サンラザロ病院あれこれ(フィリピン) | MY LIFE AS A PIG

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山と農業と旅を愛するAkihisaのブログです。
高崎高校→北海道大学農学部→銀行員(札幌・鹿児島・福岡・US)→旅人(日本縦断・世界一周)→大分大学医学部(編入)→明日は何処…
大分朝読書コミュニティBunDoku主宰/NPO法人NICE GWCコーディネーター/財務経営アドバイザー

おととしから今年にかけて計3週間、フィリピンはマニラの国立感染症病院サンラザロ病院(San Lazaro Hospital; SLH)での病院研修にお邪魔してきたので、備忘的にあれこれ書き記しておきます。
(前回の記事はこちら → 2014/9/20 フィリピンとサンラザロ病院あれこれ(雑感) 写真多め)



ちなみに今回のフィリピンで延べ訪問国数は53ヵ国目。でもリピート国も多いので(韓国7回とか)実国数では37ヵ国。まだまだ世界は知らない国ばっかりねぇ。死ぬまでに全部行けるのかしらん。


>フィリピンの経済・医療事情について


(1) 国の概要

詳しくはwikiを見てもらえば良いと思うのですが、ざっくりと書いておきます。
(ちなみにwikiは同じフィリピン情報でも日本語wikiより英語wikiの方が情報量が圧倒的に多いです)

人口は1億人ちょいと、統計上は日本よりちょっと少ないくらい。(英語wikiの方が最新で人口多い)
公用語はフィリピン語(≒タガログ語)と英語。でも「7,600を超える島々からなる国」ということからも想像できる通り、各地にローカル言語があって、「母語として使われる言語は、合計172に及ぶ」(wiki)とのこと。

年間GDP (PPP)は計4,564億ドル(2013年、31位)、1人あたり4,681ドル。
つまり約50万円/年、約5万円/月。
「フィリピンの経常収支は1000万人に及ぶ海外在住労働者の送金によって支えられており、出稼ぎ、特に看護師はフィリピンの有力な産業と言ってもよい。主要な貿易相手国はアメリカと日本であるが…」
ってwikiには書いてあるけど、少なくとも海外在住労働者では日本は数字的には全然ですよね。日本で働いてるフィリピン人看護師って現時点で100人もいないくらいでしょう?むしろオーストラリアも人気だよって現地ナースからは聞きました。確かに元々英語が使えるから英語圏が便利よね。一方でアメリカはしばらく就労ビザが下りない状況が続いてたし。


(2) フィリピンの医療事情

フィリピンの医療保険は国営の「PhilHealth」(Philippine Health Insurance Corporation)が1995年に設立されて国民皆保険を目指しているところです。が、現在の加入率は70%弱。残り30%強の貧困層はどうしようもない時だけチャリティで医療を受ける、という状況。一方で一部の富裕層はプライベートの保険に加入しているので、フィリピンの保険加入状況はざっくりと

・チャリティ層(貧困層)(30%強)
・PhilHealth層(中間層)(70%弱)
・プライベート保険層(PhilHealthと兼用)(高所得者層)

という3層になります。
ちなみに「プライベート保険に入れる高所得者層ってどれくらいの高所得者層?」って現地の医学生に聞いてみると、「看護師ではまず無理で、ドクターの一部が入れるかな」くらいだそう。それって国民の数%(以下?)に過ぎないんじゃ…。

また貧困層が人口の30%強と書きましたが、これもあくまでも表に出ている数字で、貧困層は戸籍のない層がまだいくらでもいるので、実は人口があと+数千万人いて結局国民全体の50%が貧困層でした、という実態だったとしても全く驚きません。


(3) フィリピンの医学教育

多くの欧米の国々と同じくMedical Schoolスタイルなので、Pre-Medとして4年間どこかの大学の学部を出てからMedical Schoolに入って4年間医学教育を受けます。その後intern1年、resident(専門医トレーニング)3年~(+subspeciality 3年~)でfellowshipになるという感じ。

