自民党改憲推進本部「47条改憲で参院の合区解消」は憲法上許されるのか?…一人一票の原則 | なか2656のブログ

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1.自民党改憲推進本部で憲法47条改正の議論がなされる
ネットなどの複数の記事によると、自民党の憲法改正推進本部は7月26日、去年の参議院選挙で導入された隣接する2つの県を1つの選挙区にする「合区」について議論し、「地方の有権者の声が国政に届きにくくなっている」などとして、憲法47条に「改選ごとに都道府県の区域から少なくとも1人が選出されること」という一文を加える改正して解消すべきだという意見が大勢を占めたとのことです。
(「自民の憲法改正推進本部 改憲し参院の「合区」解消が大勢」NHK)

・自民の憲法改正推進本部 改憲し参院の「合区」解消が大勢|NHK

この自民党の会議においては、河野太郎衆院議員が「投票価値の平等は絶対原則で最低限の憲法の原則だ」と述べる一方、宮下一郎衆院議員、青木一郎参院議員、佐藤正久参院議員などからは「地方の声をくみ上げるよう選挙制度の改正を憲法で打ち出すべきだ」、「地域の代表者のいない地域をつくるのは、1票の格差よりよっぽど大きい問題だ」等の趣旨の発言が多く行われ、憲法47条改正の意見が多数を占めたそうです。(「47条改憲で合区解消 自民推進本部検討で一致」読売新聞2017年7月27日付)

この点、判例・学説はどのように考えているのでしょうか。

2.「一人一票」に関する判例・学説の動向
(1)学説

まず「法の下の平等」(憲法14条)における平等の理念は、人権の歴史において、「自由」とともに個人尊重の思想に由来し、常に最高の目的とされてきました。自由と平等の二つの概念が深く結びついて、身分制社会を打破し自由主義諸国がとる近代立憲主義を確立する重要な推進力となったことは、多くの人権宣言に示されているとおりです。(芦部信喜『憲法 第6版』127頁。)

「一票の格差」(=議員定数不均衡)の問題も憲法14条、そして国政選挙について定めた同様の趣旨の同44条において重要な問題です。

憲法

第十四条  1項 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

第四十四条  両議院の議員及びその選挙人の資格は、法律でこれを定める。但し、人種、信条、性別、社会的身分、門地、教育、財産又は収入によつて差別してはならない。


学説は、この問題において考慮すべきことは、①選挙権の平等の観念には、一人一票の原則だけでなく、投票が選挙の結果に対して持つ影響力の平等、つまり「投票価値の平等」も含まれること、②選挙権および投票価値の平等は、表現の自由とならんで民主政を支える重要な権利であること、③選挙制度は徹底した人格平等の原則を基礎としているので、国民の意思を「公正かつ効果的に」代表するために考慮される非人口的要素(地域代表制など)は、平等という大原則の範囲内で認められるにすぎない、と3点をあげています(芦部・前掲140頁)。

また、学説は一票の格差が2倍を超える場合は平等原則(憲法14条、44条)に反するとするのが通説的見解です。

(2)判例
そして判例は、参議院選挙の議員定数不均衡の問題に関して、昭和58年に、一票の格差が最大で5.26(神奈川県)対1(鳥取県)の合憲性が争われた訴訟において、立法府の裁量権を認めて、①投票価値の不平等が「到底看過することのできない」程度の状態になり、②その不平等状態が「相当期間継続」し、立法府が是正措置を講じないことが国会の裁量権を超える場合には違憲となると判示する一方、参院選挙が「定数偶数配分」であること、参院の「地域代表」とう特殊性を強調し、合憲の判断を下しました(最高裁昭和58年4月27日判決)。

その後、最高裁は参院選の議員定数不均衡問題について、投票価値の不平等が「到底看過することのできない」程度の状態にあるが、「相当期間継続」しているとはいえないとして「違憲状態」を宣言して合憲判決をだすようになります(最高裁平成8年9月11日判決)。

このような司法判断を受けて、国会は、いわゆる「四増四減」改正を行いましたが、裁判所は「違憲状態」の合憲判決を出しています(最高裁平成26年11月26日判決、最大格差4.77倍)。

このような判例の流れを受けて、学説は、「もし都道府県を単位とする地域区(旧)では人口比例から大きく乖離する現状の是正が難しければ、むしろ憲法の原則である投票価値の平等を生かすための新しい選挙区制の検討が必要である」と指摘しています(芦部・前掲146頁)。

