車両に「いたずら傷」をつけられた事を理由とする自動車保険の保険金請求訴訟における偶然性の立証責任 | なか2656のブログ

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Ⅰ.はじめに
『判例時報』2288号86頁に、自動車保険契約において、車両に「いたずら傷」をつけられたことを理由として保険金請求がなされたところ、保険金請求者が「損傷が被保険者以外の第三者によって行われたこと」の主張立証責任を負うかが争点となった興味深い裁判例が掲載されていました。

Ⅱ.札幌高裁平成27年9月29日判決(確定)
1.事実の概要

本訴訟は、損害保険会社Yとの間で平成23年9月に個人総合自動車保険契約を締結していたXが、平成24年6月にイオンモール札幌平岡店の駐車場に本件車両を止めていたところ、第三者により車両に傷をつけられたと主張し、Yに対して保険金(約65万円)を請求した事案である。

第一審はXの請求を認めたため、Yが控訴。

本件車両の損傷の内容は、左後輪タイヤハウスから左後部ドアの後端まで、外装部全周に金属の突起物による細い線状痕ならびにフロント、サイドおよびリアの各窓ガラスとヘッドライトカバーに線状痕がつけられたというものであった。

本件個人総合自動車保険契約の普通保険約款には、「衝突、接触、墜落、転覆、物の飛来、物の落下、火災、爆発、盗難、台風、洪水、高潮その他偶然な事故」によって被保険自動車に生じた損害に対して保険金を支払う旨の条項(3条1項)がある一方で、「保険契約者、被保険者又は保険金を受け取るべき者の故意又は重過失によって生じた損害に対しては保険金を支払わない」との免責条項が規定されていた(4条1号)。

2.争点
①保険金請求者が「損傷が被保険者以外の第三者によって行われたこと」の主張立証責任を負うか。
②負うとして、本件においては、上記の損傷が被保険者であるX以外の第三者によってつけられたと認められるか否か

3.判旨
(1)争点①について

本判決は第一審判決の争点①に関するつぎの部分をそのまま引用しています。

「車両に傷を付けられたことが保険事故に該当するとして本件条項に基づいて車両保険金の支払を請求する者は、事故の発生が被保険者の意思に基づかないものであることについて主張立証すべき責任を負わない(最高裁平成18年6月6日民集220号391頁参照)。
 しかし、上記主張立証責任の分配によっても、保険金請求者は、「車両に傷を付けられた」という保険事故の外形的事実、すなわち、「損傷が人為的になされたものであること」および「損傷が被保険者以外の第三者によって行われたこと」という事実を主張立証する責任を免れるものではないと解するのが相当である。」

(2)争点②について
本判決は、本件車両が本件損傷を受けたのは、イオンモールの駐車場かXの自宅車庫内であると思われるところ、イオンモールにおける駐車場所は見通しのよい場所で傷を付けることが困難であり、X宅で第三者に傷を付けられた可能性を排除できないこと、また、Xの供述が不自然に変遷していることから、第三者による損傷と認めることはできないとし、結局、偶然な事故が発生したとは認められないとし、Xの請求を斥けました。

Ⅲ.分析・解説
1.自動車保険など損害保険における「偶然の」事故

自動車保険など損害保険契約において、保険事故として「偶然の」事故という用語が用いられています。この点、近年、傷害保険における「偶然」の判例(最高裁平成13年4月20日)を受けて、損害保険においても、「偶然」とは「故意によらない」という意味であり、保険金請求人が故意によらないことの立証責任を負うとの学説が出されるようになりました。

この点、判例は、「その他の偶然な事故」を保険事故とするようなオールリスク保険について、改正前商法629条における偶然とは事故の発生が不確定であることを指し、商法では故意による損害であることは免責事由(故意免責)であって、故意の立証責任は保険者にあることから約款上の「偶然」についても、保険金請求人は事故の発生が被保険者の意思によらないことを立証する責任は負わないとしました(自動車保険について最高裁平成18年6月1日)。(山下友信・竹濱修・洲崎博史・山本哲生『有斐閣アルマ保険法 第3版補訂版』99頁)

2.自動車保険の「盗難」における立証責任
ところで、自動車保険における「盗難」を保険事故とする場合は、「盗難」の概念のなかに「故意でない」という要素が含まれていることから、盗難の立証責任は保険金請求人にあることから、「故意によらないこと」も保険金請求人が立証責任を負うのか否かが問題となります。

この点、判例は、自動車保険の盗難について、「盗難という保険事故が被保険者等の意思に基づいて発生したことは免責事由として保険者が立証責任を負うことから、保険金請求人は被保険自動車の持ち去りが被保険者の意思に基づくものでないことの立証責任は負わないが」、「被保険者以外の者が被保険者の占有に係る被保険自動車をその所在場所から持ち去ったこと」という盗難の外形的な事実の立証責任を負うとしました(最高裁平成19年4月17日・外形的事故説、『有斐閣アルマ』100頁)。

3.車両の「いたずら傷」に関する立証責任
このような判例の流れのなかで、本件のように、車両にひっかき傷がつけられた事案において、近年の裁判例は、「いたずら傷」という考え方を創設し、その立証責任について、「被保険自動車のいたずらによる損傷という保険事故が保険契約者等の意図に基づいて発生したことは免責事由として保険者が主張・立証すべき事項であるから、保険金請求人は被保険自動車への損傷行為が被保険者の意思に基づかないことを主張・立証する責任を負うものではない」としつつ、「しかし(略)保険金請求人は「被保険者以外の者がいたずらをして被保険自動車を損傷したことという(略)損傷の外形的な事実を主張・立証する責任を負う」としました(東京高裁平成21年11月25日)。(『判例時報』2288号91頁コメント欄)。

4.本判決
そして本判決も、「損傷が被保険者以外の第三者によって行われたこと」の主張・立証責任は保険金請求人にあるとしました。

この裁判例の考え方については、学説から「偶然性の主張立証責任を保険金請求者に負わせるのと結果的にかわらないこととなるので、保険者と保険金請求人とのバランスを欠く」と批判がなされています。一方、実務からは、「車両につけられた人為的な損傷は、事故発生の人為性の点で盗難と類似しており、盗難と同様の考え方が妥当する」と賛同する意見がだされています。

この点考えるに、人為的事故である事案においては、保険金支払査定において、モラルリスク排除の観点から保険金請求人側のハードルが高くなるのもやむを得ないといえるかもしれません。

いずれにせよ、車両の「いたずら傷」に関する立証責任に関しては今後の裁判例の動向が注目されます。

■参考文献
・『判例時報』2288号86頁
・山下友信・竹濱修・洲崎博史・山本哲生『有斐閣アルマ保険法 第3版補訂版』99頁

保険法 第3版補訂版 (有斐閣アルマ)



論点体系 保険法1