運転席の爆イケがまた無理難題を言ってきた。
「さぁ、次のワガママは?」
「は!?」
「いやいや、お前、ただナポリタン食ってただけじゃねぇだろ?次のワガママ考えたろ?」
「いやいやじゃねぇよ?何言ってんの?」
「何言ってんのじゃねぇだろ?お前のワガママを叶えるっつってんだから。オレを困らせてみろよ?」
「はぁ。今、困ってんのは俺の方だわ」
「なんでさ」
「だいたいさ、翔ちゃんと一緒に暮らしてるだけで幸せでたまんなくて満たされてんのにさ、これ以上のワガママってなんなんだよ?ばっっかじゃねぇの??」
「んだよ。怒ってんのかよ」
「怒ってねぇよ。困ってんの!!!ばか!」
「…ごめん…」
「あ、いやいや!ごめんは俺だから!翔ちゃんはションボリしないで!ね!!!」
「…ごめん…」
「翔ちゃん…」
さっきまでのトーンの翔ちゃんじゃない。
さっきまでは俺が弱いツボを刺激してくるような可愛い翔ちゃんを意図的に繰り出してきた翔ちゃんだけど、今回は本気で落ち込んでる。
ナポリタンのお店に着くまではニヤニヤしながら運転席から伸ばしてくれていたはずの翔ちゃんの左手は、しっかりとハンドルを握ったままだ。
しばらくなんとも言えない微妙な空気が流れたまま、車窓にはキラキラと光るものが見えてきた。
「翔ちゃん!翔ちゃん、ねぇ翔ちゃん!!」
「ん?」
「海!海じゃん!!ここどこ??」
「え?ああ、なんか鎌倉あたりまで来ちゃったな。ほら、あれが江ノ島。その先が湘南な」
「行きたい!海、行こう!!」
「海でいいのか?」
「夏の千葉の海で約束したじゃん!また海に行こうって!なら今日がいい!海でいいじゃなくて、海がいいー!!ねぇ、近くに駐車場ないの?」
「ん。駐車場なら近くにいくらでもあるよ。行こっか」
ふふって優しく笑ってくれた翔ちゃんは近くのパーキングに車を停めると、俺を支えてくれながら海岸線まで連れて行ってくれた。
夏のジメッとした湘南独特の匂いは薄くなっていて、冬の冷たい風が心地いいと翔ちゃんは言った。
「翔ちゃん、夏に湘南に来たことあるの?」
「あるよ?」
「男?女?つか、恋人?」
「なに。気になる?」
「なるし。翔ちゃんのことは全部知っときたいし」
「学生時代のツレとだよ」
「俺の知ってる人?斗真さん?潤さん?大野さん?えっと、それから…」
「ぶはははは。ばーか。そんなこと気にしてるなんてオレも愛されてるなぁ…智くんとだよ…」
ふわりと笑った翔ちゃんが俺の胸にピタッとくっついてきた。
それから翔ちゃんは大野さんとともに過ごしてきた幼少時代や中高時代の思い出話をたくさんしてくれた。
松葉杖をつきながら歩く俺の腕につかまりながら横に並んで歩いてくれた。
それはまるで腕を組んで歩いているかのようで、そんなことをして甘えてくれる翔ちゃんの優しさに涙がこぼれそうになったんだ。