本の虫凪子の徘徊記録 -18ページ目

本の虫凪子の徘徊記録

新しく読んだ本、読み返した本の感想などを中心に、好きなものや好きなことについて気ままに書いていくブログです。

【再読】  谷崎潤一郎『春琴抄・吉野葛』 中公文庫

 

昨日、ふと思い出したこちらの作品。

今日は他に読みたいものも無かったので、久々に再読してみました。

 

以下、内容についての記載あり。未読の方はご注意ください。

 

『春琴抄』
相変わらず一文が長い。そして読点が少ない。

蠱惑的な盲目の美女、春琴。大好きです。
目が見えなくなる前は愛嬌があって人当たりの良い明るい少女だったそうですが、私は、盲目になってからの春琴の方が好きですね。気難しくて意地悪で贅沢好きで、異様なほど気位が高い。これでこそ春琴です。
甘やかされて育ったため非常に我儘で、察しが悪いとすぐ不機嫌になります。佐助も彼女の世話に慣れるまでは相当苦労したことでしょう。用を足すときも風呂に入るときも、自分の手は使わず全て佐助にやらせていたそうです。気を許している、というより最初はただ便利な道具という認識だったのかもしれません。

春琴の一番の魅力は、やはり彼女の自尊心の強さだと思います。
肉体関係を持った後も佐助を奉公人風情と見下し続け、両親から結婚を勧められても「佐助などとは嫌でござります」と拒み、お腹の子の父親が佐助であるとは最後まで認めようとしませんでした。目下の人間と関係を持ったことを恥じているのでしょう。周囲が、薬屋の息子の佐助であれば体の不自由な娘の相手としては丁度良いだろう、と言っているのも、己が軽く扱われているようで気に触ったようです。
家を出て佐助と同棲するようになってからも夫婦のように見られることを嫌がり、佐助にも主従らしく振る舞うことを命じるという徹底ぶりです。そして少しでも佐助が気を抜いて接しようものなら、その後平身低頭して謝られようとも決して許さず、執拗に無礼を責め続けます。
そのくせ、彼が若い女弟子に稽古をつけたりすると途端に嫉妬して機嫌を損ねるのですから、本当に面倒臭い性格をしています。

そしてこの春琴、芸人としての腕は間違いなく一流ではあるのですが、激しい気性と暴力的な稽古のせいで弟子の数も少なく、お師匠さんとしてはあまり優れた人物とは言えません。当時は珍しいことでもなかったにしろ、三味線のバチで顔をぶん殴るのはいくらなんでもやり過ぎでしょう。相手が佐助や下心で近づいてくる男ならまだしも、真剣に芸事を習いに来た女の子の顔に傷跡をつけるのは、恨まれても仕方のない行いだと思います。
まあ、そんな苛烈な稽古も一部の好きものには人気だったようです。まったく、いつの時代にもマゾヒストは存在するようです。佐助も若干この気があるようですし。

そして春琴は贅沢も大好きです。資産家の家に生まれ、何一つ不自由することなく育ったお嬢さんなわけですから、好みが贅沢になるのも当然ですが。
潔癖で、お洒落好きで、美食家。どれか一つとってもこだわりが非常に強いため、彼女の生活には大変お金が掛かっています。小鳥好きということもあって、鶯や雲雀のために贅を凝らした飼桶や餌を用意したり。彼女の浪費の裏でぎりぎりの倹約生活を強いられている佐助たちが不憫でなりません。使用人たちが愚痴るように、鶯の方がよっぽど大切にされています。
これで本人が、ただ金を湯水のように使う考えなしの浪費家であればまだ可愛げがあるのですが、実際は計算が得意で金に汚く、月々の収入支出を正確に把握した上で佐助たちの食い扶持を切り詰め、その上で一人だけ贅沢三昧をしています。強かで賢い悪女です。

外では猫を被っていても内ではこのように女王様然と振る舞っているわけですから、それは敵も作るでしょう。
春琴の顔に熱湯をかけた犯人は不明のままですが、容疑者が複数挙がるあたり、相当いろいろな所から恨みを買っていたようです。可哀想ですが自業自得ですね。

佐助ではありませんが、事件の後ですっかり苛烈さが鳴りを潜めてしまった春琴を見ていると、確かに、以前の彼女に戻って欲しいと思う気持ちにもなりますね。気弱になった春琴もこれはこれで魅力的ですが。
まあこの事件をきっかけに、春琴の内面で何かが大きく変化したことは間違いありません。その後彼女の奏でる音曲に深みが増していったことから、おそらく、より良い方向での変化なのだと思います。それは高慢な春琴を愛した佐助からすれば、受け入れにくい事実であったのかもしれませんが。

