自己嫌悪しちゃう人


「私、どうしても自分を好きになれなくて……」

自分のことを好きじゃない人って、結構多いですよね。

なんで自分を嫌っちゃうか、わかりますか?

それは「ギャップ」なんです。

誰の中にも理想の自分とか、なりたい自分っていうのがあるんですよね。

それ自体は悪いことじゃないんですけど、今の自分と理想の自分を比較して、どうにも埋めがたい距離がそこにあることに傷ついてしまうと、今の自分が嫌になっちゃうんです。

「理想の自分」「なりたい自分」が今の自分の欠けを補ったり、隠したり、正反対の存在だったりすると、ギャップにやられる頻度はどうしたって高くなりますよね。

「なりたい自分」が今の自分を否定するために使われるのであれば、「なりたい自分」を手放してしまうのがいいのかもしれませんね。

今の自分を否定し、受け入れず、攻撃している限り、自己嫌悪からは抜け出せないのですから。

自己嫌悪を手放しなさいといわれると

「自分を嫌わないようにしなくっちゃ!」

と頑張ってしまう人も多いのですが、そうすると嫌っている自分に焦点が当たってしまって、ますます自分を嫌いになってしまいがち。

自分が嫌っている自分っていうのは、癒されるべきものであって嫌わないように努力するものではないんです。

直したりするものでもありません。

「そんな向上心のかけらもない生き方をしたら、ダメ人間になってしまう」

と焦るかもしれませんが、あなたがダメになってしまうことはないから大丈夫です。




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愛と豊かさ



「愛」と「豊かさ」は連動しています。

例えばパートナーとの間で問題があると感じていて、でも見て見ぬふりをしてしまうことというのはよくあることですね。

パートナーとの間で問題があるというのは、愛を与えること、受け取ることに関して問題があるということです。

つまり「愛」に関して問題が起きているということです。

それを見ないふり、気づかないふり、何も起きていないことにしてしまうと、どういうわけか「お金」に関する問題が起こりやすくなります。

なぜ?

「愛」と「豊かさ」は連動しているからです。

豊かさイコールお金ではありませんが、お金は豊かさを象徴する要素のひとつです。

お金の問題が関わることで、これまで見ないふりを決め込んできたパートナーとの問題に向き合わざるを得ないような形になります。

でも多くの人が「お金の問題」にとらわれ過ぎてしまいます。

そのために、もともとあった「愛情の問題」から目を背けるために「お金の問題」を利用するような形になってしまいます。

お金の問題をどうにかするために、パートナーとの関係を解消する人もいます。

皮肉なものですよね。

お金の問題は、愛情の問題を無視しないで、ちゃんと向き合いなさいというサインなのに。

愛と豊かさは連動しています。

パートナーとの間に冷たい空気が流れているのに

「お給料を稼いできてくれれば、それで良しとしよう」

という姿勢を続けていれば、いずれお金の問題が起こるでしょう。

愛に関して問題が起きているなら、見ないふりしないことです。

強制的に向き合わざるを得なくなるとき、そこには必ずと言っていいほど、お金のトラブルが絡んできます。





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変わりたい。変わらなきゃ。



「今年こそ変わりたい!」

「早く変わらなきゃ!」

と思っているあなた。

現状に何かしら不満があるのですね。

その不満は、自分が変わることで解消されると思っているから、変わりたい、変わらなきゃと自分を追い立てるような気もちになるのでしょう?

でも人は、同じことの繰り返しや現状維持を望む生き物です。

だから「変わりたい」「変わらなきゃ」と思いつつも、なかなか出来ないんですよね。

でもそれだと不満は解消されないまま。

そこで、多くの人が相手を変えることで状況を改善しようと考えます。

ただ、相手だって同じことの繰り返しや現状維持を望みますから、変えようとしても変わらないんですよね。

そこで相手を変えるための正当な理由をあなたは持ち出します。

それが「正しさ」であり、「常識」であり、「普通は」なんです。

「これはこうするべきだから、あなたが直して」

「普通はこうするものだから、あなたが変えて」

みたいな感じ。

自分では正しいことをしているつもりだから、その要求はどんどんエスカレートします。

だって正しいことなら、しても良いって思うでしょ?

だから言ってること自体は正論なんだけど、相手を屈服させるために残酷なことをするようになっていくんです。

パートナーシップにおいて「正しさ」は、自分が変わることへの怖れから遠ざかり、かつ相手を支配するために使われます。

現状に何か問題があるなら、それは正しさではなく愛をもって癒さなければなりません。

あなたにとって「変わる」というのは、自分とは違う何者かにバージョンアップすることではありませんか?