なお、フィリピンの医学部4年生は一応上級医の監督下とは言え診察するし処方箋も書くし簡単な手術もどんどんするから、日本の初期研修医1年目と同じかそれ以上くらいの仕事をしています。それで問題ないのって?少なくともチャリティで医療を受けてる貧困層をどうケアしたところで訴えられることがないので、練習台にしている感はあります。他国の事情に口出しするつもりはありませんが…。


>サンラザロ病院について

国立の感染症病院サンラザロ病院(San Lazaro Hospital; SLH)は、フィリピン国内で2本指に入る国立感染症医療センター。2本指ということはもう1本あるわけで、フィリピン熱帯医学研究所(Research Institute for Tropical Medicine, RITM)がそれに当たります。と言ってもRITMはその名の通り研究所なので、結局患者を受け入れて治療するのは専らサンラザロ病院になります。
民間のクリニックや、国立でも感染症以外を専門とする病院である程度以上シビアな感染症の診断になれば、

「肺炎です」 → 「よしサンラザロに送れ!」
「結核ですGaffky 10号です」 → 「とっととサンラザロに送れ!!」
「HIVです合併症出てます」 → 「ええぃサンラザロに送れ!!!」





ということで、フィリピン中からありとあらゆる感染症が集まります。
国立でチャリティでの受け入れも多いので、患者さんの過半数は貧困層。そしてそんな患者層だからこそ、家で薬なしで療養しててどうしようもなくなったときに駆け込んできたりするから、派手な症例が多いです。
(免疫不全で肺炎に罹ってたけどずっと家で療養してたらどんどん悪化してって、駈け込んで来た時には両肺野真っ白で努力呼吸でSpO2<90% とかザラ)

それでも多くのドクターは、そんなサンラザロ病院で働こうと思って働いている人たちだからモチベーションも高いし優秀だしとても勉強になります。
(中には「ホントは○○ってプライベート病院で働きたいのよねぇ」って言いながら働いてるドクターもいますが、まぁそれはフィリピンに限らずどこでもそんなもんでしょう)


>サンラザロ病院で出会った疾患について

さすがに全部は書けませんが、代表的なものだけオムニバスに書き残しておきます。


(1) デング熱 dengue fever / デング出血熱 dengue hemorrhagic fever

2014年8月に日本で大騒ぎしたデングは、フィリピンではみんな罹ってるごくごくcommonな感染症です。ただ確かに一部の患者さんが重症化しうるので(特に2度目感染・別のserotypeの場合)、油断できる疾患ではないのですが。
デングに限らず多くの感染症はWHOにupdateされた情報が随時出ているので、最新情報がほしいときはそちらを参照すると良いです。
WHO: Media Center/ Fact Sheet/ Dengue and severe dengue

さらにデングは、WHOが診断と治療のガイドラインを上記のFact Sheetよりさらに細かく作っているのでそちらもご参考に。
WHO: DENGUE GUIDELINES FOR DIAGNOSIS, TREATMENT, PREVENTION AND CONTROL

上記ガイドラインを使いながら簡単なパワポをつくったことがあったので、ガイドライン開いて読むの大変な人はイメージだけでもどうぞ。


分布はまぁ熱帯地域だよねーってことで流してもらって良いんですが、


この辺のwarning signの有無で重症化するリスクが高いか、ひいては入院治療が必要かが決まってくるので、こっちで働くなら呼吸するようにスラスラ出て来ないといけないのと、


発熱した日から数えて今が何日目で、患者さんがどのフェーズにいるのかが注意深く観察するのにとても大事になるのと、
(ちなみにデングの発疹Hermann’s Rash(white island in red sea)はRecovery phaseに出るので、発疹が出てたら危険なCritical phaseはすでに脱したと診て安心してます)


発熱後(ホントは感染後)の抗体と抗原の動態に合わせてNS1あるいはIgMあるいはIgGの検査をして確定診断するので、この辺の動きも押さえておくと良いです。(と言ってもこれはデングに限らず一般的な動きですね)

ちなみにフィリピンではNS1の簡易検査キットなんか使わないし、ましてや免疫学的検査もしません。病歴と臨床症状と血液検査(ほぼCBCのみ)で確定診断して治療します。(といってもsupportive careしかないけど)

蚊が媒介するので雨期(6月~9月)に多い疾患です。が、一応年がら年中発生してます。今回5月に行ったときは病院全体で10名くらいは重症のデングで入院してました。(サンラザロ病院の病床数は500床)

あとデングは去年フランスSANOFIからワクチンが出たので、その話題がホットでした。
NEGM: Efficacy and Long-Term Safety of a Dengue Vaccine in Regions of Endemic Disease
NEGM: Efficacy of a Tetravalent Dengue Vaccine in Children in Latin America
(NEGMだから誰でも無料で読めるよ!)

