na0の転がる石 苔まみれ

いしわたり淳治&砂原良徳+やくしまるえつこ 

 『神様のいうとおり』 2010年5月26日発売

KSCL-1588

Ki/oon Records/Sony Music Entertainment


「テクノ」を久しぶりに聞いた。もちろん中田ヤスタカの作る曲もテクノだが、あれはクラブミュージックやアイドルテイストを通過しているわけで、どうしても「テクノ」の後に「ポップ」がくっついてしまう。日本のテクノの先駆者といえばもちろんYMOだが、その流れを万人受けするようにうまく日本音楽界に取り込んだのはSUPERCARや電気グルーヴなのだから、彼ら2人にしてみれば朝飯前なのかもしれない。まぁホントに初期のYMOの楽曲とくらべればこれも十分「ポップ」だが。


そして、その「テクノ」にヴォーカルとして参加しているのは、ご存じ相対性理論のやくしまるえつこ。初音ミクよりも無機質的なその「生ヴォカロ声」が際立っている。相対性理論やソロのときよりも、矛盾はしているが、生き生きしている・・・気がする。


それにしてもやくしまるえつこの起用はぴったりだ。というか、ぴったり過ぎて一回こっきりのコラボというのがとてももったいないことこの上ない。次のコラボ相手はとってもプレッシャーだろう。


こんなに精力的に活動しては彼女の神秘性が失われてしまうような気もするがそんなことはなかった。どこまでいっても底が見えない。やくしまるえつこ、一度生で見てみたい。生と言ってもライブとかじゃなくて、生態観察してみたい。


ちなみに、この曲はアニメ『四畳半神話体系』のED曲。このアニメ、個人的には今期ナンバーワン!!そちらも要チェックです

おととい伝えましたManic Street Preachersの新作『Postcards From A Young Man』ですが、リリースは9月末みたいです・・・つーか、リリースからツアー初日まで2日間しかないって、なによそれ!!もうちょっと空けるでしょフツー!!


・・・まぁどうせイギリス国内ツアーなんて行けないので関係ないっちゃないのだが。それにしても生殺し状態・・・うーん憂鬱orz


na0の転がる石 苔まみれ


ASIAN KUNG-FU GENERATION

 『迷子犬と雨のビート』 2010年5月19日発売

KSCL-1580

Ki/oon Records/Sony Music Entertainment


結果から言えばホーンの導入は大成功である。メロディの一部を一時的にホーンに預けることで、その部分にギターでの遊びが生まれていて、それが小気味よい。印象的なリフをあくまでサイドに、サブ的に入れるその余裕がいい。

そして一定のテンポに縛られないAメロのヴォーカルラインも先を予測させず、いい。サビで「いつか君に出会おう/そんな日、思って日々を行こう」と高らかに宣言した後、低音でつぶやくように「行こう」とたしかめる、そこもいい。


さらにギターソロの後ゴッチのヴォーカルの後ろで「タッタッ・・・」と繰り返し続けるメンバーの雨の表現がこれまた良い。


最後の「らーらーらー」のところもスゴイいい。もうほんとライブ行きたい。


と、いいとこづくめのこの曲。はたして来るニューアルバム『マジックディスク』ではどのような感じにマッチするのか、しないのか。ホントに楽しみである。


na0の転がる石 苔まみれ

YUI 『To Mother』 2010年6月2日発売

初回版(DVD付き):SRCL-7271-2/通常版:SRCL-7273

Sony Music Records/gr8! records


ここにきてギターを手放したこのYUIの変化を、はたして没個性化とみるか、それとも新たなる挑戦とみるか。と、いうかどちらでもなくただ単にピアノが一番合うからピアノなのだろうか。だとしたらなんという怠慢か。


前回の『GLORIA』でもそうだが彼女は万人のために曲をつくっているが唄っているのは自分自身のことである。とはいえもちろん共感できるように作っている。でも共感はあくまで共感であって、真の認識ではない。要はこの歌の主体はYUI自身なのであって、i pod越しに聴いている君たちではないのだ。


しかし、最近のYUIの自分自身と向き合う姿勢はいいと思う。衝動に身を任せ即興的に曲を作るのは簡単である。だが、その衝動を抑え込み自己を見つめた時、その向こう側にあるのは真の他者との差別化、すなわちオリジナリティやアイデンティティの確立である。その道筋を着実に彼女は進んでいると思う。



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クラムボン 『2010』 2010年5月19日

COCP-36181


COLUMBIA MUSIC ENTERTAINMENT




いってしまえばこのアルバムだけでいい。他には何もいらない。そう言ってしまってもいいほどこのアルバムは素晴らしい。一家に一枚、そのぐらいの勢いでみんなに買ってほしい一枚だ。




真骨頂は2曲目『KANADE Dance』。生命誕生の奇跡を想起させる名曲、ぜひPVも見てほしい。




そして4曲目『SUPER☆STAR』。(そんなとこに☆いれて、つのだ☆ひろかおまえは、という意味不明な突っ込みは置いといて)プログラミングを多用しながらも郁子の声で機械的になりすぎず人間的な味を残している。派手さや乗りのよさを重視する最近のクラブミュージックシーンへのカウンターミュージックである。




さらに6曲目『Ka-Ka-Ka-KaLMa!』。どこか9mm的なドラムプレイ、ベースラインを咀嚼してクラムボン風にはきだしたこの曲。壊滅感や若さゆえの衝動を歌詞で表現しながらも、クラムボン風に解釈することで、しかしそのようなものををどうしようもなく見つめている妥協ともいえる客観性をこの曲は備えている。また、ロックもポップミュージックの一側面にすぎないということをも表現している。




だがやはり最も素晴らしい点はこのアルバムが2009でも2011でもなく『2010』であるということ。まさに10年前、Radioheadが『Kid A』でこの先の10年間のミュージックシーンの展望をその時点で表現し尽くたときのごとく、まさに節目であるこの「2010年」の有意性を余すことなく使いきっている。




ただ、このアルバムはKid Aとは違い、これから先の10年を「見越した」のではなく、ここまでの10年を「見直した」という点でレディへのそれとは趣が異なるし、劣る点であるともいえる。




しかし、レディへのようなとっつきにくい一聴しただけでは嫌悪感や恐怖を覚えるメロディとは違い、万人に受け入れやすい、言ってしまえば「Jポップ」であるという点が、そしてヴァラエティ(多様性)という見境無さ、はしたなさが顕著にみられる昨今のJポップシーンからこのようなアルバムが出たという点がこのアルバムの高い評価につながる理由である。