自民党憲法改正草案の緊急事態条項について考える | なか2656のブログ

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1.はじめに
新聞記事などによると、安倍総理は、憲法改正にあたり、現行憲法にない緊急事態条項(国家緊急権)を新設することに強い意欲をみせたとのことです。

・首相、憲法改正「緊急事態条項は大切」 参院予算委|日本経済新聞

■追記
この問題に関して、つぎのブログ記事を書きました。ご参照ください。
・衆参同時選の際に緊急事態が発生したときのために改憲し緊急事態条項を新設すべきか?



2.自民党の緊急事態条項
自民党の憲法改正草案の緊急事態条項はつぎのようになっています。

自民党憲法改正草案

第九章 緊急事態

第98条(緊急事態の宣言)
1 内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる。
2 緊急事態の宣言は、法律の定めるところにより、事前又は事後に国会の承認を得なければならない。
3 内閣総理大臣は、前項の場合において不承認の議決があったとき、国会が緊急事態の宣言を解除すべき旨を議決したとき、又は事態の推移により当該宣言を継続する必要がないと認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、当該宣言を速やかに解除しなければならない。また、百日を超えて緊急事態の宣言を継続しようとするときは、百日を超えるごとに、事前に国会の承認を得なければならない。
4 第二項及び前項後段の国会の承認については、第六十条第二項の規定を準用する。この場合において、同項中「三十日以内」とあるのは、「五日以内」と読み替えるものとする。

第99条(緊急事態の宣言の効果)
1 緊急事態の宣言が発せられたときは、法律の定めるところにより、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができるほか、内閣総理大臣は財政上必要な支出その他の処分を行い、地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる。
2 前項の政令の制定及び処分については、法律の定めるところにより、事後に国会の承認を得なければならない。
3 緊急事態の宣言が発せられた場合には、何人も、法律の定めるところにより、当該宣言に係る事態において国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置に関して発せられる国その他公の機関の指示に従わなければならない。この場合においても、第十四条、第十八条、第十九条、第二十一条その他の基本的人権に関する規定は、最大限に尊重されなければならない。
4 緊急事態の宣言が発せられた場合においては、法律の定めるところにより、その宣言が効力を有する期間、衆議院は解散されないものとし、両議院の議員の任期及びその選挙期日の特例を設けることができる。


・自民党憲法改正草案(PDF)|自民党サイト

・自民党憲法改正草案Q&A[増補版](PDF)|自民党サイト

3.自民党憲法改正草案の緊急事態条項について
(1)全体として
自民党改憲草案の緊急事態条項は、内閣に権限を集中させ、チェック機能も置かないという極めて危険なものです。全体的に何とでも解釈できる部分が多く、内閣による濫用の危険が非常に大きなものとなっています。

(2)「緊急事態の宣言」の要件の問題
まず、緊急事態の宣言の要件が、「武力攻撃、内乱等・・・その他法律で定める緊急事態」と、「その他法律で定める緊急事態」というバスケット条項を置いており(98条1項)、時の内閣の恣意的判断で発動ができてしまいます。

また、宣言の要件として、国会の承認は事後で足りるとされており(98条2項)、国会によるチェック機能が働かず、内閣の暴走を許してしまいます。

(3)緊急事態が宣言された際の効果
いったん緊急事態が宣言されると、内閣は、「法律と同じ効果を有する政令」の制定が可能となり、また、地方自治体に対して指示が出せるようになってしまいます(99条1項)。そしてこの政令や内閣の処分の国会の承認は事後とされており(99条2項)、ここでも内閣へのチェック機能が働かず、暴走を許してしまいます。

また、緊急事態が宣言されると、国民・市民は国などの指示に従う義務を負うことになります(緊急事態指示服従義務・99条3項)。

この場合、国などは、憲法14条(平等権)、18条(奴隷的拘束の禁止)、21条(表現・集会の自由)などの基本的人権を「最大限に尊重」すると規定されていますが、それは逆に、「最大限に尊重」というリップサービスが必要なほど、国民・市民の基本的人権を弾圧する苛烈な指示が国民・市民に対してなされることを自民党が想定していることの表れです。

さらに、緊急事態の期間は100日と規定されおり、しかも更新が可能となっています(98条3項)。これも、現代社会で100日も緊急事態の状態を保持することが妥当なのか疑問です。

4.緊急事態条項(国家緊急権)の濫用の問題
このように、ざっとみただけでも、自民党憲法改正草案の緊急事態条項は、「その他法律で定める」などのフレーズが非常に多く、また、内閣以外の機関によるチェックとコントロールによる歯止めが存在せず、時の内閣による濫用、つまり国家の暴走の危険が非常に高いものとなっています。

