立正佼成会が安保反対を表明 | 中杉 弘の徒然日記

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※中国大使館で行われた。「抗日戦戦争70周年勝利記念」に出席した国賊・公明党代表 山口那津男


立正佼成会が安保法案反対の声明を出しました。くだらない教団であるけれども、これだけは潔かったのです。庭野日敬の息子の代ですから、ちゃんときちんとしています。

吉永小百合も安保法案反対の声明を出しました。反対でも、賛成でもいいけれど、みな潔いのです。

それに比べて創価学会のやっていることは何でしょう。1万人かそこら集めてデモをやっていますが、なぜ創価学会としての意見を堂々と言わないのでしょう。創価学会としては「反対です」とハッキリ言ってみなさい。それを言わないのです。このような奴を「汚い野郎!」と言うのです。

山口那津男は創価学会の傀儡(かいらい)です。山口に法案を進めさせておいて、一部の会員がおさまらないので、その憂さ晴らしに「安保法案反対!」とやっているのです。創価学会本体は何の声明文も出していません。創価学会の意見は何もないのです。庶民が集まって「安保反対!」と叫んだところで何かが生まれるようなものではないのです。

まず、本当にやらなければいけないことは、創価学会は会として声明を出さなければいけません。「公明党と意見が違うのだ」と言うならば意味がありますが、それは一切言いません。

公明党代表のヤギ男・山口は何をやったのでしょう。「抗日勝利70周年の式典」が中国大使館で行われて、そこにぬけぬけと共産党の幹部達と出席して乾杯しているのです。写真を掲載します。抗日勝利とは、「中国が日本に勝利した」というのです。山口は日本人でしょう。おっと失礼、違うか。

「日本と戦争して勝利のお祝いだ」というところに、のこのこ出かけていく日本人がいるのでしょうか。しかも、代表の立場でおかしな野郎だとわかります。山口のような奴を国賊と言うのです。

そもそも日本と中国は戦っていないのです。日本の戦争が終わったのは、1945年で、中華人民共和国ができたのは、1949年です。日本と中国共産党は戦っていないのです。戦ったのは、中華民国です。中華民国と戦ったのが中国共産党です。中華民国を台湾に追い込んだのです。

日本と中国共産党の八路軍とは戦ったのですが、まだ国はありません。毛沢東の私の軍です。中国共産党とは戦っていないのですから、勝利も何もないのです。「抗日戦戦争70周年勝利記念」などふざけたことを言っているものではありません。

まして中国は、日本から多額の8兆ドルのODAの援助をもらい、そのお金で経済発展の基礎にして、軍拡して原爆をつくり、水爆をつくって何が勝利でしょう。こんなウソも甚だしいことはありません。

国連事務総長の 基文(パン・ギムン)も、この記念行事に出席して、「我々は日本と韓国と中国の歴史を明確にしなければいけない」などと言っているのです。僕が歴史を明解にしてあげているのです。お前たちは勝利者ではないのです。

中国も韓国もどさくさに紛れて、ずうずうしいのです。理屈を注意して聞いていると、「中華民国から中華人民共和国は、引き継いだ」と言うのです。その前には「我々は過去の歴史にすべて決別する。一切引き継いだり、引きずっているものではない。中華人民共和国は新しい理念に基づいた新しい国家である」と言っているのです。この話と「引き継いだ」という話は、全然違います。このようなウソを平気で言っているのです。

中国大陸の歴史を見ると面白く、統一した民族はいないのです。万里の頂上を築いた秦の始皇帝から始まり、秦がシナになったのです。これがチャイナの語源でもあります。だから中国をシナと言っていいのです。中華人民共和国などという国は全く出てこないのです。

最初にできた秦の始皇帝の国家も中国人の国家ではありません。僕はユダヤ人だと思っています。それから、ずっと後にできた元帝国は北京に都があったのです。元帝国は中国人がつくったように思いますが、化外の地であるモンゴル人の王朝です。ただ、都が北京にあり、北京で治めていたので、中国が統一されたように思いますが、本来ならばモンゴル人の元帝国です。中国人は関係ないのです。