あの事件をきっかけに、というより、佐助が自分を思って盲人になった時を機に、春琴も自分の佐助への愛情を認めることができ、少し素直になることができたのでしょう。佐助が失明を告げる場面の二人のやり取りは、何度読んでも感動します。

佐助の異常な献身については、「春琴を愛しているから」の一言で説明がついてしまうからか、不思議とあまり興味が湧きません。彼は春琴を一人の女性としてというより、神のように崇拝して愛していました。彼の行動や後世に残した記録はまさしく信者のそれと同じものです。
私は、そこまで佐助という人間を惹きつけた、春琴の魅力の方に興味があります。タイトルも『春琴抄』なわけですから、谷崎潤一郎としても、このヒロインをどれだけ魅力的に描くことができるかを一番に考えつつ、この作品を執筆したのではないでしょうか。
個人的には、読了済みの谷崎作品の中では最も魅力的なヒロインだと思っています。


『吉野葛』
亡き母の面影、「永久に若く美しい人」を追う津村は、どことなく光源氏に似ています。こちらは童貞ですが。

吉野の自然や風景の描写は美しいですね。
「妹背山」の場面。紙漉きが盛んな村にある古い煤けた田舎家の、障子の紙だけが新しく、ちょっとした破れ目も花弁型の紙で丹念に塞いであるのを、「貧しいながらも身だしなみのよい美女」と表現するセンスが素敵です。

「初音の鼓」は中々タイムリーな話題でした。丁度大河ドラマで義経と静御前を見たばかりなもので。それから、今にも崩れそうな熟柿が美味しそうでした。私は柿はガリガリに硬いほうが好きですが、この熟柿は地元の名産ということもあって非常に美味しそうで、気になります。

そしてこのお話にも狐が登場するんですよね。何だか最近、「狐」という字ばかり見ている気がします。
吉野に限らず、日本各地に狐の伝説は数多く残っています。つまりはそれだけ身近な存在だったのでしょう。私も野生の狐、できれば女狐に遭遇してみたいものです。

 

この二編はどちらも同じくらいのページ数なのですが、やはり『春琴抄』の方が強烈に印象に残ります。

『吉野葛』も好きですが、春琴の魅力には敵いません。あくまで個人的な感想ですけれども。

巻末の河野多恵子さんの解説も面白いです。特に、佐助のマゾヒスト願望が春琴をサディストに仕立て上げた(読者にそういった印象を与えるように意図して描かれている)、という部分や、作品のモチーフは佐助の失明願望である、という部分はなかなかに興味深かったです。

以上。

谷崎の描く女性は本当に魅力的です。

本人の女性遍歴や、モデルとなった女性について知った上で読むとまた面白いです。
『細雪』も読み返したくなりましたが、あれ、長いんですよね。読み始めたら数日は掛かりきりになりそうなので、いつか纏まった時間が取れた時にでも読もうと思います。

それでは今日はこの辺で。

 

 

 

 

【初読】  アンソロジー『さむけ』 祥伝社文庫

 

暑い日は怪談話が読みたくなります。

ということで、本日はこちらの作品を。主にサスペンス、ミステリ、ホラーの分野で活躍している九名の作家さんによる、ホラー・アンソロジーです。

表紙からすでに不穏な空気が漂っています。

早速、読んだ感想を簡単に書いていきたいと思います。

 

以下、内容についての記載あり。未読の方はご注意ください。

 

『さむけ』高橋克彦
人の生活を隠し撮りして盗み見るのが趣味の藤田と、ターゲットの篠原。二人とも倫理観の狂った異常者です。そしてどちらも人殺しでした。
監視されていることに気がついた篠原が、藤田に一泡吹かせてやろうと取った行動は、非常に手が込んでいて見事なものだったと思います。カンコもなかなかの演技力です。
オチの「さむけ」の正体には勿論ぞっとするのですが、それ以上にこの二人の方が怖かったですね。異常者の思考回路は全く読めません。罪悪感とか無いのでしょうか。
二人とも死者に呪い殺されれば良いと思います。因果応報です。

『厭な子供』京極夏彦
じっとりした粘つくような文章です。
凡庸で真面目な主人公の前に現れた、不気味な子供の描写が天才的です。山羊の目、弾力のない肌、想像するだけで気味が悪い。どう生きていたらあんな生理的嫌悪感を煽るような見た目を思いつくんでしょうか。
この子供ですが、明らかに人間ではなく、さりとて幽霊や妖怪でもない、理屈の通じない怪物です。何の目的があって出てくるのかも分かりません。もはや現象に近い存在です。正体が不明なのでただただ怖いです。
主人公が頑張って保っていた生活は、この子供の出現によって一気に破綻しました。これからこの夫婦はどうやって生きていくんですかね。