この新しく開発されたワクチンの事前接種によって、罹患時の重症化は防げるようです。
4種のserotypeすべてに効果があるようですが、よくよく読んでいくと免疫獲得までに3回接種が必要とか、しかも数年で効果が切れるとか、熱帯地域の貧困層中心に流行してる感染症の予防に効果的に使えるかと言われると微妙な感じも受けます。


(2) 結核 Tuberculosis; TB

「日本は人口10万人当たりの結核年間罹患率が16人と高く「中蔓延国」に分類される」というのは医療関係者には有名ですが(先進国の多くは5人程度で低蔓延国)、フィリピンは10万人あたり246人なので軽やかに高蔓延国です。さすが。
SLHのERのボスが「フィリピン人の90%は結核をもってるからな!フィリピン人を見たら結核と思え!」って言ってきて冗談なのか本気なのか反応に困ったけど、ユーモアをもって事実を伝えてきたのだと思ってます。

ともあれ、TBはフィリピンが国を挙げて抑え込もうとしている最重要疾患の一つなので、貧困層であれ薬代は無料だし、DOTSに通う交通費まで支給されるという徹底ぶりです。
(他の多くの疾患はたとえチャリティで診察・入院が無料になっても薬代は自費)

SLHは一般病棟とは別棟に結核病棟を構えていて、排菌していない結核患者病棟、排菌している結核患者病棟、MDR-TB患者病棟(Multi-Drug Resistant Tuberculosis)、あと訪れてはいないけどHIV+TBを合併している患者病棟に分かれています(さらに中に一応TB-ICUもあります)。結核患者病棟だけで100床以上のベッド数が確保されていて、「今はちょっと少なくて70人くらいね」とサラリと言われてしまう現状でした。いや十分多いて。

排菌していない患者さんは外来に移行してDOTS(Direct Observed Treatment, Short-course)に通いますが、身内が服薬を管理するという条件付きで、週一回だけのDOTS通いでOKになります。(理想を言えば本当は毎日DOTしたいものね)
ただ、MDR-TB患者さんは毎日通っているとのこと。(MDR-TBについてはさらに支援が出ていて、薬代無料、毎日の交通費無料、毎日お昼ご飯が出る、という三拍子で通院インセンティブをつけているようです。…しかしMDRの人に来てもらって何の治療ができるんだろう?聞き損ねた…)

病棟を回りながら、あるいはレクチャーを受けながら、けっこう詳細にCategoryとかregimenとか覚えたんですが、日本では使わなそうなので割愛。(使うかも知れませんが、それでも日本人にとっては細かいregimenまでは暗記して条件反射で言えるようにしておくべきレベルの内容ではないでしょう)

あ、あと日本ではPCRで確定診断してから抗結核薬の投与開始となりますが、そこはフィリピン。病歴と症状と胸部x-pだけで診断して半年以上の抗結核薬治療を開始します。喀痰塗抹や培養もするにはしますが、Acid Fast Bacteriaが出ても出なくても治療は開始します(あくまで排菌有無の検査という位置付け)。でIGRAはまずしないそう。(どうせ90%が潜在性に保菌してるならIGRAしてもみんな陽性でやる意味なさそうだしね)

あと、とても有意義なレクチャーを受けたので一部を共有。
(x-p見ながらだったので音声だけだと難しいかもですが)


…ちなみに結核病棟、「BCG打ってるから大丈夫!」なんて甘い考えで行きましたが、よくよく聞いて調べたらBCGはあくまで重症化予防に過ぎず、発症が防げるかはエビデンスが低いようです。「日本はBCGで発症が防げるかのような誤解をして社会政策をおざなりにしてきたから未だに中蔓延国なんだ。社会政策で抑え込んだ先進国はBCG接種をすでに中止している」という記事も。なるほどねぇ。もう少しこの辺はちゃんと調べてみます。(ちょっと今は力尽きてきた)

え?N95マスクは着用してたし、明らかな排菌患者ゾーンには入っていないはずだから大丈夫ですよ?


