【宮崎の思い出の味】昭和の頃はよく日南への帰路で買っていた堀切峠のホットドッグ屋さん。 | みやざきのコト

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宮崎県で生活していた頃の記憶や帰省した時のコトなど宮崎に関するコトの備忘録。宮崎観光の参考に、昔の宮崎を懐かしむきっかけにでもなれば幸いです。

昭和の頃は宮崎市内から青島を抜けて峠道の坂を上がると、堀切峠の手前の駐車スペースで、移動販売スタイルで営業されていたホットドッグ屋さん。

 

うちは子供の頃は毎週のように車で宮崎市内へ買い物などに車で行っていたので、だいたい帰りは夕方以降になりますから、帰りの道中で青島を抜けたあたりで母が「今日ホットドック食べる?」とよく確認してくれていたので、私もお腹が空いていると立ち寄ってもらって日南への帰りの道中に食べたりしていました。

 

一般的に想像されるホットドッグはパンにソーセージを挟んだモノが主流だと思いますが、堀切峠のホットドッグはハムとコールスローのようなキャベツ和えが挟んであり、ケチャップがかけてあるというイメージ。

 

中高校生の頃になると、南宮崎の方の書店(※令和6年5月現在は明林堂書店さんですが、昭和の頃は明屋書店じゃなかったでしたっけ?漢字がピンと来ないけど、ここの本屋の事をハルヤショテンと言ってた記憶があります)に父も私もこちらの書店に立ち寄りたいということで、立ち寄ることが定番のようになりました。

 

中学生の頃だったか高校生になってからだったか定かではないですが、母が「マクドナルド買う?」と言ってくれて、「高いからいらんわ」とか言ったけど「食べてみよや」と言ってくれたのがきっかけで、それからは日南へ帰る前に書店に寄って、その後にハンバーガーとフライドポテトを買ってもらうようになってしまい、堀切峠のところでホットドッグを買うことは無くなってしまいました。

 

それから約30年。

 

私も40代中頃だったか後半だったか、それぐらいの頃に堀切峠のところでホットドッグを販売されていた方が、清武とか田野の方でお店を構えて販売されていると両親が知り、両親が宮崎へ行ったついでに立ち寄って久しぶりに食べたと聴きました。

 

その後に帰省した際に宮崎へ遊びに行った帰りにお店まで道案内されて買いに行きましたね。

 

子供の頃は堀切峠のところでは母が買ってくれていたので、お店の方のお顔や声などには全く記憶がなかったのですが、昭和の頃にはよく見掛けた筋柄の茶色い紙袋にホットドッグを入れて渡された際には懐かしかった。

 

30年以上ぶりに食べた訳ですが、キャベツとハムとケチャップの味だけでなくカレー粉のような風味があったり、パンももう少し当時の記憶ではトースターで焼かれて上の方がカリカリに硬くなっていたような気がするとか、記憶している味とは全然違う気がしました。

 

その後、コロナ過に日南へ帰省した際に、台風で土砂崩れが原因で日南海岸が通行止めだったので、仕方なく田野から日南へ向かう際に、そういえばこの道沿いに堀切峠のホットドッグのお店があったから買おうと思って意識しながら車を走らせましたが、ふと気が付くもう田野IC方面への抜け道まで来てしまっていて、通り過ぎていることに気が付きました。

 

意識していたから見落とすわけがないのにと思い、日南に着いてからネットで検索してみたらすでに閉店されていたとのことで、ストリートビューで住所を確認したら違う店舗になっていました。

 

ホットドッグの味に関しては、どこで食べたのか記憶が定かではないのですが、20代の頃に旅行に行った際、移動販売の車のホットドッグが堀切峠のホットドッグのようにキャベツとハムのコールスローにケチャップとイエローマスタードで、堀切峠のホットドッグを思い出して買って食べたことがあったので、20代の頃に食べたこの時のホットドッグに味の記憶が書き換えられているのかもしれないです。

 

どこか大きい神社の駐車場で食べた記憶なんだけど、どこの神社だったか食べたか思い出せない。

 

けど、堀切峠のホットドッグは小学生だった昭和の頃、日曜に宮崎市内で遊んだり買い物して夕方暗くなって日南への帰りの道中に父の車でよく食べた思い出の味。