『天使の指』倉阪鬼一郎
「残酷な儀式を行うカルト宗教」、不謹慎ですが創作物のテーマとしてはやはり魅力的だと思います。「天使の指」なのに、生贄を捧げるのは神社、そして何故か蕎麦、というちぐはぐさが奇妙です。一体どういった経緯でこの儀式が生まれたのか気になります。天使の正体は「神道に属さない破壊を司る女神」とのことですが、その女神が蕎麦好きなんでしょうか。
商売繁盛と引き換えに実の娘を差し出す男たち、業が深いです。娘たちにとってはあまりにも理不尽な死です。何も知らない高木の娘が惨殺されるシーンは本当に可哀想で、宮司や神官、古参の男たちの淡々とした態度がひたすら恐ろしかったです。人の心って、そんなに簡単に捨てきれるものなんでしょうか。

『犬の糞』多島斗志之
怖いというより後味が悪いです。
犬の糞の掃除をしない近隣住民とのちょっとしたいざこざが、どんどん大きな争いに発展していく様子が嫌になるくらいリアルです。
引っ越す前にはその土地の民度について入念に下調べをするべし、という教訓ですね。

『火蜥蜴』井上雅彦
童話のような、美しいお話です。
夜の博物館で目を覚ました少女、マッチの火に照らされた蝋人形たち、燃え上がる炎、幻想的な雰囲気の中で物語が進行していきます。
看護婦が燃える場面の淫靡な表現が素敵です。
最後に博物館に戻ってくるのも含めて、「閉じた世界」が巧みに描かれていたと思います。終わりのない悪夢を思わせるお話でした。

『頼まれた男』新津きよみ
傲慢で寂しがり屋な優子、非常に魅力的な女性です。華やかで遊び好きなくせに自分を安売りせず、荒れてからは奔放になるものの、決して惨めに堕落することはない、プライドの高い女。ヤッくんでなくとも、大抵の男はこんな女王様の奴隷になりたいと思うのでは?
ヤッくんが彼女を殺した理由は滅茶苦茶なものでしたが、何となく理解できるような気もします。歪んではいたものの、純愛でしたね。
女王様と下僕、という構図からふと谷崎潤一郎の『春琴抄』を思い出しました。

『蟷螂の気持ち』山田宗樹
主人公に対して、優秀な子供を産みたいからセックスして欲しい、と堂々と言う美由紀、すごい神経の持ち主ですね。
賢いのが災いして、彼女に目をつけられてしまった主人公には同情します。良い思いができたことは確かですが、用済みになった途端あっさりと殺されてしまうのでは割に合いません。
美由紀には人の情というものがほとんど無いようです。本当に、人間の姿をした蟷螂そのものでした。

『井戸の中』釣巻礼公
虫とネズミの巣食う、古く巨大な家に嫁いで十年になる雛子。徘徊する姑のトミに悩まされています。
巨大なヒキガエルのように這い回る、虚ろな目をした老婆。まあ、嫁の雛子が持て余すのも当然でしょう。脱走した隣家のペット・大蛇の花子に姑が食われてしまったと思い込んだ雛子の、その後に取った行動が印象的ですね。蛇がいるであろう場所を何度も振り返りながら、お茶を飲み、あられを摘む。本来であれば助けを呼んで姑を救出すべきところを、もう少し、もう少しと内心で言いつつお茶をする雛子、悪魔の囁きに屈したようです。実際には蛇はそこにおらず、トミも無事だったわけですが。
天井裏を這い回っていたのには驚きです。
完全にイドガミ様に取り憑かれています。

『もののけ街』夢枕獏
深夜に営業する怪しい骨董屋。中には店主らしき男が一人。そこには昔失くした大事なものが並んでいます。古い漫画本、ブリキのロボット、片翼の折れた模型飛行機。誰もが一生に一度だけ入ることができる、不思議なお店、何ともロマンがあります。
主人公はひたすら惨めな男です。手製のナイフを買い戻しても、オヤジ狩りに遭った事実は変わらないんですね。これからも彼は周囲から虐げられ続けるのでしょうか。
もしあの店で買ったのがナイフ以外のものだったらどうなっていたのか、少し気になるところです。

 

