【初読】 アンソロジー『さむけ』 祥伝社文庫
暑い日は怪談話が読みたくなります。
ということで、本日はこちらの作品を。主にサスペンス、ミステリ、ホラーの分野で活躍している九名の作家さんによる、ホラー・アンソロジーです。
表紙からすでに不穏な空気が漂っています。
早速、読んだ感想を簡単に書いていきたいと思います。
以下、内容についての記載あり。未読の方はご注意ください。
『さむけ』高橋克彦
人の生活を隠し撮りして盗み見るのが趣味の藤田と、ターゲットの篠原。二人とも倫理観の狂った異常者です。そしてどちらも人殺しでした。
監視されていることに気がついた篠原が、藤田に一泡吹かせてやろうと取った行動は、非常に手が込んでいて見事なものだったと思います。カンコもなかなかの演技力です。
オチの「さむけ」の正体には勿論ぞっとするのですが、それ以上にこの二人の方が怖かったですね。異常者の思考回路は全く読めません。罪悪感とか無いのでしょうか。
二人とも死者に呪い殺されれば良いと思います。因果応報です。
『厭な子供』京極夏彦
じっとりした粘つくような文章です。
凡庸で真面目な主人公の前に現れた、不気味な子供の描写が天才的です。山羊の目、弾力のない肌、想像するだけで気味が悪い。どう生きていたらあんな生理的嫌悪感を煽るような見た目を思いつくんでしょうか。
この子供ですが、明らかに人間ではなく、さりとて幽霊や妖怪でもない、理屈の通じない怪物です。何の目的があって出てくるのかも分かりません。もはや現象に近い存在です。正体が不明なのでただただ怖いです。
主人公が頑張って保っていた生活は、この子供の出現によって一気に破綻しました。これからこの夫婦はどうやって生きていくんですかね。
『天使の指』倉阪鬼一郎
「残酷な儀式を行うカルト宗教」、不謹慎ですが創作物のテーマとしてはやはり魅力的だと思います。「天使の指」なのに、生贄を捧げるのは神社、そして何故か蕎麦、というちぐはぐさが奇妙です。一体どういった経緯でこの儀式が生まれたのか気になります。天使の正体は「神道に属さない破壊を司る女神」とのことですが、その女神が蕎麦好きなんでしょうか。
商売繁盛と引き換えに実の娘を差し出す男たち、業が深いです。娘たちにとってはあまりにも理不尽な死です。何も知らない高木の娘が惨殺されるシーンは本当に可哀想で、宮司や神官、古参の男たちの淡々とした態度がひたすら恐ろしかったです。人の心って、そんなに簡単に捨てきれるものなんでしょうか。
『犬の糞』多島斗志之
怖いというより後味が悪いです。
犬の糞の掃除をしない近隣住民とのちょっとしたいざこざが、どんどん大きな争いに発展していく様子が嫌になるくらいリアルです。
引っ越す前にはその土地の民度について入念に下調べをするべし、という教訓ですね。
『火蜥蜴』井上雅彦
童話のような、美しいお話です。
夜の博物館で目を覚ました少女、マッチの火に照らされた蝋人形たち、燃え上がる炎、幻想的な雰囲気の中で物語が進行していきます。
看護婦が燃える場面の淫靡な表現が素敵です。
最後に博物館に戻ってくるのも含めて、「閉じた世界」が巧みに描かれていたと思います。終わりのない悪夢を思わせるお話でした。
『頼まれた男』新津きよみ
傲慢で寂しがり屋な優子、非常に魅力的な女性です。華やかで遊び好きなくせに自分を安売りせず、荒れてからは奔放になるものの、決して惨めに堕落することはない、プライドの高い女。ヤッくんでなくとも、大抵の男はこんな女王様の奴隷になりたいと思うのでは?
ヤッくんが彼女を殺した理由は滅茶苦茶なものでしたが、何となく理解できるような気もします。歪んではいたものの、純愛でしたね。
女王様と下僕、という構図からふと谷崎潤一郎の『春琴抄』を思い出しました。
『蟷螂の気持ち』山田宗樹
主人公に対して、優秀な子供を産みたいからセックスして欲しい、と堂々と言う美由紀、すごい神経の持ち主ですね。
賢いのが災いして、彼女に目をつけられてしまった主人公には同情します。良い思いができたことは確かですが、用済みになった途端あっさりと殺されてしまうのでは割に合いません。
美由紀には人の情というものがほとんど無いようです。本当に、人間の姿をした蟷螂そのものでした。
『井戸の中』釣巻礼公
虫とネズミの巣食う、古く巨大な家に嫁いで十年になる雛子。徘徊する姑のトミに悩まされています。
巨大なヒキガエルのように這い回る、虚ろな目をした老婆。まあ、嫁の雛子が持て余すのも当然でしょう。脱走した隣家のペット・大蛇の花子に姑が食われてしまったと思い込んだ雛子の、その後に取った行動が印象的ですね。蛇がいるであろう場所を何度も振り返りながら、お茶を飲み、あられを摘む。本来であれば助けを呼んで姑を救出すべきところを、もう少し、もう少しと内心で言いつつお茶をする雛子、悪魔の囁きに屈したようです。実際には蛇はそこにおらず、トミも無事だったわけですが。
天井裏を這い回っていたのには驚きです。
完全にイドガミ様に取り憑かれています。
『もののけ街』夢枕獏
深夜に営業する怪しい骨董屋。中には店主らしき男が一人。そこには昔失くした大事なものが並んでいます。古い漫画本、ブリキのロボット、片翼の折れた模型飛行機。誰もが一生に一度だけ入ることができる、不思議なお店、何ともロマンがあります。
主人公はひたすら惨めな男です。手製のナイフを買い戻しても、オヤジ狩りに遭った事実は変わらないんですね。これからも彼は周囲から虐げられ続けるのでしょうか。
もしあの店で買ったのがナイフ以外のものだったらどうなっていたのか、少し気になるところです。
以上、全九編でした。
各話ごとにテイストが異なるのが、アンソロジーの醍醐味です。好きな作家さんが揃っているということもあって大変楽しめました。全体的にエロとグロが多めです。
中でも一番好きなのは『火蜥蜴』です。他の作品はどれも現代日本が舞台ですが、これだけははっきりとしません。主人公の少女が父の死後、教会に預けられたりと、細かな描写からどこか異国情緒のようなものが感じられます。作品の幻想的な雰囲気が非常に好みでした。
暑さは和らぎませんでしたが、良い読書時間だったと思います。
それでは今日はこの辺で。