ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』人物事典24(19人目)

 

~イワン・カラマーゾフ(1日目17時~)~

 

【イワン一覧】

 

~イワン・カラマーゾフ(序&1日目11時半)~

~イワン・カラマーゾフ(1日目17時~)~

~イワン・カラマーゾフ(2日目14時半~)~

~イワン・カラマーゾフ(大審問官)~

~イワン・カラマーゾフ(2日目の夕方以降)~

~イワン・カラマーゾフ(8日目)~

~イワン・カラマーゾフ(2週間後)~

~イワン・カラマーゾフ(公判前日1)~

~イワン・カラマーゾフ(公判前日2)~

~イワン・カラマーゾフ(公判前日3)~

~イワン・カラマーゾフ(公判当日以降)~

 

 1日目17時(フョードルの家で)

 1日目17時:ドミートリーの頼みで、アリョーシャが父の家にやってきたとき、イワンはみんなと一緒にコーヒーを飲んでいた。【⇒第3編:女好きな男ども3 スメルジャコフ】

 スメルジャコフの主張に対して、「信仰面でのロシア的特徴といっていい」とフョードルの考えに同意し、好意的な笑みを浮かべた。アリョーシャは正反対の見解を示した。【⇒第3編:女好きな男ども7 論争】

 

 アリョーシャとの最初の対決

 フョードルに、「スメルジャコフが食事時になると毎回ここにもぐりこんでくるが、よっぽどおまえにご執心とみえるな」と言われ、「ぼくを勝手に尊敬する気になっただけだ」と答える。そして、ああいう手合いは、時代がくれば肉弾にもなれるが、そもそも、こうやってスメルジャコフのことをあれこれしゃべる価値など、「もちろん、ないですよ」と言った。酔ったフョードルは、「イワンは傲慢だ……」と愚痴を言い出した。そして、フョードルが神はいるのかと問うので、「いませんよ、神なんていませんよ」と答える(この件について、アリョーシャをからかったのだと、あとで言っている。しかし、神の創った世界を信じないというのが、イワンの結論だった)。続けて、不死はあるのかと問うので、「不死もありません」「完全なゼロです」と答える。さらに、悪魔はいるのかと問うので、「悪魔もいません」と答えた。

 

 イワン:「でも、ぼくの母親も、これの母親と同じだったわけでしょう」

 最後に、アリョーシャは好きかと問われ、「好きですよ」と答えた。そして、再び「チェルマシニャーへ行ってくれ」と頼まれたが、あいまいに断った。その後、フョードルが、アリョーシャの母親(ソフィア)にまつわる下品な話を始める。新婚時代のフョードルが、ソフィアの聖像を汚そうとすると、ソフィアに発作が現れたという話をすると、アリョーシャにも同じ症状が現れた。「まるで母親だ、母親と瓜二つだ!」「こいつは自分の母親のために、母親のために……」というフョードルに対して、イワンは、「でも、ぼくの母親も、これの母親と同じだったわけでしょう」と、軽蔑の色をにじませて、怒りを爆発させた。フョードルが「そうか、あれはおまえの母親でもあったか! ちくしょう!」と言って謝った直後、玄関で恐ろしい物音と叫び声が響き、ドミートリーが広間に飛び込んでくる。

 

