フィギュアスケートからも話を進める。ジャンプの出来とかに注目されがちだが、フィギュアスケートは表現力を競う競技でもある。広いリンクに一人だけ。音楽に合わせて踊り、演技する。
得点は演技構成点と言って、10点満点でジャッジ(10人くらいの審査員)で採点する。最高点と最低点を除いた点数群の平均点で決まる。スケーティングに伸びがあるか、音楽と演技が合っているか、わざと技の間のつなぎに工夫があるか、音楽をどう解釈しているか、独創性はあるかなど5項目を採点する。
具体的にどう採点するかは知らない。ある程度、主観もともなう。つまり、ジャッジその人個人の好みや解釈にも影響する。だから10人くらいたくさんのジャッジで見るわけ。なので、基本的に極端な偏見やひいき、不正は入り込めないと見る。そもそも、ジャッジの不正疑惑事件があって、それで根本的改正が行われて現在の採点方式になったので。
でも、こと細かく採点している一方で、やはり演技全体の雰囲気や出来具合は採点に影響する。ジャンプの失敗で転んでばかりいたら、当然、音楽とのズレも大きくなり、演技構成点も低くなっていく。技術要素点とまったくの無関係ではいられないわけだ。
さて、表現力としては、コーチが初心者クラスの子どもたちに指導しているのは・・・、
最初は皆、恥ずかしがっているもの。やらせてみても演技が小さい。そこで、コーチはいかに、恥ずかしさをとっぱらせて、演技が大きくなるように工夫していく。上下の運動を大きく思い切りの良さを引き出せれば、小さな選手の身体はみるみる大きく見えてくる。オーバーなアクションで印象深く見せることも必要。
いま、自分は何を表現しようとしているのか、どんな感情でいるのか、それを観客やジャッジにわかりやすくアピールしていく、それが表現力だ。コーチは練習の中で、例えば、好きな動物の真似をさせたり、ノートをつくって、今日の練習で感じたことを書かせたりする。ときには喧嘩の演技もさせる。喜怒哀楽が乏しくて楽しそうな場面でも笑顔を作れなかった子がどんどん表情が明るくなり成長していく。自己感情の発露、それが表現力。ソチオリンピック・フリーでの浅田真央の演技、平昌オリンピック・フリーでの羽生結弦の演技。2人の鬼気迫る演技、ショートプログラムでの失敗の分までぶつけにぶつけて滑る訴えるような真央の演技、羽生の、滑れる喜びの爆発、音楽とのマッチング、大ケガを微塵にも見せない自信に満ちた、いっさいの戸惑いのない演技の数々は観衆の胸を打った。
フィギュアスケート、まさにここにあり! だった。
妖艶な演技とかエレガントな滑りとか、躍動感あふれる振り付けとか、それらは確かに具体的数値でなかなか表しにくいものなれど、選手たちがいかにわかりやすく一生懸命に表現していくかで、観る者たちに感動を与えていけるもの、それがフィギュアスケートの魅力のひとつなのだ