寒かっただろう。
そう思いなおして雅紀を抱き起こしてから正面からしっかり抱きしめた。
背中をさすり、腕や足をさすり続けるオレに、雅紀はただただうわ言のように謝り続けていた。
「翔ちゃん…俺…翔ちゃんのお荷物だよ…翔ちゃんと一緒にいる資格なんてない…」
「は?」
「だって勉強もついていくの大変だし、事故に遭っちゃうし、熱も出しちゃって体調管理なんて出来ないし、それでリハビリも止めちゃうし…」
「で?」
「悔しくて情けなくて…こんなに頑張ってんのに…何もなってない…」
「何言ってんの?」
「こんな俺…翔ちゃんのとなりにいる資格なんてない…1人じゃなにも出来ない…」
「ばあーか。オレだって1人じゃなんも出来ないぞ?料理だって掃除だって洗濯だって。全部雅紀がいてくれるから出来るようになったんだぞ?料理についてはまだまだ発展途上だけどな」
「だって…こんな体で獣医師になれんの?」
「なれるだろ。車椅子の獣医師だって医師だっているだろ。それにお前は自分の足で立てるようになるためにリハビリしてんじゃねぇの?」
「…」
「仮にリハビリが上手くいかないと過程しよう。だとしたら診療所を変えていけばいい。バリアフリーに力を入れてるのはなぜだか分かるか?遠い昔に坂の上動物病院だった頃に建て直したのは足が不自由になったオレの為だった。だとしたらその流れを汲む坂の下動物病院だって同じだろ」
「……」
「診察やオペがしやすいように診察台や手術台の高さを調整出来るようにすればいい。それだけの事だ」
そうだ。
遠い遠い昔。
オレが車椅子や杖の生活だったり、ひょこひょことだけど歩けるようになった頃を知っている潤が坂の上動物病院を建て直してくれたんだ。
あの頃の記憶があるオレにとっては雅紀のそんな言葉はいくらでもひっくり返すことが出来る。
あの頃のオレを支え続けてくれたのは他の誰でもない雅紀だろ。
クスッと笑いながら雅紀の頬を伝う涙をキスで拭った。
「翔ちゃん…」
「ん?」
「お願いがあるんだ」
「なに?」
「俺に勉強を教えてください。仕事で疲れてるのも分かってる。でも1時間だけでいいから…。レポートも分からないことだらけでみんなに遅れを取りそうで不安なんだ」
「お易い御用で。なにせお前は獣医学部の模試は問題外の偏差値だったもんな?」
「もぉ…」
「ふはは」
「俺、翔ちゃんのそばにいていい?」
「オレが雅紀にいてくれないと困るの」
「翔ちゃん…」
「帰ろ?一緒に…」
「うん」
「つか、ほら。大事なもん手放すなよ」
オレの薬指にはめていた雅紀の指輪を見せると、雅紀は一瞬目を丸くした。
オレの指輪と雅紀の指輪を一緒にはめてるんだもん。そりゃぁ驚くよな。
オレの薬指にはめている雅紀の指輪を抜き取ってから、雅紀の左手の薬指にはめた。
「雅紀。オレから離れないでくれよ」
「はい」
雅紀の左手をとって、その薬指にキスを落とした。