ロシアのある交差点に現れた幽霊自動車がいま話題となっている。NHKの番組が真相を解明した。死角が起こした偶然による現象だったが、日本には死角を活用した芸術文化がある。それは時代劇に見るチャンバラ殺陣だ。チャンバラって実際に斬っているだろうか?
いや、問い方が悪かった。実際に刀の先が当たっているのだろうか?
正解はノー。まったく当たってないのだ。チャンバラの時は竹光という軽い模造刀を使う。軽いと言っても当たれば痛い。斬られるたびに痛かったら斬られ役などやってられない。それに、折れるか壊れるはずだ。
実は、斬る人と斬られる人の間は信じられないほど空いていて、刃先が当たることはない。では、なぜ当たっているように見えるかというと、斬る人と斬られる人がやや重なって見えるテレビカメラの位置効果なのだ。そして斬るタイミングと斬られる人の斬られた演技のタイミングの一致。この絶妙な位置関係でチャンバラは成立する。つまり、双方の立ち位置がとても大事。激しく動こうとも立ち位置がぶれない、何度リハーサルしても変わらない・・・ものでなくてはならない。だから、チャンバラ殺陣は高等技術なのだ。下手な役者にはとうてい無理。チャンバラ殺陣ができる高橋英樹さんや松平健さん、里見浩太朗さんとか、もう実力十分な名優なのだ。
チャンバラ殺陣は映画やテレビという2次元画面が作り出したものと言える。奥行きがないから当たっているように見える。映画・テレビ向きだと言える。
一方、舞台でもチャンバラは行われる。大衆演劇にチャンバラは付き物だ。が、舞台は奥行きがある。だからテレビのような演出はできない。斬っているように見せられない。
なので、逆に開き直って(?)、わざと当たっていないことをバレバレにして魅せる。空振り斬りと名付けようか。
斬られていないのに、大声で絶叫したりでんぐり返ったりして大げざに倒れる。だから笑える。「当たってないじゃん!」とツッコみながら笑ってしまう。
が、本当は、空振り斬りでないと危ないのだ。むしろ、激しく動きながら、まちがいなく空振り斬りを続けられることのほうが難しいと言えた。映画やテレビでも舞台でもチャンバラ殺陣はとても難しいものなのだ。
私、学生時代、一時期、チャンバラが嫌いになったことがある。人殺しではないかと。まあ、確かに人殺しには違いないが、再び、見られるようになれたのは松平健さんの殺陣を見て。とても美しかった。他の役者と比べて、とても立ち回りが速くてスキのない動きがすごかった。ああ、チャンバラは芸術なんだと思った。芸術文化という視点で見ることにしたのだ。
斬り方にはいくつかの型がある。それらの型をいかに組み合わせて、数人を一度にいかにどう斬り倒していくか、そのパターンは無限大だ。創造の域にある。
斬る者と斬られる者、そしてカメラマンのベストアングルを保ち続けるカメラワーク。チャンバラ殺陣は、あうんの呼吸で一糸乱れぬ団結で織り成す表現の世界なのだ