以上、全九編でした。

各話ごとにテイストが異なるのが、アンソロジーの醍醐味です。好きな作家さんが揃っているということもあって大変楽しめました。全体的にエロとグロが多めです。

中でも一番好きなのは『火蜥蜴』です。他の作品はどれも現代日本が舞台ですが、これだけははっきりとしません。主人公の少女が父の死後、教会に預けられたりと、細かな描写からどこか異国情緒のようなものが感じられます。作品の幻想的な雰囲気が非常に好みでした。

 

暑さは和らぎませんでしたが、良い読書時間だったと思います。

それでは今日はこの辺で。

 

 

 

 

【初読】  草野たき『透きとおった糸をのばして』 講談社文庫

 

以前書いた『ハチミツドロップス』と同じ作者さんの作品です。

主人公も同じく中学生の女の子です。

それでは、読んだ感想を書いていきたいと思います。

 

以下、内容についての記載あり。未読の方はご注意ください。

 

主人公の香緒は、親友のちなみとの関係に悩む中学二年生の女の子です。
しっかりしていて、可愛くて、テニスの上手なちなみ。そんな彼女に、香緒はほとんど心酔しています。ちなみと過ごす時間が楽しくて仕方ない、ちなみとなら何をしても楽しい、といった様子です。
しかし、ちなみの好きな梨本くんが香緒に惚れていたのが原因で、二人の仲は一気に悪くなってしまいます。というより、ちなみが香緒を避け始めます。香緒の方は梨本くんなんてどうでもよく、自分とちなみとの関係の方を気にしています。八つ当たりされる梨本くんが不憫ですね。彼は何も悪くありません。軽音部のギター担当、頼りがいのある良い男の子です。

徹底的に自分を無視するちなみに対して、じっと動かず待ち続ける香緒。二人は同じテニス部所属なのですが、エースのちなみがそんな態度を取っているため、だんだんと他の部員たちも香緒に冷たく接するようになっていきます。ペアを組んでもらえなかったり、ユニフォーム決めの会議に呼ばれなかったり、嫌がらせというよりは二年女子の中で村八分にされているようです。合宿の夜、花火で遊んでわいわい盛り上がるちなみたちを横目に、一人でぽつんと線香花火をしている香緒。可哀想です。

普通だったら心が折れてしまいそうなものですが、香緒はそれでも毎日学校に行き、部活の練習にもちゃんと参加しています。そしてちなみが仲直りしようと言ってくれる瞬間を、今か今かと待ち続けています。クラスには仲の良い子たちも普通にいるものの、香緒にはただ一人の親友であるちなみのことしか頭にありません。

正直なところ、少し心配になってしまう程の依存っぷりです。おそらく、この一途な部分が、ちなみを疲れさせてしまったのだと思います。

ちなみも悪い子ではないんですよね。何も梨本くんのことを根に持ち続けて香緒を避けているわけではありませんし。梨本くんの件も原因の一つではありますが、やはり一緒にいると疲れる、というのが大きな部分なのでしょう。
一緒に遊んでいる時は楽しいけれど、だんだんと付き合い続けるのが億劫になってくる、という気持ちは何となく分かります。相手を嫌いになったわけじゃなく、ただ、そのうちに一緒にいても楽しいと思うことが出来なくなる。しっかり者のちなみに甘えっぱなしだった香緒にも問題はありますが、これはどちらかというと性格的な相性というよりも距離感の問題ですね。年月ではなく頻度として、この二人は一緒にいる時間が長すぎたのだと思います。

この物語に登場するもう一組の友人同士、知里ちゃんとるう子ちゃんはそれぞれちなみと香緒に少し似ています。

知里ちゃんは香緒の従姉妹の大学院生。ロンドンにいる香緒の両親に代わって面倒を見てくれている、綺麗で優しくて、知的で、おまけに家事まで完璧にこなす素敵なお姉さんです。

そして、知里ちゃんの高校時代の友人・るう子ちゃん。
元カレを追いかけて上京し、知里ちゃんのところに転がり込んできます。実際は知里ちゃんの下宿している「香緒の」家ですね。こちらは甘ったれで子供っぽい性格です。ですが、元カレの後をつけてクリスマスイブのデート先を突き止め、ゴージャスにおめかしした上でその現場に乗り込んでいくなど、なかなか度胸もあります。高級レストランでの修羅場に付き合わされた香緒と知里ちゃんにはいい迷惑でしたが。

