宮沢賢治の詩や童話が好きで、子供の頃からよく読んでいました。
光、風、情景がすぐ目の前で感じることのできる言葉が
散りばめられていますから。
作品の中から「グスコーブドリの伝記」を紹介させていただきます。
きこりの息子として幸せに暮らしていたブドリ。
10歳のころ、冷害による飢饉のために両親を失い、
妹のネリをさらわれてしまいます。
その後、奉公先の「山師」に酷使されたり、「大百姓」の家で
働くのですが、「山師」の家では紙箱の中の10冊ばかりの本
(童話の中では「まるで読めない本」、「いろいろな木や草の
図と名前の書いてある本」と表現されています。)をむさぼるように
して読みます。「大百姓」の家でも一山の本を片っ端から読むのです。
まるで、家族を失った悲しみに打ちひしがれ、運命に翻弄されそうな
自分を払拭したいように。
寒さと日照りのため作物の栽培ができなくなり、町へ出たブドリは、
クーボー博士に学才を認められ(奉公先での読書の賜物)、火山局で
働くようになります。そこは、火山エネルギーを利用して人工降雨させ、
旱魃や飢饉をなくそうとする、命懸けの仕事をするところでした。
やがて技師として活躍し、生き別れた妹とも再会をします。
彼が27歳のとき、再び深刻な冷害がイーハトーヴの町を襲います。
ブドリは、火山を人工的に噴火させることで大気の温度を上昇させ、
人々の暮らしを守ることを提案します。けれどそのためには、
誰かが最後まで火山に残り、犠牲にならなければならなくて。
結局、反対する博士たちを説得して、ブドリがその役目を引き受けて
イーハトーヴは飢餓から救われる。という物語です。
「自己犠牲」のお話に思われるようですが、(事実、戦後
「自己犠牲」を過度に美化した作品と批判されています。)
「グスコーブドリの伝記」冷害による飢饉で大切な家族を失い、それによって悲しみ、苦しみ、
過酷な運命を背負う人を出したくないと強く願い、それとともに、
人柄にある高尚さと高徳によっての結論なのだな、と思うのです。
宮沢賢治の自伝的なお話とも言われていますが、
造語の名手だった賢治は、「イーハトーヴ」を自分の故郷「岩手」を
もじり、また「理想郷」と意味付けて作りました。
宮沢賢治誕生の年に二つの大地震が発生し、また幼い時には冷害により
生活が困窮するという経験もしています。
賢治は、物語の中で予期できない「災害」という深い闇に
主人公であるブドリに「挑戦」をさせ、
賢治がこよなく愛した故郷「理想郷」に住む人々の暮らしを守りたい、
ブドリと同じ運命を背負わせまいという思いを
託したかったのでしょうか。
もし賢治が現代に存在していたら、
どんな言葉を光と風から生み出してくれるかな。
今、賢治のように生きるのは難しい事なのかな。
宮沢賢治が愛した曲