そろそろ、黒田日銀総裁が始めた拡張的金融政策(いわゆる異次元緩和)の初期の総括ができそうな時期に入ってきたので、いくつか指標を参照しながら、ここまでの流れをハイライトしよう。

まず、日銀の公開している時系列データをみてみよう。

2013年3月のマネタリーベース平均残高はおよそ130兆円、2015年1月は275兆円に達し、二年弱の間に二倍以上増加していることがわかる。

一方のマネーストック平均残高は、(M3を参照すると)約1140兆から約1210兆まで増加している。マネタリーベースの増加比に比して非常に少ない増加だが、一応年率で見た増加率はこれまで2パーセント強ほどであったものが、3パーセント前後に微増しているようである。


その間のGDPはどうだろう? GDPの推移を見る(2014年については速報値を用いた)と、総需要の指標となる名目GDPは2012年に約474兆、2013年に約478兆、2014年に約488兆となっている。それまでの横ばいor微減のペースに比せば、わずかながらの成長ペースに改善が見られたが、依然低い状態が続いている。

実際の生産の指標となる実質GDPは2012年に約518兆、2013年に約525兆、2014年に約528兆を計上し、2012年に前年比成長率がプラスに転じて以降、特に成長率が伸びたわけではない。(ただし、2014年は4月から消費増税が行われ、大きく需要が下方シフトした影響を受けている)



最後に、期待インフレ率の推移を見ておく。物価変動債と普通国債の金利差を取って計測するBEIは、2013年半ばに2%に肉薄して以降は、1.5%前後をうろうろしている。(2014年に入るまでまでマネタリーベースの年率で見た伸び率は伸び続けたが、それに対応した動きは見られなかった。また、2014年に入ってから年率で見た伸び率は低下したが、それに応じて期待インフレ率が下がるということもなかった



非常におおざっぱだが、以上で実測値の検討を終えよう。

データはわかることは、どうやら金融政策、特にマネタリーベースの操作はあまり総需要水準の操作に繋がっていないようだ、という事実である。

ただし、まったくの無効果というわけでもなく、マネーストック伸び率、期待インフレ率などにははっきりと正の効果が見える。しかし、マネタリーベースの伸びに比して、その効果はあまりにもささやかであるのと同時に、(特に期待インフレ率で見られるが)いったん上昇した後、それ以上の上昇が見られずそのままの伸び率が維持されるという状況が観察された。


一方で、消費税の導入によるインパクトは、その額面自体は(特にマネタリーベースの変化に比して)わずかであるにも関わらず、2014年の実質成長を0%近くまで押さえ込むほどの大きな影響力を持ったことが観察できた。財政政策の影響はかなり大きい、と見て差し支えないように思える。



無論、ブログの冒頭でも指摘したとおり、まだ初期の総括であって、今後新たな展開があるかもしれない。しかし、今の時点である程度わかったこともあるはずだ。私なりに、今回の異次元緩和(及びアベノミクス全体)で判明した事実を三つにまとめてみた。

①金融政策が総需要を"操作"できるとはいえなくなった。(これはとりもなおさず、経済を望ましいインフレ率に導くということもほぼ不可能であるということを意味する)

②金融政策がまったく意味がなかったという言説も間違いである。(マネーストック、期待インフレ率は明らかに反応している)

③財政政策はやっぱり重要だ。





①金融政策が総需要を"操作"できるとはいえなくなった。


異次元緩和によって増加したマネタリーベースの増加量は、先述したように二倍を超えており、その間たった二年ということを考えれば、過去に類例を見ない極めて爆発的な金融緩和であったことが伺える。
にも関わらず、総需要水準を示す名目GDPの反応はあまりにも鈍感であり、マネーストックの増加も非常に限定的なもので終わった。期待インフレ率も、2%の壁をまったく破る見込みがない。

このこと自体は、実は不思議でもなんでもない。短期金利も長期金利も非常に低水準にはりつくような経済では、金融政策がその"直接"の効果を持ち得ないということは、すでにクルーグマンが日本がはまった罠で15年以上前に推察してみせたことだった。

このときクルーグマン他が提案し、いわゆるリフレ派が試みたのが実質金利の操作であった。名目金利を操作できないなら、期待インフレ率を操作して、十分な水準まで実質金利を下げれば良いと考えたのである。
しかし、そもそも金融政策がインフレ率が操作できなければ、金融政策の変化が期待インフレ率を操作することも当然できない。(この認識があまりにも巷で抜け落ちていると思われる。金融政策に期待が発生するなら、それは金融政策に効果があるときだけだ、というのは当たり前の論理のはずであるが、あまり共有されてはいないようだ)

