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こんにちは マダムサトコです。 本日は ”何の才能も取り柄もないのに生活に困らない、豊かさのあふれる 人生を送るには” というお話です。
本日は 創世記 26章21節から読んでいきましょう。
下僕たちは、 もう一つの井戸を掘った。ところが、 それについても彼らが争ったので、その名をシテナと呼んだ。
イサクは せっかく掘った井戸はペリシテ人 の羊飼いたちと争ったわけ なんですが、イサク 自身は争うことなく、「あ、 もう一つ 井戸を掘ろう」と新しいものに目を向けていますね。
この姿勢、 人間には非常に大切なところですね。 失ったもの、 手放したもの、 嫌な気持ちになったものにこだわりを持たず、 「もうそれはさっさと手放して次に行こう」「 新しいものを作ろう」という気持ち。
そしてその新しいものに行こうという気持ちの根底には イサク は「あ、 また 神様が 新しい井戸を必ず与えてくださるさ」という気持ち、 神様への信仰 神様への信頼があったからこそできた行動ですね。
そして イサク が願ったように井戸を掘って、 それが当たり。 ところが それについてもまた ペリシテ人 たち が争った、とありますね。 そして 「その名をシテナ と 呼んだ」とありますけれども、 このシテナというのは ”敵意” という意味だそうです。
つまり ペリシテ人 というのは 「イサクが何でもいいから気に入らない」と 敵意を持っていたからこそ、 イサクのすることを何でも邪魔してきたということが この名前からわかりますね。
そしてカタカナでシテナ と書いてしまうと分かりにくいんですけれども 、これはサタンという言葉の母音を切り替えた言葉なんだそうです。
Sitena→Stn→Satan
まあ サタンを stn と母音なしでつづった時に、このシテナというのも stn となりますね。 なので 「敵、 悪意、 私を攻撃してくるもの」 まあこのような意味で この井戸の名前を シテナ と つけたんだと思います。
22節 イサクはそこから移って、他の井戸を掘った。その井戸については争いがなかったので、その名を レホボテと呼んだ。そして彼は言った。 「今や主は 私たちに広いところを与え、 私たちがこの地で増えるようにしてくださった」。
イサクという人は14歳頃に アブラハムの全焼のささげものとして山に連れて行かれた
という点から30歳過ぎまでその姿が聖書に現れることなく、 40歳手前でリベカと結婚し
特に目立った活動 なんていうことは全く残ってない人物なんですけれども、 つまり 目立つ能力 生まれ持った才能、 こういったものに特に恵まれたという様子はない人物なんですが、
なぜかイサクの掘る井戸というのは 必ず 掘り当てる、 必ず豊かな水源を掘り当てる、という能力と言うんですかね 探知能力と言うんでしょうか、そういったものに恵まれた人物であるということが ここまでの箇所でわかりますね。
そしてこの箇所は私たちのような非凡な人間、 特に際立った才能のない人間、 こういった人物さえも 「神様を信仰する、神様を信じて行動することで大いなる豊かな祝福 (ここで言うと砂漠の中で生きていくのに必ず必要な水源)というものが豊かに与えられる」という姿が書かれてありますね。
私自身を含め、 非凡な才能を持って生まれた人というのは 俺は非凡な才能を持って生まれたんだと自負している人というのは口にしないだけで まあまあ いらっしゃる かもしれません けれども、
そのような特別な才能がなくとも 豊かに暮らせるコツ。 それはただ一つ 「神様を知り 信仰することである」ということが この イサクの人生からわかりますね。
そして 「その名を レホポテと 呼んだ」とあります。 レホボテというのは広い場所という意味だそうでして、それに伴って その後のセリフ 「今や主は 私たちに広いところを与え」 というのが続いてますね。
つまり 広い場所で井戸を掘り起こしたので、 もう他のペリシテ人と争う必要もなかった。 そのような素晴らしい土地、 神様がお前はここに住んでいなさいとおっしゃってくださった通りの「良き 住む場所」を与えてくださった、ということが ここに書いてあります。
そして「私たちがこの地で増えるようにしてくださった」、 これも豊かな水源を持って人間が生きる、 羊や 牛といった家畜をこの豊かな水源で養っていく、自分たち 人間も家畜も 子孫繁栄を し て この地で増えるようにしてくださった。 そしてその技は 人間が自分で行ったのではなく、神様がしてくださったということを表しています。
これは「ありがとうございました」とか「感謝します」 とかは書いてないんですけれども、 神様の御技を認める祈りであり、 また これに対して感謝を捧げている 祈り、とも言える箇所です。
23節 彼はそこからベール シェバ へ上がった。
イサクは再び ベール シェバへ戻ったとありますね。 もともとアブラハムが神様に「ここに住んでいなさい」と言われた場所へ戻って行ったわけです。 いくつもの井戸を掘り当てるという 恵みを知った イサク が、元々自分たちの民族の発祥の地であるベール シェバ へ戻った、というのはまあ 現在の言葉で言う 「原点回帰」のようなものでしょうか。
あちらこちらへ フラフラしては見たものの、「 やっぱり原点に戻るよ」 という行動が このベール シェバ に上がったということからわかりますね。
本日は ”何の才能も取り柄もないのに生活に困らない、豊かさのあふれる 人生を送るには” というお話です。
私のような 凡人ですと、 豊かに生活を送るっていうことは「誰かに 食べさせてもらうことかしら」 とか 「自分で何かするにしても金がない 才能がない、時間がない場所がない」なんて言い訳をして結局何もせずに終わる 凡人なんですけれども、
こんな凡人でも どのようにすれば 豊かに人生を送れるのか。
それは神様を信じることが まず第一であり、 過去のことにこだわらず何でも前向きになってやってみればいいんだよ、 そうすれば必ず神様が新しい道を開いてくださるさ。
そういったことを今日の箇所は語っているように思いました。
私も凡人だからなと思う人は、恵まれた人生を歩んできたと言われる イサク 本人も実は凡人だった、ということを知ると何かしらの励みになるかもしれませんね。
ということで 本日の箇所が面白かった 興味が持てたという方はアメブロでのフォロー、Youtubeでの 高評価チャンネル登録 お知り合いへの拡散をよろしくお願いいたします。その他 Twitter や Instagram なども行っておりますので覗いていただけると嬉しいです。
それでは今日はここまでです。 ご視聴 誠にありがとうございました 。
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