英国のシンドラーと呼ばれるニコラス・ウィントンの行動を描いた『ONE LIFE 奇跡が繋いだ6000の命』をオンラインで観た。BBCニュースやドキュメンタリー番組などで英国にはヨーロッパから避難してきたユダヤ人の子供たちが居るという話は知っていたけれど、詳しい内容まで理解していなかった。簡単に言えば、たまたま助っ人として第二次世界大戦前のプラハで難民サポートの役をかって出た銀行のブローカーがナチスの台頭から、数千人のユダヤ人の子供たちを英国に疎開させようと決意する。臨時の養子縁組による保護者を募集し、ビザを申請して子供たちに暖かく安全な生活を確保しようと奔走。結果的には669人の子供たちだけが英国までたどり着いたが、実の親たちが強制収容所で虐殺されたため、臨時だったはずの養子縁組はそのまま英国での永住となった。あらすじは…

 

 ニッキー・ウィントン (ジョニー・フリンとアンソニー・ホプキンス)は 1938年12月にプラハを訪れ、そこで目撃したのはナチス侵略の脅威にさらされて絶望的な状況にある多数の難民。家族でドイツ・オーストリアでナチスの台頭から逃れてきたのに避難所には食料や燃料がほとんどないのだ。すぐに、「これは時間との勝負だ」と気づいたウィントンは救出チームを立ち上げる。国境が閉鎖されるまでに子供たちを何人救出できたか? 50年後の1988年、英国でウィントンは連れてこられなかった子供たちの運命に悩まされて暮らしていた。「もっと何かできなかったか」といつも自分を責めながら。BBCテレビの生放送番組「ザッツ・ライフ」で、生き残った子供たち(現在は大人になっている)が彼に紹介されて初めて、彼は50年間抱えてきた罪悪感と悲しみをついに受け入れ始める (IMDbより抜粋)。

 

 日本版シンドラーと言える杉原千畝は外交官だったので、彼自身が職を賭けてビザを発行したけれど、ウィントンは一般人なので、ドイツ系ユダヤ人である母(ヘレナ・ボナハム・カーター)に外務省との交渉を依頼する。この交渉が全ての活動の鍵で、彼女の粘り強い説得で外務省職員は例外的に短期間でビザを発行することに同意。キリスト教精神もある(ウィントン母は自分がユダヤ教からキリスト教に改宗したことを説明する) けれど、概して英国の高官は貴族が多く、弱者や子供たちを積極的に助けなければないというノブレス・オブリージュが徹底しているのだと思う。実生活でも、市民は外務省に対して一定の信頼がある。例えば昔、大学のショートコースで問題があったことを語学学校時代に英語教師に説明したところ、「何故日本大使館に相談しないのか?」と本気で質問された。「外務省は市民の些細な事案に干渉するわけがない。日本大使館に行っても無駄」と言う私に対して「こういう事件は外交問題なのだから、彼らは助けてくれる筈」と主張する。実際に彼女のアドバイスに従った結果、案の定日本大使館では門前払いだったが、かつて多くの植民地をもった英国市民にとって「外務省とは一般市民を助けてくれる機関」という印象があることにこちらが驚愕した。だから、映画を観ても「英国外務省ならあり得る」と妙に納得した。

 

 また数週間の間に数千人の里親が応募したという事実にも驚く。里親は英国在住のユダヤ人家庭も多かったのかもしれないけれど、それにしても犬や猫を引き取るのとはちがう。戦時中とは言え英語も分からないであろう東ヨーロッパ出身の子供たちを家庭に受け入れるのは相当の覚悟が要っただろう。特にホロコーストの悲劇を知ったあとでは、ウィントン親子だけではなく里親の決断も賞賛すべきものだと思う。この疎開で助けられた子供たちの中には後に社会的に名をあげた人が何人も居るらしい。移民や難民というと偏見の目で見がちだけれど、侮ってはならない (例えばiPhoneを作ったスティーブ・ジョブズは、シリア移民の子供)。 難民として受け入れられた人々はその国に対しポジティブな印象(愛国心とも言える)を持ち、社会に貢献しようとする傾向がある。後に難民を受け入れた国にはこうした恩恵があることは無視できない。ドイツが難民に2年間無償でドイツ語教育を提供したことは以前ブログに書いた。難民を殆ど拒否する日本はこういう目に見えない将来の芽を摘んでいると思う。

 

【追記】このブログを書いた週末に英国各地で移民排斥の暴動が起こった。キッカケはサウスポートのダンススクールで三人の女児がカーディフ生まれのルワンダ系イギリス人の少年にナイフで刺されて殺された事件。ソーシャルメディアでこの少年が「移民だ」と誤って拡散されたため、難民が泊まるホテルやモスクが各地で襲撃されたらしい。そもそも難民がHoliday Inn Expressというサービスは限られるが米国資本の中級ホテルで待機させれている事実に驚いた。日本では刑務所のような収容所に入れられるので国連に人権軽視と言われるのだろう。また、こういう時代に警鐘を鳴らす目的でこの映画も創られたとみた。

【追記2】ほぼ一週間続いた暴動は地元市民ではなく外部から来た極右の集団が起こしたものと判明。8月8日、各地で市民が「極右反対、人種差別反対、難民歓迎」のプラカードを持って立ち上がった。「静かで安全なプロテストが起こった」とBBCも報道。私も最寄り駅でこのプラカードを持った少年を目撃した。このまま収束して欲しい。

 

アンソニー・ホプキンスの印象的なインタビュー(〜2:12)と予告編(2:13〜)