自衛隊は憲法学者が9条違反だと主張するから憲法改正すべきなのか? | なか2656のブログ

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(2015年6月15日毎日新聞より)
1.はじめに
2017年10月の衆議院総選挙を前に、安倍自民党は、憲法9条の改正をその公約の一つに掲げています。その理由の一つは、憲法学者達が自衛隊は憲法9条違反と主張しているから、憲法9条に自衛隊を明文化するというものです。

しかし、「憲法学者達が自衛隊は憲法9条違反と主張している」というステレオタイプな考え方はあまり正しくありません。多くの憲法学者は自衛隊に関する従来の政府見解の9条解釈は許容してきたが、それを大幅に変更した、2014年に閣議決定し2016年に成立した安保関連法の集団的自衛権には反対しているというのがより正確な状況です。

2.長谷部恭男教授の見解
例えば2015年6月の憲法審査会で政府・与党の安保関連法案を小林節名誉教授らと共に強く批判して社会的注目を浴びた早大の長谷部恭男教授はつぎのような見解をとっています。

憲法

第九条
1 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。


まず、長谷部教授は、憲法9条1項にいう「国際紛争を解決する手段として」「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使」(の)「放棄」の意味について、通説通り、「侵略目的」による戦争、武力による威嚇または武力の行使の放棄の意味であり、自衛目的による武力の行使等は放棄されていないとします。

つぎに、9条2項が保持を禁止している「戦力」の意味について、あらゆる戦力とする学説があるとする一方で、長谷部教授は、2項冒頭の「前項の目的」という文言を「侵略戦争の放棄」とし、侵略目的でない戦力の保持、つまり自衛目的のための戦力の保持は禁止されていないとしています(長谷部恭男『憲法 第6版』56頁)。

この点に関する従来の政府見解は、2項の「戦力」とは「近代戦争を有効適切に遂行し得る装備、編成を備えるもの」と定義し、この戦力に至らない「自衛のための必要最小限度の実力の保持」は許容されるとし、自衛隊は自衛のための必要最小限度の実力にとどまっているので、憲法9条で保持を禁止された戦力にはあたらないと説明してきました(1980年12月5日政府答弁など)。

このように長谷部教授の説は従来の政府解釈とかなり重なり合っており、自衛隊を違憲とはしていません。

ただし、長谷部教授は、他国への攻撃に実力で対処する集団的自衛権の行使は、自国の防衛のための必要最小限度の実力行使とはいえないので、9条2項に抵触し許されないとします。2014年7月以前の政府見解も同様でした。

そのため、長谷部教授は、2014年7月の安倍内閣の集団的自衛権の限定的行使も容認されるとの憲法解釈の変更の閣議決定について、「憲法9条の規範的意義をほとんど無に帰すものであり、実力行使に歯止めがなくなる」と強く批判しています(長谷部・前掲60頁)。

安倍首相は、9条の憲法改正について、同条1項、2項はそのままにして、3項に自衛隊を明文化する方針であるそうです。しかし集団的自衛権を容認する方向でそのような改正を行うことは、憲法9条1項、2項を死文化させるものです。

もし安倍政権がそのような憲法改正を行った場合、それが形式的には憲法96条(憲法改正)や国民投票法の手続きを充足するものであったとしても、憲法96条の論点である「憲法改正の限界」と衝突し、そのような憲法改正は無効となります(芦部信喜『憲法 第6版』396頁)。

3.高橋和之名誉教授の見解
この点に関し、現在の日本の憲法学の通説である故・芦部信喜名誉教授の弟子である東大の高橋和之名誉教授は、「現行9条を維持しようとする立場は、9条が自衛隊の拡張にブレーキをかけてきたということのみならず、我々が追及すべき理想のシンボル的意味を持つことを重視する」とします。

しかし、「改正に反対の人も、自衛隊は違憲であり直ちに廃止すべきだなどとは主張しないだろう」とし、従来の自衛隊に関する政府見解にとどまる限り、自衛隊を9条に反しないと解釈する立場を示しています(高橋和之『立憲主義と日本国憲法 第4版』67頁)。

4.北朝鮮などの脅威にどう対応するか
ネットをみていると、「憲法9条の条文をかざして北朝鮮のミサイルから日本を守れるのか」という意見をよくみかけます。しかし大多数の憲法学者ももちろんそのように考えてはいません。

例えば2015年6月に憲法審査会で長谷部教授とともに政府・与党を批判した小林節・慶大名誉教授は、事例として、「わが国近隣において、武力攻撃が何ら発生していない状況下で、弾道ミサイル発射の兆候があり、米国のイージス艦およびわが国の艦艇がそれぞれ警戒にあたっている場合」で、もし米艦に対する武力攻撃が行われたならば、米は戦時となり、在日米軍のある日本も戦時となり、日本は集団的自衛権を持ち出すまでもなく個別的自衛権を行使できると解説します。

また、「弾道ミサイル発射の兆候」が国際法の観点から「開戦準備体制」にあたると考えられるのなら、日本は個別的自衛権を発動できると解説しています(小林節『白熱講義!集団的自衛権』56頁)。

さらに、「米国に向けわが国上空を横切る弾道ミサイル攻撃がなされた場合」については、小林名誉教授は、日本への武力攻撃ではないから自衛権は行使できないものの、日本のテリトリーに危険物が投げ込まれたものを除去するのは警察権の行使が可能とします。そして、警察や消防が対応することになるが、警察・消防の手にあまるということになれば自衛隊が出動することになる。ただしこれは法的には警察権の行使であると説明しています(小林・前掲83頁)。

5.まとめ
このように、わが国の憲法学者の多くは集団的自衛権のための憲法9条の改正に反対していますが、2014年7月より前の自衛隊を違憲と主張しているわけではありません。また、北朝鮮の弾道ミサイルなどに対しても、別に空想的な徹底的非暴力無抵抗主義を主張しているわけでもありません。このような状況を踏まえて、安倍政権が選挙で主張している憲法9条などの改正に賛成するのか否か、今一度考えてみる必要があると思われます。

■参考文献
・長谷部恭男『憲法 第6版』56頁
・高橋和之『立憲主義と日本国憲法 第4版』67頁
・小林節『白熱講義!集団的自衛権』56頁
・芦部信喜『憲法 第6版』396頁
・小林孝輔・芹沢斉『基本法コンメンタール憲法 第5版』47頁

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