
2017年12月23日(土)、映画美学校映画祭にて、新作映画『OLFACTOZONE』の完成上映が無事終了しました。ご来場くださった皆様、誠にありがとうございました!
“謎に包まれた感覚器官・嗅覚をめぐる旅のようなSF的ドキュメンタリー”の今後を、これからも応援していただけますと幸いです☆
(予告編)
https://www.youtube.com/watch?v=eRG-yYsuPes&t=64s
“謎に包まれた感覚器官・嗅覚をめぐる旅のようなSF的ドキュメンタリー”の今後を、これからも応援していただけますと幸いです☆
(予告編)
https://www.youtube.com/watch?v=eRG-yYsuPes&t=64s
『サンキュー、チャック』(ネタバレあり)
結局、黄金週間中に観に行くつもりだった作品ではなく、原作スティーヴン・キング(2020年発表の短編)、監督マイク・フラナガン、主演トム・ヒドルストンの『サンキュー、チャック』を鑑賞した@キノシネマ神戸国際。
何となく、謎の映画に感じられ、やや迷いながらの出陣だった。
そして観た後も何となく感想を書けずにいた。
謎の予感は観ている間もずっと続き、観終わってからも何とも言えない気分だった。
それは、なぜなんだろう? と考えていた。
もう一度観てみたら解決するかも、とも思うのだけど、そういう気分でもなく、AIと「どう思う?」とかやり取りしていた![]()
つまらなかったわけではない。謎のせいで引き込まれていたし。
特にダンスシーンはウキウキしながら観た。
ただ、全体を通した思索的な意図のようなものが、何となくもやもやさせるというか。
↓作品情報はこちらから↓
(映画.comより)
大規模な自然災害と人災が次々と地球を襲い、世界は終わりを迎えつつあった。インターネットもSNSもつながらないなか、街頭やテレビ、ラジオに突如として、「チャールズ・クランツに感謝します。素晴らしい39年間に、ありがとう、チャック」という謎の広告が大量に現れる。高校教師マーティーが元妻フェリシアに会うため家を飛び出すと、誰もいない街はチャックの広告で埋め尽くされていた。無事に出会えたマーティーとフェリシアが星々を眺めながら終末の到来を感じ、手を握り合っていると、場面は一転して広告の人物・チャックの視点に切り替わり、彼の人生をさかのぼる物語が美しい映像で紡がれていく。
3章に分かれていて、時間を遡っていく構成。
世界のあちこちで未曾有の災害が起こり、終末的な状況の中、「チャールズ・クランツに感謝します。素晴らしい39年間に、ありがとう、チャック」という不思議な広告だけが流れ続ける。
このチャックがトム・ヒドルストン演じる会計士なのだが、最初の章では広告でしか現れず、教師と看護師の元夫婦のやり取りが展開され、ホラーテイストもある。
次の章では数カ月前に遡り、トム演じるビジネスマンのチャックが突然街中でドラムに合わせて踊るシーンが繰り広げられる。
39歳の設定で、軽快で心弾むダンスシーンなのに、私には何だかもっと年をとった人のように見えた。実は余命わずかだからなのか、溌剌としつつも弱っているという難しい演技をしていたのか。
そして、さらに次の章でチャックの幼年〜青年期に遡る。
少年時代のダンスシーンには弾けるような魅力が溢れていた。
チャックの祖父をマーク・ハミルが演じていて、鍵のかかった部屋に決してチャックを入れようとしない。
この祖父がどこか魔法的なことを語るのだ。
やがて部屋の謎は解き明かされるのだが、実は冒頭の教師の家にも鍵のかかった部屋があったのだ。
もしかしたら、不思議現象や鍵のかかった部屋はそれぞれの人生にあるもので、本作はチャックに焦点を当てただけなのではないか? という見方もできる。
あるいは後々チャックが教師に家を売ったのか? とか、はたまた祖父が広告主だった?(奇想天外なファンタジーめいているが) ……みたいに様々な見方ができたりする。
こんな風に細部を気にしようと思えばいくらでも気にすることが可能だけど、作品自体ははっきりと明示しているわけではない。
こうしてあれこれ人生について想像を膨らませるための映画なのかもしれない。