図々しくて無邪気で、自分勝手。そんなるう子ちゃんにうんざりしているようで、冷たく接する知里ちゃん。それを見て、二人は友達なんじゃないの?と戸惑う香緒。

知里ちゃんからすれば、いつまでも一人の男にしがみついているるう子ちゃんはみっともなく見えるのでしょう。そして自分に正直なるう子ちゃんからすれば、好きな人を友人に譲って東京へ逃げて来た知里ちゃんは、確かに馬鹿みたいに見えるのだと思います。この二人、性格が根っこから正反対なんですよね。二人が本心を曝け出してお互いに傷つけあっている場面は、見ていて辛かったです。
でも、何だかんだ知里ちゃんはるう子ちゃんを追い出したりはしないんですから、本当に、人間関係というものは不思議だと思います。

今は苦手で、一緒にいるのも嫌な相手でも、昔は確かに「友人」で、共有した時間、思い出は確かに存在している。だからこそ、知里ちゃんは久しぶりに会ったるう子ちゃんに助けを求められたとき、それを拒むことができなかったんですね。それを考えると、作中の「透きとおった糸」という人間関係の表現はとても的を射ていると思いました。知里ちゃんの言うように、「一度そのひとを知ってしまったら、もう二度と知らないひとにはもどれない」のです。切っても切れない、細い糸。それは、嫌いな相手とも「繋がってしまっている」ということでもありますが、前向きに捉えるならばとても素敵なことだと思います。

香緒は最終的に、どんなに距離が遠くなったとしても、ちなみと自分の間には透明な糸が残るのだ、と理解したため、ちなみ以外にも目を向けて一歩を踏み出すことができました。
ちなみへの興味が失せたわけではなく、仲直りを諦めたわけでもなく、ただ少しだけ、肩の力が抜けたというか、必死さがなくなったように見えます。冷静になって、心に余裕が生まれたようです。
この二人は、前のように双子の姉妹のような関係には戻れずとも、気安く言葉を交わせるような、それくらいの関係で上手くやっていければ良いな、と思いました。

本筋についての感想は以上ですね。ここからは印象に残った部分のメモになります。

まずはるう子ちゃんの元カレ・豪助について。
ここの痴情のもつれに関してはるう子ちゃんの奇行ばかり目立ちますが、彼も大概ひどい男だと思います。

そもそも、三年間の遠距離恋愛の末、電話一本で別れを告げるのはあまりにも無情です。しかも、るう子ちゃんが健気に待っている間、すでに別の子と付き合っていたわけですよね?るう子ちゃんはもっと怒っても良いくらいだと思います。彼女さんの方も何も知らなかったようですから、彼女もレストランで真実を知ったときは傷ついたことでしょう。余計に豪助が下衆野郎に見えてしまいます。

そして、るう子ちゃんが最後に無理やり取り付けたデートの約束にも彼女を連れてきて、るう子ちゃんなんていないみたいにその子にばかり気を遣って。
まあもちろん、豪助の気持ちも分かります。もう彼女との結婚も決まっているわけだし、そうでなくてもこの精神的に不安定なるう子ちゃんと二人きりで過ごすのはちょっと怖いでしょうし。彼女や豪助からすればるう子ちゃんは「面倒臭い元カノ」でしかないわけですから。
迷惑行為を繰り返するう子ちゃんは、もちろん、ひどい扱いを受けても文句を言えない立場ではあります。が、それはそれとして豪助の行動もかなり非常識なものに感じました。悪い人ではないのでしょうが、良い男だとも思えません。るう子ちゃんは是非、次はもっと素敵な男性を捕まえてください。

それからもう一人、印象に残った人物は軽音部のドラマー・佐々木さんですね。梨本くんより目立つ描かれ方をしていたように感じます。
男勝りな性格で、ストイックで情熱的な女性ドラマーです。カッコいいですね。私は心の中で兄貴と呼んでいました。正直、梨本くんよりもずっと男らしかったです。
あと滅茶苦茶飴と鞭の使い方が上手いです。ライブ前に香緒にかけた一言、最高でした。もう性別とか関係なく惚れます。

場面として好きなのは、最初の方で香緒がちなみとの思い出を振り返るあたりです。
夏の夕方、部活後にアイスを食べながら二人でのろのろと歩く帰り道が何よりも好きだった、という香緒。すごく青春を感じました。私も、部活帰りに友達と駄弁りながらだらだらと歩くのは心地良かったです。今思うと、何をそんなに話すことがあったんでしょうね。当時はいつも同じ面子で集まって帰っていたのですが、よくも話題が尽きなかったものです。まあおそらく中身のないことをくっちゃべっていたのでしょうけれども。
 

それにしても香緒とちなみ、部活終わりにアイスは良いとしても、ジャイアントコーンはちょっと贅沢すぎます。中学生が部活終わりに齧るのならガリガリ君くらいが妥当でしょう。

