わたぼうしかぶった!
今朝は久しぶりにすかっと晴れました。
そのかわり、非常に寒い。
夜勤前ということもあり、無性に朝散歩に出たくなりました。
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新田川沿いに2つの高校が立地しています。
その前を通りました。
登校時間より少し遅れてしまったようで、既に校舎の外は静まり返っていました。
学校の雰囲気が好きです。
高校生までの熱い記憶と感情がよみがえるからかも知れません。
図書室の本のにおい。
職員室に入るときの少し緊張した感じ。
寒い午前中の体育館の空気。
そんなもの全てが、温かい感覚でよみがえってきます。
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高校の間を流れる新田川に出ると…
分かりますか?
山の輪郭の頂点付近に…
今朝は山頂に雪を頂いた姿がくっきり見えました!
「行って来い!」
「どこに?」
「とりあえず……仕事?」
「了解しました」
そんな会話を、山と交わしたりしました。
とりあえず、一日がんばります。
毎日元気をもらえる理由
とても眠いので簡単に書きたいと思います。
単純な話です。
私は毎日片道30分弱、車を走らせて農業の道場へ通ってます。
ほぼ国道をまっすぐいけばつきます。
その間にもいろんなことがあります。
今回はその中でいつか書いておきたいと思っていた話です。
たいしたことじゃないし、人によっては「ふーん」で終わるかもしれません。
でも、私にとっては「毎日元気をもらえる」ことです。
同じ道を、だいたい同じ時間に通ると、だいたい同じ車や、同じ人がいます。
通学中の小学生、中学生、高校生もいます。
その中で、気になる女生徒がいます。
こう書くと何だか恋の話みたいですが、ちょっと違います。
たぶん高校生だと思うのですが、自転車で通学している女の子です。
ただ自転車で通学しているのなら普通ですが、この女の子は普通ではありません。
こちらに来て3ヶ月くらいたちますが、ここ最近ずっと曇りや雨や、暴風雨や雷やあられです。
そんな中、この女の子はずーっと、自転車で通学しています。
びしょびしょになっても、カッパも着ないで、傘もささないで。制服のまま。
しかも結構遠くの集落から通っている様子。
私はこの女の子の事情は分かりませんが、びしょびしょになっても風が吹いていても、
「おりゃーっ」って感じでペダルをこぐ姿に、元気をもらっています。
天気とか、時間とか、今の状況とか、あれだから、これだから、とか、
そんなもん、かち割って進めよ。
その子に毎日教えてもらってます。
ちょっと前に、素敵な坂道を通ったので。その時の写真です。
自分の器
自分のことを、自分が一番よく知っているというのは間違いだと、最近何かにつけてそう思う。
「他人に規定される自分が自分である」ということを本で読んで、妙に納得したりした。
夫から見た私。
親から見た私。
親友から見た私。
職場の同僚から見た私。
通りすがりの見知らぬ人から見た私。
断固として否定したい評価もあるけれど、受け入れるしかない。
それが私自身であることは、紛れも無い事実であるから。
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高校生くらいまでは、万能感に溢れていたように思う。
総理大臣にさえなれる気がしていた。
(なったところでどうなんだという気もするけど)
大学に入って、私くらいの能力を持った人間はゴロゴロいるということを思い知った。
それ以上に、こちらが無力感に苛まれるほど、才気溢れるように見える人たちがたくさんいた。
「自分を表現する」ためだったのか、そういう人たちとの「差異」を示したかっただけなのか。
今でもよく分からないけれど、芝居に熱中した。
自分の居場所を求めていたのだという気もする。
同期の子は着々と就活をはじめていた。
名のある劇団の入団試験を受けて、見事に落ちた。
腹が決まって、だいぶ遅れて私も就活をはじめた。
「御社を希望した理由は…」という台詞をうまく言えず、結局片手で収まる数の企業しか受けなかった。
でも、どうやら新卒採用という枠に引っかかったらしかった。
研修が始まり、希望に燃えていた。
私にも「何かを為す」ことが出来る気がしていた。
教育業界ということもあって、理想も持っていた。
実際に配属されたのは、上司と私の2人しかいない、小さな教室だった。
今思うと、ひどい辞め方をした。
社会人としては、不適格。
勝手に理想を膨らませ、勝手に失望していた。
ただ、その時は究極的に視野が狭まり、自分のしんどさしか見えなくなっていた。
「辞めていいよ」と他人に言わせて、やっと自分を楽にした。
自分で引く決断が出来なかったのも、後から考えてもつくづく無責任だと思い、自己嫌悪した。
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周囲の優しさに甘えて、しばらく主婦になった。
社会に対して生産的でない自分に苛立っていた。
消費しているだけの自分が許せなかった。
でも、主婦をしばらく続けるうちに世の中の違う仕組みが見えてきた気がした。
生産性、経済性、効率、上昇志向…
そういう言葉の枠外にある世界。
一見無駄に見えるもの、時間、空間。
無駄≠不要だと、そう思えるようになった。
そうしたら、自分自身の中に余白が生まれて、他人にも優しくなれた気がした。
優しく、というか、認める、というか。
当然だけど、他人=自分でもないと気づいた。
あの人に出来ることが、自分にも出来るわけじゃない。
自分が出来て当然だと思っていることが、他人にとって必ずしもそうじゃないってことも。
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それからいくつかの仕事を経験した。
職場を変えるたびに、様々な人たちと出会った。
でも、どの職場でも、どんな仕事でも、同じような悩みにぶち当たった。
「そんなもんなんだ」とも思えるようになった。
(これが大人になるってことなんだろうか?)