とりとめがなくなってきちゃったので、今夜はそろそろこの辺で(また戻って来るかもです)。
Bon Voyage★
『プラダを着た悪魔2』
本当は『ドランク・ヌードル』を観る予定だったのだけど気が変わって、監督デヴィッド・フランケル、出演メリル・ストリープ、アン・ハサウェイ、スタンリー・トゥッチ、エミリー・ブラントの『プラダを着た悪魔2』を観ることに@OSシネマズミント。
単純に能天気な明るさに包まれたかったのかもしれない(sorry…^^;)
↓作品情報はこちらから↓
https://www.20thcenturystudios.jp/movies/devil-wears-prada2
(映画.comより)
アメリカの小説家ローレン・ワイズバーガーの同名ベストセラーを原作とする2006年の大ヒット映画「プラダを着た悪魔」の20年ぶりとなる続編。
ニューヨークの一流ファッション誌「ランウェイ」のカリスマ編集長として、ファッション業界の頂点に君臨するミランダ。かつてそのアシスタントに採用され、厳しく完璧主義な彼女のもとで奮闘する日々を過ごしたアンドレアは、現在は報道記者として活躍していた。そんなある日、ミランダとその右腕ナイジェルが危機に直面していることを知ったアンドレアは、特集エディターとして「ランウェイ」編集部に舞い戻る。さらに、アシスタント時代の同僚エミリーとも再会するが、彼女はラグジュアリーブランドの幹部として「ランウェイ」存続の鍵を握る存在となっていた。それぞれの夢と野望がぶつかり合うなか、事態は思わぬ方向へと展開していく。
能天気な明るさに包まれたかった、と前述したのだが、時代を反映した暗さがしっかり影を落としていた。
出演者は時の流れを感じさせつつも(アン・ハサウェイ演じるアンディも大人になった)保っているっちゃあ保っていて、見事だった。
特に、やはりメリル・ストリープ演じるミランダの最恐な逆襲モードは凄まじく、エコノミー便で移動しながらも、華やかな場に到着すればピシッと決めて闊歩するシーンなど、泣けてくるほどカッコいいのである。
どんなに落ちぶれても一世風靡した者はこうでなければいけないし、彼女の人並外れた才能はこういうところからして一線を画しているのだろう(という設定だ
)。
そんなメリル・ストリープの貫禄ある演技が素晴らしい。もちろんスタンリー・トゥッチもエミリー・ブラントも芸達者で、懐かしさも相まってしみじみと楽しめた。
私もちょっと近い業界でワーカホリックだった時があるから、その点でも懐かしかった。
どんなに犠牲を払っても仕事好きな女性のそばには、癒し系の穏やかな男性が必要である。
1をテレビでも何度も観たせいか、劇場のスクリーンがとても大きく感じられた
鑑賞後は、阪急神戸に新しくオープンしたアニエスベー・カフェに寄ってみた。
銀座の松屋のカフェコーナーに比べると、セルフとはいえユーハイムのミートパイセットやサラダなど食べ物メニューもある。
広くはないけれど、白くてスタイリッシュな店内。
ミートパイ、ミネストローネとドリンクのセット。美味しかった。
ブティックの方は、香りやかごバッグなどバカンスっぽい雰囲気。
ここの店舗はなかなか良い感じ。また来よう。
今日もルナ氏の写真にて。
最近思うこと(+モダナークファームカフェのリニューアルに感じたこと)
不穏なニュースが多い中、一般的にはGWを控えて1年の中でも希少なほんわかムードに包まれているのかな。
29日(昭和の日らしい)に電車に乗り、そんな空気を感じた。
特別な予定がなくても、家のメンテや整理、猫の世話、家事、創作などやらなければいけないことは山積みなので、のんびり過ごせることはほとんどなかったりする。
今日もベッドめがけて寄って来る猫に「お願いだからもう少し寝かせて」と嘆願して、いつもより少し長めに眠らせてもらった。
実は、最近新しくアルバイトを始めた。これについてはまた改めて書きたいと思う。
昨年末に母を看取り、こちらに来た目的は果たせたけれど、長年の案件を力技で乗り切った後、「はて? なぜここにいるの?」様のホームシックに近い浦島太郎的気分になっているのだった。