 イワン:「毒蛇が毒蛇をくらいあうたとえさ、行きつく先は同じだよ」

「殺される! 殺される! おれを守ってくれ、守ってくれ!」と、フョードルはイワンのコートにしがみついて叫んだ。

【⇒第3編:女好きな男ども8 コニャックを飲みながら】

 寝室へ向かうドミートリーを追いかけようとするフョードルを、押しとどめる。さらに、フョードルが「寝室から金を盗んだ!」と言って、ドミートリーにとびかかってボコボコにされたので、力いっぱいドミートリーを引き離した。ドミートリーが帰ったあと、「おれがやつを引き離さなかったら、あのままきっと殺しちまってたぞ」とイワンがつぶやくと、「とんでもない!」とアリョーシャが叫んだ。イワンは、「毒蛇が毒蛇をくらいあうたとえさ、行き着く先は同じだよ」と言うと、アリョーシャはぎくりとした。イワンは、「もちろんおれは人殺しなんて許しはしない」と言い残し、頭が痛いと庭へ行った。そのあとアリョーシャに、明日の朝会いたいと伝える。アリョーシャに、フョードルとドミートリーの事件がどのように片付くのかと問われ、「きっと何もおこらないさ」と答える。さらにアリョーシャが、他人の生死を決める資格があるのかと問うので、「この問題は、人間の心のなかで決められるものなんで、資格がどうのって問題じゃ全くない」「権利ってことでいえば、何かを願望する権利を持たない人間なんて、はてしているもんかね?」と続ける。「他人の死を願うことじゃないでしょう?」との問いには、「他人の死だってかわんさ」と答える(実際、イワンはこのとき父の死を「願望」していたことが、あとで明らかになった)。「ほかに生きようがないんだったら、自分に嘘をつく必要なんてどこにもないのさ」とも言った(イワンの影響を受けたスメルジャコフも同じことを言った)。「おれを責めたり悪人扱いしたりしないでくれよ」と笑みを浮かべ、「かつてなかったほどたがいに固く握手をかわしあった」。【⇒第3編:女好きな男ども9 女好きの男ども】

 

 2日目正午(ホフラコーワ夫人の家で)

 イワン:「要はすべてプライドの高さです……」

 アリョーシャが訪ねてきたとき、ホフラコーワ夫人の家でカテリーナと一緒にいた。イワンは、カテリーナの「決意」に賛成したと毅然として言う。そして、自分がドミートリーの神になると言うカテリーナに、イワンが助け舟を出し、「あなたがどこまでも真剣なのはわかる、だから、正しいんです」と言った。そして、「ほかの女性だったらこの瞬間はたんに昨日の印象にすぎませんが、カテリーナさんのような性格からすると、この瞬間が一生続くんですよ」と、わざとあざけるように言う。そして、「残念ですが、たぶんぼくは明日にもモスクワに出発することになります」と続けると、カテリーナは、うれしそうに「なんてタイミングがいいのでしょう」と言って、そういう意味ではないと言い訳した(実際には、そうきっぱり思いきれるはずがないと、イワンが思っていたことは、第5編プロとコントラ6で明らかになる)。

 アリョーシャが、あなたはイワンを愛しているのに、いっときの錯乱でドミートリーを愛そうとしていると言うと、カテリーナは顔色を青くし、悪意に唇を歪める。イワンは、はははと笑って立ち上がった。「おまえは、まちがってるよ、アリョーシャ」。イワンの顔には、アリョーシャが見たことのない「どこか若々しいひたむきさ、抑えようもない、強くおおらかな気持ち」が浮かんでいた。「カテリーナさんは、一度だってぼくのことを愛したことなんてないんだ!(この件については、あてこすりだったと後で語った)。でも彼女は、ぼくが愛していることを、初めからずっと知っていた。」「友だちだったこともいちどもない、一日もね。誇りたかい女性だから、ぼくの友情なんて必要じゃなかったのさ」「この人がぼくをそばから離さずにいたのは、たえず復讐したかったからなのさ。ひっきりなしにドミートリーから受けた屈辱の仕返しをね」「なにもかも、あなたのプライドの高さからそうなるんです。たしかに、屈辱やら侮辱やらいろいろあるけど、要はすべてプライドの高さです……ぼくはあまりに若すぎるし、あまりにあなたを愛しすぎた」「さようなら、カテリーナさん、ぼくのことを怒ったりしちゃダメですよ、なにしろぼくはあなたより百倍も罰せられているんですから。もう二度と会えないということひとつとったって、すでに罰せられている。さようなら。握手はいりません。いまこの瞬間、あなたを許すには、あなたはあまりに意識的にぼくを苦しめすぎました。」――そう言って、イワンはゆがんだ笑顔を浮かべて出て行った。【⇒第4編:錯乱5 客間での錯乱】