(3) 狂犬病 Rabies

狂犬病は発症したケースはSLHでもあまり見ないです。少なくとも私の3週間では一度も見る機会がありませんでした。「もし来ても狂犬病発症と診断したらできることないしすぐ死ぬからタイムリーに来ないと診れないわね」って言われた…。
が、動物に噛まれて予防接種(+RIG)を受ける人はSLHのOPD(Out Patient department)に毎日500人~1,000人来ます。桁が違い過ぎ…。

rabiesについては依然ちゃちゃっとまとめて研究発表したことがあったので、一部参考に載せますね。

Real situation of post exposure prophylaxis against rabies in SLH
(16/Oct/2014 Department of Microbiology Akihisa Horigome)


最初はフィリピンのrabiesの一般情報。


何事にもcategoryって出てきますよね。ちゃんと噛まれてたら大体IIIです。野良に噛まれたらもう絶対IIIです。


で、接種regimen。SLHでは安いPCECで、量が少なくて済むintradermalのregimenをややmodifyして接種してました。


噛んだ動物はペットの犬が圧倒的に最多。ペットに噛まれるとか…とか思いますが、ペットの感覚が緩いんですフィリピーノフィリピーナ。例えばその辺の野良犬に残飯あげて、何となく毎日残飯をもらいに来るようになったらそれはもう自分のペットの犬、なんです。


で、ワクチンもRIG(Rabies ImmunoGlobulin)もけっこう高いので、診断されて注射が必要になったら一旦帰って家族会議して、親戚友人に掛け合ってお金をかき集めて打ちに来るから数日のロスは仕方ないんです。

とかをまぁもうちょっと体系的に調べてまとめて報告したのが2年前。随分ヒマだったんですね。(こらこら)


(4) マラリア Malaria

そろそろ限界に近付いてきたのでこっからはサクサクいきますね。

マラリアは熱帯感染症なのでフィリピンにもけっこういるかと思いきや、フィリピンでは輸入感染症扱いです。いや、もちろんいるにはいると思うんですが、実際の症例としてはアフリカで出稼ぎして帰ってきた人が来院、という輸入感染ケースが圧倒的に多いよう。10へぇ。


(5) レプトスピラ Leptospirosis / ワイル病 Weil病 = 黄疸出血性レプトスピラ症

ヒトの皮膚を食い破って侵入してくる元気でやんちゃなスピロヘータ細菌です。レプトスピラの居る水に手をつけたが最後、10秒で侵入するとかしないとか。雨期に洪水になると流行して、真っ黄色に黄疸の出た患者さんが入院したりします。いや、黄疸だけじゃcriteria for admissionにならないかもしれませんが、合わせてconjunctival suffusion 結膜充血とかmyalgia筋肉痛とかanuria無尿とかもあるとまぁ入院します。
治療はfirst choiceがbenzylpenicillin(penicillin G)で、代替薬はテトラサイクリン(大人)またはエリスロマイシン(小児)。


(6) 破傷風 tetanus

いつ行っても何人かは破傷風の患者さんがいます。小児のことも、大人のことも。
tetanusは去年観た映画「震える舌」(1980年、野村 芳太郎 監督)の印象が強すぎたけど、観といて良かったなぁと思いました。映画の女の子と目の前の患者さんと教科書知識とがぐるんぐるんシャッフルしてました。

ちなみにフィリピンでも、日本で定期接種されるクラスの予防接種はすべて無料で子どもに受けさせることができるそうです。それでも接種率100%とは程遠く、こうして小児のtetanusが絶え間なく運ばれてくるわけで、小児科のドクターたちは「親がlazyだから子どもに予防接種打たせに行かないのよ!無料なのに!こんなに啓蒙もしてるのに!」と怒ってました。むむむ…。