しばらく、少しずつ、本など読みながら、これまで疾走してきた自分を見つめてみたいと思っている。
*
この10年以上、東京⇄神戸間を行き来しながら帰りは京都に立ち寄り……という日々を送ってきた中で、神戸に行くと必ず【モダナークファームカフェ】に足を運んだのは、当初は看板猫のテーイチに会うためだった(玄米が食べられて、本棚があって、店内でほっこりしたナチュラルアイテムを購入できるのもポイントだった)
けれど、そのモダナークがリニューアルすることになった。
そのことをあまり深刻に思っていなかったのだが、リニューアル後に訪問したところ、あまりもの変貌に打ちのめされてしまった。よほどのことがなければ、もう行かないかもしれない。
外観はお馴染みの大きなオリーブ。
入口まではわかりにくい。
でも、以前のように野菜は売られていないし、「neco、天国にいます」の札も取り去られてしまった。
すっきりとした店内。
ナチュラルな食品や雑貨の売り場は影も形もなくなってしまった。
ニューヨークとかにある洗練されたヴィーガンレストランを目指したのかもしれないけれど……
スマホ注文になったお洒落度アップのヴィーガンプレートは、大幅に値上げ。
たんぽぽコーヒーのカップも前の方が好きだった。
テイちゃんの写真が1枚だけ外に飾ってあった。
本棚がそのまま残っていたのはホッとした。
ルナ氏「元気お出しよ、文ちゃん
」
」それにしても雨がよく降るね〜☔️
Bon Voyage★
『オールド・オーク』
ケン・ローチ監督自ら最後の作品と宣う『オールド・オーク』を観に行った@シネリーブル神戸。
↓作品情報はこちらから↓
劇場に向かう前に、元町の小さな食料品店【ネバーフード】でゲンコツおにぎりを購入した。ポケットにゲンコツ
イギリス北東部、とある炭鉱の町で唯一のパブ、「オールド・オーク」。活気溢れる時代から30年の時を経て、今は厳しい状況に陥っているが、町に住む人々にとっては最後の砦となる止まり木のような存在だ。店主のTJ・バランタインは、試行錯誤しながらなんとかパブを維持しているが、町がシリア難民を受け入れ始めたことで、パブは居場所を争う諍いの場になってしまう。先行きを危ぶむTJだったが、カメラを持ったシリアの女性ヤラと出会い、思いがけない友情を育むことになる。果たして、彼らは、互いを理解する方法を見つけられるのだろうかー?
場内は年配の人でいっぱい。最近こういうことが多い。金子文子などの時もそうだったが、本作は特にオールドな感じ![]()
寂れた元炭鉱町の溜まり場パブ。
ただでさえ濃厚な地元愛の吹き溜まりに見知らぬ難民がやって来ようものなら、異物として余所者排除の気分になるのは、別に難民じゃなくてもそうだろう。
しかも映画だからより露骨に描かれる。
ほんわかしたシーンがまったくないわけではないけれど、人が死んだり、動物が死んだり(この方がこたえる)、陰湿な揉め事が起こったり、抑圧的なことが多い作品だ。
ただ、これでもわかりやすい方なのだと思う。
「良いことは続かないから」と誰かが言う。
それでも腐らず、少しずつ、時間をかけて生きていく。
そんな粘り強いメッセージを、ケン・ローチから受け取った気がする。
日曜日のフィーカ。
こどもの日も、もうすぐそこ。
Bon Voyage★
悪戯が過ぎる我が家の猫
それにしても春はよく雨が降る。
とても「春雨じゃ、濡れてまいろう」という風情はなく、土砂降りだ。
まるで長持ち桜を散らそうとするかのように。
そんな春(そろそろ初夏が近づいてくる)。
現在の我が家の猫たちがギャング団のようであることは以前から綴ってきたが、その悪戯たるや、かなりエスカレートしている。
(かつてルナ氏の頃はそんなことはこれっぽっちもなかった…涙)
たとえば……
飾ってあった小ぶりな絵が見当たらない。
私の小物を1Fから2Fのベッドと壁の隙間に隠したり、テレビの裏に突っ込んだりするのなんか朝飯前の悪党である。
諦めてしばらく経ってから、ふと下駄箱の裏の裏に挟まっているのを発見
コクトー「僕は止めたんだ、ホントだよ
」






















」