私はジャイアントコーンなら赤いやつが一番好きですね。チョコナッツ。いつも青のクッキー&チョコと迷うのですが、結局赤い方を選んでしまいます。何なら限定味よりも赤を選びます。
書いていたら食べたくなってきました。

 

それでは今日はこの辺で。

 

 

 

 

【再読】  張六郎『千年狐~干宝「捜神記」より~』 MFコミックス フラッパーシリーズ(KADOKAWA)

 

前回の『狐笛のかなた』から「狐」繋がりで、本日はこちらを再読。ギャグ漫画です。

以前にpixivのオリジナルタグで見かけてふと興味を持ち、その後書籍版を購入しました。6,7巻も発売されたようなので、近々買いに行こうと思っています。

古代中国を舞台としたファンタジー漫画になります。

 

以下、内容についての記載あり。未読の方はご注意ください。

 

主人公の廣天は千年生きた狐の精。
涼し気な目元の美人です。泣きぼくろが色っぽい。
母の陽とよく似ていますが、より中性的な美貌ですね。手足がすらっと長く体の凹凸も少ないので、ぱっと見は完全に美青年です。幼馴染の獺ちゃんと並ぶと余計に男っぽく見えます。
基本的にボケ倒しです。
人間時は気品のある優雅な物腰ですが、狐姿だと無邪気かつハイテンション。すごい落差です。でも可愛い。
神木と伯くん、医者とのチームはいろいろな意味でバランスが取れていて良いですね。

どのキャラクターもそれぞれに魅力的なのですが、やはり一番好きなのはこの廣天です。

それから、牝狐の阿紫。妖艶な黒髪の美女です。毒婦っぽい登場の仕方をするものの、実際はかなり常識人で心優しく、自己犠牲的な部分のある女性です。陽や俔にさんざん振り回されていた過去編の姿が印象的でした。本当に、びっくりするほど真面目で世話焼きで優しい性格です。見た目は性悪で淫乱な「女狐」のイメージそのものなんですけどね。

時の皇帝の子を孕んだ、男妾の萬祥も印象深かったです。見た目が非常に好みです。男装の麗人と言われたら納得してしまいそうなほどの美しさで、おまけに賢い。
1巻の彼のエピソードはとても素敵でした。
カバー裏のおまけ漫画でやたらと優遇されています。

獙獙は抱き枕にしたいです。とても狐とは思えないくらいまるまると太っていて、ふかふかしていて、抱きついたらさぞかし心地良いのでしょう。私もあの毛皮に埋もれたい。

その他、1話しか出てこないようなキャラクターも、いえ、それ以前に名前すらなく数コマしか出てこないキャラクターでさえ、不思議と記憶に残るような描かれ方をしています。

舞台は古代中国ですが、「後宮」「閹人」「鬼神」や「易」など、日常ではあまり馴染みのない単語についてもきちんと意味を説明してくれるので、知識がなくても楽しむことができるのでは、と思います。
それから世界観としては、仏教が伝播するまでは地獄や輪廻転生の概念が無く、死後の魂がどうなるのかはあやふやだった、というのが面白いと思いました。その後冥府が作られ、役人たちが魂を管理するようになったそうです。冥府の様子は、常に忙しそうな部分も含めて少し『鬼灯の冷徹』を思い出します。

圧倒的な画力と魅力的なキャラクター造形、シュールでテンポの良いギャグの組み合わせが最高な作品です。1巻終盤の張華と廣天の会話や、4巻の廣天と阿紫の化かし合いの決着など、シリアスシーンの台詞回しも秀逸だと思います。
大分脚色が加えられているとはいえ、巻末に記載された参考文献は結構な数です。故事や漢詩などを引用した部分も多く、華やかさと血生臭さが入り混じる古代中国の雰囲気に浸り切ることができました。
中華ファンタジーや妖怪ものが好きな方には是非読んでいただきたいものです。

それでは今日はこの辺で。

 

 

 

 

 

 

 

【再読】  上橋菜穂子『狐笛のかなた』 理論社

 

大好きな作家さんの一人、上橋菜穂子さん。
本日は上橋さんのファンタジー小説の中でも特に好きな一冊を再読しようと思います。単行本版のこの表紙デザインが好きです。

本当は『刑務所のリタ・ヘイワース』が収録されているキングの『ゴールデンボーイ』を読むつもりでした。昨日の金曜ロードショーで『ショーシャンクの空に』を放映していたので。

ですが、本棚を見ていたらふとこちらが目に留まってしまい、その瞬間、もう今日は『狐笛のかなた』しか考えられない、と思いました。予定とは違いますが、まあ良いでしょう。私の本選びは大体こんな感じです。