(7) その他

麻疹・風疹・水痘患者はいつも数人は入院してました。
慢性髄膜炎菌血症meningococcemiaとかSchistosomiasis(日本)住血吸虫症とか、日本ではもはやそうそう診ない疾患もまだまだありました。

30代でCMV網膜炎で両目失明して来て「これもう絶対HIVだよ」って検査する前から診断されてるケースもありました。(HIV感染は何件も診てても、免疫不全の合併症としてCMV網膜炎は初めて診ました)

あるいはレクチャーでMERSやEbolaについての最近の状況を聞きました。
MERS-Covはまだ国内発生はないそう。ebolaもしかり。でももし空港で疑わしいケースが出たら即SLHに搬送されるそうです。

そんな風に、ありとあらゆる感染症が集約する病院でした。


>まとめと感想


(1) ある疾患を多数診ているという経験値の蓄積はきっと有用

あるひとつの疾患であっても、その症状は必ず個人差があります。どの症状が個人差の範囲で、どの症状が他の疾患を疑うサインなのか、それはもちろん教科書を読み、現場でD/Dのトレーニングを積む中で身に付いていくことだとは思いますが、しかし日本で稀な疾患で有ればあるほど、「その疾患を複数診たことがある」という経験はD/Dにおいて絶対的に有用だと思うのです。

だって例えば、「この病歴ならデングも疑えるなデングだとしたらSLHで診た数十人のデング患者さんの経過を思い返せば…」って、ある程度個別の集合から総体をイメージして目の前の患者さんの比較対象に使えるでしょう?
あるいは「肺炎っぽいけどこの症状と血液検査所見と胸部x-pだったらもうTBの方が疑われるだろう」、とか。

きっと銀行員であれ医師であれ、その職能の中心は判断業務だと思っていて、その判断に自分なりの重み付けのある判断根拠が上乗せされているということが、仕事として大事なことなのだと思っています。
そしてそういうのはきっと教科書だけじゃなくって、ディスカッションだけでもなくって、現場でたくさん診たからこその経験値の蓄積、経験知が必要だと思うのです。
だから、その経験値が日本で積めない疾患なら、チャンスを捉えて外で学ぶしかないと思うのです。


(2) 九州の某地方国立大学で6年次にSLHに行けるプログラムがあるんですって素敵ね

何でも裏九州にある某地方国立大学では、6年次のポリクリ(クリクラ)stage II の選択の中でフィリピンSLHでの実習が選べるというのだからすごいですね。こんな充実した熱帯感染症をたくさん診て、単位認定もされるなんて進んでるわー。

その大学でのSLH実習は現地1週間だけとは言え、毎日別のward(病棟)を回って熱帯感染症全般を診る機会があるようです。例えば午前にその日のwardをぐるっと回って各疾患を診つつ、1症例担当疾患(患者)を決めて問診取って身体所見取ってchart(カルテ)で検査結果を確認して、午後にパワポ作ってプレゼンしてSLHのドクターからフィードバックを受ける、を連日繰り返すそうですよ。

英語やパワポやプレゼンに慣れてればまぁそれほどでもない作業量だけど、けっこう充実してるみたいです。まぁ慣れてなくたって、喰いついていけば喰いついてっただけ伸びるしね。

プレゼン後のフィードバックでは、
「デングの確定診断は確かにNS1とかできたら良いけど、それはフィリピンではほぼ使わないわね。お金がかかるもの。現病歴と臨床症状でほぼ疑えて、診断するわ。どうしてもチクングニアとの鑑別が残ることもあるけど…」
とか、
「結核だってIGRAもましてやPCRなんかしないしね。臨床症状、できればx-pまでで診断して抗結核薬治療を開始するの」
とか、
「腹水で他覚的に腹部膨満や波動を触れるならどれくらいのvolumeの腹水が貯留してるの?1L以上でしょう。基本よ」

とか、現地の臨床と実情に即した話がけっこう聞けて面白いです。
(すでに上の各疾患のところで書いた情報もありますが、主にこのプレゼン後のフィードバックで貰った情報がたくさんありました)