インフレターゲティングを提唱したクルーグマンその人が、現在財政政策の重要性を強調し続けているのを見るに、金融政策にすべてを任せることは困難を極めるようである。


最近では、信用緩和(日銀によるリスク資産の買取)を通じて資産価値を動かし、間接的に需要水準を動かせばいいという考えも見られる。(この場合、非リスク資産である国債などの買い入れにはこの効果を期待できない。国債と通貨はどちらも銀行や法人にとって安全資産であり、それを交換しても他の資産にリバランスされないからである。詳しくはデロングの記事を参照)

しかし、日銀の供給するマネタリーベースの量は、資産取引の市場に比してあまりにも小さく、資産価値に与える影響力が限定されるのと同時に、資産価値上昇によって企業のバランスシートが改善しても、それが投資に向かって実物経済に波及するという経路があまりうまく働いている状態ではない。(バブルを人為的に起こせば状況は変わるかもしれないが、持続的なものにならない)二重の意味で、資産価値を通じた経路に頼るのは難しい。


金融政策が総需要を操作できるのは十分に金利が正であるときに限る、という事実を受け入れ、貨幣の追加供給が総需要(貨幣流通量)を必ず動かすというナイーブな思い込みからは卒業する必要があるだろう。


②金融政策がまったく意味が無かったという言説も間違いである。


確かに①で述べたように、金融政策は現在、通常の経済における金融政策と同じ能力は持っておらず、したがって総需要を操作する力を持たない。しかし、それは金融政策に何の意味もないということをあらわすわけではない。

その根本は、現状において、金融政策は総需要を任意に増やすことはできないが、任意に減らすことはできる、というところに尽きる。
ゼロ下限のため、これ以上金利を下げることは難しいが、昔福井総裁が断行したように、利上げすることは簡単である。

ということは、仮に現状の金利が非常に低かったとしても、日銀がインフレファイターであると信じられており、インフレ率の上昇を必ず叩き潰すであろうと予想されているならば、もし利益転換点をクリアしていても投資が低減されることとなってしまう!

しかし、これを解決する試みが「インフレターゲティング」なのである。これにより、ある水準のインフレ率までは、少なくとも日銀が引き締めることはないということが予想される。すると、現状の金利が正等に評価され、本来可能であった投資が実行され、総需要が改善することになる。(これは、クルーグマンが提唱したインフレターゲティングの効果の中核の一つである)

裏を返せば、今異次元緩和を撤回するとなると、その負の効果は小さくないと考えられる。いくらベースマネーを増やしても意味がないとしても、減らしても大丈夫というわけにはいかない。

ただし、このように引き締め不安を払拭することで生まれた総需要効果は、当然のことながら、あくまで払拭されたその時点のみで終息する。一度払拭してしまえば、それ以上の総需要追加は期待できない。これは伸びないマネーストック増加率と、1.5%近傍にとどまった期待インフレ率をよく説明している。



③財政政策はやっぱり重要だ。


2013年~2015年で起こった大きなイベントの一つは、やはり消費増税であろう。
二倍にもなったマネタリーベースに比べて、その増税額はささやかなものであったが、影響は非常に大きかった。予想成長率の下方修正が繰り返されたことは記憶に新しい。

このように、財政政策の変更は、総需要に非常に大きな影響を与える。金融政策に比してここまで影響が大きくなるのは、すでに引用したクルーグマンの記事でも記述されたように、財政政策は期待を介さない直接効果を持つことに起因する。

しかし整理しておかなければならないことは、"通常経済の"マンデル・フレミング・モデルでは、この事態を説明できないという事実である。

いわゆるリフレ派は、財政政策の発動を懸念し、その理由にマンデル・フレミング・モデルを挙げることがしばしばある。

しかしマンデル・フレミング・モデルの真髄は、「開放経済・変動為替レートにおける総需要水準は、海外金利と自国の金融政策に依存するのであって、ISシフト(企業の投資増減や政府支出増減)は、輸出増減でキャンセルアウトされる」というロジックにあったはずだ。すなわち、消費増税によって消費水準が低下したなら、金利の低下を通じて為替レートが低下し、輸出が増大して再び同じ総需要水準に戻るとするのが、正しい("通常経済の")マンデル・フレミング・モデルの使い方である。(なお、実際はそういう風にはならないということは、前のエントリで述べた)

しかし、リフレ派(少なくともその一部)は消費増税に対するアンチキャンペーンと同時に財政出動の論難も行うという実に倒錯した態度を見せた人々が多かった。(しかしながら、浜田宏一にように消費増税しても金融緩和が続けば問題ないと豪語した人々もいる。そちらのほうが、正しくないとしても知的一貫性は確かにある。)

このような倒錯の原因は、所謂リフレ論と、財政ショックが有意であるという現実の整合性が取れていないところにあるのではないだろうか。

そろそろ、不況において財政政策が大事だという事実に目を向けるときが来たのではないだろうか。



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