闇とブルー -391ページ目
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私が小川洋子を好きな理由

私は読書が好きです。しかし決して読書家ではありません。いわゆる名作といわれている作品をあまり読んだことがありません。ベストセラー小説もほとんど読みません。気に入った作家しか読まないのです。最も好きな作家が小川洋子です。
しかし、これを公言するのはなかなかためらわれます。『博士の愛した数式』を出版されるまでは特にそうでした。

親しくなった人が読書を趣味にしていると知ったら好きな作家の名を挙げたり、読書好きの友人に気に入った本を薦めたりすることは、読書好きの方ならばきっとあるでしょう。
私の場合、ここで小川洋子の名を挙げられないのです。

彼女の作品は静謐で透明感があるにも関わらず、グロテスクで毒があります。静けさと混乱が同居した世界です。
こういう世界観が好きだと思われたくないのではありません。

小川洋子の作品を読む度に、これは私のための物語だと感じます。私のためだけに作られた物語だと。あるいは、これは私の記憶だ、これは私が作った小説だ、これは私の未来だと思ってしまうのです。何の気負いもなく裸で寛ぐことのできる安心感があるのです。心を落ち着けたいとき、自分を取り戻したいとき、もう一人の自分に出会うために彼女の本を開きます。

つまり、友人に彼女の作品を読まれるということは、私の全てを知られてしまうということなのです。
それは恐ろしく、気恥ずかしいものです。
そして、私だけの世界を土足で踏み荒らされたくないのです。
たとえ友人との会話に小川洋子の名が出たとしても、客観的に述べるに留めます。
それは私にとっての彼女の世界を独り占めするためなのです。


しかし、彼女の世界は美しい。その美しさを多くの人に知ってほしいとも思ってしまうので不思議です。

通り雨

『通り雨』


透明な水色の夕空に
雨のカーテンが閉じていく



揺れる夜

『揺れる夜』


揺れてる
僕が揺れてる
夜のベッドが揺れてる
きっと
僕を殺そうとする爆発の
初期微動に違いない

あれが揺さぶる
僕を揺さぶる
冬の夜を揺さぶる
星が揺さぶる
月が揺さぶる
眠れない素足を
ベッドから引きずり出して
僕を揺さぶる
巨大な手で
冷たい重さで
僕を揺さぶる
揺さぶり続ける

僕を許せ
嘘を許せ
不安を許せ
僕が生きているという罪を許せ
祈ることを許せ
祈りだけは許せ


揺れてる
祈りが揺れてる
僕の部屋で
祈りが揺れてる
祈りだけが
そっと揺れてる


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