美味しんぼ鼻血描写たたき、なぜ? | 永築當果のブログ

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ブログを8本も立て、“物書き”が本業にならないかと夢見ている還暦過ぎの青年。本業は薬屋稼業で、そのブログが2本、片手間に百姓をやり、そのブログが2本、論文で1本、その他アメブロなど3本。お読みいただければ幸いです。

福島原発事故後しばらくした頃、“鼻血がでた”というニュースをネットで見た気がする。
それが、今般、小学館の週間少年漫画雑誌「ビックコミックスピリッツ」の「美味しんぼ」で生々しく描写された。
そしたら、石原環境大臣が不快感を露にするし、被災地双葉町長は「風評被害を生じさせた」として猛烈に抗議した。
それ以降、どうらや抗議の嵐のようで、とうとう5月19日発売でもって連載を休止するところまで追い詰められた。
しかし、である。前双葉町長は、「鼻血は実害だ」と明言なさった。
小生の記憶には、鼻血がどの程度の頻度で発生したのか、高齢者となって物忘れもひどくなり、それは定かでない。
5月初めに連載休止の話が出たときには、やはり鼻血はまれなことであったのかなあ、と思っていたが、さにあらず、けっこうな頻度で発生していたことをつい先日知った。
このことについては、原発事故があった半年後ぐらいに、国会でも何人か質問されていることも知った。
そして、そのときには鼻血問題で世間を騒がすこともなかった。
それが、今般は「美味しんぼ」の鼻血描写がこうまで叩きまくられるとは、一体全体どうしたことか?
皆で寄ってたかって被害隠しの様相を示しているのが実態だ。
政府や地方自治体の首長がそうしたいのか分かる。
放射能被害はたいしたことない、と言いたいからだ。
行政は汚染状況の実態をろくに発表していないし、従前の基準は厳しすぎたという御用学者の発言を元にして放射能汚染に対応していることからも、これははっきりしている。
全国紙やテレビが報道を控えるのも分かる。
これは実質上の報道管制が敷かれているからだ。
えっ、報道管制なんてあるの?とビックリされる方が多かろうが、世界は見ている。
国境なき記者団が発表した報道の自由度を見れば一目瞭然だ。
日本の自由度順位がガクンと落ちた要因は、原発情報が一因とのコメントもある。
今回の問題は、直接的には言論の自由についてであるが、単にそれだけに止まるものではない。
放射能汚染による健康問題が密接に絡んでおり、国民の命を守るという基本的人権問題でもあるのだ。
原発事故以降、日が経つに連れ、臭いものには蓋をする、という動きが加速してきているように思われてしかたがない。
それに対して、国民は無関心を装っているようでもあり、また、なぜかしら政府が言うことを支持しているようにも感ずる。
「美味しんぼ」の原作者・雁屋哲氏(72才)は、次のように言っておられる。
「今の日本社会は、自分たちに不都合な事実を嫌い、心地の良いウソを求める空気に包まれている。」
なるほど、である。
日本人の最も日本人らしさは、「事実を知ったところで世の中を変えられるものではなく、その場の空気に従っておればよい。“赤信号、皆で渡れば怖くない”ではないか。」という平和ボケ文化に最も現れている。
それによって、今までに幾度苦い経験をしてきたのか、それすら分からない。
「皆で苦い経験をし、延々と皆で傷を舐めあっていれば、皆が一生幸せだ。」
日本国民が皆、悟りを開いたお釈迦様のようであれば、それで良いのであろうが、悟りとはほど遠く、煩悩の塊である小生としては、次のように生きるしかない。
「皆で苦い経験をしたのだから、二度とこんな経験は未来永劫願い下げだ。考えてもみよ、子供や孫はどうなる。今のままではとてもじゃないが浄土へ旅立てぬわ。体を動かしてデモに参加し、手を動かしてブログ記事を書き、これが単なる自己主張に終わったとしても、死ぬまで続ければ、成仏させてもらえるのではなかろうか。」

(参考サイト:美味しんぼ鼻血問題の解説)
原発専門家・武田邦彦(中部大学) 
http://takedanet.com/
5月20日現在、4つの記事があります。表題の中に「鼻血」が入っているものです。小生が知った事実も、その中で書かれています。

(2014.5.23追記)

昨日の情報によると、「美味しんぼ」の原作者・雁屋哲氏の弁では、予定どおりの休載であり、これは既に去年に決まったいたとのこと。その理由は、「福島の事実篇」は単行本で出す予定であり、2冊分で24話が限度であって、「鼻血描写」はたまたま第22話に予定していただけのこと、と言うのである。

これが本当なら拍子抜けであるが、そんな話は今までに出ていないから、実は単行本3冊分で36話ぐらいまで持っていくつもりが、圧力に屈して24話で終わらざるを得なくなったのではないかと勘ぐりたくなります。