 

以下、内容についての記載あり。未読の方はご注意ください。

 

夕暮れの野を猟犬に追われながら駆ける、傷ついた一匹の子狐。
すすきの穂の金色の輝きの中、駆け抜けていく火のように赤い毛なみの狐。良いですね。追われている側が今にも死にそうなことさえ除けば、大変に美しい絵です。
そして、追われる子狐を咄嗟に懐に抱き込んだ一人の少女。この物語の主人公である小夜です。彼女と、救われた子狐の「野火」を中心にお話が進んでいきます。
 

この場面の直後に登場する小春丸も、まあ重要人物ではあるのですが、主役級かと言われると少し違うような。どちらかというとストーリーの展開上必要なキーキャラクターといった印象です。個人的には成長後の姿より、胡桃餅にはしゃいでいた幼い頃の方が好きです。子供らしい活発さの中にも賢さがあるのが、いかにも「若君」といった様子で、幼いながらすでに上に立つ者の顔をしています。小夜と二人、夜の森でこっそり会って遊んでいる姿は本当に楽しそうで可愛らしいです。
「小夜は小春丸と話すのが楽しかったし、小春丸にとっては、小夜と過ごす時ほど大切なものはなかった」
この一文は、小春丸の境遇やこれから先の展開を知っている身からするとなかなか辛いものがあります。

この辺りを初めて読んだときは、小夜は小春丸と恋仲になるものと思っていました。まさか野火が人間の姿になるとは思ってもいなかったので。

小夜と小春丸、二人の幼少期が描かれるのは序章なので、つまりこの部分は過去編にあたります。第一章、現在の時点で小夜は十六歳。娘ざかりです。特に美人というような描写はされていませんが、明るく気丈な性格から、きっと素朴でさっぱりとした顔立ちなのだろうと勝手に想像しています。

そして、育て親の祖母を亡くして一人ぼっちになった途端、面倒事に巻き込まれ始めた小夜。不憫すぎる。いきなり知らない人たちに囲まれて、呪いだの母の死の真相だの、自分の特殊な血筋や国のことについてあれこれ聞かされて、よく頭がパンクしなかったものです。私だったら同じ説明を三回くらい聞かないと理解できないでしょう。大朗は一度に色んなことを話しすぎです。

術者であった母・花乃から、人の〈思い〉を聞き取る〈聞き耳〉の才能や舞の術を受け継いでいる小夜。緩やかに舞いながら〈闇ノ戸〉を繕っていく場面が印象的でした。夢見心地で舞う彼女の、ふわり、ふわり、とした重さを感じさせないような動きが、容易に想像できます。

そして、もう一人の主人公とも呼ぶべき野火は敵国の呪者の使い魔です。
第一章の時点で、主の命で人に化け、市井に紛れて暮らしています。簡素な身なりの、色の薄い目をした細面の若者。こちらは何となく美形なんだろうな、ということが分かります。
自分を救ってくれた小夜のことを忘れず、ずっと影で見守っていた、一途で情の深い性格です。物語後半では主の命に背き、自分の命を握っている彼を裏切ってまで小夜を救いました。

小夜を背に庇いかつての仲間と戦う野火、格好良すぎます。

野火の主・久那が、この物語の所謂「敵キャラ」に相当するわけですが、だからといって、小夜と久那の呪術バトルにはならないところが面白い点だと思います。術者同士が個人で争っているわけではないんですよね。
物語の背後には水源地・若桜野(わかさの)の領有を巡っての、二つの国の争いがあります。
それぞれの国の領主は同じ大公に仕えているために表立って戦争をすることができず、水面下での呪い合いという手段を取るしかありません。そこで活躍するのが領主に仕える術者たちの一族です。といっても、この2カ国の領主同士の世代を越えた確執は周知の事実で、呪力で殺し合っていることは大公含めて他の国の領主たちもみんな知っています。