「誰もそんなに深く考えてないよ」
以前は誰かのそんな一言に深く傷ついた。
でも、今はそれも真理だと思い当たる。
いちいち傷ついていたら、生きていけない。
そんなことより、とにかく前に踏み出したかった。
目の前の出来事をどう見るかは、結局私の見方次第だ。
尊敬出来る上司、同僚にもめぐり合った。
初めて「仕事をした」という感覚を味わった。
ひとりでは達成出来ない、独りよがりでは得ることの出来ない充足感だった。
理想や希望も語り合えた。
給与明細も気にしなくなった。
社会とつながっている気がした。
「何かを為している」気がした。
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人生、山あれば谷あり。
最近、また同じ轍を半ば踏んでいた。
自分のキャパシティーを超えた生活をしていたのだと思う。
「したいこと」と「出来ること」。
「したいこと」は本当に自分が望むことなのか。
自分が望んでいることが、周りが望むことなのか。
ぐるぐる考えて、結局一周してまたもとに戻った。
自分の器の容量を見誤らないように。
過大評価すること、過小評価することはそれこそ不要なことだ。
器の感触をしっかり五感に叩き込む。
他人の評価もしっかり受け入れて。
客観的、時には偏見に満ちた視線ですら、自分の器の容量を決めることがあるから。
そういうもの全部受け入れて。
そこから全てがはじまる。
コタツに丸まって、何だか今日はそんなことを考えていた。
久しぶりに、目覚ましのアラームを気にしないで昼寝した。
What a wonderful world
Noriです。
ちょっと筆が乱れるかもしれません。
眠い中書いておりますので。
ご了承ください。
少し思い出の話。
サラリーマンというのは、何か。分からない。でもそう呼ばれていた。
営業マンというのは、何か。分からない。でもそう自分でも言っていた。
なぜ、革靴が磨り減るのか。
なぜ、ワイシャツにアイロンをかけるのか。
なぜ、毎日ひげを剃るのか。
なぜ、手帳を内ポケットに入れるのか。
なぜ、水虫になったりするのか。
なぜ、たばこやガムを口にするのか。
なぜ、喫茶店でコーヒーを飲むのか。
なぜ、ボールペンが必需品なのか。
なぜ、カバンに書類が一杯入っているのか。
なぜ、天気や野球や新聞やテレビやワイドショーなどの話をするのか。
なぜ、身なりをきちんとするのか。
なぜ、満員電車に乗るのか。
なぜ、「どーも、どーも」と言うのか。
なぜ、家に帰るとほっとするのか。
なぜ、家に帰りたくない日があるのか。
なぜ、サラリーマンなのか。
なぜ、ワイシャツの胸ポケットがボールペンで汚れるのか。
なぜ、ネクタイがくたびれるのか。
なぜ、襟とか袖が汚れるのか。
なぜ、いつも決まったポケットに財布や家の鍵を入れるのか。
なぜ、携帯が鳴るのか。
なぜ、トイレでほっとするのか。
なぜ、家族にイラッとするときがあるのか。
なぜ、休みの日は寝ているのか。
なぜ、家族は優しいのか。
なぜ、時々休んでいいのか。
なぜ、時々報われるのか。
なぜかわからないけれど、ほんとにまれにだけれど、「 What a wonderful world 」 と感じられる瞬間があった。
少し思い出の話でした。
気づいたら月山が雪をかぶってました。
夫が頼もしい今日この頃
最近、ふと気づくと慢性疲労を感じています。
これまでも「仕事行きたくない」と思うことはたびたびありました。
なんせ、弱虫さんですので(;^_^A
仕事から帰って、「もう辞めたい~」と度々愚痴るワタシに、よくぞ付き合って下さいました。
と、ダンナ様には心の底からいつも感謝し通しであります。
今の職場、今までのどの職場よりもハードです。
肉体的にも、精神的にも。
帰りの車中、ほとんど虚無状態。
「何も考えられない」のではなく、「何もない」という感じ。
職場を離れてもなかなか切り替えられず、常に重石が体全体に乗っかっているみたい。
Noriだって、新しい職場で、まったく未知の世界に踏み出したばかり。
満身創痍なのは見てれば分かります。
私もNoriの話を聞いて、共感して、色々質問して、同じ世界観を味わいたい。
厳しいけれど、とても素敵な体験をしていると思うから。
でも…
今の時点で、私になかなかその余裕がない。
ダサイけど、へなちょこツマです。
毎日受け止めてもらってばかりいます。
悔しいけれど、それが本当に泣けるほどありがたいのです。
東京で、ひとりの営業マンとして立派に仕事をしてきたNori。
私の話を聞くときも、決して感情的にはならず、でも慰めてほしいところでは必ず寄り添ってくれる。
改めて、どんな思いで、どんな価値観で仕事と向き合ってきたのか、それを思い知らされます。
ひとりの成熟した社会人として、ひとりの信念を貫いてきたサラリーマンとして。
いま、心から尊敬しています。
へこたれそうだけど、正直しんどいけど…
とにかく明日の仕事と向き合ってみます。
いつも、ありがとうございます。