「変わる」というのは、本来のあなたに戻ることです。

そのためには、あなたが着込んでいる鎧を脱ぎ、武器を捨てる必要があります。

もちろん本当の鎧や武器で身を固めているわけではありませんよね。

それは生きる上であなたが傷つかないようにするための秘訣のようなものです。

あなたは傷つけられる前提で生きているので、身を守るための鎧や武器が必要なんです。

つまり、自分は傷つけられるに相応しい存在だとあなたは信じ、負うであろう傷に備えながら生きているのですね。

あなたが信じた自分像に相応しいことが、あなたの人生に起こります。

傷つけられるのが相応しいと信じていることで、自分を責めてはいけませんよ。

あなたはただ、今はまだ自分を愛し足りないだけなんです。

「私には鎧も武器も必要ないんだ。そんなものなくても大丈夫なんだ」

と、自分の安心安全を信じてあげてください。

それが自分を愛するということです。

信じた分だけ、鎧や武器を手放すことができます。

もちろん完璧にできなくても大丈夫。

できるときもあれば、できないときもありますものね。

だから上手くいかないときも、自分に優しくいてください。

そんなふうにしていくうちに、ふと自分が変わったことに気づく日がきますよ。

変わるって、そういうことです。




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私なんかが幸せになってもいいのでしょうか



「私なんかが幸せになってもいいのでしょうか」

と質問されることがあります。

幸せになりたい。

でも、幸せになることに抵抗がある。

たぶん、そんな相反する気もちが引っ張り合いっこをしているときに出る言葉なのでしょう。

そして、それはきっと

「もちろん。いいに決まっているじゃないの」

と自分の中にある不安を誰かにかき消してもらい、口では「そうかなぁ」とか「でも」といいながらも

「そうだよね、私だって幸せになってもいいんだよね」

と思いたいときなのでしょう。

でも「私なんかが幸せになってもいいのでしょうか」というのは、不幸な自分を肯定することばです。

幸せは不釣り合いな自分、不幸がお似合いの自分、傷つけられて当然の自分、粗末にされて当たり前の自分、苦しみが相応しい自分、裏切られて当然の自分……

人は、自分をどんな存在だと認識しているかによって、人生で受け取るものが変わってきます。

誰もが自分が認識している自分像に見合うものを受け取り、見合わないものはスルーします。

周りの人に「幸せになっていいんだよ」と背中を押してもらうことは、きっかけに過ぎず、自分に対する認識を変えていかなければ幸せにはなれません。

そこは人任せにはできない部分です。

人の本質は愛であり、愛とは対極にあるものは、本来、自分には相応しくないものです。

あなたは過去の何かがきっかけで本質からそれてしまい、歪んだ自分像を本当の自分として認識して生きてきました。

そのため本来のあなたに相応しい幸せからは程遠い人生を歩むことになってしまったのです。

そして幸せに相応しい自分になろうと、自分とは別の何者かになろうと努力し、あがき、苦しんできました。

そんなことしなくても、あなたは幸せになれます。

自分が幸せに相応しいのだと信じることができれば、すんなりと幸せな人生がやってくるのです。




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離婚後、苦労続きの人と幸せになれる人の違い 補足



補足です。

苦労続きの人生を歩むのは、罪悪感によるものだというお話を4回にわたってお伝えしました。

これは、離婚に限ったことではありません。

流産、死産、人工中絶の経験がある人は、やはり同じようにその後の人生が苦労続きになってしまうことがあります。

生んであげられなかった命を悔やみ、今でも責めているのですね。

自分の中で子どもを亡くすという経験は本当に辛いできごとで、かつ、オープンにしにくいことでもあります。

それが独身のころの話なら、新しく出会う異性には隠し通さねばという気もちも働き、「隠し事をしている」ということに対する罪悪感も重なります。

結婚してからの話であっても、パートナーとの温度差に傷ついたり、早く日常に戻らなければと自分を急かしたりして無理をしてしまいがちです。

その結果、たった一人で重い十字架を背負うような形になることが多々あります。

ダメな自分を挽回しなきゃと頑張っても頑張っても一向に報われないような感じがしたり、出会う人がみな問題のある人で尻ぬぐいばかりの人生だったり……

たぶんそれは、罪悪感のせい。

前回の記事にも書いたように、過去は変えられないけれど過去を許すことは可能です。

自分の感覚としては、苦しみが外側からやってくるような感じでしょうが、そうじゃありません。

苦しみはあなたが生み出しているものです。

どうぞ自分を許して、楽になってください。




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