世界的にも、緊急事態条項は時の政治権力者に濫用されてきた歴史があります。

たとえば戦前のドイツのヒトラーは、250回も緊急事態条項を乱発したとされています。また、フランスのド・ゴールは、1961年のアルジェリア独立紛争の際に、自らへの批判を封じるために緊急事態条項を発動し、紛争は約1週間で終結したにもかかわらず、5か月も間緊急事態を解除しなかったとされています。

戦前の日本でも、1905年の日露戦争終結後に戒厳令が発令されるなど、戒厳令が政治権力者により濫用されています。現行憲法が緊急事態条項を持たないのは、不備なのではなく、日本や世界における濫用への反省から、あえて置かなかったとされています。

この点、憲法のテキストにおいては、「戦争・内乱などの非常事態において、国家の存立を維持するために国家権力が立憲的な憲法秩序を一時停止して非常措置をとる権限を国家緊急権という。」「立憲的な憲法秩序を一時的にせよ停止し、執行権への権力の集中と強化を図って危機を乗り切ろうとするものだから、立憲主義を破壊する大きな危険性をもっている。

としたうえで、西欧諸国の憲法では、①緊急権発動の条件・手続き・効果を詳細に定めておく方式と、②その大綱を定めるにとどめ、特定の国家機関に包括的な権限を授権する方式、の二つがあるが、「とくに②は、(戦前のドイツの)ワイマール憲法の例など、濫用の危険が大きい」としています(芦部信喜『憲法[第6版]』376頁)。

自民党憲法改正草案の緊急事態条項は、まさに②の方式であり、濫用の危険が大きいといえます。

ところで自民党がウェブサイトで改正草案とともに公開しているQ&Aでは、「東日本大震災への反省を踏まえ」、緊急事態条項を新設すると説明されています(32頁)。

しかし、現地で弁護活動に従事した弁護士を含め、各方面の学識者が、東日本大震災で発生したさまざまな問題に対しては、災害対策基本法、大規模地震対策特別措置法、原子力災害対策特別措置法などの各種の法律はすでに準備されていたものの、当時の内閣や政府が機能不全となり、その各種の法律を使いこなすことができなかった行政側に問題があり、緊急事態条項は不要との指摘があります。

なお、ドイツは冷戦の状況下でNATO軍に加入するにあたり、1968年のボン基本法(憲法)の改正の際に、緊急事態条項を新設しました。

しかし、戦前の濫用の反省から、緊急事態条項にさまざまな制限を課しています。たとえば、詳細な規定を置いているので条文は10条となっており、また、少人数の国会議員により構成される「合同委員会」が、事前承認を行うこととし、内閣による発動をチェックおよびコントロールする仕組みとなっています。

そういった意味で、かりにわが国の憲法に緊急事態条項を新設するとしても、自民党の改憲草案のものはあまりにも大ざっぱで乱暴すぎます。

とくに安倍政権が本年9月に憲法9条を無視し、多くの国民の反対を無視して安保関連法を成立させ、現在は憲法53条を無視して臨時国会の召集を拒否する、極めて独裁的な全体主義的政権である昨今の状況から、より危険と感じます。

もし、安倍政権が緊急事態条項を手にしたら、まさに麻生元首相が述べるように、「ナチスの手口を真似て」、ヒトラーのように濫用することは目に見えています。

■追記
ドイツなどの緊急事態条項に関しては、つぎの群青さまのブログ記事が参考になります。
・自民党改憲草案98条99条のこと|群青さまのブログ

■参考文献
・芦部信喜『憲法[第6版]』376頁
・伊藤真『赤ペンチェック自民党憲法改正草案』85頁
・小林節・伊藤真『自民党憲法改正草案にダメ出し食らわす』122頁
・伊藤真『憲法問題』202頁

■関連するブログ記事
・自民党憲法改正草案を読んでみた(憲法前文~憲法24条まで)

・自民党憲法改正草案を読んでみた(憲法25条~憲法102条まで)

・樋口陽一「いま、『憲法改正』をどう考えるか」を読んで

・片山さつき氏の天賦人権説否定ツイートに対する小林節慶大名誉教授の批判


憲法 第六版



赤ペンチェック 自民党憲法改正草案



自民党憲法改正草案にダメ出し食らわす!



憲法問題 (PHP新書)



「憲法改正」の真実 (集英社新書)





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