そして最高裁においても、「(参院の議員定数不均衡が)都道府県を単位として選挙区定数を配分する制度をとっていることが大きな理由となっているが、都道府県を単位とすることは憲法上の要性ではないから、この配分方法自体の見直しをも含めた抜本的改正が必要である」と指摘する判例が現れています(最高裁平成24年10月17日判決)

その後、国会で、参院選挙区の「1票の格差」を縮小するため、隣り合う選挙区を統合する「合区」を柱とする改正公職選挙法が2015年7月に成立し、2016年夏に実施されました。

3.自民党改憲推進本部の会議の検討
(1)判例・学説からみて

このように参院の一票の格差の問題について判例・学説を振り返ってみると、今般の自民党改憲推進本部の会議のないようは憲法上極めて問題が大きいといえます。

まず、自民党改憲推進本部では、「合区性や一人一票の考え方では地方の声をくみ上げられない」「地域代表を出すことは平等原則より重要だ」等の意見が出されています。

しかし、「地方の声をくみ上げる」ことは、すなわち地方の投票価値をより増大させ、都市部の投票価値をより低下させるということであり、自由とともに平等を最重要なものとする自由主義諸国の近代立憲憲法の趣旨に反し、憲法14条、44条に違反するものです。

同様に、近代立憲主義憲法下においては、平等は自由とともに民主政を支える根本的な制度・人権ですから、「地域代表を出すことは平等原則より重要だ」というような主張は民主主義そのものの否定になります。

この点、むしろ近年の判例・学説は、「(参院の議員定数不均衡が)都道府県を単位として選挙区定数を配分する制度をとっていることが大きな理由となっているが、都道府県を単位とすることは憲法上の要性ではないから、この配分方法自体の見直しをも含めた抜本的改正が必要である」と主張するに至っています。

したがって、都道府県の各地域から議員を1人以上選出することを憲法47条に明記することは、これまでの考え方に対して180度時代に逆行することになります。

(2)憲法改正の限界
なお、憲法96条の憲法改正に関しては、学界において長年にわたり「憲法改正の限界」が論じられています。すなわち、形式的外形的憲法ではなく、近代立憲主義憲法である現行憲法には、憲法96条の手続きを経ても改正が不可とされている根本的な価値があるというものです。そしてこの改正が不可=無効とされる根本的な価値のひとつが基本的人権の根本である法の下の平等(14条44条、24条)です。したがって、かりにこの自民党の憲法47条改正が憲法96条によりなされたとしても、それは無効となります(芦部・前掲396頁)。

(3)地域代表か全国民の代表か
また、参院の議員について「地域の代表」であることを強調することは、国会議員は「全国民の代表」であると定める憲法43条にも反しています。つまり参院の国会議員が地域の利益だけでなく日本全体の利益を考えるのではなく、自分の地域の利益のみを主張する圧力団体に成り下がってしまう危険性があります。

したがって、自民党改憲推進本部のこの憲法47条改正案は、憲法14条、43条、44条に反するだけでなく、近代立憲主義憲法の趣旨にも反する極めて問題の多い案であると思われます。

4.2012年の自民党憲法改正草案
さらに補足すると、2012年に自民党が発表した自民党憲法改正草案においても、憲法47条の改正案が示されています。

草案第47条(選挙に関する事項)
 選挙区、投票の方法その他両議院の議員の選挙に関する事項は、法律で定める。この場合においては、各選挙区は、人口を基本とし、行政区画、地勢等を総合的に勘案して定めなければならない。


このように、自民党草案は、「各選挙区は、人口を基本とし、行政区画、地勢等を総合的に勘案」するとしています。つまり、この案は、一人一票の大原則を放棄するして地域代表など投票価値以外の価値を重視することを宣言しています。

この点に関しては、「選挙区の面積が広いから多数の票を、(略)しまいには犬や猫や豚にも1票があるという話になる」、「川にも1票、橋にも1票、畑にも1票。地勢を勘案ということは木や畑が主権者になってしまう。」「これは「平等権」にかかわる極めて重要なところなので、民主主義の憲法として譲れない。(略)要するに、(自民党は)、民主主義、国民主権を理解していない。」との学者・弁護士からの厳しい批判がなされています(小林節・伊藤真『自民党憲法改正草案にダメ出しくらわす』114頁)。

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