そのあとに出てきたのが満州族のヌルハチです。これが清帝国をつくり、北京に都をおいたのです。これは、満州族の帝国であり、シナ人の帝国ではないのです。清王朝がずっと続いていて、最近できたのが中華人民共和国です。これは清帝国から独立したのです。

ですから、この場合、中国人とは何を差すのでしょうか。漢人、モンゴル人、満州族などいろいろな民族がごちゃ混ぜだから、中国は国がすべてであり、民族がすべてではないのです。中国人とは、漢人と言うのです。漢人だけではなく呉人もいれば、女真族もいれば、モンゴル族もいれば、満州族もいます。何をもって中国人と言うのでしょう。あの辺にいた人間のことを中国人と言うのでしょうか。

中国はすべての王朝が続ていないのです。モンゴル人は漢字とモンゴル語を同時に使っていたらしいのです。元帝国はモンゴル人の国だったのです。清帝国は満州族の国だったのです。やっと漢人が中心になってつくったのが、1949年に建国した中華人民共和国ですから、どこで日本と中華人民共和国が戦ったのでしょう。

だいたい中国などという名前がけしからんのです。中国とは「世界の中心」という意味ですが、世界の中心になるような国はないのです。次から次へと王朝をつくっては壊し、殺し合いの歴史を繰り返してきているのです。易姓革命の国なのです。王朝に連続性がないのです。強い者が弱い者を倒して、「天の使命が下り、私が王になった」と言うのです。ひどい国です。

戦争をやる時には食料はいりません。なぜかというと兵隊がいるからです。シナ人は、食料の兵隊を連れていくのです。皆で兵隊を食ってしまうので、戦争が終わると人数が半分くらいになってしまうのです。こんな野蛮なことをする中国人は人間なのでしょうか。

なぜ漢字ができたのかというと理由があるのです。民族ごとに言語が違います。中国大陸にいた様々な民族は言語がすべて違います。それで考えられたのが漢字です。漢字で「家」と書くと民族ごとにいろいろな発音がありますが、字は一つで済むのです。

これをモンゴル人に見せれば「家」だなとわかり、女真族に見せても「家」だとわかり、どこにもっていっても「家」と書けば発音は違っても意味は通じるのです。便利だから漢字ができたのです。ただし、細かい部分は論じられません。「てにをは」がないのです。

日本人は漢字を使いましたが、読み下し分で「てにをは」をつけて、読んだのです。複雑な表現は漢文の場合はできないのです。論理的なことも表現できません。一番代表的なものは、東方魏志倭人伝の邪馬台国です。どこにあるのか全然わからないのです。「水行20日、陸行1月」と書かれています。2つの意味があります。「船で20日で行けて、陸で行くと1月かかる」という意味と、「船に乗って20日行き、それから歩いて1ヶ月行く」という意味があり、どちらなのか読み取れないのです。漢文は野蛮な言語です。世界で一番優れている言語は日本語です。しかも、難しい論理的な問題も説明できるのです。

中国のような野蛮国に文明などは生まれないのです。「遣唐使で日本がいろいろな文明を学んだ」と言いますが、珍しいから学んだのです。中国に遣唐使で行って、宦官も見た、纏足も見た、見ているけれどもこんなものは取り入れていません。

まして、山鹿素行は『中朝事実』を書いて、「中国人は立派なことを言っているけれども、実はそんなことは行われていなくて悪人だらけではないか。聖人君主が政治を行うなど、どこにも聖人君主などいやしません。野蛮な野郎ばかりです。日本が大国であり、中国は小さい国だ」と言っています。

シナ人のウソに注意しなければいけない。だから「黙れ、チャンコロ!」と言われるのだよ。


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