再び悪夢、来たるか! ② | 中杉 弘の徒然日記
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中杉 弘の徒然日記

毎日・毎日起きている事件について
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三蔵法師は化け物ではありませんが、沙悟浄はカッパの化け物、猪八戒は豚の化け物、孫悟空サルの化け物です。このような化け物が大勢出てくると、ノアの箱舟のように大洪水が起きて世界をきれいにしてくれるのです。

 

 世界中にいろんな食べも物があって楽しいのです。エスキモーは氷の中で暮らしているので、野菜がありません。どうするのかというと、アザラシの腸を絞って飲むのです。

 それが腸の中で発酵して、体調を保つのです。そのようなものは、食べたいとは思いませんが、そのような食べ物があってよいのです。「雲南省へ行けば、発酵食品が食べられる」「アマゾンの奥地へ行くとワニが食べられる」ということです。世界中にいろんな食べ物があるのです。

 その点では中国は広いからいろんな食べ物があります。一つにまとめる必要などありません。一帯一路にして、「文化や文明を一つにまとめよう」などと思わなくてよいのです。どうしてそのように思うのでしょうか?

 日本ではワタミが野心をもっていて「全国チェーンだ」ということをやってもダメなのです。そんな店は流行りません。僕は三内丸山遺跡を訪ねて青森まではるばる行ったのですが、ワタミを見てぞっとしました。

 青森まで来てワタミでなど食べたくありません。やはり東北弁を聞きながら、地元の居酒屋へ行きたいのです。青森まで来てワタミが出てきたら、がっかりです。それはケンタッキーにしても、マクドナルドにしても同じことです。

 それが悪いということではありません。そんな文化にしたらダメだと言っているのです。地方には地方の文化があり、いろんな踊りがあり、いろんな言語があり、世界は多様化で、いろんなものに恵まれているのです。

 花でもそうです。一つの花しか咲いていなければ、つまらないのです。赤い花、黄色い花、紫の花、いろんな形の花があり、「美しいな」と思うでしょう。どこへ行っても同じ花ならばつまりません。

 人間というものは多様性に創られているのです。人間の顔の色もそうです。白い顔もあれば、黒い顔もあります。言語も全て違います。言語が違うということも多様性です。

 「英語だけしかしゃべれない」というわけではありません。そのような多様性が人間の特性です。それがあって楽しいのです。それぞれが多様なものの中で磨き合っていけばよいのです。

 文化そのものを磨き上げていけば、自然にそのようになるのです。「全て西洋型の文化にまとめる」などと考えていたら味気ないのです。そんなことはつまらないのです。

 味気ないことをやっていると、どうなるのかというと、これも唯物論に近づいてしまうのです。資本主義は、本来は唯物論とは違うものです。でも、「同じ物を造れ」と言って生産すると、同じものなのだから共産主義に近づいてしまうのです。グローバリゼーションもそうです。

 資本主義と共産主義は全く違うものですが、近づいていくのです。「パンはこれしか認めない」という考えになってくるのです。するとどうなるのかというと、人間を数で捉えるようになってくるのです。

 わかりますか? 数で捉えるということは、一つの集団で50人が死んだとします。グローバリゼーション的な考え方や、共産主義の考え方だとそうは思いません。

 「何百万の1が死んだ? それはかまわないよ。後、95%が残っているじゃないか」と考えるのです。「15億人の中国人の内、1億人が死んだ? どうってことはないよ。まだ14億人が残っているじゃないか」と考えるのです。

 数の論理とは、このような考え方になるのです。「殺される1億人がどんなつらい思いをして死んだのか?」などとは思わないのです。人間を数として見ているのです。

 唯物論者は、「10分の1が死んだ? いいじゃないか、まだ9割は残っているじゃないか」と考えるのです。グローバリゼーションも同じように考えるのです。同じ物をどんどん造って、世界を一つにしたらそうなるのです。

 中国共産党もコロナウイルスで多数の死者が出ても、なんとも思いません。「武漢の連中が6千万人だと? そんなものは全部なくなってもかまわない」という考えです。人間を数で捉えてしまうのです。

 数で捉えると、そこに人間性はありません。人間の違いを説いたのが仏教です。みんなこれを知らないのです。人間の平等を説いたのが仏教だと思っているのです。

 「人間はみな違うのだよ」と説いたのが仏教です。一つの神に限定しているキリスト教やイスラム教とは違うのです。仏教は、「人間はみな違うのだ。同じ面もあるけれども、みんな違うのだ」と教えているのです。

 豚と人間は同じ面があります。餌を食べて、必ず眠ります。それは豚も人間も同じです。だけど、違いがあるのです。人間は精神文化を持っています。習近平の顔を見ていると豚と同じです。

 実は、みんなを豚にしようとして頑張っている共産主義者たちの指導者が豚だったのです。まさに猪八戒です。孫悟空と一緒に旅をする豚の化け物が猪八戒です。

 猪八戒という豚の化け物が中国に君臨しているのです。習近平の顔を見ていると豚そのものに見えてきます。しかも、それは人間に化けた豚の妖怪です。まだ中国には妖怪がいるのです。

 三蔵法師は化け物ではありませんが、沙悟浄はカッパの化け物、猪八戒は豚の化け物、孫悟空サルの化け物です。このような化け物が大勢出てくると、ノアの箱舟のように大洪水が起きて世界をきれいにしてくれるのです。

 神は怒るのです。「お前、何をやっているのだ。これでも食らえ!」とウイルスが出てきて世界中に広まってしまうのです。死亡者も大勢出てきます。その前提条件がホームレスです。

 ホームレスが社会に蔓延してきます。手がつけられなくなってしまいます。ホームレスは、食いも物がなくなるから凶暴です。ホームレスが追いかけてくるのです。

 それはお前達が散々やってきたことです。少しでも力がある者を倒して征服してきたのが白人文化です。それがこの世に現出するのです。

このような時は精神文化というものにシフトしていくのです。人間というもの、文明というもの、このようなことを徹底的に考え直すよいチャンスではないのでしょうか? 人間の世直しなどはたかがしれていますが、神の世直しはもう始まっているのです。

 

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