櫛木理宇さんの『逃亡犯とゆびきり』のレビューになります。

 

あらすじ

フリーライターの世良未散のもとに「週刊ニチエイ」から今話題の事件についての執筆依頼が入る。普段はエロかお笑い系の記事ばかり書いている未散にとって、硬派な記事を任されることは願ってもないチャンスだった。しかし、いざ仕事に取りかかると、なかなか質の高い記事を生み出すことができない。そんな時、高校時代の親友・古沢福子から連絡があり、未散の記事を読んだことや事件の真相につながるようなヒントを聞かされる。

 

助言通りに取材を重ねた未散は、ついに真相にたどり着き、それを書いた記事は評価される。そのおかげで再度「週刊ニチエイ」から依頼が入り、未散はどんどん知名度を上げていく。

 

ただ、そこには大きな問題があった。実を言うと、古沢福子は指名手配中のシリアルキラーであり、未散はそんな彼女のサポートを得てヒット記事を生み出していたのだった。

 

忘れ去られた事件の真相

本書は、未散が古沢の力を借りて、数々の世間から忘れ去られた事件の真相に迫るといった構成になっています。以下に未散が取材した事件を順に紹介していきます。

 

高窪女子中学生墜落死事件

田舎の平和な中学校で起きた連続自殺事件。一人目は男性教諭、二人目は美少女で有名な女子生徒。しかし警察の調査では二人の死に関連性はないとされている。現時点でわかっているのは、女子生徒がいじめに遭っていたことと、「死にたくないけど、死ぬ。あたしは百十七人に殺された」という遺書を残していたことだけ。しかし未散の取材で見えてきたのは、女子生徒がネット上に裸の画像を流して「女神」と呼ばれていたということだった。

 

円鍋市兄弟ストーカー過失致死事件

ある資産家が亡くなり、その妻が莫大な遺産を相続する。その後、彼女には二人の孫が生まれるが、なぜか兄のほうだけをかわいがり、弟には無関心を貫く。やがて孫は成人し、弟には婚約者ができる。そのタイミングで祖母は「すべての財産を兄に遺す」といって、この世を去る。すると弟は婚約を破棄されてしまい、あろうことか元婚約者は兄と結婚してしまう。それからというもの、弟は兄嫁のストーカーになり・・。ストレスですっかり衰弱した兄嫁は、「もう殺すしかない」と決心し、本当に殺人を実行してしまう。当時、兄嫁は世間から「すべての元凶であり、むしろ兄弟は被害者」だと叩かれていた。しかし未散は古沢のヒントによって、それが間違いだったことを突きとめる。

 

檜形弁護士一家殺人事件

何の問題もない弁護士一家が突然心中を図った事件。しかし亡くなった武藤弁護士は、事件前友人に「もしおれになにかあったら、殺されたと思ってくれ」と言っていた。古沢によると武藤は最川軍司という連続殺人犯の弁護を担当していた過去があり、それ以来なにかと最川は武藤家に出入りしていたという。さっそく最川について調べた未散は、そこでとんでもない事実を知ってしまう。

 

箱坂四歳孫殺害事件

同居中の祖母が孫娘を殺してしまった事件。しかし祖母が認知症だったことで、無罪となり、捜査は終了となった。この事件の謎は、二人いた孫のうち、一人しか殺されていないということ。もともと嫁姑は不仲だったが、孫たちは母親よりも祖母に懐いていたという。また、取材の中で祖母が人を殺すほど判断能力がなくなっていたとは思えないという証言と、とても怖い人だったという異なる証言が出てくる。

 

久賀沼強盗未遂事件

三十代の女二人が民家に強盗に入るが失敗し、その際片方が転倒して頭を打って亡くなった事件。当時はマヌケな事件と話題になっていたが、亡くなったほうは主犯格の女に洗脳され言いなりになっていた。

 

読書ポイント

実はこれらすべての事件には「クローゼットの骨」が関係しています。クローゼットの骨とは、公にできない秘密、隠し事などのことをいい、どの事件の家庭にも外からは想像もできないような秘密があります。

 

正直「なぜこんなことになるの?」という事件ばかりですが、その真相を知ると全く見方が変わってくるのでお楽しみに。もちろん、古沢と未散の中にも「クローゼットの骨」はあり、そのせいで事件の背景に嫌でも気づいてしまうようでした。

 

また、作中に登場する最川軍司はキーパーソンです。彼と古沢はつながっているのですが、同じシリアルキラーでも「何か」が違うということだけはお伝えしておきます。

 

感想

殺人犯とルポライターの新しい関係を読んだ気がします。

 

未散はライターとしてまだ未熟ですが、古沢からヒントを得ることで核心に迫ったヒット記事をばんばん出します。一方、古沢はなぜ事件の謎を知っていたのか不思議ですが、彼女はとても賢いので、その頭脳さえあれば、不可能なことなどないのでしょう。

 

古沢のヒントの出し方は、とても曖昧で少ないので、これを理解できるのは未散以外にいません。また、未散がそれで理解できるのも、事件の被害者・加害者とどこかリンクしているものがあるからだと思います。

 

本書を読んで、とことん「イメージ」というのは怖いと実感しました。どの事件の関係者も親との間に闇があり、それを隠しているせいで真実が無関係なほうへと流れ、勝手に「〜に違いない」と結論づけられているのが怖かったです。

 

さて、さいごに恒例の総評をしたいと思います!

 

評価4.9/5

ノンストップで読める。ちょっと連作短編っぽい。読んでいてずっと「凄い」しか出てこない。なにがって?不謹慎にも殺人犯の古沢に「逃げ切ってほしい」と願う自分がいたことに驚いたから。同じ殺人犯の最川にカリスマ性は感じなかったが、古沢にはそれを感じた。そして彼女は本物のシリアルキラーではないと思った。人間だった。

 

以上がレビューになります。

 

他にもいくつかの櫛木作品のレビュー記事リンクを貼っておいたので、興味のある方は選書の参考にしてみてください。