プレゼンの上手いドクターもいるし、研修医指導に熱心なドクターもたくさんいるし、良い環境です。学べることがたくさんあります。もしこれを読んでいる奇特な方がその某地方国立大学にいるのなら、ポリクリで行かない手はないわね。




(3) 雑感の雑感

そもそもこのエントリー記事全体が(というかこのブログ自体が)雑感置き場のようなものなので、これ以上雑感を重ねてどうするんだという意見もありますが、最後に徒然にフィリピンの感想を書きます。


日本でベッドサイドに出てから改めてフィリピンのこの病院に来ると、前には見えなかったものがたくさん見えるようになってきました。

「この状況ならこうすればきっと治るはず」

が2年前より見えてしまう分、格差が一層際立って見えました。
ここではまだ、「治せる病気」「治せない病気」という分け方は通用しません。
お金がある患者さんは治すことができるし、お金がない患者さんは治すことができません。
あるいは例えば痛みを和らげるだけであっても、「今日一日痛みを和らげるために家族の食事を…」と悩んでから薬を買うかを決断しなければなりません。

救急車も有料だから、みんなトライシクル(三輪バイクタクシー)に乗ってERに駆け込んだりします。ギリギリまで家で粘って、もうどうしようもない状況になってから。
でも来ても薬代が払えないなら肺炎も治せません。医者が「細菌性肺炎です抗菌薬が必要です」と診断して、例えばSpO2が90%未満なら入院はチャリティでできるけど、薬代は自腹なので払えないなら買えず結局そのまま肺炎で死にます。

そんな風に、21世紀になっても、ありきたりな感染症で人々がバタバタと死んでいきます。
お金があれば治せるし、お金が無ければ本当にあっけなく死にます。

彼らが悪いわけじゃない。だって払うお金がないのだもの。その日稼いだお金で何とかその日の食事を賄っているのに、数百円数千円の薬代なんて払えるわけがない。

病院が悪いわけじゃない。病院の手出しで日々何十人何百人と訪れる貧困層患者に必要な医療資源すべてを提供していたらあっという間に破産してしまうから。健全に経営できる範囲で、国の定めた制度の範囲で、何とかやりくりをしているだけ。
国内で2本指の国立感染症医療センターだけど、画像検査はx-pしかない状況で。エコーもましてやCTも、患者さんがお金が出せるなら外注で撮ってるような状況で。

私は曲がりなりにも医療や福祉をテーマに世界を回ったつもりだったけど、その視点でアメリカもアフリカも中東もアジアも見てきたつもりだったけど、全然そんなことなかったみたいです。
フロリダのGive Kids The World Villageも南アフリカのJust footprintもコルカタのマザーテレサの家も、あるいはザンビアの養護学校だってタイのDisabled Peoples' Internationalだって、つまりはそういうところだけ、世界中の良いところだけを見てきただけでした。見たいものだけを見たい姿で見てきただけでした。

旅の企画書.pdf
2012/10/09 JGAP寄稿者短信「病気の子どもと家族のための"滞在型アミューズメント施設"Give Kids The World Villageでの活動報告」
2012/12/14 JGAP寄稿者短信「世界で最初の小児ホスピス -英国ヘレン・ダグラス・ハウス- の視察報告」
2012/11/18「Just Footprintsへ(11/16~11/18 南アフリカ)」

今回フィリピンの医療現場に再び触れて、今改めて世界の現実を直視するべき時期にきたのかもしれない、と感じました。10年以上に渡る放浪時代がようやく終わって、これからは国内でやるべきことをやる、と決めたつもりだったのに。



…まぁ、だから今からどうこうって話でもないのですが。
まずやるべきことは見えているし、目の前の越えていくべきハードルもいくつかあるし。

ただ何だか、今はそんな風に悶々としながら帰国後のひと時の時間を過ごしています。


追記:

帰国して大学病院の診療科に再び行くと、重篤感のない不定愁訴に対しても簡単にCTやら造影CTやらの検査が行われて、血液検査も万が一の可能性の項目まで全部オーダー出してたりして、その使える医療資源のあまりの違いに愕然とします。

もちろんそれで救われる患者さんもいるのだろうから、それができる日本はそれで良いのかもしれませんが、少なくともその違和感は忘れずにいよう、と思いました。