そして現領主が従兄弟同士というのがまた、問題をややこしくしています。血族での憎み合い、呪い合いなわけですから、それは一筋縄では解決できませんよね。

敵の呪者・久那はそこまで悪人というわけではありません。やっている事は呪殺なので邪悪な存在ではあるのですが、本人に私欲が無いので、どちらかというと仕事に熱心なだけの忠臣です。主への情は、実際には忠誠心というよりも兄弟への情に近いものだったようですが。
私はこの久那が結構好きです。それから少しだけ登場した彼の父親も。彼らは己が受け継いだ先祖からの技を罪深いものと理解しつつ、短命の呪いの中で、それでも呪者として生きることを受け入れたのです。冷酷で非情な彼らですが、もしかすると人として、少しは自分の生き方に対する苦悩もあったのではないでしょうか。呪者として多くの人を苦しめ、小夜や野火もいわばその被害者なわけですが、私はどうしてもこの久那を憎むことはできません。行いを考えれば死んで当然の外道なので、最後に殺されたこと自体は別段悲しくもないのですが。
久那の過去編があれば是非読んでみたいところです。心優しく、父に命じられて泣きながら小動物を殺していた少年が現在の無慈悲な呪者となるまでの過程は、文章にした場合かなり読み応えのあるものになると思います。それだけで本が一冊書けそうです。
ちなみに、彼が野火たち霊狐を使役するために使っている呪具が、題名にもある「狐笛」です。細長い笛ではなく、丸い玉のような形をしています。

そしてラストでは、小夜がこの「狐笛」を使って瀕死の野火の命を救いました。笛を通して己の命を相手に吹き込み、その代償として彼女も人ではなくなってしまいましたが、とりあえずはハッピーエンドです。
エピローグで描かれた野火と小夜とその子供、彼らが小春丸と大朗の前で三匹の狐に変じ、桜の舞い散る若桜野を駆けていく姿は、とても楽しそうで、幸せそうでした。
欲を言えば、小夜と小春丸の姉弟っぽいやり取りをもう少し見てみたかった、という思いもあるんですけどね。ですが、まあ、それぞれが幸せそうなので、良しとしましょう。

若桜野を大公に返還した春望の判断は、勇気あるものだったと思います。見直しました。

読み終えてみて、やはり物語としては、小夜と野火の関係が一番の中心となって描かれていたように思います。明るく賢い小夜と、物静かで一途な野火。この二人、見ていて本当に癒やされます。恋に落ちるのではなく、静かに惹かれ合っていく、というのがまた美しい。
二人の関係に対する、大朗と鈴の態度は対照的でしたね。
独身の大朗と違い、鈴は人の親なだけあって、小夜が野火と惹かれ合うことについて何も言いませんでした。おそらく兄よりも、恋や愛の何たるかをより深く理解しているのだと思います。一太の父親は不明ですが、鈴も難しくて苦しい恋をしたのかもしれません。

大朗の初恋は間違いなく花乃でしょう。描写を見るに、未だ想い続けている、というか彼女への想いに未だに囚われているようです。ことある毎に花乃、花乃と繰り返していましたし。
まあ「綺麗で穏やかで優しくて、術者としての才能もある姉のような人」ですからね。憧れるのも当然かもしれません。

それから、主要人物以外のキャラクターについて。
この作品では、少ししか出てこないキャラクターですら非常に魅力的に描かれています。飄々とした半天狗の木縄坊とか。
竹稚さんも良いですね。上橋さんの作品では、主人公を助けてくれるキャラとして快活なおばさんがよく登場するイメージがあります。こういう人が出てくると場が明るくなるので、暗い展開が続いた後などに出てきてくれるとほっとします。

ですが、私が作中で一番好きなのはなんと言っても玉緒です。野火と同様に、久那の使い魔である霊狐です。もう一匹、影矢という狐もいます。
この玉緒は人間時には妖艶な美女の姿をしており、その性格は狡猾で、残酷です。ですが裏切った野火を殺さず見逃したり、小夜の素直さを好ましいものとして受け取ったり、情が濃く、親しみやすい側面も持ち合わせています。そういった部分も含めて非常に「女狐」らしい存在です。
主に忠実なように見えて、本心では縛られることにうんざりしていたため、最終的には小夜の協力のもと久那を食い殺しました。
あだっぽい話し方が私の好みドンピシャでした。

世界観としては、カミガミの眷属たちが住む〈あわい〉の森の描写が本当に美しく、印象に残ります。
人の世とカミガミの世の境にある、文字通りの〈あわい〉。薄く霧がかった青い闇、鬱蒼と立ち並んだ木々、むせ返るような草木の濃い匂い、蔦の巻き付いた巨大な樹、何とも幻想的な光景です。何もかもが精気に満ちた、太古の世界といった印象を受けます。想像しただけで、その重苦しい静けさやじっとりと湿った空気まで感じられるようです。
『守り人』シリーズのナユグにしてもそうですが、上橋さんは「異界」の雰囲気を表現するのが本当にお上手です。

 

以上。

異世界にどっぷりと浸かりたい、という時にはやはり上橋さんの作品に限りますね。
細かな部分まで設定が練られていて、隙がありません。

胡桃餅やあぶり餅が出てきたせいか、お餅が食べたくなりました。

それでは今日はこの辺で。